エルフの里へ
深刻そうな表情と声色で、悔しそうに拳を握り締めながらエルフはマリグナントの名前を出した。
それを聞いた俺達は顔を見合わせて、マルティナ以外はまたあいつかよって言いたそうな雰囲気になっている。
うーん、信用を得るためにもまずあいつを倒したことを伝えてみるか?
「そのマリグナントって魔人なんですけど、既に倒されましたよ。というか、私達が倒しました」
『な、何? あの魔人を倒した!? い、いや、いくらなんでもそれは……』
「全身黒い甲殻で覆われた羽で飛ぶ奴ですよね? ディアボルスという小型の飛ぶ奴を使役していたはずです」
『……本当に倒したの? あいつを?』
エルフは眉をひそめて疑う表情で俺を見て納得していない様子だ。
恐らく俺の言ったマリグナントの特徴が一致してるから、俺達があいつを知っているのは間違いないと思っているはず。
しかし、倒したって部分が信じられないんだろうな。この世界で様々な人のステータスを見てきたけど、あいつの強さは飛び抜けていた。
エルフ達の強さがどんなものかわからないけど、力及ばずって言ってたからマリグナントに太刀打ちできなかったってところだろう。
それでもこうやって無事ってことは、抵抗する力ぐらいはある感じか。
俺達の探索にも今まで引っかからなかったし、何か身を守る術でもあるのかねぇ。
どうにか信じてもらえないかと頭を悩ませていると、フリージア達も俺の話に乗ってきた。
「ホントだよ! 守護神様に消し飛ばされたんだよ!」
「私達が倒したというか、守護神様の偽者を召喚して自滅しただけですけどね。無様な最期でしたよ」
「でもマリグナントはかなり強かったでありますよ。あのまま普通に戦っていたら、最後は逃げられたかもしれないであります」
「あそこで逃がしていたら大変だったわね。本当に仕留められてよかったわ」
「しゅ、守護神とか凄くカッコいい響きが……羨ましい! 後で話を詳しく!」
「羨ましがるな。二度とあんなのはごめんだ」
俺ももう二度とあの戦いはやりたくないな……カロンちゃんが来てくれなかったら詰んでたぞ。
もしあいつが逃げに徹していたら、さすがに倒し切れなかったかもしれないなぁ。
守護神の偽者を召喚すれば逆転できると思って強気だったのが、ある意味俺達にとって幸運だったんだな。
ノール達の反応を聞いて多少現実味を帯びたからか、エルフは俺にあるお願いをしてきた。
『少し手を触れさせてもらってもいいだろうか?』
「構いませんが……さっきフリージアにやったやつですか?」
『私は相手に触れることで感情をある程度読み取れる。嘘か真かそれで判断が可能だ』
「それで本当だと証明できるなら助かります」
なるほど、それでフリージアに同じことをしていたのか。
俺の持っているサイコホーンと似た能力を持っているのかな。
それなら俺達の言ってる話が本当だってわかってもらえるはずだ。
素直に従って手を差し出すと、エルフは手を握り返してきた。
すると握ったところからじわーっと暖かな物が流れる不思議な感覚がして、それが全身を巡っていく。
しばらくそのままでいるとエルフが手を離し、顔を見ると頬に薄らと冷や汗をかいていた。
『……本当のようだな。あの魔人を倒してしまうとは……』
「とりあえずこれで信用してもらえましたか? 信用してもらえたなら、さっそく森の異変について教えてもらえませんか?」
『わかった。だが、その前に我々の里へ来てもらってもいいだろうか? 詳しくはそこで直接話したい』
エルフの里とな? 早く異変を解決して果実を回収したいところだが、エルフの住んでいる場所は興味あるぞ。
話を聞いたフリージアとマルティナは目を輝かせて行きたそうにしていたので、提案に乗って俺達は里へ向かうことにした。
宙を浮く光のエルフの後を追って森の中を駆けて行く。案内されているからか、森の中なのにまるで道があるかのように移動がスムーズだ。
かなりの速さで走っているから、ついていけなさそうなエステルは俺が抱き抱えている。
ふっふっふ、俺もかなりレベルが上がって強化されてきたからな。エステルを抱えて走るぐらい全く問題ないぞ。
……首に腕を回されていると少し気恥ずかしくなるけどさ。
そんな俺達の移動速度に驚いているのか、先導しているエルフは振り向きながら呆れたような顔で声をかけてきた。
『ただ者ではないと思っていたが、あなた達は本当に人間なのか? 先程トレントを倒した魔法といい、身体能力も異常過ぎる。魔人を倒したというのも納得だな』
「色々と装備していますし、この子の支援魔法もありますからね。人と疑われる程じゃないと思いますけど……」
『いや、私が今まで見てきた人間の中でも異常だ。冒険者でもここまでのは見たことがない。生身の私でもこの速さで動けないぞ……』
「あなたが先導してくれているおかげだけどね。フリージアが案内してくれていた道も同じ感じだったのかしら」
『エルフであれば森の通り道を探すのは簡単だ。この森に他所の同族が来るのは久方振りだ。一体どこで知り合った?』
「あー、詳しくは言えませんけど色々とありまして……」
『……まあいい。気にはなるが強制的に連れて来ている訳ではなさそうだ。あの者は悪感情を抱いていなかったからな』
そう言うとエルフは後方にいるフリージアを見て、心配そうな顔をしていた。同じ種族として気にかけているのかね。
人間を恐れているような発言もしていたし、昔に何があったのか非常に気になるところ。
言い振りからして他の森にもエルフの里がありそうだし、各地に散らばって密かに暮らしている感じがする。
そんな心配をされているフリージアはというと……マルティナとはしゃいでいた。
「あはははは! マルティナちゃんのスケルトン凄い!」
「そうだろそうだろ! 僕の友達の力なら森ぐらい楽に踏破できるのさ!」
マルティナの操る獣型アンデッドに2人で乗って楽しそうだ。
骨の犬みたいな感じなのに2人で乗っても崩れないとは頑丈だな。
あの姿を見たら心配するのも馬鹿らしくなってくるだろう。
移動しながらどこに向かっているのか地図アプリを見てみると、エルフの仲間だった紫色の点は既に消えていた。
代わりに先導している精霊エルフが青い点で表示されている。
よし、これで一応敵対の可能性はなくなったか。
「私達を囲んでいた仲間はもう引き返したんですね」
『本当にこちらのことを把握しているようだな。あなた方が危険じゃないと判断して、同胞達は里に帰らせた』
「里に案内するっていうのもだけど、警戒していた割には随分とあっさり信用してくれたのね」
『完全ではないが精霊を通して悪意ある者か見分けがつく。先ほど触れさせてもらったから尚更だ。精霊は悪意ある者を拒絶する。アンデッドを操る者や吸血鬼に精霊が好意的なのは珍しく私も驚いた』
ほほう、ルーナとマルティナは負の力を操る側なのに精霊から好意を受けてるのか。
2人共心根は良い奴だから、精霊はそういうのを感じ取って判別しているのかね。
確かにそれなら精霊を介して悪人かどうか判断が出来そうだ。
そんな会話をしながら走り続けていると、不意にエステルが声を上げた。
「あら……」
「うん? どうかしたのか?」
「今の違和感、どうやら結界みたいな場所に入ったようね。これもあなた達の仕業かしら?」
『外部からの認識を惑わせ、魔物を寄せ付けない結界を張ってある。魔導師でも普通は感じ取れないはずだが……』
「違和感を覚えただけだから完全に感じ取れた訳じゃないわ。かなり高度で魔法でもなさそうだけど、これも精霊術なの?」
『そうだ。森に宿る精霊達の力を借りて形成している。案内がなければ侵入者は里に辿り着くことはない。これがなければ今頃我々は魔人に蹂躙されていた』
えっ、結界なんてあったのか? 俺は何にも感じなかったんだが。まあ、俺は一般人だしわかる訳ないか。
しかし結界ねぇ。セヴァリアにも守護神の加護で魔物を寄せ付けない結界みたいなのがあったな。
この森にもそれと同じような物があるってことか。……あっ、地図アプリの表示もなんかおかしいぞ。
全体がチカチカと点滅していて、俺達が今どこにいるのか正確な位置がわからない。
地図アプリにまで影響を及ぼすとは……この結界のおかげでマリグナントの脅威を乗り切れたんだな。
その後も俺達はエルフの後をついていき、目的地であるエルフの里に向け走り続けた。




