精霊樹までの道
エルフの里周辺のトレント達を粗方討伐し結界も安定したので、ようやく本題である迷宮攻略に向けて俺達は動き出した。
精霊樹は木そのものが精霊術に似た結界を有しているらしく、通常の行き方では辿り着けず特別な道を通る必要がある。
この森のどこかにあるみたいだけど、外から認識はできず上空から見ることもできないとか。
唯一この森の精霊と繋がる精霊術を使えるグラリエさん達は外からも見られるみたいだが、そこに行くまでのルートは険しく、特別な道を通った方が確実だと言われた。
そんな訳でその道を目指してグラリエさんの案内に従って移動している最中だ。
護衛のエルフ達は迷宮探索についていけそうにないので、俺達と精霊化したグラリエさんだけで向かっている。
迷宮に近づけば草木の精気が薄れてグラリエさんの精霊化が持たない可能性もあったが、フリージアの精霊樹の力が宿る弓を使うことで解決した。
それでもさすがに攻撃する余裕はないみたいだけど、案内をするぐらいなら十分姿を保てるようだ。
実際にこの予感は的中して、進めば進むほど黒ずんだ草や葉が全て散った木が増えていく。
異変の前は緑豊かな森だったんだろうが、今はその面影も残さないぐらい荒れ果てている。
「これが迷宮の影響なんですか……」
「酷い有様でありますね。精気を吸われて木々が枯れ果てているのでありますよ」
「それでいてトレントの数は尋常じゃないわね。あれもトレントかしら?」
「うん! そうだよ!」
「えい」
枯れ木に擬態していたトレントに向けてエステルが魔法を放つと、内側から焼き尽くされて灰になり消えていく。
もはや作業になっているトレント討伐だけど、迷宮に近づくにつれて見たこともない種類が出てきた。
全身蔓状の枝に覆われた小さな個体なのだが、二足歩行をしつつ蔓を使って木から木へ飛び移ったり俊敏に動いてくる。
エステルの魔法だと捉えるのに少し手こずり、ノール達が剣で斬り裂いているぐらいだ。
それだけじゃなくて体の一部である枝を切り離して土に植えると、枝が輝きだして瞬く間に同じトレントへ成長して襲い掛かってきて驚かされた。
ステータスを見るとこんな感じだ。
――――――
●イータートレント 種族:トレント
レベル:75
HP:3万2000
MP:3000
攻撃力:3500
防御力:2000
敏捷:120
魔法耐性:90
固有能力 擬態
スキル 精気吸収 挿し木
――――――
うーむ、あの分裂するのはスキルの挿し木ってやつか。
予想通り敏捷がかなり高いけど、全体的に普通のトレントよりステータスが上だ。
「おっかないトレントまで出てきやがったな。これも異変が進行して出てきた奴なのか?」
「希少種や亜種といった感じですか。グランディスとは違った意味で厄介な魔物ですよ。恐らく精気を吸って自身を分裂させるみたいですね」
「うむ、面倒な魔物だ。エルフが戦わないのもわかる」
ただでさえ耐久力のあるトレントがその場で分裂して増えていくとか、まともに戦っていたら悪夢でしかないな。
グラリエさん達が迷宮攻略を諦めかけていたのも、こういう魔物がいたせいなのか。
迷宮に着いてないのにこんなトレントが出てくるとは、迷宮内部はもっと厄介な奴が出てきそうだぞ……。
そんな感想をそれぞれ言い合っていた俺達を他所に、精霊化しているグラリエさんはこの荒れ果てた森を見て何とも言えない表情で呆然としていたので声をかけてみた。
「グラリエさん、精霊術の方は安定していますか?」
『あ、ああ……すまない、森の変わりように少し動揺していた。フリージアさんの弓のおかげで精霊術に問題はない。迷宮の異変は災いをもたらすと言い伝えがあったが、このような惨状になるとは……』
「私達もここまで異変が進行したのを見たのは初めてです。その災いに関して具体的な言い伝えはないんですか?」
『具体的と言えるかわからないが、天変地異が起き強大な力を持つ存在が降り立つと言われている』
「強大な力を持つ存在……それこそセヴァリアの守護神様みたいな存在かしらね」
「そう考えるとマリグナントがテストゥード様を召喚できたのも納得です。あの魔物を自由に呼び出す力と迷宮は、無関係じゃないのかもしれませんよ。魔物が湧き出す狩場も迷宮の異変と連動していますから、全て繋がっていると仮定してもよさそうですね」
確かにマリグナントの行動と異変の傾向を考えていくと、グラリエさんの言った災いというのもテストゥード様級の魔物の出現というのは十分予想できる範囲だ。
だけどそれをわかっているってことは、昔に迷宮の異変が最後まで進行して何かが出現したのだろうか。
そうじゃなきゃ災いが起きるなんて分かりっこない。……まあ、現状で既に災いが起きた状況ではあるのだが。
順調にトレント達を倒しながら迷宮へ向け移動していると、木の根がいくつも折り重なって形成された巨大な半球状のトンネルが見えてきた。
トンネルの周りの草木もここまでと同じく枯れ果てていて、トンネルの中は真っ暗闇で嫌な雰囲気がプンプンとしている。
『変わり果ててはいるがあそこが精霊樹へと繋がる道だ。本来なら精気溢れる草木で作られた道だったのだが……』
「ここも完全に枯れているでありますね。ちょっと不気味なのでありますよ」
「そうね。とても精霊樹まで行く道には見えないわ。暗くて中に魔物も潜んでいそうだもの」
「友達からの報告だとトレントがいるみたいですよ。かなりの数らしいです」
「あら、先行してゴーストを送っていたのね。マルティナの探索は凄く便利だわ」
「ククッ、そう褒められると照れちゃうよ」
マルティナは決めポーズを取って自慢げに笑っている。本当にちょろい奴だぜ。
擬態中は地図アプリに表示されないし、フリージアでもあの奥に潜んでいる魔物が何なのかまではわからないから、こうやって先行してゴーストを偵察に飛ばせるマルティナは重宝しそうだ。
しかし中に魔物が居ると分かった上でこの不気味な暗闇の中に入るのはちょっと嫌だなぁ。
そう思いながらもエステルに周囲を照らしてもらいつつ、精霊樹へ続く道である木のトンネルの中に入っていく。
木で作られたトンネルなのだが、ちらほらと石のような物があっちこっちに生えていて気になっていると、グラリエさんがそれについて教えてくれた。
『普段ここは精霊石の輝きによって照らされていたが、やはり既に力が失われているようだ』
「ちょっと違和感のある石だと思ったけど、これが精霊石なんだ。異変がなくなったらまた戻るのかな?」
『精気を注入すればまた元に戻るだろう。あの石は精霊達が休む場として使われていて、精気があれば再び宿るはずだ』
へー、今は黒ずんでただの石にしか見えないが、これが精霊石ってやつなのか。
精霊が宿って休憩所にする代わりに辺りを照らしてくれていたのかね。
今は精気が失われてこの森から精霊達は逃げ出してしまい、その結果グラリエさん達の精霊術もかなり弱っているらしい。
そんな感じで精霊石を見たりしながら進んでいると、突然マルティナが叫びだした。
「上から来るよ! 気を付けて!」
叫ぶと同時にトンネルの壁を形成している木の根の中から、もぞもぞっと枝が飛び出してきて上から何かが降ってくる。
その正体はイータートレントで、上だけじゃなくて横や地面などから次々と出てきた。
「上どころか横や下からも来やがったぞ!」
「この道の至る所に潜んでいるみたいですね。下手に進むと危険ですよ」
「もう、すばしっこいだけじゃなくて現れ方も不気味だわ」
こいつら擬態するだけじゃなくて、木の中に入り込んで待ち伏せまでしてきやがるのか。
ただでさえ蔓がウネウネと動いて見た目が不気味なんだから止めてほしい。まるでホラーだぞ。
しかしこのイータートレント、倒していて地味に嬉しい部分もあったりする。
「うほぉー、不謹慎な話だけど魔石効率めっちゃよさそうだな……。あのトレント数体監禁して分裂させまくれば……」
「恐ろしいこと考えないでほしいのでありますよ……。増えるのに精気を使うのでありますし、増え過ぎたらどうするのでありますか」
「制御できるタイプではなさそうよね。寝ている間に増えて逃げ出したりでもすれば、延々と増えて大変なことになるわよ」
ぐっ、こいつらを栽培すれば魔石取り放題かと思ったけど、どんどん勝手に増えていくからやばいことになるよなぁ。
しかも並の魔物より遥かに強いから、1体でも逃げ出したらそれはもう恐ろしいことに……止めておこう。
そう残念に思いつつ、大量に出て増えていくイータートレントを倒しながら俺達は進むのだった。
またちょっとした小ネタです。
――
日頃何かとお世話になっているノールのストレス発散の為、彼女を外食に連れて行っていたある日の出来事。
本日も尋常ではない量の飯を平らげて、店を出るとポンポンとお腹を叩いてノールは満足そうにしている。
「むふふー、ご馳走様なのでありましたよー」
「相変わらずえげつない量食いやがるな……。お前の胃袋はブラックホールなのか?」
「むー、乙女に対してその言いようは失礼でありましょ。あのぐらいの量食べるのは普通なのであります。私は騎士でありますからな!」
「シスハの言い訳文句使うんじゃあない」
あいつの私は神官ですからね、も稀によく使いどころがおかしいけど、騎士だからってこんな大食いばかりな訳ないだろうが!
まあ、かなり体を酷使するだろうから飯は食いそうだけど。
飯も食べ終えて帰るとかと思っていると、ワーワーと騒ぐ声が聞こえてきた。
目をやれば会場のような場所に沢山人が集まっている。
「ん? なんかやってるみたいだぞ」
「むむっ、あれは大食い大会でありますね! 良い匂いが漂ってくるのでありますよ!」
言われてみると食べ物の絵が描かれた旗や看板が設置されているし、周囲に良い匂いもしている。
大食い大会なんてこの世界でもやってるんだな。ちょっと面白そうではある。
それにノールが出たらどうなるか私気になります。
「せっかくだし出てみれば……って、飯を食ったばかりじゃさすがにきついか」
「まだお腹3分目ぐらいなのでありますよ! むー、でもあそこのお店が主催だと私は出られないでありますなぁ」
「どうしてだ?」
「うっ、そ、それは……」
ノールは両手の人差し指をツンツンと合わせて気まずそうにしている。
うん? どうしてそんな反応をしているんだ。というか、開催者らしき人を見て出られないとか言い出したぞ。
まさか店の人と面識があって何かやらかしたのでは……と考えが過る中、これから開かれる大会の観客の一部が俺達の方を見てざわついている。
正確には俺達というかノールを見て驚きの声を上げていた。
『あそこにいるのノールさんじゃないか?』
『えっ……あの伝説の?』
『伝説って? そんなに凄い人なのか?』
『ああ、巨食四天王相手に一人で挑んで圧勝したらしい』
『マジかよ!? まさか今回も参加するのか!?』
『いや、噂じゃこの辺りの店は出禁になったはずだけど……』
……うん、なんかもう色々と情報過多なんだが。
伝説ってなんだよ伝説って。巨食四天王とか意味不明過ぎるんですが。
普段からノール達がどこか出かけたいと言えば、一緒に行かなくても近くのビーコンまで送り迎えをしている。
ノールの場合はちょくちょく王都に行きたいって言うから送っていたけど……飲食店で出禁になるってどういうことだよ。
「おい、お前一体何しやがった?」
「べ、別に悪いことはしてないでありますよ? ただ大食い大会に出たり、チャレンジメニューに挑戦していただけなのであります」
「それでなんで出禁になるんだよ」
「いやぁー、調子に乗って行き過ぎたのでありますかね。暇がある時毎日のように数十件回っていたのでありますよ。条件を達成すれば無料になったり賞金が貰えたのであります。最後には特別に通常の3倍以上の量にしてもらえたのでありますが、それを食べ切ったらもう来ないでくれと言われたのであります。本当に残念なのでありますよ……」
そういえば何日も続いて王都に行きたいって言われて、連れて行ったことがあったな……。
ノールは肩を落として悲壮感漂う雰囲気をしているけど、泣きたいのはむしろ店主さん達だと思うんだ。
通常の3倍っていうのも、チャレンジメニューの大盛りを3つ分なんだろうが、それをぺろりと食べらちゃあもう来ないでくれって言うしかないよな。
こんな奴が連日来て飯代無料にしたり賞金なんて渡してたら店が潰れちまうよ。
とりあえずこれ以上注目を浴びる前にこの場を離れて、まだ残念そうにしているノールに励ましの意味を込めてある提案をしてみた。
「あー、なんだ、これからデザートでも食いに行くか。どうせまだ満足してないんだろ?」
「いいのでありますか! 大倉殿が珍しく優しいのでありますよ!」
「ははは、俺はいつも優しいだろうが。……あんまり人様に迷惑かけるんじゃないぞ」
「了解であります!」
ノールはビシッと敬礼をしているが、後ろでまとめた髪の毛が犬のしっぽのように揺れていた。
本当にわかっているのだろうか……まあ、飯ぐらいは心ゆくまで俺が食わしてやるとするか。




