深層に潜む者
地獄の底に続くような螺旋階段を進んだ先は、ほのかに光を発する黒い壁や地面で形成された迷宮の2層目。
上の層と同じく木造のように見えるけど、試しに手で触れてみるとまるで鉄みたいな肌触り。
それだけじゃなく、何なのかよくわからないが威圧されるような雰囲気が辺りに漂っている。
1層目に比べるとかなり広い空間で、通路のような場所でも縦横10メートルは越えていそうなぐらい巨大だ。
「ここが2層目ってところか。上の層や今までの迷宮と比べると随分不気味な感じがするな……」
「魔素が濃いのは同じだけれど、得体の知れない力が混ざっているのも感じるわね。ここに魔物がいるのなら注意した方がよさそうよ」
「1層目であれだと2層目は一体どんな場所なんでしょうか。また迷宮の構造が変化するタイプだったらめんどうですね」
1層目を突破するのにも数日かかったのに、また同じような仕組みだったらどうしようか……。
まあ、そうだとしてもある程度法則性は似ているだろうし、ディメンションホールもあるから1層目より早く攻略はできそうだけどさ。
とりあえずまだ未知の領域なのに変わりはないので、地図アプリで様子を見つつマルティナに複数のゴーストを先行させてもらっている。
「うーん、友達からの報告だと魔物の気配はないみたいだね」
「地図アプリで見ても魔物の反応がないな。マルティナの探索にも引っかからないなら隠れてる訳でもなさそうだが……」
「楽でいいが不気味だ」
「上にはあんなにいっぱいトレントがいたのにね。これならすぐに奥まで行けそう!」
この迷宮のトレントは地図アプリの探知がまるで役に立ってないけど、ゴーストで直接偵察しているから擬態していたとしても看破できるしその線は薄い。
となると、今探索し終えている場所には魔物が一切いないと思っていい。
1層目に溢れんばかりに大量のトレントがいたのにそんなことがあるのだろうか。
迷宮を甘く見ると確実に痛い目を見るだろうし、このままホイホイ奥まで進むのもなぁ……。
マルティナのゴーストに探索を続けてもらい様子見をしながら皆で話し合っていると、グラリエさんは周囲を見渡して何やら気になっているご様子だ。
「グラリエさん? 何かありましたか?」
『上にいた時は感じなかった妙な気配がある。何なのか具体的には判断できないが恐らく魔物だろう。同一の気配を複数の方向から感じるのがよくわからないが……』
うーん、何となく何かがこの階層に潜んでいるのはわかるけど、はっきりとした正体は掴めていないようだな。
同一の気配っていうのもよくわからない。マルティナやフリージアも首を傾げてわかってなさそうだから、グラリエさんだけが感じ取れる存在ってことだ。
この迷宮に来てからグラリエさんだけが感じ取れるものと言えば、精霊樹に関連したものだと思う。
魔物だと予想をしているが……マルティナのゴーストが未だに発見できていないのを考えたら絶対厄介な奴だよなぁ。
ゴーストがある程度探索を終えて安全を確認できたのもあり、俺達はゆっくりとだがまた探索を再開した。
やはり事前に偵察した様子通り魔物はおらず罠すらなく、何の妨害もなく進んでいける。
「今のところ変動も起きないしホント何もないな」
「迷宮の奥で魔物も出てこないでありますし、こんなに静かだと逆に不安になるでありますね」
「あの棒で一気に進むのはどうだい? 友達が先行している辺りまでなら安全だと思うよ」
「いや、いきなりディメンションホールを使うのは避けたい。マルティナのゴーストを信用していない訳じゃないけど、まだこの階層の特性的な物がわからないからな。この平八は意外と慎重派なのだよ」
「臆病なだけな気がしますけどねー。ですが、大倉さんの意見には賛成しておきますよ。迷宮は何が起きても不思議じゃありませんから、いくら警戒してもし足りません」
「いきなり入り口から離れ過ぎるのもね。いざって時にすぐ逃げられるようにはしておかなくちゃ。退路の確保は重要だもの」
迷宮をすぐに攻略したい気持ちはあるけど、1層目でディメンションホールを使い魔物の溜まり場にぶち当たったのを考えると安易に使うのも躊躇してしまう。
グラリエさんの言う謎の存在も気がかりだから、そいつの正体がはっきりするまで大胆な動きは控えるべきだ。
そう俺が懸念しつつも警戒しながらしばらく進んだ頃、静かだった迷宮に変化が訪れた。
「うん? 揺れ始めたぞ……」
「またさっきみたいに構造が変わるのかな?」
「同じ仕掛けか。面倒なだけで芸のない迷宮だ」
『……いや、待て。気配が近づいて――避けて!』
グラリエさんがそう叫んだ直後、揺れが一際大きくなり右側の壁から巨大な黒い蔦が飛び出してきた。
あまりに突然過ぎて警戒していたはずなのに一瞬反応が遅れ、物凄い速度で迫ってくるそれが目前まで迫ってくる。
が、俺達の目の前に既に集まっていた紫色の靄の中から、一瞬で黒い巨大な骸骨が姿を表した。
それはマルティナが友達と豪語するアンデッドの中で最も強力な存在、メメントモリだ。
メメントモリは迫りくる蔦を手に持った巨大な盾で受け止めると、押されながらもそれ以上前に進むのを抑え込む。
マルティナの体からは濃い紫色のオーラが放たれていて、後押しするようにメメントモリへ注がれていく。
「ぐぅ……ぼ、僕の友達が押されてる……」
「えいっ!」
エステルの魔法による爆撃を受けて、黒い蔦は仰け反って怯んだ。
メメントモリに接触していたからかマルティナの負の力が纏わりついたようで、デバフのおかげか爆破された部分は激しく焼け焦げている。
すぐにピタッと止まってこっちを見ている様な素振りをすると、また凄い速度で壁の中へ戻って姿を消した。
蔦が消えていった部分は何事もなかったように元通りになっている。
メメントモリよりも遥かにでかい蔦が出てきたっていうのに穴すらないなんて……まるで最初からこの壁の一部だったみたいじゃないか。
「なんだったんだ今のは……倒しきれずに逃げられたぞ」
「攻撃は効いていたみたいだけれど、全く倒せる気配がなかったわね。マルティナのデバフがなかったら危なかったかもしれないわ」
「メメントモリの体がバラバラになりそうだったみたいだよ……。全力で負の力を使わなかったら押し負けていたね」
「本当にあの魔物は何だったのでありましょうか……。大倉殿、ステータスは見てなかったのでありますか?」
「いや、逃げる前に一応ステータスアプリに表示できたぞ」
エステルの攻撃で蔦が怯んだ隙にスマホのカメラを向けるのに成功していた。
ステータスさえ見れればあいつが何だったのか判明するはずだが……。
――――――
●エルダープラント(末端) 種族:プラント
レベル:85
HP:?
MP:0
攻撃力:1万1000
防御力:1万
敏捷:200
魔法耐性:185
固有能力 擬態 超再生 表皮剥離 同化
スキル 精気吸収 束縛 鋼鉄化 種子弾
――――――
ひぇ……今まで迷宮で遭遇した中でもぶっちぎりで強くないか!?
というかHPの表示が?ってなんだよ! 名前にもなんか気になる表記が入ってるし……。
シスハ達にもステータスを見せると、俺と同様に困惑と不安が入り混じった反応を見せていた。
「エルダープラント……名に恥じない強さですね。HPが表示されていませんよ」
「名前に末端って付いてるのが気になるわね。ステータスアプリに表示されることはいつも意味があるから、これは結構重要な手がかりかも」
「くくっ、末端と言えば本体! つまりどこかに本体がいるってことさ!」
「おお! すぐわかるなんてさすがマルティナちゃんなんだよ!」
「その程度の予想誰でもできる。だが、そう単純とは思えん」
うーん、確かにルーナの言い分も一理あるな。
本体がいてさっきのはそいつの一部って連想しやすいけど、迷宮の魔物がそこまで単純だろうか。
そう俺も疑問に思ったのだが、考え込んでいたグラリエさんがマルティナの意見を肯定することを言い出した。
『いや、恐らくその予想で正しいだろう。今の襲撃で妙な気配の正体があれだとわかった。周囲に散らばっている同様の気配もあれに違いない。本体から伸びた蔓がこの層全体に広がっているのだろう』
「この層全体に触手を伸ばせるって、本体はどんだけ大きいのでありましょうか……。他の魔物がいない分強いんでありますね」
「末端であれですからね。本体は最深部で待ち構えている可能性が高そうですけど、一体どれだけ強いか想像もできませんよ。末端の襲撃もいつ来るかわかりませんから注意しましょう」
何とか最初の不意打ちは防げたけど、あの蔦がまた襲ってくると考えたら油断できないな。
しかも広範囲に複数広がっているとなると、1本だけじゃなくて同時に複数襲ってくる可能性もある訳で……。
グラリエさんなら事前に襲撃してくる方向がわかるみたいだから、対策を考えつつできるだけ早く本体を見つけないとな。




