精霊の正体
突然現れたエルフの女性のような見た目をした、フリージアが精霊だと言った人物。
光で作られた透き通る体で神秘的な雰囲気を漂わせながら、威厳に満ちた声で口を開いた。
『一体何者だ? この森に何用で入った?』
「あら、それを聞くならまずそっちが名乗るのが礼儀じゃない?」
『目的が分からない以上名乗る訳にはいかない。場合によっては力ずくで排除させてもらう』
「力ずくで排除とは穏やかじゃありませんね。周囲に配置している人達のことをよっぽど信頼しているのでしょうか? んー、数は十人ってところですかね」
シスハがそう言うと、動揺したのか精霊とやらは一瞬顔をしかめた。
自分だけじゃなくて周囲にいる仲間、しかも正確に数もバレてれば内心慌てるよな。上手くハッタリをかましてくれた。
力ずくとか物騒なことを言ってるが、これで下手なことはできないと思うはずだ。
だけど警戒心も高まってそうだから、早めに敵じゃないってことと目的を言っておこう。
「私達の目的はプルスアルクスの採取で、そちらと敵対する意思はありませんよ」
『プルスアルクス……シルウァレクトルを探していたのか?』
「はい、警戒させてしまったのは申し訳ないですが、果実さえ手に入ればすぐにでも帰りますよ」
『今までも探しに来た人間はいた。だが、それを信用しろというのもな……。ゴーストを使役しているのは何者だ?』
「クックック、よくぞ聞いてくれた! 僕こそは最強死霊術師、マルティ――むぐっ!?」
「だから自分から正体明かす馬鹿がいるか! なんでこのやりとりしてるか考えろ!」
マルティナが胸を張って自慢げに叫び出したので、慌てて口を押えて止めさせた。
正体をばらすだけじゃなくて、名乗り上げようとしやがったぞこいつ!
相手と駆け引きをしている時に、余計な情報与えるんじゃあない!
よりにもよって死霊術師だと相手に教えちまうとは……。
精霊もまさか馬鹿正直に言うと思っていなかったのか、眉をひそめて困惑している。
『よ、よくわからないが、死霊を操ってはいるが魔人ではなさそうだな』
「魔人なんかじゃないよ! マルティナちゃんは凄く良い子なんだよ!」
『……操っていたゴーストから悪意は感じなかった。その死霊術師はまあいいだろう。それよりもそこの子供……と言っていいのかわからないが、人間ではないな?』
精霊がそう言って指差したのはルーナだ。吸血鬼だってバレてるのか!?
ルーナは特に焦った様子もなく、それがどうしたと言わんばかりに精霊の発言を認めた。
「うむ、そうだ。問題あるか?」
『種族はわからないが、魔人に近しい者のはずだ』
「知らん。吸血鬼を魔人と言うならそうだろう。あれと一緒にされるのは心外だが」
「お前も堂々と正体明かすなよ……」
「めんどくさい。人じゃないとバレているなら隠すだけ無駄だ。種族で判別するような奴なら話も通じない。早く帰りたい」
本音が漏れてやがる……が、ルーナの言うことも一理あるな。
正確な正体はわかっていなそうだけど、人じゃないと言い切るぐらい相手は確信を持っている。
下手に誤魔化して魔人扱いされるよりは、正直に正体を明かした方がいいか。その方が余計な揉め事がなくて済む。
マルティナが馬鹿正直に死霊術師だと言ったのも、ある意味相手の警戒心が薄れているし結果オーライだな。
さらに追い打ちをかけるように、フリージアが気になることを言いだした。
「ねーねー、私達を信用してほしいんだよー。あなたもエルフなんだよね?」
「えっ、あいつエルフなのか?」
「うん、精霊を使って会話してるだけだと思うよ。ああいうの精霊術って言うんだっけ?」
「精霊術……知ってはいたけど実際に見るのは初めてだわ。だから魔力も感知できなかったのね」
「精霊ってそんなこともできるのでありますか。そもそも精霊って何なのであります?」
「万物に宿る自然的な存在……だったかな? 常人には感知できないけど、一部の種族はそれを操り様々な現象を起こせるらしいです」
「へー、よくそんなこと知ってるな」
「クックック、そういう知識は一通り学んでいるからね!」
「またカッコいいからか。呆れた理由だ」
「そう! カッコいいからさ!」
「やれやれ、無駄に知識だけは持っていそうですね。役立ってはいますけど」
こんな教養まで身に着けていやがるのか。カッコいいとだけでそこまでできる熱意は尊敬するぞ。
それにしても精霊術ねぇ……GCで言ったら精霊術師的な存在か?
俺はてっきり大精霊辺りかと思っていたが、まさかエルフとはなぁ。
エルフが精霊術で姿を見せて、本体は遠くから会話している感じだろう。
フリージアに正体を言い当てられたから黙り込んでいる。エルフで正解だと思ってよさそうだな。
精霊術だからエステルでも魔法の気配を感じず、マルティナや地図アプリの探知をかいくぐれたのか。
唯一エルフであるフリージアが察知できたのも納得だ。
今まで会ったことなかったけど、この世界にもエルフっていたんだな。
相手の正体も判明したところで交渉しようと思っていたが、エルフは降りてきてフリージアをじっと見ながら声をかけた。
『体に触れさせてもらってもいいか?』
「いいよー」
「おい!」
「悪意は感じないから平気だよ。心配しないで!」
一体何の意図があってフリージアに触ろうとしているんだ?
本人が悪意を感じないと言うなら本当にないんだろうけど……。
ノール達の方を見ると、彼女達も問題ないと判断したのか頷いていた。
最悪何かされたとしても、ガチャアイテムかシスハがいれば対処はできる。
フリージアが笑顔で手を差し出すと、エルフはその手を握り返した。
するとフリージアの体が暖かな光に包まれ、彼女はきょとんとした顔で首を傾げている。
『……洗脳の類は受けてなさそうだな。弱みを握られて脅されてないか?』
「そんなことしないよ! 皆大事な仲間だもん!」
『す、すまない……最近色々と問題が起こって疑り深くなっていてな。それにエルフが人と一緒にいるのも信じられないことだ』
おいおい、洗脳とかして無理矢理連れて来てると思ったのか!?
人と一緒にいるってだけでそこまで疑うとは……この世界に来てから一切エルフを見ていないし、冒険者協会で亜人の話を聞いた時も魔人以外は出てこなかった。
ここまで警戒されているってことは、一般人に知られないようなところでエルフと人の間で何か起きたのかもな。
ようやくエルフは警戒心を解いてくれたのか、俺達に謝罪をしつつ話を始めた。
『何度も疑ってしまいすまなかった。既に知られてしまったが、私はこの森に住むエルフだ。そちらは……冒険者といったところか?』
「はい、私達の目的は先ほども言いましたが、プルスアルクスを採取しに来ただけです。あなた達と敵対するつもりはありませんけど、この森を探索するのに何か問題ありましたか?」
『その程度なら基本こちらから干渉はしない。以前も何度かプルスアルクスを採りに来た者達もいる。実だけ採って逃げた後、シルウァレクトルが暴れ回って迷惑したことはあるがな』
「それは迷惑でありますね……。私達が採ったらちゃんと倒しておくのでありますよ」
「でもこれで問題は解決ね。もしよければシルウァレクトルの居場所を教えてもらえると助かるのだけれど、どこにいるかわかるかしら?」
確かBランク複数パーティなら、果実だけ回収できるって話だったな……。
この森にエルフがいたって知らなかったと思うが、エルフ達からすればいい迷惑だっただろう。
原因はそれだけじゃないと思うけど、人が来て警戒するのも仕方ない話か。
俺達も倒さずに果実だけ回収しようか考えていたが、そういう話ならきちんと採取後に倒しておかないとな。
この様子なら協力してもらえそうだし、やっぱり呼び掛けて交渉したのは正解だったぞ!
と、考えていたのだが……エルフからの返事は雲行きの怪しいものだった。
『シルウァレクトルなのだが、このままでは一生見つかることはないと思うぞ』
「えっ……どういうことですか?」
『色々と問題が起きていると言っただろう。そのせいでシルウァレクトルは今発生していない。我々も森全体を把握している訳ではないが、私の探知できる範囲にシルウァレクトルは見当たらん』
なん……だと……シルウァレクトルがいない!?
俺達をずっと監視しつつ、仲間に瞬時に連絡を行えるほどの精霊術師だ。
住処にしているぐらいだから、マルティナや地図アプリと同等かそれ以上に森の探索には長けているはず。
そのエルフがシルウァレクトルがいないと言うんなら、間違いなくすぐ見つかる範囲にいないことになる。
……そういえば俺達も、この森の魔物の少なさには違和感を覚え異変じゃないかと疑っていた。
ぐぬぬ、このままだとプルスアルクスを採取できないじゃないか!
軽い絶望感に襲われていたが、エルフの続く話で希望が見えてきた。
『しかし、その原因に見当はついている。解決方法も大体わかってはいるのだが……力及ばずでな。そこであなた方に提案がある。我々と協力して問題を解決してもらえないだろうか? 勿論その後シルウァレクトルを探す手伝いもする』
「ふーん、私達が怪しいのも監視していた理由だったけど、接触してきたのはそっちも打算を考えていたのね。戦うのを見てあわよくば、協力してもらおうと思っていたんでしょ?」
『否定はしない。悪意ある侵入者なら見過ごす訳にもいかないのでな。疑ってはいたが以前来た奴の仲間ではないと判断した。あいつのせいでこの森はめちゃくちゃですよ……』
なるほど、俺達も怪しみつつ協力してもらえる相手かもしれないと考えていた。それはエルフ側も同じだったのか。
厳格な口調のエルフだったけど、最後の一言は悔しそうで弱々しく素が出ている。
エルフの強さがどれぐらいなのかわからないが、力ずくで排除できない相手が来たんだな。
……あれ、何かこういうことしそうな奴に心当たりがあるんだけど。
シスハも同じことが頭を過ったのか、俺の考えと全く一緒のことを口に出した。
「あいつと言うのはまさか魔人ですか? 先程ルーナさんのことを、魔人かと警戒していましたよね?」
『……あなたの言う通りだ。この森に以前魔人が襲来し、我々に服従を迫り脅迫してきた。奴はマリグナントと名乗っていた』
出た、出ましたよマリグナント! あいつここでも何かやってやがったのか!
考えてみればクェレス方面で悪事を働いていたなら、その延長線上にあるこの森に来ていてもおかしくはない。
既にあいつは倒したからこれ以上酷くなることはなさそうだけど……セヴァリアだけじゃなくて、他の場所でも死んだ後も続く厄介ごとを残してやがった、と。
本当にあいつは救いようがない魔人だったんだな……。
エルフと俺達の利害は一致していそうだから、とりあえず前向きに協力関係を築いていくとするか。




