変動する迷宮
襲い来るトレント達を撃退しつつ精霊樹の迷宮を探索しているのだが、未だに最深部に辿り着く雰囲気は微塵もない。
探索をしているとかなりの頻度で迷宮内が動き出して、今まで繋がっていた道が途切れて他の場所にくっつき配置が変わっていく。
さらには探索を続けて判明したのだが、変動した一定範囲は地図アプリの登録が初期化されてしまい、またその付近に行かないと表示がされなくなってしまう。
おかげで奥に進んでいたと思ったらまた入り口の方に戻る道に入ってしまったりと、ただでさえ広い迷宮を思うように進むことができずにいた。
「ふぅ……やっぱりこの迷宮かなり広いな。内部が変動すると地図アプリまで初期化されるからたちが悪いぞ」
「これだといつまで経っても探索しきれないでありますね。体は大丈夫でありますけど、精神的に疲れてくるでありますよ」
『迷宮が活性化した影響で内部構造も広くなり変化も多いのかもしれない。私の知る迷宮の情報でもここまでの変化は聞いたことがない』
グラリエさんの事前の情報だと、昔は迷宮内の変動は多くても数日に1回とかだったらしい。
それが今回は早いと10分に1回は変動が起きて、遅くても30分に1回は確実に迷宮内部の構造が変動している。
変動は俺達から遠い場所でのみ起きているから巻き込まれる心配は今のところない。
偶然なのか仕様なのかわからないけど、構造が変化するのに巻き込まれたらどうなるのか恐ろしいぞ。何か変化の予兆があればいいんだが……。
でも、ちょっとだけこの迷宮の法則性は見えてきたかもしれない。
俺がそう思案している中、エステル達も疲れを心配する会話をしていた。
「敵の襲撃も不意打ちが多くて気が抜けないわ。マルティナとフリージアも疲れてきたんじゃない?」
「私は大丈夫! 狩りで獲物をじっと待つこともあったから慣れてるよ!」
「僕も平気かな。襲われるのに慣れてるから普段と変わらないよ。魔物が相手だからまだマシだと思う」
「ならいいけれど……マルティナはこれが初めての迷宮なんだから無茶はしないでね」
「う、うん……ありがとうございます」
マルティナとフリージアのおかげで、潜んでいるトレント達を事前に察知できるから助かっている。
そのせいでだいぶ負担が多いのが心配なのだが、2人共どうやら平気そうだ。
そんな頼もしい2人とは違って、シスハに寄りかかってて今にも倒そうな吸血鬼様がお1人……。
「もう無理……息をするのも面倒だ……………………苦しい」
「大倉さん、そろそろ休憩にいたしましょう! このままではルーナさんが倒れてしまいます!」
「うーん、そうだな。闇雲に探し回っていても体力を消費するだけだし、ちょっと確認したこともあるからちょうどいいか」
ルーナは本当に息をしていなかったけど、しばらくして苦しそうに呼吸をしないことを諦めた。
息すら面倒になるほど疲れてやがるのかよ……。
だけど俺達も少し疲れてきたし、フリージア達も大丈夫そうではあるが負担が多いのは事実だ。
休憩したくなるほど疲れてからじゃ迷宮だと手遅れになりかねないから、余裕がある内に休んでおいた方が得策だろう。
それに地図アプリを見て気になったこともあるから、検証がてらちょうどいい。
そんな訳で俺が気になっている地点まで移動して、そこをキャンプ地として休憩することに。
「お兄さん、休憩する場所にここを選んだ理由があるのかしら?」
「ああ、地図アプリで確認している時、ここは迷宮が変動しても表示が初期化されてないんだ。同じような場所が他にもいくつかある」
そこそこの大きさの広間でトレントもいないから、ここは休憩する場所として最適だ。
1度通って地図アプリに記録されていたのだが、離れた後に迷宮が変動してもここは表示が初期化されずに固定されていた。
他にもいくつか同じような場所があって、何度も変動が起きていても変化していない。
まだ仮説ではあるけど、変動しない特定の場所がこの迷宮には存在するのかも。なのでここで休憩してそれを確かめよう。
俺達がキャンプセットなどを展開して休憩の準備をしていると、グラリエさんは迷宮を構成している木の壁を触って何やら確認してふと呟き出した。
『ここは……力が残っている精霊樹の根の一部が通っているようだ』
「それってここに来る前に見た精霊樹ですか。確かこの迷宮はその精霊樹の一部から発生したんですよね?」
『そうだ。精霊樹の根から力を取り込んで迷宮は力を増していった。この場所はその根の一部が力を失わずにまだ残っている』
「だからここは迷宮からの影響がまだ少ないのでありますかね? つまりここにいれば変動に巻き込まれる心配がないってことありますか?」
「その可能性が高いんだけどまだ確証がないからな。とりあえず休憩しながら様子を見て、平気そうだったらここでディメンションルームを使おう」
「うぅ……ベッド……」
「しばらくの辛抱ですよ。私の膝を枕代わりにお使いください」
「助かる……」
ルーナは座っているシスハの膝に頭を載せてぐでーっと伸びている。
変動するような場所でディメンションルームを使ったら、外に出た時全くわからない場所になっている可能性が高い。
出た直後にプレデタートレントに襲われたら厄介なことになるし、やっぱり外も安全なところで使わないとな。
「グラリエさんもかなり長い間精霊術を使っていますけど大丈夫ですか?」
『精神的な疲労はあるが、直接来て魔物と戦っているあなた方と比べたら楽なものだ。むしろ何も手伝うこともできずに情報もロクに役に立たなくて申し訳がない……』
「いえ、教えてもらった情報もありがたいものですよ。それにこの先何があるかわかりませんから、一緒に考えてくれる人が多いだけでも心強いです」
『……そう言ってもらえるだけでも助かる。あなたは心優しい方なのだな』
「平八は優しいんだよー。普段は鬼畜だけどね!」
「鬼畜は余計だろうが!」
せっかく好印象なのに水を差すような発言は止めてもらおうか!
この迷宮まで案内してもらえたし、内部が以前と変化しているなら情報がないのも仕方のないことだ。
それにもし何か起きた時にグラリエさんだけがわかることもあるかもしれない。
こういう未知の場所では人を多くして様々な意見を聞きたいから、1人でも多い方が助かる。
グラリエさんも精霊の姿のままでも休憩できるらしく、浮くのを止めて俺の用意した椅子に座った。
するとフリージアが興味津々といった様子で声をかけている。
「ねーねー、精霊術を使っている間どうしてるの?」
『どうしてるとは……私の体のことか?』
「うん! 意識は精霊体の方にあるんだよね」
『意識は確かにこっちにあるが、本体が無意識な訳ではない。さすがに激しく動いたりはできないが、普通に過ごす程度の動きはできる』
「そうなんだー。私も精霊術使ってみたいんだよー」
『精霊達はあなたに好意的だから修練を積めば使えるはずだ』
「ホント! ならグラリエさんに教えてほしいんだよ!」
『あ、ああ……この異変が終わったら喜んで教えさせてもらおう』
積極的にぐいぐいと来るフリージアに戸惑っているものの、グラリエさんは微笑んで悪い気はしてないみたいだ。
この世界にエルフ達と交流できれば何か有益な情報も貰えそうだし、それを抜きにしてもフリージアに友好的な知り合いが増えるのはいいことだろう。
今月10月28日にコミック版6巻が発売となります。
可愛らしいシスハとエステルが表紙となっていますので、是非見ていただけると嬉しいです!




