実食会
イリスアルクスを譲り受け、一応目的を達成した俺達は帰宅した。
アルグド山脈の森を探索して、エルフの里に招かれ、迷宮攻略にエルダープラントの討伐。
さらには新たな魔人の出現などなど……日数で考えたらそう長くはないのに、押し寄せるように忙しい期間だった。
エステル達もそれは同じなのか、帰宅早々にクタクタになって椅子に座り込んでいる。
「いやぁー、久しぶりの我が家って気がするな」
「数日だけとはいえ大変だったから長く感じたわ。しばらくはゆっくりしていたいわね」
「うむ、もう迷宮はごめんだ」
「えー、私はいっぱい冒険できて楽しかったよ。また皆で行きたい!」
俺達は疲れ切っているというのに、フリージアだけは満面の笑みでまだまだ元気ハツラツだ。
こいつは本当に体力が無尽蔵にある化け物だな。
……体力といえばマルティナがちょっと心配だ。
今も俯いて黙り込んでいて明らかに疲れ果てている。
初の本格的探索で迷宮攻略に遭遇するのは、実力者であるマルティナでもきつかったはずだ。
それなのに探索に関しての不満は微塵も言わずに、俺達のことをフルサポートしてくれた。
ここは1つ労いの言葉を送るべきではないのだろうか。
「今回は大手柄だったなマルティナ。ここまで頼りになるなんて思ってもみなかったぞ」
「えっ!? ……は、ははははは! これぐらい当然じゃないか! べ、別に誇ることでもないさ!」
マルティナはバッと頭を上げて立ち上がると、さっきまでの疲れた様子が嘘のように頬を赤くして笑っている。
褒められたら疲れていても中二に徹する姿勢は感心しちまうぞ。
俺の考えを察したのかエステル達も流れに乗ってマルティナを褒め始めている。
「ふふ、その割には嬉しそうにしているじゃない。でも今回はマルティナのおかげで助かっちゃったわ。これからも頼りにしているからね」
「マルティナちゃん凄かったんだよー。友達も大活躍だったね!」
「いやぁー、それほどでもー」
口元をだらしなく緩めながら片手で自分の頭を擦ってマルティナは照れている。
が、そんな微笑ましい光景を遮るように、今まで黙っていたシスハが一言申し始めた。
「そうあんまり褒めるのもどうかと思いますよ。お調子者みたいですからね。次に探索などをする時に慢心しないように注意してくださいよ」
「あう……ちょ、調子に乗ってすみません」
おいおい、せっかく褒めちぎっていたのにどうして水を差すようなことを。マルティナもしょんぼりとしちまったぞ。
未だに彼女を嫌っているとしても、こういう時は認めて褒めてやってもいいんじゃないか?
いくらシスハが頑固でも、それぐらいは譲歩すると思っていたのだが……。
マルティナを擁護するのに何か言おうかと思っていると、その前にシスハがそっぽを向きつつも言葉を続けた。
「……まあ、今回はマルティナさんの力に助けられたのは事実ですけどね。少しぐらいは認めてあげますよ、本当に少しぐらいですが」
「えっ? あ、ありがとうございます?」
シスハがマルティナの肩をポンポンと叩いてから手を差し出し、彼女は困惑気味に首を傾げながらもそれに応えて手を握り返した。
全く……褒めるなら素直に言ってやればいいものを。
ルーナの時は猛アタック仕掛けていた癖に、シスハも随分と不器用な奴なんだなぁ。
何だかんだそれからぎこちなくしつつも二人の会話も増え始めて、俺やエステルは温かい目でそれを見守っていた。
すると台所の方からテンションが最高潮に達したノールが、浮かれた声を上げながらある物を運んでくる。
「お待たせしたのでありますよ!」
ノールが机に置いた物、それは皿の上に綺麗に切り分けられたイリスアルクスだ。
3つ貰った内の1つを迷宮攻略した祝いとして食べようと、ノールの強い要望があって決めていた。
切り分けられたイリスアルクスは、リンゴのように身が詰まっていて皮も中身も七色に輝いている。
一口サイズに切り分けられ皮も薄くそのまま丸ごと食べられそうだ。
「ほおー、切るとこんな感じなんだな。断面まで七色に光ってるじゃないか」
「食べるのがもったいないぐらい綺麗だわ。どんな味なのか想像もできないわね」
「果物とは思えない見た目ですね。香りも凄くいいですし……これで果実酒を作ればきっと……」
「わー、こういう果実食べるの久しぶり! 美味しそうなんだよー」
「ふむ、早く寝たいが待ってた甲斐がある」
「ま、幻の果実……僕がそんな凄い物食べていいんだろうか……」
これが幻の果実イリスアルクスか……いざ目の前にして食べるとなるとちょっと緊張してくるぞ。
1つの果実を7人とモフットで分けているから各自一口分しかない。
フリージア以外緊張した面持ちのまま、意を決して一斉にイリスアルクスを口に入れる。
その瞬間濃厚な甘みが脳天を突き抜け、全身に電流のような衝撃が走って思考が停止した。
「んー、この果実美味しいね! ……あれ、皆どうしたの?」
キョロキョロと周囲を見渡して首を傾げるフリージア以外、全員口にイリスアルクスを入れた状態のまま固まっている。
美味い、美味いのは理解できるんだが……とても言葉で言い表せない味だ。
いくつもの甘味が次々と舌に現れては折り重なっていき、未知の領域へ昇華されていく。
歯で噛むとしゃくりと爽快な歯ごたえと共に果汁が溢れ出てさらに味は濃厚になる。
じっくりと咀嚼してから飲み込むと、ドクンと体が鼓動してまるで全身がうぶ声を上げているかのようだ。
さっきまで疲れ切っていた体が嘘のように軽くなって、みるみる力が湧いてくる。
飲み込んだ後もまだ口の中には圧倒的余韻が残り、部屋の中の空気は無言に包まれる。
そしてしばらく経ち息を吐いてから、ようやく俺は一言呟いた。
「ふぅ……やばいな」
「えぇ……やばいわね」
「ガチャ産の食べ物も美味しいですけどこれは……」
「ふむ、ふむ」
「こんな美味しい物がこの世に存在したんだね……」
全員俺と同じ感想を抱いていたのか、味を言葉で表現できないほど美味かったことだけは伝わってくる。
これ程の果実が存在するなんて……細胞の隅々まで生まれ変わったかのように爽やかな気分だぞ。
モフットまでプルプルとその場で震えて、ぷーと歓喜の声を上げている。
……あれ、あれだけ食べる前から騒いでいたノールが全く反応していないな。
どうしたのかと彼女の方を見れば、両手を胸の前で握り締めて何かに祈りを捧げていた。
「はあ……至福の時間とはこのことですね。これが宇宙の心……」
「何言ってるんだお前は……もっと食いたいとか叫ぶかと思ったけど、妙に落ち着いてるな」
「私は今とても満たされています。量よりも質、真に美味しい物を食べるとその余韻に浸りたくなるものです」
「何だか悟りを開き始めたわよこの子……まあ、確かにそれぐらい美味しいけれど」
「ノールさんをここまで満足させるとは、イリスアルクス恐るべしですね。これなら神魔硬貨との交換も心配なさそうですよ」
アイマスクを着けたままなのにノールの口調が素に戻ってやがる。
アイデンティティのあります口調まで崩壊するとは、さすが幻の果実だな。
一口サイズにも満たない欠片を残しておいたから、それを食べてもらえば十分プルスアルクスと同等以上の価値があるとわかってもらえるはずだ。
そう思って安心しているとツンツンと体を突っつかれて、振り向けばノールが指先同士を合わせてもじもじとしていた。
「あのー、もう1個皆で食べたいのでありますが……」
「ダメだ! 取引が終わるまではこれ以上食べないぞ! 全部食っちまう!」
「そ、そんなー」
量より質とか言っておいてやっぱり一口じゃ足りないんじゃねーか!
いやまあ、俺としても本当はもっと食いたいけど、こういうのは少ない量を食べるからこそ有難みを実感できるのだ!
そう自分に言い聞かせつつ、嘆くノールを制止してイリスアルクスの実食会は終了した。




