施設増築
ある日のこと、居間に集まって皆で雑談をしていたのだが、突然ノールが興奮気味にあることを訴えかけてきた。
「大倉殿! 訓練場が欲しいのでありますよ!」
「訓練場だとぉ? どうしたんだ藪から棒に」
「今回の迷宮探索であまり力になれなかったでありますから訓練したいのでありますよ! ハウス・エクステンションに訓練場もあったでありますよね?」
あー、そういえばそんな物もあった気がするな。
ハウス・エクステンションで追加できる施設は本当に沢山ある。
精霊樹の迷宮は殆どルーナとマルティナ、そしてカロン頼りにしていた感は否めない。
それに魔人であるミラジュの存在も判明して、今後あいつらと戦いになる可能性もあるだろう。
「うーん、その気持ちはわからなくはないけど訓練場か。別に外でやればいいと思うんだが……エステル達はどうだ?」
「そうね。室内で訓練できる場所があるのはいいんじゃない? ちょっと魔法を試したい時に外へ行かずに済むのは私も楽だもの。外に出にくいフリージア達も動き回れる場所があったら嬉しいわよね」
「うん! そこならいっぱい遊べそう! マルティナちゃんもゴースト達と遊べるね!」
「う、うん。僕としても人目に付かない場所で特訓できるなら助かるかな。前に人目のない墓地や町の外で特訓していたけど、そのせいで騒ぎになったこともあるし……」
マルティナは遠い目をしてその時のことを思い出しているようだ。
死霊術師の特訓となればアンデッドを使っていそうだから、そんなのを他の人が見たらそりゃ騒ぎになるよなぁ。
GCの設定的な話ではありそうだけど、この世界でも外でアンデッドを使って特訓をしているのを見られたら大変なことになる。
人目のない場所まで移動すれば平気だが、万が一のことを考えると室内で色々試せる方が安心か。
マルティナだけじゃなくてエステル達も実験場的な場所は欲しいだろうし、人前にあまり出せないフリージアやルーナにとってもよさそうだ。
「室内ならエステル達だけじゃなくてルーナも特訓しやすいか」
「特訓とは戯言を。そんなことしたことがない。動くことが嫌いだ。当然外に出るのもな」
「そうですよ大倉さん! ルーナさんに特訓を強いるなんてとんでもありません!」
「別に強いてはないんだが……」
特訓したことなくてあの強さっていうのはある意味凄いような……さすが吸血鬼だな。
そんな風に訓練場に関して色々と話し合っていたのだが、エステルはパンッと手を叩いて別の提案をし始めた。
「いっそのこと訓練場だけじゃなくて、他の施設も追加候補にいれるのはどうかしら? せっかくハウス・エクステンションを適用したのにあんまり活用してないわよね」
「いいでありますね! ハウス・エクステンションのキッチンとかも欲しいのでありますよ!」
「私は楽しそうなのならなんでもいいんだよー。マルティナちゃんは何か欲しいのある?」
「えっ!? ぼ、僕は皆が欲しいので構わないけど……」
マルティナは指先を合わせてもじもじとしていたが、そんな彼女の発言をシスハは不機嫌そうな顔をしながら否定するようなことを言い出した。
「こういう時はちゃんと自分の要望を言ってください。後でやっぱりあれがよかった、なんて言われても困りますからね」
「す、すみません……」
「全く、普段はあんな威勢がいいのに変なところで遠慮気味ですね。……ん? 何です皆さん私を見て」
「いや気にするな」
「ふふ、やっぱり根は神官なのかしらね」
なるほど、マルティナも施設の希望はあるだろうに言わないから不機嫌そうにしていたのか。
普通に聞いてもさっきみたいに遠慮しそうだし、指摘するように言いながら要望を言えるようにしてやった、と。
ふざけた言動をよくしている癖に他人のことをよく見てるからこういう時上手く対処してくるよなぁ。
まさか普段の態度も柔軟な対応ができるように演技していたり……なんてことはありえないか。
そんなシスハのおかげでマルティナも遠慮する態度は鳴りを潜めて、皆で改めてハウス・エクステンションで追加できる施設の一覧を見ていく。
「へー、これって色々とあるんだね。この家のお風呂もこれで作ったものなんだ。初めて入った時豪華で凄く驚いたもん」
「あれほどのお風呂はなかなかお目にかかれないでありますねぇ。お城にある物でもあそこまで大きくないでありますよ」
「お風呂があれだけ凄いと他の物はどんなのか期待しちゃうわよね」
ハウス・エクステンションで追加された風呂はめちゃくちゃ広いからなぁ。
風呂以外にもトイレも追加していたのだが、あれもホテルとかにありそうなぐらい豪華だったぞ。
それからしばらく皆の意見を聞いていると、エステルが俺に質問してきた。
「お兄さんは何か新しい施設で欲しい物はあるのかしら?」
「んー? 俺は特にないからエステル達の好きなものでいいぞ」
「大倉さん、さっきマルティナさんにも言いましたが――」
「あー、違う違う。遠慮してる訳じゃなくて俺は本当に特にないからさ。お前達が好きな物を選んでいいんだぞ」
「ぼ、僕だって別に遠慮していた訳じゃ……」
「大倉殿がこういうこと言う時って大体怪しいのでありますよねぇ。一体何を考えているんでありますか?」
「何を言うんだい? 俺はノール達が満足してくれる方が重要だって心から思っているだけだぞ」
「お、大倉殿……」
俺は本心からノール達の意見を遮ってまで希望するような施設はない。
あえて欲しいのがあるかって言われたらあるとは思うが、それ以上の彼女達の満足度を優先してほしいのだ。
なぜならば。
「だってそうなればお前らももっと他の施設が欲しくなるだろう?」
「お兄さん、それってつまり……」
「ああ、そのためにはもっとガチャを回さないといけないよなぁ。いけないよねぇ?」
「要するにハウス・エクステンションを餌にして私達にガチャを回させようって魂胆ですか」
「その通りでございます」
ハウス・エクステンションで施設を追加するには、ガチャアイテムを変換したポイントが必要だ。
つまりこれでノール達が他の施設も欲しくなったら、必然的にガチャを回すように魔石集めをしないといけない。
施設よりガチャを回したい俺からしたらそれが理想的な展開。
だから俺の希望なんかよりノール達に施設選びを優先させたい。
俺のそんな思惑を知ったせいか彼女達は呆れたような顔をしていたが、順調に話し合いは進んで2つの施設を追加することに決まった。
まず1つ目はこの話の発端となった訓練場、2つ目はマルティナの希望を取り入れて図書館だ。
図書館は彼女だけじゃなくて、エステルやルーナ、そして意外にもシスハも賛成だったので選ばれた。
それぞれ3000ポイント必要なので、SSRであるウィンドブレスレットとドレインアーマーを変換して5000ポイント。
足りない1000ポイントはSRを使って6000ポイントにした。
まず訓練場を選択して設置すると壁に鉄製の引き戸が追加される。
さっそく中に入ってみたのだが……そこは何もないがまるで地平線の先までありそうな白い空間が広がっていた。
「ひっろ!? 3000ポイントでこれかよ!」
「わーい! 走り回っても狭くないんだよー!」
「お風呂もそうでしたけどハウス・エクステンションで追加される施設は本当に凄いですね」
「これだけ広い空間なら訓練するには十分過ぎるわね。耐久性とかも気になってくるわ。ちょっと魔法を撃って試してみようかしら?」
「待て待て! いきなり魔法はやばいって!」
「もう、心配性ね。加減することぐらいちゃんと考えてるわよ」
めちゃくちゃ広い空間だけど何が起きるかわからないからな。
いきなりエステルの魔法をぶっ放すのは止めてほしい。
それからしばらく色々と散策してみたがいくつか分かった点がある。
扉のある壁は黒い壁になっているが、それ以外の方向は魔法の絨毯でも辿り着けないぐらい空間が広がっている。
こんだけ広いと迷子になるんじゃないかと思ったけど、ある程度離れると床に矢印が浮かび上がって入り口の方向を示してくれる安心設計だ。
上方向にも空間は広がっていて、試しにエステルが光の魔法を上に向かって放つとそのまま天井にぶつかることなく見えなくなった。
ノール達が地面を剣でついても傷1つ付くことなく、エステル曰くまるで迷宮の壁のような耐久性らしい。
「これなら室内でも十分に特訓できるでありますね! マルティナ、ルーナ、お手合わせをお願いするのでありますよ!」
「えっ!? ぼ、僕が騎士であるノールさんと特訓……ぐふふ」
「めんどうだ……が、いいだろう。ノールぐらいの実力の奴と戦うのは稀だ。たまになら付き合う」
ノール達同士の手合わせなんて今まで殆ど見たことないからなぁ。
模擬戦だとしてもこいつらが戦う姿を誰かに見られたら騒ぎになりそうだし、ルーナも外に出たがらなかったし。
けど、実力の近いURユニット同士ならいい経験にはなるだろうから、今後はここでお互いに高め合ってもらおう。
……俺もいつか巻き込まれてここで模擬戦をやらされそうな予感がするけど。
そんな考えが浮かんでやっぱり訓練場は止めた方がよかったかなと思いつつ、次は図書館を追加することに。
設置すると部屋の壁に両開きの木製の扉が現れて、中に入ると無数の本棚が置かれた円形状の空間だ。
中はオレンジ色の暖かな光源に照らされ明るく、一応なのか受付カウンターまで設置されている。
階段が設けられた複数の大きな段差のある構造で、机の置かれた中央部分から四方に向かって通路が伸びていた。
当然この図書館もかなりの広さなのだが……気になるのは本棚に殆ど本が入っていないことだ。
「うーむ、図書館もでかいな」
「むー、けど本が全然ないよ! どの本棚もスカスカだ!」
「あの本棚以外は空みたいね。ここを自分達で埋めろってことかしら」
1つだけある程度本の置かれた本棚もあったけど冊数は50冊もなさそうだ。
数十万どころじゃない冊数入りそうなのにこれじゃせっかくの図書館もあんまり意味が……。
と、ちょっとがっかりしながら受付カウンターの周りも確認していると、何やら奇妙な物を見つけた。
机に液晶モニターが埋め込まれていて、触って操作してみると色々な項目が表示される。
ライブラリーの検索、お気に入り登録、管理者登録などなど、ここで図書館の様々な管理ができるようだ。
特にこの中で気になるのは、新しい書籍の追加、という項目。
選択してみるとずらーっと本のタイトルと表紙が表示されて、それぞれ必要なポイントが設定されていた。
ポイントって何ぞやとさらに操作していくと、どうやら魔物の素材を変換してポイントにできるようだ。
試しにいくつか魔物の素材を出して変換してみたら、光の粒子になってモニターに吸い込まれてポイントが加算されていた。
「お? ここに魔物の素材を入れると本が新しく追加されるみたいだぞ」
「食材販売機と同じなのでありますね。私は本はあまり読まないでありますけど、どんな物があるのか気になるであります」
「私も本なんて全然読んだことないんだよー」
「ふむ、フリージアが大人しく本を読めると思えん」
「ほほぉ、知らない内容の本が多いみたいですけど、私達の世界でも見たことあるような本もありますね。本を増やしたらなかなか楽しめそうですね」
追加できる本のタイトルを確認してみると、俺の知らない物が多いけど元の世界で見たことあるような物がいくつか見受けられた。
シスハも見たことあるような物があるみたいだし、ここで選べる本はGCの世界や俺のいた世界の本ってところかな?
難しい本だけじゃなくて漫画や雑誌とかもあるみたいだから、そんなに期待はしてなかったけどなかなかいい娯楽施設じゃあないか。




