まさかの再来
エルフの森で起こっている異変を解明するため、我々はアルグド山脈の奥地へと向かった。
……といきたいところだったのが、そういう訳にもいかずまず里周辺のトレント討伐をすることに。
里の結界に近い場所にトレントが居座ったままだと、精気も吸収されて悪影響が及ぶらしい。
俺達はエルフの里に泊まることなく1度帰宅して、翌日準備を整えてまた森へとやってきた。
まさか迷宮があるとは思ってもなかったから、長期間家を留守にしていいよう準備も整えておく。
モフットは元々ペット小屋の中でずっと過ごせる環境を整えてあるけど、ノールが心配していたからこれで安心だろう。
理由はそれだけじゃなく、エルフの里に俺達が泊まりでもしたら住民達が混乱する可能性があったのもある。
敵対関係に近い人間が急に来て里に泊まるなんてなったら、グラリエさん達が招いてくれたとしても納得できないって住民もいるはずだ。
そういう訳もあって里に近くの安全地帯にビーコンを置かせてもらって、ささっと移動できるようにして今日も森にきている。
ビーコンの長距離転移にグラリエさんは驚いていたけど、エステル特製の魔導具と説明したら一応納得してくれた。
今のエステルなら自力でもある程度の長距離転移はできるみたいだが、制約が多くて準備もかなり必要らしい。
それを簡単に可能にしているビーコンは、やっぱりガチャ産アイテムの中でもぶっ壊れ性能だよなぁ。
さっそく精霊化しているグラリエさんを含めた数人のエルフと一緒に、とりあえずトレントを探して狩り続けていた。
今も俺達の目の前で、マルティナがデバフをかけたトレントをフリージアの矢が貫いている。
「また1体仕留めた! やったねマルティナちゃん!」
「うん! さすがフリージアさん! 凄い腕前です!」
「マルティナちゃんのデバフのおかげなんだよ!」
すっかり意気投合したようなのか、お互いに片手を上げてパンとハイタッチしている。
マルティナはゴーストを飛ばして憑りつかせることで、遠距離からもかなりのデバフを相手に与えられるようだ。
そこにフリージアの高火力の弓が合わさり、まるで豆腐のようにトレントの体に風穴が空いている。
遠距離でこれ程の連携ができるとは、マルティナを仲間に引き入れられたのは本当に僥倖だったな。
同行していたグラリエさん達もフリージア達の戦いを見て、もはや呆れ交じりの顔をしていた。
あっ、これディウスやグレットさん達と一緒に狩りをした時と同じ反応だ。
『……わかってはいたのだが、あなた達の力はやはり異常だな。それにフリージアという娘……あれほどの弓の腕を持つエルフは見たことがない』
「あの方達も弓を持っていますけど、エルフって弓の扱いが得意だったりするんですか?」
『自然の声を聴き取れるエルフは、弓との相性が良いと言われている。事実殆どのエルフは剣などを扱うより弓の方が得意だ。実力者ともなれば風の流れを読み周囲の音に耳を傾けることで、目を瞑っていても対象を射抜ける。弓と矢を作る素材も馴染み深く、精霊も宿しやすくて応用も利く。私も嗜む程度ではあるが一応扱えるからな』
ほほぉ、だからエルフって弓を持ってることが多いんだな。
つまりフリージアもそうやって自然と調和することによって、あの超人レベルの技量を発揮しているのか。
威厳あるグラリエさんのようなエルフなら説得力もあるんだけど、フリージアがそうだと思うと何とも言えないような……。
『それにあの弓と矢、普通の物ではないな。かなり強い精霊の力……それこそ精霊樹のような力を秘めている。無意識だがあの娘も精霊術を使っているようだ』
「えっ、フリージアが精霊術を!?」
『そうでもなければ矢の威力と軌道は説明がつかない。まるであの娘の体の一部のような弓と矢だ。精霊術師の私が使ってもあれだけの力は引き出せないだろう。あれほどの力を持っているとは、まさかハイエルフなのでは……』
無意識に精霊術を使っているだと……確かにそれならあの意味不明な矢の動きも不思議じゃない。
なんせ上に放った矢が相手の頭上に垂直に落ちたり、直角に曲がって死角にいる敵にも的中させていた。
そんでもって岩も軽々砕くバカげた威力もしてるんだから、グラリエさんの話も頷けるってもんだ。
弓と矢もフリージア専用装備だし、まさに体の一部と言っていいほど馴染む装備だろうさ。精霊樹と同等ってところはさすがに驚いたけど。
それからも俺達はトレントを狩り続けていると、同行しているエルフとグラリエさんの気になる会話が聞こえてくる。
「里長、やはり我らの攻撃がトレントにあまり効かなくなっているようですね」
『……最悪の懸念が的中してしまったか』
「どういうことですか?」
『私達はこの森の精霊達から力を借りて精霊術を行使している。そして湧いているトレント達もこの地の精気を糧とする。奴らが精気を吸えば吸うほど耐性を付け、同じ精気を使う私達の精霊術の効果も薄れるようだ。それだけではなく精霊の力も徐々に失われ精霊術自体の威力も弱まりつつある』
「まさに悪循環ってやつですね。自分達の力が弱まりつつ、相手の耐性が上がっていくとは……時間が経てば経つほど不利になりますよ」
「うむ、面倒な木だ。早めに全部伐採だ」
シスハの言うようにとんでもなく厄介な習性を持っているみたいだな。
グラリエさん達が力不足だと嘆くようになったのも、だんだんトレントに対して効果的な攻撃ができなくなったのも理由なのかもしれない。
だけど俺達ならそれも関係ないから、どんどん倒していって里の周囲からトレントを排除していこう。
そう意気込んで順調に狩りを続けていたのだが、突然少し開けた場所が現れた。
中心にはただでさえ巨大な森の木より頭1つ抜けた存在感ある大木がそびえ立ち、その木を囲うように小さな木が大量に生えている。
その既知感溢れる光景を見てフリージアが叫び声を上げた。
「平八! あの木も魔物! 周りにも沢山小さいのがいるよ!」
「……デカ過ぎるだろ。もしかしてあれグランディスじゃないよな?」
『ふむ……恐らくあなたの言う通りグランディスだろう。まさかあれが発生するほど異変が進んでいたとは……』
やっぱりか……! やっぱりあれグランディスかよ!
クェレスの付近の森で以前相手にしたトレント系の魔物だ。前はあいつの中にディアボルスが入っていたのだが……今回も中にあいつがいたりしないよな?
「前に相手してから随分と経っているわ。あの時もそこまで苦戦せずに倒せたわよね」
「2回戦っているでありますからな。中からディアボルスが出てきた時の方が印象的だったのであります」
「今の私達ならグランディスも苦戦はしなさそうですね」
『グランディスはかなり強い魔物ではあるのだが……今の状況だと私達じゃ倒せそうにない。申し訳ないが倒してもらえないか?』
「はい、構いませんよ。前にも戦っている魔物ですから問題ないと思います」
確かにグランディスはトレントよりも遥かに強いけど、2回目に戦った時なんかスキルを使ったノールが1人でぱぱっと倒してしまった。
あれからレベルも装備も遥かに向上した俺達の敵ではないはずだ。
だけど一応戦う前にグラリエさんに確認をとっておこう。
「森への被害はあまりない方がいいですよね?」
『……そうしてもらいたいが、グランディス相手ではそうもいかないだろう。奴は魔法への絶対的な耐性を持っている。トレントの数もかなり多い。あれがいるということは周辺への侵食も広がっているはずだ。躊躇して被害を増やすぐらいなら、ある程度の被害があっても素早く倒してもらいたいが……』
「わかりました。倒す方法は一応考えがあります。エステル、ピンポイントにあいつらを倒せるか?」
「うーん、トレント系って魔法抵抗が高いから結構大変なのよね。けど、お兄さんの頼みだったら頑張ってみるわ」
「お、おう、ありがとな。これが終わったら一緒にどこか出かけるか」
「あら、それなら張り切らないと」
エステルは頬に手を添えて満面の笑みを浮かべながら、グリモワールを開いて張り切っている。
……うん、周囲へ被害が出ないようにピンポイントって言ってあるから平気だろう。
とりあえず主な攻撃はエステルにお任せするとして、もう1つ重要な役割をマルティナにしてもらわないとな。
「マルティナ、エステルが攻撃する前にデバフで魔法耐性を下げられるか? グランディスとトレント、1度になるべく多く同時にかけてほしい」
「ククッ、動かない相手ならそのぐらい簡単なことさ!」
マルティナのデバフは物理防御と同時に魔法抵抗も下げることが可能だ。
つまりフリージアだけではなくエステルとも相性がいいということ。
1人で基礎的なステータスの低下に加えて、物理と魔法両方の防御力を下げられるとかホントぶっ壊れ能力だよなぁ……。
エステルが魔法の準備をしている間に、決めポーズを決めているマルティナがゴーストを呼び出して高らかに叫ぶ。
「いけ! 僕の友達よ! 奴らの防御力を下げてしまえ!」
マルティナが鎌を振り下ろすと、ポンポンと出てきたゴースト達は一斉にグランディスの方へ飛んでいく。
そして擬態中の木に触れるとその中に入り込んでしまった。
直後、ゴゴゴッと地響きが辺りに鳴り響いて、土が抉れてグランディスのぶっとい根が姿を現す。
同時に周囲のトレント達も動き出したのだが……それに合わせるようにエステルの可愛らしい声が重なる。
「えいっ!」
エステルの周囲に無数の槍の形をした岩が浮かび上がっていて、彼女の掛け声に合わせて一斉に発射された。
瞬く間にトレント達に突き刺さったのだがそこで終わってしまう。
あらら、エステルにしては随分と控え目というか、威力が全然ない魔法だな……。
なんて思っていたけれど、次の瞬間突然トレントが膨れ上がって内部から爆発し炎上し始める。
グランディスも例外ではなく体のあちこちから爆炎を上げながら倒木し、次々と光の粒子になって消えていく。
「……いくらなんでもあっけなさ過ぎないか。というか一体何をしたんだ?」
「ふふ、石の槍の中に爆発魔法を仕込んでおいたのよ。表皮を貫いてから中身に入り込んで爆発させてみたの。これもマルティナのデバフのおかげね」
「あ、ありがとうございます……エステルさんやべぇ……」
「想像以上に私達が強くなっているみたいですね。……私達というかエステルさんが、ですけど」
「さすがエステルなのでありますよ……」
ひえぇ……穴を空けて内部から爆発させる魔法とかえぐ過ぎる。
体の中を爆破されて燃やされる感覚とか一体どんな気持ちなのだろうか。
想像しているのかマルティナも青い顔をして震えている。
うん、要望通りにピンポイントかつ周囲へ被害を出さない俺のオーダーに応えた完璧な対処。
さすがエステルさんだ。いつもの派手な魔法なんかより遥かに恐ろしく思えてしまうけどな!
あっという間にグランディス達を消滅させてしまったエステルの魔法を見たからか、グラリエさん達は目を見開いて驚愕している。
『ま、魔法に絶対の耐性を持つグランディスを一瞬で倒してしまっただと!? 本当にただの冒険者なのか!?』
「あはは……一応普通のBランク冒険者ですよ」
そう俺は答えたのだが、グラリエさん達は得体の知れない物を見る目をしていた。
自覚はしているつもりなんだけど、やっぱりこれでBランク冒険者って言われても納得できないよなぁ。
冒険者って肩書以外はガチャのために魔物を狩る集まりなだけだし、それを名乗るしかないんだけどさ。
その後も森を巡回してトレントを狩り続け、さらに2体のグランディスを討伐して今日のところは引き上げとなった。
「1体だけじゃなくて3体もグランディスがいるなんて、この森の異変が尋常じゃないのだけは確かなようね」
「うーん、セヴァリアの異変と同じぐらいの規模と考えてもよさそうだな」
「少し探しただけでこんなにいるとは、この森全体にかなりいそうでありますね」
1日エルフの里の周辺を見回っただけで、無数のトレントと3体のグランディスと遭遇するとは、かなりヤバいレベルで異変が進行していそうだ。
異変として見ただけだと過去最大規模なんじゃないだろうか。もしこのまま放置されていたら一体どうなっていたのか……考えただけでも恐ろしいぞ。
周辺のトレント達を片付けてさっさと迷宮を攻略、または再封印しないといけないな。
想定以上の深刻な事態だと話し合っている中、同行してくれたグラリエさんとエルフ達は半パニック状態になっていた。
『あ、あり得ないよ……こんな短時間でグランディスを3体も倒せる人達が存在するとかあり得ないよぉ……』
「さ、里長、落ち着いてください! これで希望が見えてきたじゃありませんか!」
『そうだけど、そうだけどさ……うぐぅぅぅぅ! 人間ってやっぱり怖いよ……』
「あはははは、心配いらないんだよー。皆凄く優しいよ? ……平八以外は」
「おま、喧嘩売ってやがるのか!」
「わー、平八が怒ったんだよー!」
俺が逃げるフリージアを追いかけ回している間、どうにかグラリエさん達は落ち着きを取り戻してくれた。
これで驚かれていたらこれからもっと混乱させてしまいそうだからな……。
迷宮に行くまでの間に何とか慣れてもらうしかなさそうだ。




