触手の元
触手の供給源である中間地点へ向かい移動している間にも、何度も何度もその触手から俺達は襲撃を受けていた。
今もマルティナのデバフとエステルの魔法のコンビネーションに加えて、ルーナのカズィクルによる一撃で行動不能に追い込む。
一仕事終えたルーナはスキルによる反動が出てくる前に、血の入った瓶を取り出してグビっと飲んでいる。
「……んぐ、ぷはー。労働の後に飲む血は格別だ」
「凄く美味しそうに飲んでるよねー。そんなに美味しいの?」
「平八味はそこそこだ。……エルフ味も気になる。ヘルシーな気がする」
「えっ……わ、私の血は美味しくないんだよ!」
「へぇー、血に味の差なんてあるんだね」
「ふむ、貴様の血も美味そうだ。負の力は舌に合う」
「えっ」
ルーナが舌なめずりをしながらジーとねっとりした視線をマルティナに向けると、彼女は青ざめて後ずさっている。
確かに負の力とやらが強そうなマルティナの血は、俺のよりもルーナと相性がかなりよさそうだ。
飲んだらさらに力が向上するとかありえそうだから、本人が嫌がらないなら試してみるのもありかもしれない。
「それにしてもあの触手は切りがないっぽいな。もう何本も燃やし尽くしてるのに襲ってきやがるぞ」
「消し炭にしちゃえば多少時間は稼げるみたいだけれど、壁の中で蔓がまた再生してるのかしら」
「複数本存在して再生までしてくるんですから厄介ですね。同時に襲って来ないのは助かりますけど」
「中継している場所にいる何かを止めない限りは襲ってきそうでありますなぁ。そろそろ近いでありますよね?」
『さっきの蔓からも辿ってみたがかなり近い。今襲ってきたのが再生する前には到達するはずだ』
中継地点の存在が判明してから何度も触手の襲撃を受けていたけど、ようやくご対面できそうだな。
今倒したエルダープラントの末端も、大きく開いた口のような部位からエステルが追撃で3倍に威力を増した火炎魔法を送り込んで炭になるまで焼いて処理している。
最初の方は行動不能になった後の追撃はしてなかったけど、この処理をすることで触手の出てくる頻度がだいぶ遅延できた。
エステルの魔法でもかなり時間がかかるが、それ以上に襲撃まで時間を稼げるから倒した触手は全部炭化するまで燃やしているのだ。
この作業も中継地点にいる何かを潰せば必要なくなるのだが……一体何がいるのやらか。
不安交じりに先へと進んでいくと、地図アプリ上に開けた大きな空間が映り込んだ。
恐らくそこが中継地点だとあたりを付けて、マルティナのゴーストに先行してもらう。
そして視界共有でその空間の様子を見せてもらうと、そこには巨大な黒い茎が生えていた。
大き過ぎてもはや木の幹に見えるけど、表皮の感じからして茎というのが近いだろう。
ドクンドクンと全体が脈打っていて、ポンプのように今もどこかに力を送っているように見える。
それ以外には特に気になる物や魔物は見当たらず、脅威になりそうな物はなさそうだ。
「こいつが末端と本体を繋いでる部位なのか?」
「まさに中継って感じだわ。戦闘能力はなさそうに見えるけれど……」
「むむぅー、僕の友達にも無反応だよ。生命力はかなり強いから、これが触手に力を供給してるんだろうね」
ふーむ、中継地点なら結構重要そうな場所なのに他に魔物すらいないとは……罠か?
一応マルティナが複数のゴーストを送り込んでその部屋全体を調べ上げているけど、壁の中とかにトレントとかが潜んでる様子もない。
あまりにも無防備過ぎて逆に怪しく見えてくるんだが……よし、ここはもう1つ試してみるとするか。
「部屋に入る前に攻撃しておくか。エステル、全力で魔法を撃ってみてくれ」
「あら、全力でなんて珍しいわね。それじゃあ張り切っていってみましょうか」
「ピンポイント、ピンポイントに頼むぞ! 爆破系はダメだからな!」
「エステルが全力で爆破をしたら迷宮自体崩壊しそうで怖いでありますよ……」
「迷宮は耐久力が高いので大丈夫だと思いますけど、余波で私達も無事では済まなそうです」
「心配しなくても爆破系は使わないわよ。動かない相手ならもっといい魔法があるからね」
エステル相手に全力って言葉はあんまり使いたくないんだが、この迷宮だとそうも言ってられないからなぁ。
さっそく俺の要望通りにエステルはグリモワールを開いて杖を掲げ準備をしている。
宙に描かれた魔法陣の中心に光が収束していき巨大な球が形成されていく。
その様子を見てマルティナは慌ててゴースト達を撤退させている。
「えいっ!」
掛け声と共に光の球はゆっくりと移動を始めて茎のある場所へ向かっていく。
俺達は曲がり角に避難してさらに離れて見守ると、少しして通路の先から強烈な光で照らされてあの球が炸裂したのがわかった。
全く爆音も振動もなくただ光を放っているだけだけど、多分相当えぐい威力してるんだろうな……。
しばらくその光が続いたがようやく収まり、またマルティナのゴーストに偵察へ行ってもらう。
さて、チャージしたエステルの3倍魔法を食らえば大抵の相手は無事ではすまないんだが……。
視界共有でどうなったか確認してみると、そこにはさっきとなんも変わっていない茎が相変わらず脈打っていた。
「無傷!? 無傷だと!?」
「エステルのあの魔法を受けて無傷なのでありますか!?」
「むー、悔しいわね。もう2、3回撃ってもいいかしら?」
「あ、ああ、やってみてくれ」
それから立て続けに2発、3発……頬を膨らませて意地になりながら計6発もエステルは同じ魔法を放ったが、あの茎の表面にすら全く傷はつかなかった。
「マジかよ……エステルの全力の魔法でもダメージがないなんてありえるのか?」
「魔法耐性がエステルでも破れない程高いのでありますかね? それとも何か固有能力やスキルを持っているのでありましょうか……」
エステルの魔法を全く受け付けないとなると、魔法耐性が異常に高いってところか?
このまま中に入らずに外側から一方的に攻撃して倒すのは無理そうだな……。
だけどあれだけ攻撃しても他の魔物が出てこなかったから、他に何か潜んでいる可能性はだいぶ低いはずだ。
あの茎も攻撃してくる様子はないので、俺達は近づいて正体を確かめることに。
中に入って実際に自分の目で確かめてみると、その茎は見上げる程大きくてやはり巨木と言ってもいいぐらいの存在感を放っている。ちょっと丸みがあってまるで燃料タンクみたいだぞ
さてさて、とりあえずステータスアプリでこいつが何なのか確認だな。
――――――
●エルダープラント(複核) 種族:プラント
レベル:90
HP:45万
MP:20万
攻撃力:0
防御力:1万
敏捷:0
魔法耐性:200
固有能力 超再生 防被膜 精気貯蓄
スキル プラント生成
――――――
「私達が近づいても無反応なのね。触手はあんなに狂暴だったのに意外だわ」
「ステータスを見る限りエステルさんの魔法が全く通らなかったのも不思議ですね。防被膜って固有能力のせいでしょうか?」
「あの硬そうな皮がそうなのかな? どうやったら破れるんだろ」
「僕の負の力で抵抗力を下げてみる? それならエステルさんの魔法で倒せるかも」
「そうね。近くなら私ももっと威力を上げられるから試してみましょう」
魔法耐性だけ見れば200でもあの魔法を完全に防ぐのは難しいはずだ。
エステル自身の固有能力や装備やらである程度魔法耐性を下げられるからな。
近くに来てもエルダープラントの複核は攻撃してくる様子がないので、マルティナが近くでじっくりとデバフを与えつつ再度エステルに魔法で攻撃してもらう。
が、結果はやはり無傷。
さらにノールやフリージア達も試しに物理的攻撃をしてもらったが、結果は同じく全くダメージを与えられなかった。
「ダ、ダメでありますね……。私達の攻撃でも刃が通らないのでありますよ!」
「どこ探しても弱点が見当たらないんだよ! どこ攻撃すればいいの!」
「精気を運搬するための存在だけあって、防御力に特化しているのでしょうか?」
うーむ、ノール達の攻撃が全く通用しない相手が出てくるとは……これが固有能力の防被膜ってやつなのか?
これだけの防御力があるから護衛的な存在がいないのかもな。
まあ、事前に俺達が末端である触手を倒してあるから襲ってこない可能性もあるが。
時間をかければ触手も再生してくるから、早いとこ何とかしなければ……。
どうしたものかと思案していると、ずっと黙っていたグラリエさんが声をかけてきた。
『試したいことがあるのだが協力してもらえるか?』
「はい、何か気になることがあるなら何でも言ってください」
『壁を貫通させる魔導具であの複核とやらに繋がっている触手を露出させてほしい』
「触手をですか……?」
『先ほどあなた方が倒した触手に精気が流れている最中のようだ。その隙に近くで触手に触れられれば、何か干渉できるかもしれない』
触手を倒したとはいえ、それは壁の外に出ている部分だけだ。
壁の中でこの複核と繋がっている部分は残ったままだから、しばらくするとまた触手が再生して襲い掛かってきていた。
かといって迷宮の壁は俺達の力で破壊できるものじゃないと諦めていたけど……ディメンションホールを使えば中を少し開くだけならできるかもしれない。
グラリエさんの指示に従って壁の中にある触手の位置にディメンションホールを突き刺してみた。
そして壁を開いてみると少しだけだけど、脈打つ触手の表面が見える。
ほぉ、通り抜けるだけじゃなくて壁の中にいる奴を、こうやって露出させるためにも使えるのか……。
まだこれを見てから時間が経っていないのにこんな発想ができるとは、グラリエさんを見習わないとな。
さっそく露出した触手にグラリエさんが手を触れてみたが、眉をひそめて何やら難しそうな顔をしている。
『……このままでは干渉できないな。すまないがルーナさんの槍であの技を使ってもらってもいいだろうか?』
「ふむ、いいだろう。今回は私のカズィクルが大盤振る舞いだ。平八、血を貯め込んでいてよかったな」
「あ、ああ……またしばらく血をストックしないと……」
「私も協力したいですがルーナさんのお口に合わないのが残念です……。代わりにフリージアさんとマルティナさんにも献血してもらいましょう。回復魔法で治療はするのでご安心ください。1リットルぐらいは余裕ですよ」
「えっ」
ノールとエステルにも協力してもらいながら、ちびちびとルーナのスキル用血液入り小瓶は貯め込んでいたから、4分のクールタイムが終わり次第すぐにカズィクルを使える。
俺達の中でもルーナのスキルが反動を含めても1番使い勝手がいいよなぁ。
実際今回はエルダープラントの末端を倒すのに大活躍中だ。これでいつもやる気さえ出してくれれば……。
グラリエさんに頼まれたルーナは、さっそく赤いオーラを纏ったブラドブルグで露出した触手を突き刺した。
カズィクルを発動した1撃でも拳程度の穴が開く程度だったが、穴さえ開けば十分だとグラリエさんはそこから手を突っ込んだ。
周囲に警戒しつつも一体何をするのか見守っていると、突然エルダープラントの複核が激しく震え始めた。
「な、なんだ? 複核が動いてるぞ」
「むむっ、表面に切れ目が出てきたのでありますよ!」
震えるのに呼応するかのように表面に切れ目が現れると皮が剥けだした。
防被膜に包まれた中身は赤黒く光る球体で、一際強く輝いて周囲が揺れ始める。
まずい、何かやってきそうだぞ! その前に複核を潰しちまわないと!
「マルティナ、あの核にデバフを! エステル、その後攻撃だ!」
「了解! 守りを失い裸になった相手でも僕は容赦しないよ!」
「ええ、任せて。さっき防がれた分思いっきり撃ち込んであげるわ」
マルティナはゴーストを複数放ち核に纏わり付かせてデバフをかけ、エステルはグリモワールを開いて光の球体を10個以上同時に展開し始めた。
その間に複核の剥けた皮が地面や壁まで伸びて触手に変化しつつあったが、その前にエステルが杖を振り下ろして魔法を放つ。
10を超える光の球は瞬く間に赤黒い核に殺到して、目を開けられない程の光を放ちながら炸裂した。
光が収まって目を開けば、茎の原型は残っているが赤黒い核は完全に消滅していて、残されていた皮や触手は徐々に枯れ始めている。
防被膜さえなければマルティナのデバフとエステルの魔法でオーバーキル状態みたいだな……。
「中身さえ露出させてしまえばあっけないものですね。一体何をなさったのでしょうか?」
『流れる精気を利用して内部から精霊術で攻撃したのだ。あれほどの相手だと攻撃と呼べるものにもなっていなそうだが、やる意味はあったようだな』
「外部からの攻撃には強くても内部は弱かったようね。ダメージを受けること自体想定してなくて、慌ててプラントを生成しようとしたってところかしら」
「あのまま複核が動かずにいたらお手上げでしたけどね。普通は迷宮の壁に阻まれていますから、こんな攻撃はできないのでエルダープラントからしたら緊急事態でしたか。とにかくこれでこの周辺の触手は消えそうですね」
『まだ残っている複核の残骸から本体を辿ってみよう。上手くいけばこれで最深部にいけるかもしれない』
そう言ってグラリエさんは枯れ始めているエルダープラントの残骸に手を触れて力の供給元を辿っているようだ。
これで触手の供給源だった複核を1つ消滅し、さらに大元まで辿れそうだが……。
触手と複核でさえこれだけ手こずるとは、エルダープラントの本体は一体どれぐらい脅威なんだろうか。




