監視者
シルウァレクトルを探すべくアルグド山脈に入ってから3日目。
俺達は今日も森の中に入り探索をしていたが、今のところシルウァレクトルが見つかる様子は微塵もなかった。
「くぅ、今日で3日目か。この森広過ぎるだろ。先が全く見えないぞ」
地図アプリを使いマルティナのゴーストにも探索してもらっているのに、シルウァレクトルは全く見つからない。
森が広過ぎて俺達も思うように探索が捗らず、森の中は魔物の湧き場所になっていそうで野宿する訳にもいかず毎日帰宅もしている。
ビーコンを設置するにしてもこの中に置いたら魔物に破壊される可能性もあるし、移動した瞬間に襲われでもしたら危険だからな。
ディメンションルームを使う手もあったけど、同じ理由で非常時以外は狩場の中で使う気もない。
なので毎回侵入場所を変えながら森の中に入っていたのだが……このまま見つからないようだったらビーコンとかの設置も考えないといけないな。
それだけじゃなくてこの森は、少しおかしく感じる点もあり警戒をしている。
今日も探索をして一旦休憩していると、改めてエステルがその疑問点を口にした。
「ねえ、やっぱりこの森おかしくないかしら? もう3日も探索してるのに全然魔物がいないわよ」
「確かスネークやスパイダー系の魔物もいて、Bランク冒険者だと探索だけで一苦労するって話でしたよね。せっかく戦えると思ったのに残念ですよ」
「トレント系の魔物はマルティナが見つけているでありますが、それ以外の魔物は見かけないでありますね。どういうことでありましょうか?」
「むむむ、初探索なのに敵がいないなんて! 僕の活躍を見せられないじゃないか!」
「戦わずに済んでいい。早くお家帰りたい」
そうこの森、トレント以外の魔物が全く見当たらないのだ。
協会長の話だと凶暴な蛇や蜘蛛の魔物、その他諸々がいるって話だったんだけど……探索を始めてから1度も魔物に襲われていない。
初日はたまたまかと思っていたが、2日目でうん? っと首を傾げる感じで、3日目にしてこの違和感は確信に変わった。
エステル達も何度か口にしていた。俺と同じく偶然も考えていたようだが、今日の探索で異常だと確信したようだ。
魔物がいないなら探索が捗っていいじゃないかと普通は思うだろうけど、狩場から魔物がいなくなっているのは逆に怖い。
今までの経験上、こういう現象のある場所はロクなことが起きないからな。
要するに異変の前兆、もしくは異変の最中の可能性が高い。
異変を経験していないマルティナ以外は嫌な予感に顔を曇らせているが、その中でもフリージアだけは不審な行動を取っていた。
頭をキョロキョロと動かしたり、木の上に乗って周囲を見渡したりと何かを探しているようだ。
「フリージア、どうかしたのか?」
「うーん、何かこの森変な感じがするんだよ。それに今日はずっと誰かに見られてる気がする……かも」
「えっ、見られてるだと!?」
おいおい、普通ならこんな森の奥で気のせいだろって思いそうだが、フリージアがこういうこと言う時って確実に何かがいるぞ!
慌てて地図アプリで周囲の確認をしてみるが、地図アプリには何の反応も表示されない。
「地図アプリで見える範囲には誰もいないな……。マルティナ、隠れている奴がいないか周囲を探索してくれ」
「クック、任せるといい! すぐに見つけてあげよう!」
マルティナは片手で顔を覆いながら笑い声を上げ、新たにゴーストを呼び出して散開させた。
それからしばらく全員で彼女を見守っていたのだが……だんだんと顔から笑みが消え冷汗が増えていく。
「どうだ? 誰か近くにいるか?」
「……見つかりませんでしたぁ」
「そう気落ちしないでいいわ。地図アプリでも表示されない相手だもの。本当にいるのならそう簡単には見つからないわよ」
俺達を監視できるところにいるはずなのに、地図アプリに表示されずフリージアですら正確な場所を把握できない相手だ。
本当にいるとしたらマルティナでも見破れないレベルの擬態、もしくは隠蔽的な力を持つ奴だろう。
「魔物が不自然にいなくなって正体不明の視線も感じる……まさかまた異変なのか?」
「その可能性が高いでありますよねぇ。マリグナントが使役していた、消えるディアボルス的なのがいるのでありましょうか?」
「それならマルティナさんのゴーストかフリージアさんが見破れるはずです。エステルさん、何かしらの魔法は周囲にありませんか?」
「うーん、この森自体魔素が多少濃いけれど、魔法が行使されている形跡はないわね。あるとしたら私でも感知できない高度な隠蔽魔法かしら。……やっぱりこの一帯全部消し飛ばしてみる?」
「それはさすがに……まあ、何かされた時の最終手段として考えておくか」
俺達の索敵をもってしても発見できない相手、ただ者じゃないのは確定的だ。
エステルの魔法ならこの辺り一帯を焦土に変えるぐらい朝飯前だから、最悪その手を使ってあぶり出すのも可能。
だけど森への被害は甚大だし、敵かもわからないのに攻撃したら確実に敵対される。
そうなったらこの森の探索にも支障をきたすし、とりあえず様子見をしておこう。
下手に刺激して藪蛇になっても面倒だ。
監視されているのに気が付いていない振りをしながら、休憩を終えて森の中を探索しているかのように俺達は動き出した。
「どうだ? まだ視線は感じるか?」
「うん、さっきと変わらないよ。絶対に誰か私達を見ているんだよ」
移動をしていてもピッタリ俺達の後を追って来ているようだな。
俺の地図アプリにフリージアとマルティナによる索敵も継続しているけど、それでも発見できていない。
フリージアの言いようからして今日から監視されているようだが、相手の思惑がわからないと不気味だぞ。
このまま移動していても埒が明かなそうだし、ここは1つ揺さぶりをかけてみるか。
マルティナが発見していた比較的近いところにあった緑色の巨木、擬態したトレントのいる場所までやってきた。
「エステル、あのトレントを魔法で攻撃してくれ。俺達が動けば、見ている奴が何かアクションを起こすかもしれない」
「ええ、わかったわ。それじゃあ出来るだけ派手にやっちゃうわね」
「……周囲に被害が出ないよう抑え目でな。魔物を倒しただけって感じを装うんだぞ」
派手って言っても周辺が更地になるような魔法を使われたら、さらに警戒されるか敵対されかねないからな。
ここに来てからまだ1度も戦闘をしていないし、監視している奴が俺達の力を見てどう反応するか確かめたい。
監視者に気が付いていない素振りをしたいから、偶然見つけた魔物を倒しただけですよーって感じを出すのにちょうどいいだろう。
さっそくエステルはグリモワールを開くと、トレントの頭上に魔法陣が現れて光球が形成されていく。
ある程度膨らんだ光球が魔法陣の中へ落ちると、光の柱となってトレントへ降り注いだ。
光に飲み込まれたトレントは動き出して枝を鞭のように動かしていたが、あっという間に消滅してしまった。
「トレントの希少種っぽかったけど、一瞬で倒しちまったな……」
「あの頃に比べたら私も装備も強くなったからね。魔法耐性の高いトレントでも問題ないわ」
「ふぉー! エステルさんの魔法すげぇー! 超カッコいいです!」
「ふふ、ありがとう」
マルティナは目を輝かせて興奮し、その様子に悪い気はしないのかエステルは微笑んでいる。
派手でありながらもピンポイントでトレントを攻撃し周囲に被害は出さない、さすがエステルさんだ。
あのトレントの強さがどんなものかわからなかったけど、通常のトレントより間違いなく強いだろう。
さーて、これで何か動きがあるといいんだが……。
そんなすぐに動かないだろうとまた移動をしつつ、地図アプリを確認しているとある反応が現れた。
紫色をしたマークが表示され、拡大して詳しく見てみるとその姿は人型だ。
その数10体で俺達からかなり離れていて、バラけつつも進行方向に被らないよう一定の範囲を保っている。
「おっ? 紫色のマークが出てきたぞ。見た感じ人型っぽいが……しかも複数反応がある」
「今まで見たことない色でありますね。これも3D地図アプリの新機能でありましょうか?」
「考えられるとしたら、味方でもなければ敵でもないって感じかしら」
うーむ、敵対してないのが青で敵対者が赤だから、中間は紫って感じなのか?
俺達の行動次第で敵にも味方にもなる可能性のある存在なのかもしれない。
考えてみれば今までこういう相手を確認したことがないから、ちょっと判断がしにくいな。
だが、エステルの魔法を見て行動を起こしたのなら、何かしらの思惑があると思ってよさそうだ。
試しにマルティナのゴーストを紫色のマーク付近に移動させるよう頼んでみたら、ゴーストが移動するのに合わせてその対象も遠ざかっていく。
「どうやらマルティナのゴーストから逃げるように動いてるな。相手は俺達の位置どころかゴーストまで把握しているようだぞ」
「監視されているのは確定のようですね。それと監視している相手は、直接私達に手出しは出来ないと考えていいでしょう」
監視している奴は、俺達に何か害を与える術、もしくは戦闘力を持っていないってことか。
エステルの魔法を見て自分じゃどうにもならないと見て、増援の戦力を出してきた、と。
つまりこの紫色の人型は戦闘要員だろうか。それでも距離を置いてまだ完全に敵対はしてないから、相当用心深そうだぞ。
もしこれが魔人だったら最悪なんだけど……まさか10体とも魔人とかないよな?
でもマリグナントの仲間だとしたら俺達のことは伝わっていそうだし、それならもう敵対していてもおかしくない。
うーん、考えても全くわからん。相手は未だに俺達に接触してくる様子もないし……仕方がない、こっちから動いてみよう。
「相手が敵対の意思を表していないなら、まだ話し合える余地はあるよな。監視してるっぽい奴に呼び掛けてみるか?」
「魔人の可能性もあるから警戒はするべきだけど、どんな相手か確認はしておきたいわね。魔人じゃなかったとしても、シルウァレクトルを探す障害にもなりかねないわ。友好的なら協力も頼めるかもしれないもの」
「相手からしたら何を探しているかわからないので、警戒して当然ですからね。自分達を探していると勘違いされたら、急に襲ってきても不思議じゃありません。ここで相手の正体を確かめるか、プルスアルクスを諦めて逃げ帰るか決めないといけませんね」
確かに相手の立場で考えてみれば、俺達がプルスアルクスを探しに来ただけと思えるか怪しい。
ゴーストを使ってまで探してるから、むしろ俺達の方が魔人だって思われても不思議じゃないぞ。
どちらにしても厄介ごとの臭いがプンプンとしてくるが……とりあえず敵じゃないとアピールはしてみよう。
いつでも逃げられるようにビーコンで移動の準備もしつつ、ノール達に呼び掛けることを伝えて俺1人だけ少し離れて大声で叫んでみた。
「おーい! 見てる奴! 俺達は敵対するつもりはない! ゴースト達は退かせるから、話し合えるようなら返事をしてくれ!」
どこにいるかわからないから叫んでみたが、これで監視している奴もこっちが気が付いているのはわかったはずだ。
マルティナに頼んで宣言した通りゴースト達の探索を止めさせて、返事が来ないかしばらくその場に留まってみた。
地図アプリを見ると紫色のマークは動くことなく待機しているが、色が青になる様子もない。
「どう? 何か動きはあったかしら?」
「……まだ紫色のままだから警戒されているみたいだな」
「敵対するつもりはないとか言ってたでありますが、魔人だったらどうするのでありますか?」
「そりゃ相手次第だろ。とりあえず先制攻撃はしないでおこう。サイコホーンで思考はある程度読み取れるから、攻撃の意思を見せたら反撃するけどな」
「ある意味卑劣。さすが平八だ」
「優しい人だと思っていたけど、敵対しないって誘い出して思考を読むって恐ろしいね。敵なら仕方がないとは思うけどさ」
「平八は鬼畜野郎なんだよー」
誰が鬼畜じゃ! こっちから敵対するつもりはない。
相手が攻撃さえしてこなければ無事に解決するんだから、これで戦闘になるんならやむを得ないってやつだ。
サイコホーンを使うのも自衛の内、敵対しないからって無抵抗って訳にもいかないからな。
だけどこれで何の反応もなかったら……どうしましょう。無視して探索する訳にもいかないしなぁ……と思っていたが、突然辺りに声が響いた。
『何が目的でこの森に入ってきた?』
「なっ!?」
バッと周囲を見渡してみても誰もいない。勿論地図アプリにも反応はない。
声も響いているからどこから発せられているのかわからないが、声の感じからして女性のものだろうか。
ノール達ですら位置が掴めず周囲を見渡して困惑気味の中、フリージアだけはある一点を指差しながら叫び出した。
「あっ、精霊だぁ!」
釣られて指差す方を見てみたのだが、そこに何かあるようには見えなかった。
ノール達と顔を合わせてみても、全員見えていないようで首を傾げている。
だが、精霊とフリージアが呼んだ途端、声の主はあからさまに動揺した声で困惑していた。
『えっ……人間に見破られた……?』
「私はエルフなんだよー、ほら!」
「あっ、馬鹿! 相手がわからないのに脱ぐなよ!」
フリージアはピョンピョンと飛び跳ねながらフードを脱いで耳をアピールしていた。
エルフと精霊に何の関係があるのか知らんが、正体不明な相手にわざわざ教えるなよ!
そう焦りつつフリージアを止めようとしていると、突然カッと強烈な光で辺りが照らされた。
光が収まり上を見上げると人型の光が浮いている。その見た目は女性で、フリージアのように耳が尖っていてまるでエルフのような姿だ。
邪悪な感じはなくて暖かな雰囲気なのだが……これはまた面倒ごとが起きそうな予感がしてきたぞ。
思いついたけど本編に入れる程じゃない小ネタを後書きに書く試みです。
――――――
ちょうど廊下を通りかかると、扉の開いているマルティナの部屋から声が聞こえてきた。
『おー、よしよしよし! あはは、くすぐったいじゃないか!』
うん? 何やってるんだあいつは。まるで動物と戯れているような声が聞こえるけど、モフットとでも遊んでいるのか?
ちょっとした好奇心で部屋の中を覗いてみると……獣型のスケルトンとマルティナがじゃれ合っていた。
「うおっ!? な、何しているんだ!」
「うん? 友達と戯れていただけじゃないか」
「友達って……」
「クックッ、ちょうどいい。紹介しておくよ。僕の相棒、ドゥンケルハイト・シュバルツだよ!」
「あっ? ド、ドゥンケル……?」
「ドゥンケルハイト・シュバルツ! カッコいいだろう!」
名前なげーよ! 固有能力やスキルとかもだが、こいつの付ける名前はどれも長いって!
ドゥンケルハイト・シュバルツと呼ばれた獣のスケルトンは、誇らしげに四本足でピシッと立って骨の尻尾を振っている。
「そいつってお前がよく乗ってる獣のスケルトンだよな?」
「うん、よく騎乗して手伝ってもらってるんだ。ちなみに獣形態のメメントモリもドゥンケルハイト・シュバルツだよ」
「そ、そうか……ちゃんと個別に名前あったんだな」
「勿論さ! 生前から僕が名付けていたからね!」
「生前からってことは、お前が飼っていた犬……的な感じか?」
「ドゥンケルハイト・シュバルツはオオカミだよ。僕が幼い頃から一緒にいてくれてね」
「……それで死んだ時にアンデッド化した、と」
「……まあ、そんな感じかな。これでずっと友達でいられるからね……」
そう言ってドゥンケルハイト・シュバルツを撫でながら、マルティナは頬を赤らめている。
な、何だろう……妙に怖い雰囲気がするんだが……。マルティナの闇の部分に思いっきり足を踏み入れている気がするんだが。
死んだ後も一緒にいたいからアンデッド化するって、一歩間違えたら危ない方向に進みそうだぞ。
「一応言っておくけど、強制的にアンデッドになってもらった訳じゃないからね」
「あっ、そうなのか。じゃあどういう風にアンデッド化したんだよ」
「当然同意した相手だけさ。ドゥンケルハイト・シュバルツ以外の友達もそうだよ。強制的にアンデッド化させるなんて友達と言えないじゃないか」
そう言うとマルティナは、また仲がよさそうにドゥンケルハイト・シュバルツと戯れ始めた。
死霊術師だとしても、誰振り構わずアンデッド化している訳じゃなさそうだ。
だからこそマルティナの友達とやらは、協力的な感じがするんだろうか。
俺も今度その友達とやらの話を個別に聞いてみるとするかな。




