神魔硬貨の謎
ミラジュを取り逃がしてしまった俺達ではあったが、気持ちを切り替えて崩壊した迷宮の周辺を見て回っていた。
迷宮があった場所は広範囲に渡って陥没していて、どこからどこまでが迷宮なのかまるでわからない。
幸い中にいたであろうトレント達は見当たらないから、迷宮内の魔物が周囲に溢れ出す心配はなさそうだ。
「うーん、見たところ迷宮からトレント達が出てくる様子はないな」
「もう完全に破壊されちゃっててどこが迷宮なのかよくわからないけどね」
「あれだけ大きな魔物が出てきたでありますからねぇ。迷宮って壊せるんでありますなぁ」
「エルダープラントが壊したというより、力を吸収されて崩壊したように見えました。あの迷宮自体が精霊樹の力で形成されていたのかも……って友達が言ってます」
眼鏡っぽい物をかけたゴーストがマルティナの傍で眼鏡をくいっとさせて主張が激しい。
なんだあの論者みたいなゴーストは……あいつの友達って個性的なアンデッドもいるんだな。
周辺の調査をしている俺達とは打って変わり、カロン達は酒を飲んで祝杯を上げている。
「わはははは! お前様達も飲め飲め! カロンちゃんが帰る前に一杯やるぞ! 前回渡したのを飲んでいないというから別の物にしたが、これもカロンちゃんおすすめの逸品だぞ!」
「おいおい……まだ完全に終わった訳じゃないのに宴会するなよ」
「うふふ、いいじゃありませんか。もうエルダープラントも倒しましたし、魔人も逃げたみたいですからねー。カロンさんが帰る前に楽しんでおきましょうよ!」
「カロンちゃんのくれたお酒美味しいんだよー。私の里にあった精霊酒ぐらい美味しいー」
「ふむ、酒は好かんが悪くない」
ルーナまで参加してちびちびとだが酒を飲んでいた。
幼女のような見た目だけど酒への耐性はあるのか全く酔っている様子はない。
シスハやフリージアもがばがばと飲んでいるけど、ルーナもさすが吸血鬼ってところか。
俺達がそんなことをやっている間、グラリエさんの精霊体は目を瞑って本人に意識を戻して里の様子を見て回っている。
「グラリエさん、里の方はどうですか?」
『多少の混乱は起きていますが被害はありません。これもあなた方がエルダープラントが近づく前に倒してくれたおかげです』
「被害がないようでよかったです。こちらはもう大丈夫だと思いますので、里の混乱を治めるのに集中してください。帰り道は把握しているので自分達で後から里へ向かいますね」
『……はい、そういたします。里に戻られましたら改めてお礼をさせていただきますが、本当にありがとうございました。カロン様も助けに来てくださりありがとうございます』
「はっはっは、この程度で気にするでない! 里とやらに行く猶予がないのが残念だがな!」
カロンちゃんの言葉を聞いてからグラリエさんの精霊体は消えていった。
里に被害はなかったけど、あれだけ激しくエルダープラントが暴れたから衝撃とかが伝わって混乱が起きているはずだ。
こっちはもう済んだし今は里の沈静化を優先してもらいたい。
「はぁ……エルダープラントを倒したけど、まだ迷宮は攻略したって訳じゃないんだよな?」
「前の迷宮のパターンからしたら、最深部へ行って台座にスマホをかざしていたものね」
「このめちゃくちゃになった迷宮の跡地からあれを探さないといけないんでしょうか……。さすがに骨が折れるってもんじゃないですよ」
「面倒だ。このまま放置しよう」
「馬鹿野郎! あんなに苦労したのにこのま引き下がれるか! 迷宮達成報酬があるんだぞ!」
「報酬があるからあんな必死に迷宮の跡地を見ていたのでありますね……。相変わらずの欲深さなのでありますよ」
エルダープラントは倒したものの、スマホに迷宮攻略の通知は来ていない。
つまり迷宮はまだ攻略できていないということだ。
攻略達成するには最深部にある黒い板の付いた台座にスマホをかざす必要があるのだが……陥没して跡形もなくなった迷宮から探し出すのは難しい。
もう迷宮自体はエルダープラントのせいで力を失っているみたいだけど、後が怖いから完全に攻略しておきたいよなぁ。
と、考えていると酒を飲んで騒いでいたカロンちゃんが話に加わってきた。
「むむーん? 何か探し物でもしてるのか?」
「ああ、迷宮を完全に攻略した証にスマホをかざす台座がどこかにあるはずなんだ」
「ほほーお? よくわからんが瓦礫の中にあるということだな。よし、このカロンちゃんに任せろーい!」
そう言って大剣を黒い翼に変化させて、しゅっばと飛んで勢いよく陥没した迷宮跡地に突っ込んでいった。
轟音と砂ぼこりを立てて瓦礫を吹き飛ばして中に入っていき、それから何度もドゴンバゴンと音と地響きが起きる。
しばらくして一際大きな衝撃音と共にカロンちゃんが迷宮跡地から飛び出すと、片手で見覚えのある台座を持ち上げていた。
マ、マジかよ……最深部にある台座を引っこ抜いてきやがったぞ!?
「ほれ、これがお目当ての台座とやらか?」
「そ、そうだけど……あの中からよく見つけられたな」
「はっはっは! カロンちゃんにかかればこの程度造作もない! だが随分と奇妙な気配を放つ台座だなぁ」
「へー、迷宮ってこんなのがあるんだね」
「確かに不思議な気配を感じるかも……魔力とも負の力とも違うね」
マルティナとカロンは台座から何やら感じ取っているようだ。
それはいいとして、持ってきてもらったからにはさっそく討伐報酬を受け取るとするか!
スマホを台座に付いていた黒い板にかざすと、バイブが振動して画面に表示が出てきた。
【迷宮達成報酬:魔石900個、プレミアムチケット×3、SSRコストダウン×3、SSRスキルアップ×3】
「うひょひょ! 報酬めっちゃ豪華じゃないか!」
「おお、本当に凄い豪華なのであります! 今までに比べても高難易度だったからでありますかね?」
「迷宮が活発化するほど報酬もよくなるのでしょうか? 物騒な話ですけどちょっと狙いたくなってきますよ」
「あの大量のトレントやエルダープラントの相手をするのを考えたら、これでも割に合わない気がするけどね」
いやぁー、これは大変喜ばしいぞ!
魔石の数も多いけど、その他の副産物も凄まじい!
あのバカみたいに広い迷宮を探索して、エルダープラントを倒した甲斐があるってもんだ。
……まあ、エステルの言う様にもう少し報酬をもらいたくはなるけどな。
無事に迷宮攻略もあっさりと達成してしまい、カロンの召喚時間が終わるまでこの場で宴会を開くことになった。
俺も酒を受け取って飲みながら色々と話していたが、ミラジュの話になるとカロンちゃんは悔しそうに歯軋りをしている。
「しかし思い出しただけでも腹立たしい。あの小娘に逃げられてカロンちゃん悔しいぞ」
「エルダープラントを倒した直後であいつ自体逃げ特化だったから仕方がないさ」
「そうね。カロンが察知して妨害したおかげで、何かを回収するのが目的だったのもわかったもの。あの後自分からバラしてくるとは思わなかったけれど……察知しなかったら黙って逃げた可能性もあるわ」
もしあのまま気が付かずに宝石らしき物を持ち去られていたら、あいつの目的は全くわからず仕舞いになるところだった。
まあ、目的がわかったのはいいが、あの宝石の正体は結局わかってないんだけどさ。
そんな話の中ノールが俺も気になっていたことを言い始めた。
「でも、どうして神魔硬貨をわざわざ渡してきたのでありますかね?」
「あの魔人さんは気まぐれな感じがしましたからねぇ。何を考えているのかさっぱりわかりませんよ。私的にあのタイプが一番厄介なので苦手ですね」
「ほぉー、そういえばあの硬貨を集めてるだとか言ってたな。どれ、私に見せてみろ」
罠の可能性を考えてミラジュが渡してきた神魔硬貨は慎重に調べたけど、特に何も仕掛けられてはいなかった。
カロンちゃんに神魔硬貨を渡すと真面目な顔でじっくりと観察し始め、ふむふむと頷くと聞き慣れない言葉を口にする。
「なるほど、これは神力が含まれているな」
「神力?」
「文字通り神の力ということだ。まあ、神力といってもこれに含まれているのは極々小さなものだがな。大きさに例えたら視認できないぐらい小さいぞ。このカロンちゃんじゃなきゃ見逃しちゃうぞ」
「神の力が入ってるってその硬貨凄い物だったんだね」
「神魔硬貨という響きだけでもそそられるのに、神の力とかカッコいいじゃないか! 僕に1枚ください!」
マルティナが目を輝かせて神魔硬貨を見て欲しがっている。
神や神の力とか言われたら、そりゃ中二心をくすぐるよなぁ。
それにしても神力ねぇ……硬貨の正体が判明しそうだけど、話が急過ぎてどうもピンとこないぞ。
「神の力が関わってるってことは、この硬貨は神が作った物ってことか?」
「そうとは限らないがそれに近い何かが作った可能性はあるな。神力は魔力とは一線を画す力の名称だ。私も神力を扱えるぞ」
「貴様も神ということか?」
「はっはっは、それは私にもわからん! ただ私は龍の中でも神に近い存在だ。昔は神と呼ばれた他の輩によく喧嘩を売っていたぞ。今の状態では力を制限されて神力は使えないがな」
えっ、星5の状態でも制限された状態なのかよ!?
……いや、そういえばURユニットバトルは、さらに強化されたっぽい称号だったか。
一体このガチャでの強化は星いくつが上限なんだろう。
もしかして呼び出す前は、ノール達ももっと強い状態だったってことなのだろうか。
うーむ、色々と気になってくるけど、そんな神の力が含まれた神魔硬貨を俺のスマホは吸収して何かしらに変換できる。
つまりこのスマホもカロンの知る神とやらが関係しているんじゃないか?
これはカロンちゃんに聞いてみるしかないな。
「神っていうのが俺のスマホに関わっている可能性はあるのか?」
「知らん! カロンちゃんは何でもは知ってる訳じゃないぞ! そもそも神というのは存在自体があやふやだからな。姿形を持たない者や、このカロンちゃんのように他人に崇められて神と呼ばれる者もいる。他の世界に干渉できるような存在もいるのかもしれないが、少なくとも私は認知していない」
そんな自信満々に知らないと言われても……龍神であるカロンちゃんでさえ神が何なのかわからないってことか。
姿形を持たないのに神って呼ばれてるのは、概念的な存在ってことなのかねぇ。
そりゃ認知できそうにないし神が何なのかなんてわからないわな。
とりあえず俺のスマホや異世界に来たことに関しては、何かしらの神が関わっている可能性が出てきたってところだな。
色々と教えてくれたカロンちゃんは、ぐったりと寝っ転がってだるそうにしていた。
「ふぅ、説明で疲れたからもう残りの時間は宴をしていたいぞ」
「むむぅー、カロン達が飲んでるお酒美味しそうなのでありますよ。私も飲みたいのであります」
「おお、どんどん飲むといいぞ! カロンちゃんは大歓迎だ!」
「おいおい。こいつは酒に酔いやすいんだぞ……」
「よいではないかよいではないかー」
「大丈夫ですよ大倉さん。どれだけ酔っても回復魔法があればちゃちゃっと酔いも醒めますよ」
正直あんまりノールには酒を飲ませたくないけど、本人も飲みたがっているしカロンと一緒に飲める機会なんて滅多にないから好きにさせておこう。
それから難しい話はなしにして、平和的に宴会騒ぎが始まった。
その最中に俺はエルダープラントとの戦いで忙しくて聞く暇がなかったが、気になっていた疑問をマルティナに投げかける。
「そういえばマルティナはカロンを知っているのか? 見た途端随分と畏まってたじゃないか」
「カロン様って言えば超々有名人だよ! 歴史の本には絶対に名前が出てくるぐらいさ! 僕の好きな冒険譚にもカロン様が出てきて、主人公達を救ったりしてたからね! 本当に実在しているなんて……感動ものだよ」
「ほほぉ、私がそのように噂されているとは。カロンちゃんそういうの大好きだぞ! 死霊術師の娘よ、お前にこれをくれやろう」
カロンちゃんは大剣で自分の爪を斬るとマルティナにそれを投げ渡した。
それを両手で受け止めた彼女は、全身を震わせて挙動不審になっている。
「あ、あばばばば……あ、ありがたき幸せです!」
「うむうむ、これからも精進するのだぞ。お主程の力を持つ死霊術師はカロンちゃんも稀だ。その力誇っていいぞ!」
「あうぅぅぅぅ……カロン様に褒められるなんて夢みたいだ……」
マルティナはむせび泣いて今度は感動に身を震わせている。
龍神ともなれば歴史の一部に出てくるのも不思議じゃないが、そんな憧れの存在の実物に会ったらこれぐらい感動するのも無理はないか。
カロンちゃんは満足そうに頷いた後、今度は俺に何かを投げ渡してきた。
「ほれ、お前様にもまた餞別をやろう」
「これは……?」
「カロンちゃんの牙だ! 爪に比べたら私との繋がりも大きいからガチャとやらに役立つだろう。今回の呼び出しである程度繋がりある物が影響するのもわかったからな。本当は鱗を渡したいところだが、それはちょっとまだな……カロンちゃん恥ずかしいぞ」
「お、おう……ありがたく牙を貰っておくよ」
カロンちゃんは頬を赤くしながら尻尾をブンブンと振って恥ずかしがっている。
渡されたのは手の平サイズの鋭い牙だった。
今のカロンちゃんの大きさからしたら明らかに大き過ぎるのだが……もしかしてドラゴンの姿になったりもできるのか?
鱗は恥ずかしいけど爪や牙は良い基準がよくわからないぞ。
そんなやり取りを終えた直後、カロンちゃんの体が発光し始めた。
これは……緊急召喚の時間が切れた合図だな。
「むっ、残念だが時間が来たようだな。正式に召喚される日を楽しみにしているぞ」
「カロンちゃんまた会おうね!」
「ふむ、別にどっちでもいいがまた来い」
「名残惜しいですけど宴会もお開きですね」
「カロン様ありがとうございます、ありがとうございますぅ!」
「またね。次会うのを楽しみにしているわ」
「えへへー、また会おうねカロンー」
「おうおう、豪快に酔い潰れたな! お主そんな素顔をしておったのか!」
デロンデロンに酔いヘルムを脱いだノールがカロンに抱きついている。
やっぱり既に出来上がっていたか……口調まで崩壊してやがるぞ。
「それではさらばだ、また会おう!」
カロンちゃんは楽しそうに笑いながらそう言うと、体が光の粒子になりスマホの中に吸い込まれていった。
前回は俺だけで見送ったけど、今回は全員で見送れてよかったぞ。
またカロンちゃんに助けられちまったなぁ……次に会う時は正式な召喚にしたいものだ。
くだらない私事ですが、今日歩いていたら数年振りに鳥の糞が頭に直撃しました。
家を出た直後で助かりましたが久しぶりにキレちまったよな事案でしたね……。




