死霊術師の知識
帰宅してから翌日、さっそく入手したイリスアルクスを渡しに……は行かず、一旦休日を挟んでから行くことにした。
色々と慌ただしく迷宮攻略もしたばかりだし、取引するにしてもただ渡して終わり、と行くかもわからないから英気を養いたい。
イリスアルクスは今でも精霊術の影響が残っているから、しばらくの間は鮮度が落ちないだろうとグラリエさんが言ってたからその点の心配はない。
という訳で狩りに行くこともなく、俺も家の中でダラダラとしていたのだが……廊下を歩いているとある部屋から不審な声が聞こえていた。
『ぐふ、ぐふふふふふ……カロン様ぁ』
あそこはマルティナの部屋、そして若干開いた扉から漏れる声も間違いなく彼女だ。
カロンの名前を呟いているが一体中で何してやがるんだ?
好奇心に駆られて悪いと思いながらも、扉の隙間から中を覗くと……そこには薄暗い部屋の中で両手を床に置いて平伏するマルティナと、その周囲を飛び回るゴーストの群れ。
そのあまりにも異質な光景を見てつい俺は声をかけてしまった。
「おい」
「ひょ!?」
マルティナは奇声を上げて飛び跳ね、周囲を飛んでいたゴーストも消えた。
部屋の中に入りながら明かりを点けると、彼女は驚いた顔をしながら俺を見ている。
「び、びっくりした! 急に声をかけないでくれ!」
「おう、すまん。けど何やってたんだ?」
「カロン様から賜った竜爪を飾っていたのさ!」
「賜ったってそんな大げさな……」
「大袈裟なんかじゃない! あのカロン様の爪だよ爪! 国宝に指定されてもおかしくない物だぞ!」
見てみるとマルティナが平伏していた先には、透明な箱の中で厳重に保管されたカロンの黒い爪が置かれていた。
こいつカロンの爪を拝んでいたのかよ……それにしても国宝ねぇ。
爪が国宝なんて言い過ぎに思えるけど、龍神の爪となればそうでもないか。
それにマルティナの言っていた話からして、カロンはGCの世界観でも凄い存在らしいし。
「カロンって歴史の本に出てくるぐらい有名なんだっけか?」
「歴史の本だけじゃなくて創作された物語や演劇とかでも出てくるぐらいだよ! 詳しく知らなくても名前を聞いたことをある人は多いだろうね。各地にカロン様由来の観光名所だってあるんだ。石像とかもあったけど、実物のカロン様とはちょっと姿が違ったのは伝わる内に徐々に変わってたのかな。それに――」
そこからマルティナの早口によるカロンちゃん語りは止まらない。まさにマシンガントーク。
興味深くはあるけど次々と出てくる話題に付いていけず呆然と聞いていたのだが、聞き逃すことのできないことを口にし始めた。
「カロン様の物語の中でも、鬼神セツキとの死闘は読んでるだけでも手に汗握るよ!」
「えっ、セツキとカロンって戦ってたのか!?」
「凄く有名な物語の1つさ。君もセツキを知ってるんだね」
「うーん、まあ、一応名前だけ知ってる感じだな。お前らと同じURユニットとしていたし」
「えっ!? セツキも実在してるの!? ならあの物語も本当にあったのかも……くぅ、この前カロン様に聞いておくんだった!」
鬼神セツキ、俺も知っているGCのURユニットで最強格の一人だ。
鬼神の名に相応しい強さでカロンと同等の高性能キャラとして人気だ。
広範囲の高火力攻撃に加えて自己回復能力も備えたぶっ壊れキャラで、HPの3割以上の攻撃を受けたらそこでダメージカットをする固有能力でよく暴れ回っていた。
キャラクターの絡みとしてカロンとセツキが戦っていたのは初耳だなぁ。
こういう知らない他のGCキャラクターの話をノール達も知っていたりするのだろうか。
とりあえずこのままだとまたマシンガントークが再開されそうだから、話題を変えるとしよう。
「昨日も言ったが今回は本当に助かったぞ。正直あそこまで色々できると思ってもなかった」
「クックック、最強死霊術師である僕の実力を存分にわかってもらえたようだね! だがしかーし! まだまだ僕の力はあんなもんじゃないぞ!」
決めポーズを決めてマルティナは気分がよさそうに笑っている。
良い奴なんだけど軽く持ち上げるだけで調子に乗るからホントちょろいぜ。
「召喚したばかりで色々と起きて大変だったと思うけど、俺達と一緒にいるのはもう慣れてきたか?」
「べ、別に大変なんかじゃ……あんなに沢山の人数で一緒に行動するの初めてだったし、頼りにされたのも嬉しかったし……はっ!? もうこれは僕達戦友と言っても過言じゃないのでは!?」
「改めて言うほどのことか? その前から俺達はもう仲間だっただろ」
「な、仲間……そうか、僕と君達は仲間……ぐふ、ぐふふふふ……」
顔を両手で隠しながらまた不気味な声で笑っている。
こいつ仲間って単語にめちゃくちゃ弱いみたいだな……何か頼む時に使えば利用できそうだ。
まあ、最初から仲間とは思っていたけど、迷宮攻略を通じて俺達の仲もさらに深まったとは思う。
特にシスハとは多少なりとも仲は改善されたように見えたんだが……どうだろうか。
せっかくの機会だしちょっと確認しておこう。
「昨日はシスハと話も弾んでたし、あいつのことも平気になってきたか?」
「うっ……ま、まあ……だんだんだけど苦手意識は薄れてきたかな。アルヴィさんが普通の神官と違うのはよくわかったよ。あっ、良い意味だからね!」
「えっ、良い意味で普通の神官と違う? じゃあ普通の神官ってどうなんだ?」
「死霊術師って知ったら普通は僕のこと絶対に許さない勢いで嫌ってくるよ。それこそ町中にいたら寝込みに襲ってくるぐらいだったし。死者を冒とくする者に裁きの鉄槌を! って追いかけ回された思い出が……僕は友達と仲良くしてるだけなのに……」
マルティナがしくしくと泣いていると、複数のゴーストが出てきてお互いに抱き合いながら慰め合っている。
シスハが良い意味で普通の神官じゃないとか、どんだけ怖い奴らに追いかけられたんだろうか……。
一通り泣き終わると今度はシスハについてマルティナは話し始めた。
「その点アルヴィさんは僕が死霊術師ってこと自体は嫌ってないよね。昨日僕の友達と仲良くしてくれてたもん。僕のこと気遣ってくれてるのも何となくわかるし……」
「あー、まあなぁ」
確かに当たりが強い理由はルーナとの件が原因だからなぁ。
死霊術師だからって理由だけで人を嫌う奴ではない。
マルティナも最初の頃よりは慣れてきたのか、ビクつきながらもシスハに声をかけたりはしている。
「それでもまだやっぱり怖い気持ちはあるのか」
「当然じゃないか! 君も一度顔を爆破される怖さを味わってみなよ! あの時怒っているだけじゃなくて、絶対顔が笑ってたし……うっ、思い出すと顔が……」
俺がやられたわけじゃないけど、見ていただけでもあれは痛そうだったからな……。
本人の顔がどうだったかまでは見えてないけど、シスハなら爆破する瞬間に笑っていても不思議じゃない。
そりゃ平気な相手だとわかっていても本能的にトラウマも残るか。
正直なところこいつの言動はシスハと相性がよさそうだから、仲良くなったら2人して暴れ始めそうでちょっと恐ろしく思っているのだが……仲がよくなってくれることは期待しておこう。
さて、シスハとのことも聞けたしもう1つ気になってたことを聞いてみるか。
「それにしても随分とマルティナは博識みたいだな。学校とかで学んだりしたのか?」
「学び舎に行ったことはないよ。独学部分もあるけど先生に色々教えてもらってるかな」
「ほー、先生がいたのか。なんだ、ぼっちのようなこと言ってたけどちゃんと親しい人がいたんじゃないか」
「……はははは、先生は霊体だったんだけどね。まだ僕が死霊術を操れない頃に出会って、力の使い方や様々な知識を教えてくれたんだ」
ほうほう、色々と知っていると思っていたのはそういうことだったのか。
死んだ知識人からも教えてもらえるのは死霊術師ならではって感じだな。
そんな人も呼び出せるとなれば、色々と知恵を授けてくれそうだし俺も話を聞いてみたいぞ。
「その先生は友達の中にはいないのか?」
「先生が僕と一緒に来るのを望まなかったのと、未練がなくなって成仏しちゃったからね……」
「成仏したって……成仏するとどうなるんだ?」
「うーん、正直僕もどうなるのかよくわからない。未練があると霊体として意識を保ちやすいけど、満足するとそれが維持できなくなるって感じかな。どこか別の場所に行っちゃうのか、意識のない霊体として漂っているのか……神官のアルヴィさんに聞いたら何かわかるかもね」
霊体として現世に漂えるけど、成仏したら死後の世界があるのかは死霊術師でもわからない、か。
神官ならそういうことも知っていそうだし後でシスハにも聞いてみようかな。
そういう部分はマルティナとシスハで意見交換をしたら、何か有益な話が出てくるかもしれない。
追いかけ回されるほど死霊術師が敵視されてたみたいだし、普通は神官との話し合いなんて実現不可能だろう。
そんな風に雑談をしていると、バンッと勢いよく部屋の扉が開けられてフリージアが飛び込んで来た。
「マルティナちゃんあーそぼ――あー! 2人で何してるんだよ! 私も混ぜて!」
「あっ、フリージアさん……う、うん、いいよ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてフリージアに手を握られて、マルティナは頬を赤くして照れているようだ。
色々と有益な話も聞けたし、騒がしい奴がやってきたから俺は退散するとしよう。
久しぶりにソウルライクをやりましたがやはり楽しいです。
何度もやられて心折れそうになるまでがテンプレ・・・。




