迷宮と精霊樹
まさかこの森に迷宮があるとは……しかも封印されていてマリグナントが狙っていた。
前にもゴブリン迷宮やアンゴリ遺跡も迷宮が発生して異変が起きていたが、ここの迷宮は一体どんなことを引き起こしているのだろうか。
「封印された迷宮が原因って、具体的にどんな感じなんですか?」
「正直私達も詳しい部分はわからないが……精霊樹と呼ばれる聖なる大木が迷宮と化している」
「えっ!? 精霊樹が迷宮化って……大丈夫なんですか?」
「正確にはまだ精霊樹として活動はしているのだが、一部分侵食を受けているそうだ。もし精霊樹がなければ、今頃森全体が迷宮になっていたかもしれない。500年ほど前突如出現し、その時は大精霊様達と力を合わせて異変を治めたそうだ」
500年前……確かセヴァリアでテストゥード様が魔人と戦った時期だったよな。
その頃にここで迷宮が発生していたとなると、何か関係がありそうな気がするぞ。
それに精霊樹が侵食を受けて迷宮化しているとは、今まで聞いた中でもかなりやばい部類だろう。
ゴブリン迷宮もいきなりあの森に発生したけど、何か条件があるのかねぇ。
エステルも頬に手を添えながら、困り顔で迷宮への疑問を口にしている。
「精霊樹が迷宮化するなんて、ホントに迷宮って何なのかしら」
「今まで攻略してきた迷宮も結局のところよくわかっていませんもんね」
「何!? あなた方は迷宮を踏破したことがあるのか!?」
「はい、2つ程最深部まで行ったことがあります。攻略すると外に飛ばされて迷宮が崩壊して、もう2度と入れなくなるんです」
「やはりご先祖様達の仮説は正しかったのか……」
グラリエさんは神妙な面持ちで俺達の話を聞いてそう呟いている。
今の話で仮説ってなると……どうすれば迷宮を消滅させられるかって感じかな?
「私達の祖先が遥か昔に迷宮を踏破しようと試みたことがある。だが、中には凶悪な魔物が潜み、迷路のように複雑で罠もあり思うように進めなかった」
「私達も色々と苦しめられたのでありますよ……。やっぱり精霊樹を正常化するために攻略しようとしたのでありますか?」
「精霊樹がなぜ迷宮化したのか調べ、最深部に行けば何かわかるかと考えたのでな。迷宮が出現した直後、本来森を守る精霊樹が防衛反応を起こしたのか、精霊を吸収するようになったのだ。それだけじゃなく魔物を寄せ付けないはずの精霊樹が、トレントという魔物まで発生させるようになってしまった」
今この森に魔物がトレントしかいないのは、精霊樹が暴走を始めている予兆だと思ってよさそうだ。
放置していたら森が枯れ果てて魔物しかいない地獄の光景になるのが目に浮かぶぞ。
「なのでご先祖様は大精霊様と協力して、入り口を塞ぎ迷宮を遮断し封じ込めたのだ。定期的に精霊術師がその地に赴いてその状態を維持していた」
「経緯は大体わかったけれど、精霊樹が迷宮に侵食されていたなんて驚いたわ。他の土地に移り住む訳にもいかないのよね?」
「ご先祖様から精霊樹を守護しろと言い伝えがあるのだ。精霊樹と大精霊様は繋がっていて私達も共存している。たとえ精霊樹がなかったとしても、この地から離れるなど考えたくもない」
精霊樹ってやっぱりエルフにとって重要なものみたいだな。
エルフと精霊の結び付きも強そうだし、それを見捨てて逃げ出すなんてできないだろう。
グラリエさんの話を聞いたフリージアは、思い出すかのようにエルフのことについて話し出した。
「エルフって皆生まれた森から離れたがらないんだよねー」
「そういうものなのか。お前は森から飛び出しそうだけど意外だな」
「えっ、私は森から出たいと思ってたよ! でも長が許してくれなかったんだぁ。私里1番の狩人でお父さんに番人まで押し付けられたんだもん」
フリージアは里の中でじっとしているなんて性に合ってなさそうだもんなぁ。
だがこいつ1人で外に出したら色々と問題を引き起こしそうだし、許可しなかった長は賢明な判断だ。
……でも、それはそれでフリージアなら上手くやって人と馴染めそうではあるぞ。
って、そんなこと考えてないで今は異変についてだ。
「マリグナントは迷宮を無理矢理活動させ始めたってことですか?」
「恐らくそうだ。定期的に私達で封印を維持しなくてはならなかったのだが、奴に襲われてそれもできなかった。里長も奴との戦いで傷付いて今も寝たきりに……。迷宮の封印は里の結界と違い、常に一定の負荷を受けている。綻びが生じた場所を突いて破られたのだろう」
「マリグナントからしたら迷宮が主な目的で、その封印さえ破ってしまえば森が侵食されて里の結界も維持できなくなるってところね。確かにそう聞いたらエルフへの服従はついでだったっていうのもわかるわ」
なるほど、それならわざわざエルフの里の結界を破ろうとはしないよなぁ。
迷宮の封印さえどうにかすれば、精霊樹も飲み込まれて森は枯れ、エルフ達は住む場所も失うって魂胆だ。
セヴァリアの時もそうだったけど、自分で直接手を下さないで異変だけ起こしてその後の現象で相手に害を与える手段ばっかりだよなぁ。
戦闘も最後の最後になるまでディアボルス任せだったし、本当にあいつは厄介極まりない奴だ。
だがこの森にある迷宮が目的だったのなら、マリグナントのその後の行動で疑問に思える部分も浮かび上がってくる。
ノールも同じことを考えていたのか、俺が言う前にそれを言い出した。
「なんでマリグナントはその途中でセヴァリアに来ていたのでありますかね? 既に目的を達成していたのでありましょうか?」
「それは判断ができないわね。目的を果たし済みなのか、それとも迷宮を活性化させたのはいいけれど自分でも対処できなくなったのか。魔人の目的自体よくわからないもの」
「迷宮を攻略しようとしたけど力不足で、それを補うために守護神様を使おうとしたとか考えられますよね。今の段階で迷宮を再び封印することは可能なんですか?」
「……無理だ。大精霊様がお目覚めならできるかもしれないが、私達だけではどうにもならない。里長なら遅らせられる可能性もあったが……」
「大精霊も休眠中で里長まで倒れた今、この場を離れたとしても迷宮を封じられることはない。そう考えたらマリグナントがここを去っても不思議じゃないわね」
うーん、あいつの行動の理由は色々と考察できるけど、既に消えた今本当の目的はわからず仕舞いだなぁ。
性格から考えて単純に迷宮を活動させて、後は放置してセヴァリアで騒動を起こそうとしたとも考えられる。
ここの迷宮が森を飲み込んで大暴走でもすれば、比較的近くにあるクェレスにも悪影響を及ぼす可能性もあるだろう。
そうなるとクェレスでは迷宮の異変、セヴァリアでは偽守護神の復活などなど……各方面で同時多発的に大問題が発生していたってことだ。
もしそれを狙っていたとなるなら、最終的にはその混乱に乗じて仲間とこの国に攻め込んだりする気だったりとか?
そう考えたらだいぶ恐ろしいことを計画していた気もするが……国も異様に魔人に対して警戒心を抱いているようだし、他にも俺達の知らないところで何か起きているのかもしれない。
不安が頭を過っている中、シスハがグラリエさんにある提案をし始めた。
「とりあえず里長様を私達が回復いたしましょうか? あなたもこの里のエルフも、このままでは心配で異変解決に十分力を入れられませんよね?」
「そうしてもらいたいところだが……私達も里長を癒そうと色々手を尽くした。精霊術には癒しの力も存在する。だが、高度な呪いのようなものを受けていて、現状を維持するので手一杯だった」
「呪い……? マリグナントってそんなこともできたのか。俺達と戦った時はそんなことしてこなかったよな?」
「うふふ、神官たるこの私がいたのですから、無駄だと思ったに違いありませんね! 呪い程度解呪するなんて朝飯前ですよ!」
「さすがシスハちゃんなんだよ!」
「いや、あれは普通の呪いではない。いくら神官でも解くのは難しいだろう」
「この私を舐めてもらっちゃあ困ります。とりあえず状態だけでも見させてください」
「……わかった。私達ではどうにもならないのは確かだ」
眉をひそめて少し渋り顔をしていたがグラリエさんはシスハの提案を承諾した。
今日来たばかりの俺達に弱った里長の治療を任せるのは不安だろうけど、それをすぐ受け入れるってことは本当に手の施しようがないんだろうな。まさに藁にもすがる思いってところか。
グラリエさんに案内されて別の部屋に行くと、そこには男性のエルフが植物で作られたベッドで寝ていた。
恐らく本来は若々しく見える中年程度の見た目なんだろうけど、今は顔色も青く苦しそうに顔を歪ませ、やせ細りまるで干からびているかのようだ。
正直最初見た時一瞬まだ息があるのか疑うぐらいの風貌に言葉を失った。
さらに気になるのは、顔の一部に黒い模様のような物が浮かび上がっている。あれが呪われている証なのだろうか?
シスハは近づいて里長の様子を見て状態を確認している。
「うーん、色々な状態異常を引き起こす呪いですね。大元は魔力を使った体内暴走ですか……ずっと眠ったままなんじゃないですか?」
「最初は意識もあったのだが、最近では殆ど目を覚ますことがない。起き上がることもできず、精霊の癒しでなんとか生命は維持できている」
「なるほど、だいぶ深刻な状態だったみたいですね。ですがこれぐらいの呪いでしたら……」
そう言ってシスハが手をかざすと、里長の体は青い光に包まれる。
すると全身から黒い煙が上がり、顔にあった黒い模様が瞬く間に消えていく。
「はい、解呪できました。大倉さん、ハイポーションを飲ませたいので出してもらってもいいですか?」
「あ、ああ……ホントあっさり呪いを解きやがったな」
「アンデッドを倒すのに比べたらこのぐらい楽勝ですよ。私は神官ですからね」
「うむ、シスハの神官力は凄い。私も相手にしたくないぐらいだ」
「僕の負の力も簡単に浄化されたもんね……。今まで追われた神官の中でも、ここまで強い人は見たことないよ」
エルフの精霊術ですらどうにもならなかった呪いをこうも簡単に解呪するとは、こういう時だけはホント頼りになる神官様だ。
ルーナとマルティナから見ても、シスハは相当力を持った神官みたいだしなぁ。
……さらっと神官に追われたことを言ってるのがちょっと気になるぞ。
あまりにもあっけなく解呪できたからか、グラリエさんは口を開けて思考停止に陥っていた。
その間に一緒に部屋の中にいた監視役の男性エルフに、ハイポーションが飲んでも平気な物か確認してもらい里長にそれを飲ませる。
飲ませた途端さっきまで青かった顔色がみるみると赤みを帯びていき、やせ細ってはいるが顔に精気が戻っていく。
おおー、さすがガチャ産の回復薬であるハイポーション。でも、わざわざこれを飲ませるってことは、シスハの回復魔法だけじゃ足りてなかったってことか。
簡単に解呪はできたのは確かだけど、相当強力な呪いだったんだな。
うーむ、本当にこんな呪いをマリグナントが使えたんだろうか……別の魔人の協力があった可能性も一応考慮しておこう。
一通り治療を終え、ようやくグラリエさんはハッとなり正気に戻ったのか叫びだした。
「ほ、本当に父の呪いを解いてくれたの!? あっ……本当にこれで呪いが解けたのか?」
「ええ、これで魔力の暴走は治まったので生命の危機は去りましたよ。激痛を与えて衰弱させつつ、体内の至る所を損傷させ生命力すら削り取られていましたよ。ですがしばらくは目が覚めそうにありませんね。根本的な生命力がだいぶ消耗してしまっていますから、ゆっくり療養するしかありません」
「生命の危機を脱してくれただけでも十分過ぎる。里長を……いや、父を救ってくださりありがとうございます」
グラリエさんは今も目覚めずに寝ている父親に寄り添って目端に涙を浮かべ、口調も多少柔らかくなり肩の荷が下りたかのような雰囲気をしている。
なるほど……グラリエさんは里長の娘さんだったんだな。だから父親が倒れた今、里長代理をやっていたのか。
大異変が起きて父親まで瀕死の状態で里長代理を任されるなんて、相当な重圧があったんだろう。
俺達に警告に来た時に硬い態度だったのも納得だ。これから力を合わせて異変を解決していく上で、心配ごとを1つ減らせたようでよかった。
森のエルフ達のためにも、俺達の目的のためにも早くこの異変を終わらせないとな。
活動報告に短編を投稿しました。
ifというかもしも元の世界のネット掲示板に書き込みできたらー的なノリの話になっています。
色々と思うところもあり没ネタに近いものでしたがやってみたかった話なので、もし興味があればお読みいただけると嬉しいです。
作品のイメージ的にどうなのかなぁということもあって、活動報告の方に投稿する形にしましたので、最初の注意書きをよくお読みいただければ幸いです。




