果実の行方
エルダープラントを倒して迷宮を攻略してから3日後。
俺達はエルフの里に滞在して色々な手伝いをしていたが、この短期間で既に混乱も治まって普段の生活に戻りつつあった。
「もうすっかり皆落ち着いたみたいだな」
「そうね。これも結界が張られていたおかげなのかしら」
「被害もなく混乱も治まったようですね。グラリエさん達の手際の良さはさすがです」
結界のおかげなのか里に直接的な被害はなく、激しい揺れなどのせいで一部の建物が壊れたり怪我人が数人出たぐらいだ。
既にシスハの治療やエステル達の魔法でそれも修復されていて、元通りになったと言ってもいいだろう。
これも俺達が来るまでにグラリエさんが里の皆に指示を出して混乱を最低限に抑えた結果だな。
そんな感じで俺達も協力していたからか、今では里の中に滞在しても不快な表情や厳しい視線を向けてくるエルフはいなくなっていた。
「エルフ達の俺達に対する警戒心もだいぶ薄れた感じもするぞ」
「まだ完全に信頼された訳じゃなさそうでありますが、声をかけられることも増えたでありますね」
「今回の騒動を治めた話が広がったみたいだよ。フリージアさんがその話をよく聞かれるってさ」
フリージアは同族だけあって特に気に入られたのか、今では引く手あまたでエルフに声をかけられてはずっと手伝いなどをしていた。
エルダープラントの姿は里からも見えていたみたいで、あれを倒したのが俺達だとグラリエさんが広めたそうだ。
そして詳しい話をフリージアから聞いたおかげで俺達の評判もよくなったとか。
こうもエルフ達の態度が一変すると違和感を覚えてくるが、それだけ感謝されてると思っておこう。
様子を見つつ一時的な帰宅などもしていたけど、魔人の襲撃がまたある可能性を考えて里に滞在していた。
しかし、あれから魔人が来る様子は微塵もなく拍子抜けしている。
「ミラジュというか魔人もあれから動きはなさそうだな」
「カロンさんとルーナさんの存在は相当な脅威ですからね。逃げっぷりからしてあの魔人はそこまで危険を冒すタイプには見せませんでしたから、私達がいそうな場所には近づかないと思いますよ」
「それに魔人の言動に偽りがなかったらもうここに用はないんじゃない? マリグナントがやってたことの成果を見に来ただけっぽかったもの」
確かにミラジュの言動が本当だったとしたら、気まぐれでここに来たって感じだったからなぁ。
エルフに服従を迫っていたのはマリグナントが単独でやっていただけで、魔人の総意ではないとも考えられる。
暴れ回るカロンの姿を見たり、ルーナのカズィクルの直撃を受けそうになったのを思えば、俺達と一緒だったエルフに関わるのは危険と判断するのも不思議じゃない。
まあ、色々と断定はできないから、グラリエさん達にはトランシーバーを渡して何かあれば俺達を呼んでもらおうと考えている。
そう考えていると丁度グラリエさんがやって来て、深々と俺達に向かってお辞儀をしてきた。
「皆さん、助けていただいただけじゃなく里の混乱を治めるのにも尽力くださり、本当にありがとうございます」
「いえいえ、困ってる時に協力するのは当然ですよ」
「ふふ、お礼はシルウァレクトルを探すのを手伝ってくれればいいわ。里が完全に落ち着いてからでいいからね」
「そのことなんですが……里の方は恐らくもう大丈夫なのですが、シルウァレクトルを探し出すのは当分先になりそうです」
「どういうことなのでありますか?」
「エルダープラントが暴れまわったのと、迷宮が消滅した影響なのか今も森に魔物がほぼいない状態なんです。だんだんとまた魔物が湧き出してはいるみたいですけど……シルウァレクトルが湧くのはだいぶ先になるかもしれません」
おいおい、せっかく魔物が湧かない原因を解決したかと思えば、その諸悪の根源だったエルダープラントのせいでさらに魔物が湧かなくなったのかよ!
……確かに森が陥没して地形が変わるぐらいの迷宮崩壊に加え、エルダープラントが周辺の木々や地面から精気を吸い上げまくっていたんだから、その影響は計り知れない。
魔物を湧かせる何かの力もその影響を受けて湧かないというのも無理はない。
はぁ、迷宮攻略報酬やミラジュから受け取った神魔硬貨があったとしても、主な目的だったプルスアルクスは諦めるしかないのか。
何の成果も得られなかった訳じゃないけどがっかりしていると、グラリエさんは気になることを聞いてきた。
「あの、どうしてもプルスアルクスじゃないといけないのでしょうか? そもそも皆さんは何故果実の採取に?」
「えっと、話せば長くなるようななんというか……実は冒険者協会の依頼として採取に来た訳じゃないんですよ」
そういえばどうして俺達がプルスアルクスを採取しに来たのか伝えていなかったな。
簡潔に個人的な取引でプルスアルクスを取りに来て、その交換対象が神魔硬貨なのを教えた。
「なるほど……あの魔人が持っていた硬貨が大倉様も必要なんですね」
「必須ではないですけどあればあるだけありがたいです。ミラジュから手に入ったのは予想外の収穫ってところです」
「ですがそれなら何とかなるかもしれません。要するに交換相手が満足する品物を出せればいいのですよね?」
「うーん、確かにそうだけれど……金銭じゃ取引してもらえない相手が指定してきたものなのよ。だからその代わりを見つけるのは難しいわ」
「似たような……いえ、プルスアルクスよりも珍しい果実では駄目なのでしょうか?」
「えっ!? そんな物があるのでありますか!」
「シルウァレクトルから採れる果実はプルスアルクスだけではありません。私達でも十数年に1個しか手に入らない幻の果実、イリスアルクスも存在します。よろしければそちらをお譲りしますがどうでしょうか?」
エルフでも十数年に1個しか手に入らない果実だと!? そんなの貴重なんてもんじゃないだろ!
その話が本当ならプルスアルクスどころじゃ……むしろもっとこっちが相手に好条件を吹っ掛けられるのでは?
いやいや、あまり欲をかくのもよくないか。でもそんな凄い果実ならさらにいい交換相手がいる気も……。
と俺が邪念で頭が一杯になっている間に、両腕をブンブン振って興奮気味にノールがその果実を欲しがっていた。
「いいのでありますか! 是非欲しいのでありますよ!」
「待って、もらえるのはありがたいのだけれど、そんな貴重そうな物を譲っていいの? それにどうしてそんな物があるのかしら?」
「イリスアルクスは私達の里でも秘薬として扱われていて、食せばどんな怪我や病も治ると言われています。見つけた際には大切に保管してもしもの時に備えてあります。里長にもこれを食べさせたおかげで、シスハ様が治していただくまで持ちこたえられました。精霊術を使って保管していますので、今でももぎ取った直後と鮮度も変わりません。里を救っていただいた方々でしたら喜んでお譲りいたしますよ」
なるほどなぁ、エルフにとってのエリクサーというか万能薬的な存在として大切に保管されていたのか。
そんな貴重な果実を譲ってもらえるのは凄くありがたいけど、そんな物を神魔硬貨の取引に使うのはちょっと気が引けてくるな。
そう思いつつグラリエさんに里の中でも1番大きな木のところへ案内され、根元に作られた部屋へ入り奥へ進んでいくと、段々と明るくなっていき虹色の輝きが増していく。
そして1番奥まで到着すると、中央の台座に複数の長細く七色に輝く果実が丁寧に飾られていた。
「あ、あれがイリスアルクスか……果実なのに凄い存在感だな」
「ええ……まるで宝石のような輝きね。これならプルスアルクスじゃなくても交渉は十分できそうだわ。むしろもう少し条件を吊り上げてもいいかもね」
「ですがあまりに幻過ぎて価値が測れない可能性もあるのが心配ですよ。エルフですら滅多に手に入れられないのでは、冒険者で採取できた人なんているんですかね?」
「確かに人の手でこれを手に入れるのは難しいですね。ただ、昔人の国の王族と取引をした際、イリスアルクスを差し出したことがあると言われています。なのでプルスアルクスが認知されているのなら、この果実を知る人もいるかもしれません」
グラリエさんはそう言いながら、そこまで貴重なイリスアルクスを3つも差し出してきた。
うーん、言われてみたら認知度がなさ過ぎて誰も価値がわからない可能性は十分あるな。
これをプルスアルクスより貴重な果実です! って渡してもそれが本当なのか判断できる人がいない。
実際に食べてもらったら多分極上の美味さなんだろうけど、果たしてそれで交換してもらえるかどうか……。
グラリエさんの言う昔取引した記録やらが残っているのに期待するしかない。
最悪今回の取引は不成立になるのも覚悟しておこう。
さて、さっきも思ったけどやっぱりこんな貴重な果実を貰って取引に使うのは少々気が引けてくる。
なので代わりになるかわからないが、お返しに俺はあるガチャアイテムを渡すことにした。
「それじゃあありがたくいただきますね。代わりにこれを受け取ってください」
「お礼なのでお返しはいらないのですが……こちらは一体?」
「万能薬とハイポーションです。この2つがあれば大抵の病などは治ると思います」
ガチャで排出された回復アイテムであるこの2つを使えば、イリスアルクスの代わりぐらいにはなるだろう。
3つも差し出されたお返しとして、各10個ずつ出してグラリエさんに手渡す。
「そ、そんな貴重な物をいただいていいのですか!?」
「私達は使いませんし神官のシスハがいますからね。貴重な果実を譲ってもらったお礼です」
「うふふ、この私がいればそんな物が不要だとは、大倉さんにしては珍しく素直な意見じゃないですかー」
「う、うるせぇ! 実際在庫が溢れかえってるからな!」
シスハがいるおかげで回復に関しちゃ、俺達はガチャアイテムに頼ることがあんまりないからなぁ。
万能薬もハイポーションも山のように在庫がある。
人との取引じゃこういうガチャアイテムは騒ぎになるから迂闊に出せないけど、エルフとの取引なら大丈夫だろう。
さて、これでお目当ての物は手に入ったけど……1つ確認しておかないといけないな。
「お聞きしたいことがあるんですけど、やっぱりエルフや里の存在は知られない方がいいですよね?」
「えっ? ええ……私共としてはできるだけ知られたくありませんが、何か理由がおありですか?」
「迷宮や魔人がいたことを冒険者協会や国に報告しておくか迷いまして。報告することで今後何か対策をしてくれる可能性もありますから」
「そのような理由でしたらとても助かりますが、昔争ったことを考えるとやはり……」
グラリエさんは顔を伏せてあまり乗り気じゃなさそうだ。
魔人が関わっていた異変だからできるだけ報告はしたいけど、現場がエルフの里の近くとなるとグラリエさん達に危険が及ぶ可能性がある。
どうしたものかと考えていると、エステルがある提案を口にした。
「お兄さん、その件は一旦保留でいいんじゃないかしら? 色々と調べてみてから報告するか、最悪協会長に相談して決めるべきよ」
「うーん、そうだな。クリストフさんなら信頼はできるが……」
「他言するのが心配なら僕に任せてくれ! 魂の盟約を結べば言動を縛れるよ!」
「えっ、そんなことできるのでありますか?」
「死霊術師だからね! 僕の友達にずっと憑依されるだけさ!」
「この死霊術師さん、さらっと恐ろしいこと言ってますねぇ……」
こいつそんなことまでできるのか……確かに言動を縛れるなら安心できそうだけど、クリストフさん相手にそれをするのはちょっとなぁ。
とりあえず報告するかどうかは保留にして、今でもエルフと争いになる可能性があるかどうか調べてから決めるとするか。
バレンタイン?知らない子ですね。
という訳で0時過ぎましたがちょっとしたバレンタインSSです。
――――――
部屋でくつろいでいると、ドタドタと音が聞こえてきてバンッと音を立てて扉が開くとノールが飛び込んで来た。
「大倉殿! バレンタイン! バレンタインなのでありますよ!」
「ん? どうしてそんな行事知ってるんだ?」
「ほら、この本に書いてあるのでありますよ!」
そう言ってノールは本をズイッと突き出してきて、そこにはバレンタイン特集と大々的に書かれていた。
「んで、興奮気味に俺のところに来たのは?」
「はい! チョコをあげるのでありますよ!」
「マジか!?」
ノールは小包を1つ手渡してきた。
バレンタインなんて俺には縁もないイベントのはずだったが、まさかチョコが貰えるなんて!?
そう喜んでみたものの、ノールの腕の中には俺に渡した物以外にも大量の小包が抱きかかえられていた。
彼女はそれを開けると中に入っていたチョコをバリバリと食している。
「……その大量に持っているチョコは?」
「えっ、バレンタインって皆でチョコを沢山食べるイベントでありますよね?」
「ちげーよ! どこの知識だそれ!」
こいつバレンタインをチョコをただ食うイベントだと思って喜んでいやがったのか!?
なんて奴なんだと呆れていると、今度はいつの間にか部屋の中にいたエステルも会話に参加してきた。
「違うわよノール。親しい相手に贈り物をするイベントらしいわ。という訳で、はいお兄さん、受け取って」
そう言いながらエステルは赤いハートの小包を俺に手渡してきた。
おお! 今度こそちゃんとしたバレンタインチョコを……と喜んでいたが、続くエステルの笑い声を聞いてちょっと嫌な予感がしてきた。
「うふふ、心を込めて手作りしたからね。ちゃんと食べて頂戴」
「お、おう……ありがとう」
エステルから受け取ったチョコを見てみると、なんだかちょっと赤い光が漏れているような……まさか魔法がかかっていたりしないよな?
と不安に思いつつ口に入れるとちゃんとした美味しいチョコレートだった。
そうしている間に、今度はシスハまで気が付くと部屋の中にいて彼女も参加してきた。
「面白そうなことしていますねー。仲間外れにしないで私も混ぜてくださいよ。とりあえずこれを大倉さんに渡せばいいんですよね?」
そう言われてシスハの渡してきたのは飾りっ気のない白い箱だったけど、中を開けたら結構気合の入っていそうなハート型のチョコが入っていた
「箱は簡素だけど中は随分と豪華だな……ちなみにこれは手作りなのか?」
「うふふ、そんな訳ないじゃないですかー。既製品ですよ既製品。私ほどの美女から貰えるだけ感謝してくださいね、大倉さん」
「お、お前なぁ……」




