北の洞窟
「さて、今日は魔石狩りに行くぞ!」
「お~!」
「おー……であります……」
翌日、1人を除き俺達は元気良く朝を迎えた。そして今は、王都の北にある門の外にいる。
「なんだ、やっぱりテンションが低いな」
「当たり前なのでありますよ! 昨日は強制的に眠らされ、これからまたあの悪夢の日々かと思うと……」
1人テンションの低いノール。凄く憂鬱そうだ。表情がわからないので分かり辛いが、声でなんとなく分かる。
昨日強制的に眠らせたことについては、食料を食べさせて機嫌を取ろうとしたのだが無駄だった。まあその割におかわりもしていたのはちゃっかりしているけどな。
「ふふ、安心していいわよノール。お兄さんったら、1日に600体も狩るとか世迷言を言うのだもの。しっかりと言い聞かせておいたから、ね?」
「はい……大変申し訳ございませんでした」
昨夜のことを思い出すと身震いがしてくる。正直少し嬉しかったけど、もう二度とあんな目には遭いたくない。
美少女に馬乗りされてくすぐるような威力の電撃。だんだん気持ち良くなりセロトニンが溢れ出ていたかもしれない。
アヘりそうだった。なにかいけない扉に目覚めてしまうところだった。
「むぅ……それならいいのでありますが……。それで、今日はどちらに行くのでありますか?」
「あぁ、とりあえず南のワシ戦士の森はもう行ったから、東西北の狩場を回ろうと思う」
「それ今日1日で回れるの?」
「まあ大丈夫だろう。とりあえず様子見で行くだけだからな。どんな魔物がいるのかステータスを確認して、希少種がどれか調べるんだ」
今回は調べることが主な目的だ。長時間の狩りはしないでどんな魔物なのか判断し、今の戦力で最も効率の良い場所を選ぼうと思う。
希少種をポップさせるには、通常種の狩り効率も影響してくる。通常種を早く狩ることは、希少種を早くポップさせることにも繋がるのだ。
●
「ここが北の洞窟でありますか」
「なんだか薄気味悪いわね」
魔法のカーペットに乗り、北にあるという魔物の生息地へとやってきた。
岩肌のむき出した山にぽっかりと空いた大穴があり、リポップ場所はどうやらこの中らしい。中に入ると、ひんやりとしていてなんだか不気味だ。
あっちこっちに、水晶のような長細い発光するものが地面から伸びている。そのおかげで、洞窟内は明るいので視界はそれなりにいい。
岩の柱があっちこちにあり、なかなかの広さ。そして目の前には、1m程の大きさをしたサソリがうじゃうじゃと徘徊していた。
「デカイなおい……」
「おぉ、格好良い魔物でありますな」
「悠長なこと言っているわね」
全身艶のある紫色で、カチカチと両手のハサミを鳴らしながら歩いている。尻尾には大きな針があり、あんなので刺されたら風穴があきそうだ。
とりあえずステータスを見ておこう。
――――――
●種族:鎧サソリ
レベル:40
HP:1000
MP:0
攻撃力:200
防御力:6000
敏捷:15
魔法耐性:0
固有能力 毒無効
スキル 毒針
――――――
防御たっか!? なんだこいつ。その代わりHPがかなり低いな。
それにしても毒針か……こりゃ困ったな。
「うーん、判断が微妙なところだな」
「相性が悪いのでありますか?」
「あー、いや、悪くはないんだ。でもお前のことを考えるとな……」
「え、私でありますか?」
これは範囲狩りをするのならかなり相性が良い。HPが低くてさらに敏捷も低い。防御無効の魔法で攻撃するのなら、かなり条件の良い魔物だ。
エステルの魔法でまとめて攻撃できたのならかなりの効率が期待できるだろう。
「おう、ノールには釣り役をやってもらおうと思っているんだ。魔法抵抗も低くてHPも少ないし、理想的な魔物かもしれない」
「つ、釣り役? 大倉殿、もしかして……私に餌になれと?」
「イエス、その通りでございます」
「やっぱりこの人鬼なのでありますよぉ! なんで、なんででありますか! 私何か悪い事したでありますか!?」
「いや、お前にばかり負担掛けるのは悪いから俺と交代しながらやろうと思っている。しかしだ、ノールはアル・ラキエがあるからいいけど、俺が釣り役しようとしたら毒無効にできない。もしここでやるなら、ノールにやってもらうしかないからさ」
「あっ、そういうことでありますか。早とちりして申し訳ないのであります……」
事前に説明しておくべきだったか。釣り役は俺とノール2人で行い、まとめたところでエステルの範囲魔法で一掃するのが俺の考えだ。
ゲームと違いフレンドリーファイアが有効なのがちと問題だけど。そこは十分味方と距離を離してやるつもりだ。
「つまりここでの狩りはできないってことかしら?」
「そういうことだな。でも釣り狩りがどれぐらいか見たいから、1回試してもらってもいいか? ほら、これを使ってくれ。あと靴はニケの靴な」
「いいでありますよ~」
ノールにウィンドブレスレットを渡す。これには移動速度+20%があるから釣り役が交代で装備しようと思う。
ここでの範囲狩りは断念するが、1回どれぐらいの効率なのかだけは確かめるか。
「これで1回走り回ってくるのでありますか?」
「あぁ、そうだ。ある程度魔物が貯まったら、回るようにして魔物が一箇所に集まるようにしてくれ。そしたらエステルの魔法で一掃するから」
「了解なのでありますよ! それでは行ってくるであります!」
ノールがサソリのターゲット範囲に入るように移動して、サソリを誘導し始める。かなりの広さがある洞窟なので、サソリはばらけていた。
魔法で1体ずつ倒していくよりも、誘導して一箇所に固めて殲滅した方が効率も良いしMPの節約もできる。
少しして奥の方まで行ったのか、ノールが引き返してきた。後ろには数え切れない程のサソリの大群。カチカチとハサミを鳴らす音が無数に聞こえる。
言い出したのは俺だけど、実際にやるとなったらあれ相当怖いぞ……。
「凄い数だな……。ノール! 魔法ぶっぱするから戻ってこい!」
「カサカサと沢山いて気持ち悪いわね。えいっ!」
近くまで戻ってきた彼女が、サソリを中心に集める為に大群の周りを回り始める。すぐにサソリ達は追いかけようとするが、だんだんと密集しギチギチに固まり全体的に動きが鈍くなり始めた。
ある程度サソリが固まったのを確認し、俺はノールに離れるよう指示を出す。彼女はそれを聞き急いで俺達の方へと走ってきた。
そして魔法の範囲外に出たところで、エステルによる魔法攻撃が始まる。密集したサソリ達を中心に魔法陣が展開され、その範囲内を稲妻が駆け巡る。
一瞬の内に大量にいたサソリ達は雷に打たれ、光となってドロップアイテムになった。
「うひょー、爽快だなこれ」
「1体ずつ狩るより楽でありますな。ただ誘導を失敗した場合が怖いでありますが」
防御無視の魔法攻撃のおかげで、あんだけいても一瞬で全滅だ。ドロップアイテムはサソリの殻とハサミ、そして少しだが針も落ちている。
中心に集まったアイテムを見ると気持ちが良いぐらいだ。数的に20体以上はいたのか? こりゃ前回のオーク狩りの効率を超えるかもしれない。
アイテムの回収を終えた頃、光が集まりサソリがポップし始めた。その中には一際大きくて黒いサソリが混ざっている。どうやらあれがここの希少種のようだ。
――――――
●スティンガー 種族:鎧サソリ
レベル:60
HP:4000
MP:0
攻撃力:1300
防御力:20000
敏捷:20
魔法耐性:0
固有能力 毒無効 特効無効
スキル 誘導毒針
――――――
なんだこれ……魔導師いなかったらこんなの相手にできないぞ。それに誘導毒針ってなんだ。もしかして飛ばすのか?
「おう……これはまた凶悪そうなのが出てきたぞ」
「凄いでありますな。とても硬そうなのであります」
「本当ね。太くて、硬そうな、たくましい物を持っているわね」
「なんか変な強調するな……。と、とりあえずエステルは魔法で3連続攻撃をしてくれ。万が一の時に備えてノールはエステルを守れ。あいつ針飛ばすかもしれない」
エステルが意味深な部分を強調しているが気のせいだ、うん。
スティンガーがこっちに気が付く前に、範囲外からエステルに攻撃をさせることにした。あのHPなら3発当てれば倒せる範囲だ。
もしも毒針を飛ばしてきた時のことを考え、ノールはエステルの前に配置しておく。
エステルが杖を振るい、スティンガーの上に魔法陣が展開された。そして3回雷が間髪容れずに落ちスティンガーは動かなくなった。
あれ……あんだけ警戒したのはなんだったの? 針飛ばす暇も与えずに一瞬で倒しやがった。
「随分とあっさりと片付いたわね」
「だ、だから理想的な魔物って言ったんだよ。その代わり物理防御は高いから俺とノールは相手し辛いけどな」
「むぅ……ど、どうしてもと言うのなら、私だけが釣り役をやってもいいでありますよ?」
スティンガーが落としたアイテムを回収し、スマホを確認するとちゃんと魔石が1つ増えている。
確認もできたし次に行こうと出口に向かい始めたが、突然ノールがここでの釣りを1人でやってもいいと言い始めた。
ここはかなり効率が良いので実にありがたい提案だが……。
「あんなに嫌がっていたのに、どうしたんだ突然? 無理はしなくていいんだぞ」
「いや、大倉殿も気遣ってくれていたみたいでありますし、私の我侭でご迷惑をお掛けするのは申し訳ないのでありますよ」
「んー、そうか。じゃあもし他の2つが駄目そうだったなら、お言葉に甘えさせてもらうぞ。あぁ、狩る時間については安心してくれ。そんな急いでいる訳じゃないから、疲れてきたら帰るようにもする」
昨日のあの様子を見て、俺も色々やり過ぎたと反省している。エステルにおしおきされたから考えを改めたとかではないのだよ。
とりあえずここはノールが釣りをしてくれるのなら効率が良いことがわかったので、他の所を回ってから考えることにしよう。
「エステル……一体どんな説得をしたのでありますか? なんだか優しすぎて、別人のようなのでありますよ」
「内緒。ね、お兄さん?」
ノールに問いかけられたエステルは、目を細めた笑みで俺の方を見ながら人差し指を口の前に立てる。その笑みを見た俺は、不思議と背筋がぞくぞくとしてしまった。




