図書館整理
図書館を増築した日の夜、さっそく足を運んでみるとそこには中央の席に座って本を読むエステルの姿があった。
机の上には既に何冊か本が置かれていてある程度読み終わった後のようだ。
とりあえず声をかけようと思ったのだが、その前に彼女は顔を上げると俺と目が合う。
「あら、お兄さんも本を読みに来たのかしら?」
「せっかく設備追加したからな。それにどんな本があるか結構気になっていたし」
「ふふ、それなら私と一緒に読みましょうか。隣ちゃんと空いているからね」
「お、おう」
そう言ってエステルはポンポンと隣の席を叩きながら手招きしているので、大人しく従って座ることにした。
「何の本を読んでたんだ?」
「魔法に関しての本よ。交換できる本の種類がとても多いから、贅沢な悩みだけれどどれから読もうか迷っちゃうわ」
「へー、エステルでも魔法の本を読むのか。既に十分過ぎるぐらい魔法の知識あるだろ?」
「そこまで評価してもらっているのは嬉しいわね。でも、知識はいくらあっても困らないから。確かに知っていることも多いけど、考えもしなかった発想が書かれていることもあるわ。同じ結果でもそこまでの過程が違っていたりとかもするもの」
エステル程の実力があればもう独学で何でもこなすもんかと思っていたが、魔法もこうやって常に学んでいくものなのか。
うーむ、結果がわかっていても複数の過程を見て知らない発想を閃いたりするのか……魔法以外でもそういうことは多そうだ。
彼女だけじゃなくてノール達からもこういう見習うべき姿勢が本当に沢山あるから、俺もちゃんと成長していかんといけんな。
……ガチャに関してだけは例外だが。
このまま座って話しているだけなのもあれなので、エステルと一緒に本選びをすることになったのだが……昼間と比べると図書館内の景色は一変していた。
まだまだ空の棚が多いけど既に複数の本棚に本がぎっしりと詰まっている。
余っている魔物の素材が沢山あるから全員自由に本を追加していいとは言ったけど、まさかこの短時間でここまで揃えるとは……。
「随分と本が増えたな。エステルが交換して揃えたのか?」
「いえ、マルティナが張り切って色々と揃えたみたい。ほら、今も本棚の整理をしてるのよ」
そう言ってエステルが指差した先を見れば、本を抱えたゴーストがふゆふよと浮かびながら棚に本を入れて整理をしている。
ゴーストを使ってまで何をやってやがるんだあいつは……。
近くを探すとすぐに踏み台に座りながら本を読みふけっているマルティナを発見した。
「お前なぁ、整理しながら本読んでるんじゃあない。読むか整理するかどっちかにしろよ」
「あっ……いやぁ、整理してるとついきになっちゃってね。君も本を読みに来たのかい? どんな本がいいか言ってくれたらおススメ教えるよ!」
「いやまだどんな本読もうか決めてないから自分で探すわ」
「そ、そうなんだ……」
目を輝かせながら聞いてきたが、俺の返事を聞いてマルティナはあからさまに肩を落としている。
そんなに俺に本を布教したかったのかこいつ……。
場の雰囲気を変えるためか、落ち込むマルティナにエステルが苦笑しつつも本に関しての質問を投げかけた。
「私もまだ殆ど目を通してないけど、マルティナはどんな本を交換したの?」
「んーと、僕の好きな物語や技術書が多いかな。名前だけ伝わっていた幻の本まで沢山あるから大興奮だよ! これを持ち帰れたらとんでもない価値が……」
「そんなのまで知ってるとかお前本当に詳しいんだな。どっちも興味あるけど内容はどんなのがあるんだ?」
「えっとねえっとね、物語系は当然カロン様のが多いよ! 特にお勧めは王道の救国の龍神って本! これはかつてあったアルマルギア王国が邪竜ファルマルスに襲われた時にカロン様が救った話なんだ! まず王国に災厄が降り注ぐって神託が下って、それを英雄だったガイアスがどうにかしようと奮闘するのが主な話でさ。それで邪神との戦いでガイアスがピンチになった時に聖女であるリリアの呼びかけに応えて颯爽と現れて、彼らと一緒に邪神を討伐する手に汗握るような展開でさ! やっと倒したかと思ったら襲撃に来たファルマルスが実は――へぶっ!?」
「それ以上いけない! わかったからお前ちょっと黙ろうか! つーかネタバレすんじゃねぇ!」
「カロンの物語が好きっていうのもありそうだけれど、何か説明する時とても活き活きとしてるわよね」
ふぅ、また目を輝かせながらマシンガントークし始めやがって……つい口を塞いじまったぞ。
こいつは多分あれだ、共通の趣味とかを語る同志に飢えているタイプだ。
だからあんなに好きな物をお勧めしようとしてきやがったんだな。
まあ、俺もそういうのを語る楽しさや気持ちは理解できるから、前向きに付き合ってやるとするか。
実際カロンの話とか気になるし楽しそうだからな。
「技術書っていうのは何なのかしら? 何か特別な物の製法が書いてあるとか?」
「大体そんな感じかなぁ。一子相伝の秘技とか、失伝した古の秘薬の製造法とかね。魔法に関してなら……この【実践! お手軽黒魔術! これであなたも深淵の魔法使い!】とかなかなかわかりやすいかな。黒魔術の書かれた本なんて滅多に出回らないから1度は読んでみたかったんだ」
「その本のタイトルなんか怪しいわね……。でも黒魔術は私も興味あるわね」
満面の笑みで何とも胡散臭いタイトルの本を見せつけられて、俺とエステルは顔を見合わせて何とも言えない表情をしていた。
本当にそんなタイトルの本が実用的なのだろうか……だけど一周回ってちょっと興味が湧いてくる気もする。
といった感じでマルティナがどんな本を揃えたのか見ていると、俺はあることに気が付いた。
「見た感じ俺の世界の本とかはあんまりなさそうだな」
「僕が知っている範囲でおススメできそうなのを揃えたからね。魔物の素材は沢山あってもあまり無駄遣いはよくないからさ。この世界の本が入ってるのかも僕には判断できなかったよ。僕としては君の世界の本に興味あるから是非選んでみてほしい!」
「そうね。ガチャから出た薄い本や厚い本で少しは知ってるけれど、この図書館で交換できるのなら種類も豊富そうで楽しみだわ」
あー、なるほどな。一応マルティナとしては未知の本は選ばないで、俺達が読みそうな物を選んでくれたってところか。
うーん、マルティナとかが喜びそうな俺の世界の本か……いざお勧めの本を考えるとなると結構悩ましいな。
そう考えながら受付に移動して液晶画面で交換一覧を眺めていたが、あるタイトルが目に入っていくつか交換してみた。
交換した本はすぐ近くにある棚が発光すると一瞬で本が追加されている。
俺が交換した本、それは世界各地に散らばる願いの叶う宝を集めるという王道的ストーリの……漫画だ。
「こういうのはどうだ? お前は物語系好きみたいだから漫画とか結構ハマると思うんだが」
「漫画? 聞いたことない種類の本だけど……こ、これは!?」
マルティナが追加された漫画を棚から手に取り首を傾げていたが、本を開いて中身を見た途端体をビクッとさせて動きが止まった。
その後すぐに食い入るように目をカッと開きながら読んでいる。
「えっ、なにこれ凄い……絵じゃん、絵じゃん! 絵が動いてる……動いてる? なんかわからないけどなんか凄いよこれ!」
「そういえば漫画があったわね。私も読んだことあるけれど新鮮で凄く面白かったわ」
「エステル達は漫画……というか絵本的なのはなかったのか?」
「絵が描かれたのはあってもこんな全部絵で描かれたのはないよ! これ凄過ぎるよ!」
「物語が絵にされたって物は私も読んだことないわね。ガチャから出た漫画の雑誌とかもあったけれど、お兄さんの世界だとかなり普及してるのかしら?」
「ああ、文字で書かれた小説だけじゃなくて漫画も結構あるな。教材とかにも使われるぐらいだぞ」
「そんなに浸透しているなんて興味深いわね。お兄さんの世界の漫画以外の本も色々と読んでみたいわ」
俺からしたら漫画は日常的に見ているもんだから当たり前のように思ってるけど、エステル達からしたらかなり珍しいんだな。
本のマニアと言ってもよさそうなマルティナがこれだけ驚いているんだから、GCの世界に漫画や絵本はないって設定なのかねぇ。
マルティナは今読んでいた本のシリーズをまとめて運んで席に座って読み始めたから、今度はエステルが読みそうな本を探して交換していく。
小説にファッション誌、他には他愛のない雑学や専門的な科学の本など、俺は理解できそうにないがエステルなら活用できそうな物を選んでみた。
「漫画以外にもどれも本当に興味を惹かれる物ばかりだわ。小説も面白そうだし写真が使われた服の本とかもあるのね。特に気になるのは雑学や科学系の本かしら」
「ほお、そこに興味を持つのはやっぱり魔法に活かせそうな部分があるからか?」
「ええ、科学の原理を理解すれば魔法でも再現できそうだもの。私の知らない現象とかもかなりありそうだから、これを使って勉強してみるわ。そうすれば魔法の威力とかももっと上がるかも。お兄さんが卑劣な戦法をよく思いつくのも、こういう知識の賜物なのかしら」
「は、ははは……それは褒めているのか?」
「ふふ、当然じゃない。お兄さんの卑怯なところも含めて私は好きよ」
卑劣でも好きだと言われると何とも言えない気分に……いやまあ、好きとか言われると照れ臭いんだけどさ。
本の交換も終わり俺とエステルも席に座って、軽く雑談も交えながら読書をする穏やかな空気が流れていたのだが……バンッと扉が開かれてその空間を破壊する者が襲来した。
それはもはや定番と言ってもいい襲撃者、フリージアだ。
「マルティナちゃーん! 訓練所の機能に凄いのが――あれ? 平八達もここにいたんだ」
「おう、図書館は静かに入って来いよ」
「えー、私達しかいないんだからいいでしょ!」
「そうだけれど集中している時に騒がれるのはちょっとね。マルティナだって……あら」
エステルに釣られて俺もマルティナの方を見てみると、彼女は反応することなく無言で漫画を読み続けていた。
視線は一切こちらに向けられてなくて、完全に自分の世界に入り込んでしまっているように見える。
「あいつフリージアがあれだけ大声出しても全く気が付いてなさそうだぞ」
「凄い集中力ね……淡々と本を読み続けているわ。これはこれでちょっと問題がありそうかも」
「あれれ? マルティナちゃん! マルティナちゃーん! お返事してよ!」
「わわっ!? フ、フリージアさん!? ど、どうしたの?」
フリージアがマルティナの目の前でブンブンと手を振ってようやく気が付いたのか、びっくりした様子で漫画から視線を外した。
あそこまで自分の世界に入り込めるとは……放っておいたら丸1日どころじゃなくてずっと図書館にこもりっぱなしになりそうだな。




