エルフの里
馬鹿でかい木に囲まれる森の中、光るエルフの後を追い続けていたが、ふと空中で止まってこちらを振り向いた。
『ここで待っていてくれ。今迎えをよこす』
そう言うとエルフの姿をしていた光は掻き消えた。
そのまま里まで案内してくれると思ったが、何か準備でもあるのだろうか。
お互いに利点のある取引とはいえ、あっちもまだ警戒をしているのかもな。
「森の中は特に変わった感じはしなかったけど、ここもセヴァリアのような結界なのか?」
「そうね。外からの認識を惑わすだけじゃなくて、多分入ってからも案内がなければ里にたどり着けないわ。セヴァリアの聖地にあった霧と同じようなものなんじゃないかしら」
「聖地並みの結界なのでありますか……。もしかしてここにも守護神的な存在がいるのでありましょうか?」
「うーん、どうでしょうかね。セヴァリアの場合はあの地域全てに加護がありましたが、ここは森の一部にあるだけです。神聖な力もそこまで感じ取れないので、かなり限定的な物の気がしますよ。あのエルフさんも精霊術だって言ってましたからね」
似たようなものではあるけど、テステゥード様より力や範囲は弱いってところか。
それでもマリグナントを退ける程度の力はあるから、十分凄い結界ではあるな。
あのエルフがこの精霊術の結界を張っているか、それともさらに凄い術師がいるのか気になるところだ。
そんな議論をしている間、マルティナがその場で足踏みをして凄く興奮しながらフリージア達と話をしていた。
「むはー、エルフの里に行けるなんて楽しみ! 僕の夢の1つだったんだ!」
「私も楽しみなんだよ! 他のエルフの里に行ったことないもん!」
「私も少しだけ興味がある」
あいつら完全に観光気分になってやがるな……ここまで戦闘もほぼなく異変もそれほど感じなくて緊張感がないから仕方ないか。
俺達のように気を張っているばかりじゃ相手も警戒しそうだし、フリージア達みたいな雰囲気の奴らが一緒にいた方がいいのかもしれないけど。
その場で待っているとフリージアがぴくりと反応して振り向いたので、俺達も釣られてそっちを見る。
すると草木をかき分けて、金色の短髪をした男が出てきた。勿論耳が長くエルフで、やはり顔も整っているイケメン。
弓と矢を身に着けていて戦闘要員みたいだ。地図アプリに表示されていた紫色の点の1人だったのかもな。
感情の浮かばない無表情で俺達をちらっと見回している。
「里へ案内する、ついてこい」
「はい、ありがとうございます」
特に挨拶もなく俺達は、歩き出した男性エルフの後をついていく。
うーむ、精霊を操っていたエルフと違って全く友好的な雰囲気がないな。
地図アプリで点の色だけは確認できるが、一応青色になっているから敵意がないのはわかってもらえているようだ。
でもこれでわかるのは敵対していないってだけで、歓迎されているかどうかわからない。
余所者が来ていい感情を抱かないのも理解できるから、あまり踏み入れずにしばらく様子見をしておこう。
そこからは今までと違い草木が切り開かれた道が出てきて、人工的に手入れがされているのがわかる。
そしてすぐにエルフの里と呼ばれる場所へ到着した。
切り開かれて広場になっているものの、草木が生い茂って自然が多く残っている。
日を遮るほどの巨木がいくつもあって、根本やぶっとい枝の上には住居の小屋がいくつも建っていた。
やはりエルフは自然と共存しているんだなぁ。心なしか空気もいつもより美味い気がしてきた。
それを見てフリージアがワーワーと声を上げている。
「わー! この感じ久しぶりな気がする!」
「フリージアの住んでいた場所もこんな感じだったのか?」
「うん! よく精霊樹に登って遊んでたんだよー」
「精霊樹を遊び場にするってある意味凄いわね……。ここも魔素で満ちていて神秘的な感覚がするわ」
「いい場所でありますなぁ。こういう場所でご飯を食べたら美味しそうなのでありますよ」
「ふむ、昼寝をするのもよさそうだ。木で日が遮られているのも好印象」
食事やら昼寝やら自分の欲望に忠実過ぎる……。
エルフの里っていうのはどこも同じ感じなのだろうか。
フリージアと一緒にマルティナも騒ぐかと思いきや、呆然と里を見渡して黙り込んでいた。
おや、あれほど楽しみだって言っていたのに妙に大人しいぞ。
シスハもそれを奇妙に思ったのか、咳払いをして気まずそうにしながら声をかけている。
「ゴホン……黙り込んでどうしたんですか。あなたらしくないですね」
「あの、本当に冒険してるんだなって思っちゃって……。僕こういう場所に来たことなんて1度もないから……」
「大袈裟ですねぇ。これで感慨深くなっていたら、今後色々な場所に行く時も同じ反応をしそうで困りものですよ」
「えっ、そんなの嬉し過ぎる! 皆ともっと沢山冒険したいです! ……あっ、すみません」
「ま、まあいいんじゃないですか……調子が狂いますね」
シスハは顔を背けてバツが悪そうにし、マルティナは俯いてお互いにまた黙り込んでしまった。
いつもの中二的な調子に乗った言動でもしてればシスハも接しやすそうだけど、純粋でピュアな反応してくるからなぁ。
けど歩み寄ってはいるみたいだから、その内仲もよくなりそうだ。
そんなやり取りをしていると、1人のエルフが里の方からやってきた。
長い金髪を所々で編んだ女性のエルフで、その見た目は森の中を案内してくれた精霊エルフそのもの。
この人が精霊術で俺達をここまで連れてきてくれたんだな。
服は肩の出た白いワンピースで装飾品をちらほら身に着け、立派な杖を持って司祭のように見えた。
彼女が俺達の目の前までくると案内してくれた男性エルフは頭を下げ、この女性エルフがお偉いさんだとわかる。
何となく威厳のある雰囲気も漂わせていて、只者じゃないと肌で感じるぐらいだ。
「よく来てくれた、歓迎しよう。私は里長代理のグラリエだ」
「私は冒険者の大倉平八です。ここまで案内してくださってありがとうございます」
「お礼を言われることでもない。今回はあくまで取引をするために招いただけだ。さっそく話をしたいからついて来てくれ」
里長かと思ったらこの人は代理なのか。代理とは思えないぐらい威厳があるんだけど……本当の里長はどうしたんだろ。
気になるところだが今の代表はこの人だろうし、変に探りを入れず取引をするか。
グラリエさんに案内されて里に足を踏み入れると、あっちこっちから視線を感じ始めた。
辺りを見渡しても誰もいないのだが、よく見ると木や草の間や家の中からエルフ達がこっちを見ているのがわかり、俺と目が合うと慌てて隠れている。
が、またすぐにひょこっと顔を出して、興味津々といった感じだ。中には不快そうに眉をひそめているエルフもいて、歓迎されていないのが一目でわかる。
そんな視線に晒されながらも、俺達はグラリエさんの家へと案内された。
俺達と里に連れてきた男性エルフも加えた3人の護衛も一緒に部屋に入ると、グラリエさんは開口一番に謝罪をしてくる。
「里の皆がすまない。混乱させぬよう事前に人が来ると知らせたら、どうしても見たくなってしまったようだ。この里に他所から訪れる者が来たのは数百年振りなのでな」
「数百年振りですか……人と交流などはしていないんでしょうか?」
「……その様子だと我々との間に何があったかは知らないようだな。エルフと吸血鬼がいるというのに……あの時代以降に生まれた者達か?」
「うーん、難しいことはわからないけど、私達はこの世界のこと詳しくないんだよー」
「同じく。普通の吸血鬼とは別物と思え」
「妙な言い回しだな……まあいい、簡単に説明をしておこう」
そう言ってグラリエさんの説明が始まった。
まずこの里のエルフは昔人と交流をしていたが、200年前の人と魔人の戦争以降それはなくなった。
それだけじゃなくてエルフ達も戦争に巻き込まれて、森の外に設けられていた交流の場である村も焼き払われてしまったとか。
エルフ達は森の中に逃げ込み難を逃れたようだが、森の一部も焼き払われてそれはもう悲惨な目に遭ったそうだ。
戦争終結後に人と何度か接触したものの、魔人と思われて襲われることが増えそれ以降関わりは断絶したという。
本当はもっと細かく色々あったみたいだけど、ざっくりとまとめるとこんな感じだ。
「それじゃあ人と魔人との争いに巻き込まれた形ってことですか?」
「そういうことになる。人と魔人の戦争以降私達も人から敵視されるようになってな。確かに魔人は様々な種族の特徴を持ち、同種とは思えない外見が違うのも多い。それが原因で私達も魔人扱いされたのだろう」
「ちゃんと話せばわかってくれそうだけれど、そうはしなかったのね」
「元々森から出る機会もあまりなく交流も少なかったのでな。ならば無理に理解を得ようとせず森で暮らせばいいと判断したまでだ。昔は討伐目的で人が森に来ることもあったが、ここ百年はプルスアルクスを採取に来た冒険者ぐらいか。既に存在すら忘れられていたとは……」
200年前まで交流があったとしたら、魔人と間違われていてもエルフに関する情報も少しはありそうだけどなぁ。
だけど今まで調べてきてこの国にエルフの情報なんて不自然なぐらいなかった。
マリグナント以外の魔人を見たことないからわからないが、それぐらい他種族を魔人認定しないといけない理由があるのか?
ガチャにばかり気を取られていたが、今更ながらこの国に関してもっと色々調べた方がいいのかもしれない。
そう思案しているとエステルが気になることを言い出した。
「もしかして人と交流していた頃に、あなた達がプルスアルクスを取引していたりもしたのかしら?」
「ん? あー、いくつか渡したことはあったな。採取法さえ知っていれば、シルウァレクトルはそれほど脅威でもない。私達も10年程度で2、3個は採取していた」
「じゅ、10年でそれだけなのでありますか……」
「シルウァレクトル自体は見つかっても、必ず果実を宿している訳ではないからな。それに必要な時以外は探してすらいない。本格的に探せばそれなりに見つかるだろう。10年もそれほど長い期間とは思わないが……」
「長寿なエルフだけあって年月の感覚も違うわね。異変だけじゃなくて果実を探すのも随分手間がかかりそうだわ」
おいおいおい、10年で2、3個だと! そんなのガチで幻の果実じゃねーか!
異変を解決できたとしても、そんなの自分達だけで探したら気が遠くなるなんてもんじゃないぞ……。
ここは何をしてでもグラリエさん達を味方にして探索を手伝ってもらわないと。
「それで森の異変に関して教えてください。マリグナントが関わっているんですよね?」
「それは間違いない。結論から言うとこの森全体から精気がなくなりつつあるのだ」
「精気……? それはどういったものなんですか?」
「生命の源とでも呼べるものだ。草木から生命力が奪われ、徐々にだが衰退を始めている。このままそれが進めば近い内森は枯れ果てるだろう。同時に里を守る結界も弱まっている。精霊達も少しずつだが力を奪われてしまってな……」
「この広い森が枯れるだなんて、かなり深刻そうな状況ね。セヴァリアの時みたいに守護神みたいな存在を召喚しようとでもしてたのかしら。この森にそういう存在っているの?」
マリグナントがこの森を狙っているなら、セヴァリアと同じようなことをしようとしていた可能性は高い。
テステゥード様のような存在がいれば確定したも同然なのだが……。
「守護神とやらが何なのかわからないが、大精霊様ならこの森にいる。が、今はお休みになられている」
「お休みに? 森の危機だというのにどうしてですか?」
「200年前にあった魔人との戦いで力を使い果たしてしまったそうだ」
「それって人と魔人が戦争していた時期でありましたよね? この森にも魔人がやってきたのでありますか?」
「この森に存在するあるものが目的だったようでな。今回マリグナントが襲来したのも恐らくそれが理由だろう。私達に服従を迫ってきたのは、ついでと言ってもいいかもしれん。異変の最大の原因もそこにある」
「そ、そんなものがこの森に……一体なんなんですか?」
大精霊がいたのも驚きだけど、マリグナントの目的はもっと別のものだったのか。
しかもエルフの服従がついでだとは……異変を起こすような原因になるものって、この森に何があるっていうんだ?
グラリエさんは一呼吸置いて間を空けると、深刻そうな声色でそれを語った。
「この森のさらに奥深くに、かつて封印された迷宮があるのだ。今回の異変はそこに元凶があると見ている」
め、迷宮……だと!? 森の中に迷宮があって異変まで起こしてるって。
しかもマリグナントの目的にしていたとか、どう考えてもかなり厄介な代物だろ……。




