アルグド山脈に向けて
神魔硬貨13枚を交換する条件として提示された幻の果実、プルスアルクスを採取するべく俺達は魔法のカーペットに乗って移動していた。
目的地はクェレスからかなり北に行った場所にあるアルグド山脈で、既に移動を始めてから2日目だ。
今日は俺、エステル、フリージア、マルティナの4人で魔法のカーペットに乗っていたのだが……後ろでマルティナが泣き顔で絶叫していた。
「ウヒャァァァァ!? 速い速いよぉぉぉぉ!」
「あはははは! マルティナちゃん怖がり過ぎだよー」
「ヒィィィィ! 立たないでぇぇ!」
笑いながら立ち上がるフリージアの足元にしがみ付いて、マルティナは青い顔をしている。
今まで誰もこんな反応しなかったけど、これぐらい怖がる奴がいてもおかしくないよな。
俺もいきなりこれに乗れって言われて、しがみ付く所がなかったら多分ビビる。
エステルの魔法で空気抵抗を弱めながら、今は100キロ前後の速度は出ていそうだからなぁ。
けど、マルティナなら何かに乗って移動するのは慣れてると思っていたぞ。
「獣のアンデッドに乗って移動できるのに、そこまで怖がる程か? あれだって結構速かっただろ」
「はぁ……はぁ……ぼ、僕の友達は乗り慣れてるからだよ。絨毯が浮いてて乗ってる感じもしないし……これは地面に足がついてないだもん」
「確かに馬車とかに乗ってるのと感覚が違うわね。揺れもなくて疲れないから、私はこっちの方がいいけれど」
「私は馬車って乗ったことないなー。乗り物に乗るの楽しいから色々乗ってみたい!」
なるほど、そういう意見もあるのか。確かに魔法のカーペットに乗るのは、飛行機とかに乗る感覚に近いかもしれない。
フリージアは乗りたいとか言ってるけど、俺としてはもう馬車には乗りたくないなぁ。
ノールみたいに酔ったりはしなかったが、あの振動の激しさは疲れたぞ。
それにしても元々人数が多くて既に魔法のカーペットに全員乗るのは限界だったが、マルティナが参入したからもう完全に無理だな。
今この4人で乗ってるのもそれが原因だ。まあ、アルグド山脈に行くのに全員で乗る必要はないんだけどさ。
「うーん、魔法のカーペットもいいけど、そろそろ他の乗り物も欲しいよなぁ。魔物対策として装甲車とかあると嬉しいぞ」
「装甲って響きの時点でちょっと物騒ね。でも人数的にもっと大きな乗り物は欲しいわ。今みたいな移動は後でビーコンで呼べばいいとして、全員で移動するとなると魔法のカーペットじゃもう無理ね」
「風景を見ているだけでも楽しいけど、皆で移動すればもっと楽しいよね」
「せめて馬車みたいに囲まれている乗り物がいいかな……落ちそうで怖い。僕も馬車に乗ったことはないけどね」
「マルティナちゃんも私と同じなんだ! 今度一緒に乗ってみようよ!」
「う、うん、いいよ」
フリージアに手を握られながら笑顔でそう言われ、照れくさそうにマルティナは答えている。
相変わらず何かに誘われるだけで嬉しいみたいだな。
「はぁ、それにしても面倒な条件を出してきたもんだなぁ」
「そうね。ガチャのアイテムと交換できればよかったのに。やっぱり神魔硬貨を手に入れるのは簡単じゃないみたい」
「幻の果実を採りに行くんだよね? どんな果実なのか凄く楽しみなんだよ! ノールちゃんも凄く食べたそうにしてたね」
「クックック、幻なんて好奇心がそそられるじゃないか! 最強死霊術師の僕にかかれば、そんな果実簡単に――うわぁぁ!?」
「急に立ち上がったら危ないんだよー」
マルティナがバサッとマントを翻してバランスを崩し、フリージアが慌てて体を支えている。
前はフリージアが同じようなことをしてノールに押さえられていたが、今はフリージアが押さえる側の立場になるとは……。
プルスアルクスは虹色に輝く果実で、全身が産声を上げ天にも昇るほどの美味らしい。
一口食べればある程度の病は治り疲れも吹き飛び、身体能力が大幅に向上するとか。
食べたことあるのはごく少数で、王様でも滅多に食べられない程の貴重な果実だ。
今回は個人的な取引として採りに行くから、冒険者協会を通しての依頼じゃない。
もし冒険者協会の依頼としてプルスアルクスを採りに行くとしたら、かなり高難易度の依頼になるそうだ。
「本当はBランク3パーティ以上かAランク冒険者パーティが受けるような依頼らしいが、果物採りに行くだけで難易度高過ぎだろ。しかもそのAランクですら確実に採れる訳じゃないとかさ」
「シルウァレクトルって魔物から採れるみたいだけど、倒しちゃダメって話よね。倒してもドロップしなくて、体に生えているのを直接取らないといけないのは難しそうだわ。採取に成功すれば私達はAランク級の依頼をこなせる実績にもなるし、協会長もそれを考えてこの取引を勧めてきたのかも」
プルスアルクスはアルグド山脈に湧くシルウァレクトルという、蔓のような植物系の魔物から採れるらしい。
体のどこかにプルスアルクスが生えていて、それを直接もぎ取らないといけない。
倒してしまうと果実は一緒に消滅してしまい、ドロップアイテムとして落ちない。
シルウァレクトルはAランク冒険者パーティがようやく勝てる強さで、Bランクが行くとしたら果物だけ何とかもぎ取れるかどうかだとか。
しかもアルグド山脈の森は広くて、シルウァレクトル見つけるのすら大変みたいだ。
行くまでもかなり遠く、クェレスから魔法のカーペットでも10日以上はかかる。
もし徒歩や馬で行くとしたら、往復で何十日かかるかわかったもんじゃない。
さらにもぎ取ったプルスアルクスは傷みやすくて、冷やしながら慎重に運搬するのが必須。
成功報酬は億単位で貰えるそうだが失敗のリスクが高過ぎて、この果実を採りに行ってくれる冒険者は現状いないと言っていいようだ。
だからこそ幻の果実と呼ばれているんだな。
夕方になり今日の移動は終了し俺達は帰宅した。
居間に戻ると丁度夕飯を作り終えたノールが出迎えてくれ、フリージアが元気な声で叫んだ。
「ただいまなんだよ!」
「お帰りなさいなのでありますー。移動お疲れ様なのでありますよ」
「ああ、移動しているだけでもやっぱ疲れるもんだな」
「運転しているお兄さんは1番気疲れするわよね。私達も運転を代わった方がいいのかしら?」
「いや、俺が1番運転し慣れてるしエステル達には戦闘を任せてるからな。これぐらいは俺の役目だろ」
「平八! 疲れてるなら私が代わってもいいんだよ!」
「お前はただ運転したいだけだろ! 任せたら暴走しそうだから絶対にダメだ!」
「ぶー、平八のけちー」
「僕もちょっと操ってみたいかも……」
頬を膨らませて不満そうなフリージアだけじゃなくて、マルティナまでチラチラとこっちを見ている。
フリージアは論外だとして、マルティナに運転させるのも怖いな。
比較的まともではあるがこいつもすぐ調子に乗るから、どんなことやらかすかわからない。
そんなやりとりをしつつ、夕食の時間になりノールの作ってくれた料理を食べていると、マルティナがふとノールに話を振った。
「ファニャさんって料理上手ですよね。凄く美味しいです」
「むふふ、そうでありますか? おかずもう1品付けちゃうのでありますよ!」
「あ、ありがとうございます……」
褒められて気分を良くしたノールは、マルティナの皿におかずを付け足している。
相変わらず褒められるとおかずを追加してくれるんだな。
その後も黙々とマルティナは食事をしていたが、その動きを見ていて少し気になる点を見つけた。
背筋をピンと伸ばして、フォークとナイフで肉を切り分けて口に運んでいる動きが凄く様になっている。
それだけじゃなくて食器やスープを飲む時も音を一切立てず、それが当然ともいうような自然な動作で行われていた。
「前から思ってたが、食べ方が随分と洗練されてないか?」
「クック、やはりわかってしまうものなんだね。テーブルマナーも僕はちゃんと習得しているのさ!」
「その方がカッコいいからかしら?」
「勿論さ! それ以外にもダンスや楽器、その他諸々学んだからね!」
「……無駄に努力家だ」
「ふん、それぐらいのテーブルマナーでしたら私だって修めていますよ」
「2人共凄く綺麗に食べてるんだよー」
マルティナに対抗するようにシスハも綺麗な動作で食事をし始めた。
この前酒瓶をラッパ飲みしていた癖に、今更マナーとか言い出して張り合うなよな……。
もしかしてマルティナは、カッコいいを理由に多芸だったりするのだろうか。
食事を終えるとマルティナとフリージアは2人で風呂に入って、出てくるとパジャマ姿になっていた。
マルティナのパジャマは短パンにノースリーブのタンクトップと、普段の戦闘服と似た薄着だ。
フリージアからフルーツジュースを渡されて、おずおずとしながらそれを受け取っている。
「はい! これ美味しいんだよ!」
「あ、ありがとう」
フリージアは満足げに頷くと、ルーナ達の方に走っていき何やら騒いでいる。
落ち着いてきたとはいえ、あっちこっち動き回って騒がしさは衰えていないな。
マルティナもそれについていくかと思えば、その様子を遠巻きに見てフルーツジュースの入った容器をギュッと握って溜め息を吐いていた。
「はぁ……」
「ん? 溜息なんて吐いてどうしたんだ」
「いやね、召喚されてから幸せ過ぎて感慨深くてね……」
「そこまで感じる程特別なことあったか?」
「何もかもが僕にとって特別なものだよ。こんな大勢の人と一緒に過ごせるだけじゃなくて、親切にしてくれる人までいるなんて……泣きそう」
目を潤ませて本当に感慨深そうにしている。
それだけで泣きそうになるほどとは、どんだけ孤独に過ごして来たのだろうか。
GCの世界でも死霊術師の扱いはあんまりよくないのかもしれないな。
「あー……その、なんだ。これからは1人になることもないだろうから、遠慮せず楽しく過ごせばいいと思うぞ」
「……君って意外に優しいよね」
「意外とはなんだ意外とは! というか俺だけ君呼びで遠慮もないな」
「うーん、何というかノールさん達と違って覇気がないというか。凄い人達の中に一般人が混ざってるような、親しみを感じるのかな?」
「ぐっ、否定はしないがそれで親しみを持たれるのは遺憾だな……」
「クックックッ、おかげで僕も馴染みやすくて助かったかな。これからもよろしく頼むよ」
マルティナは歯を見せて愉快そうに笑っている。
こいつは最初から俺には割とフレンドリーだった気がするぞ。
お前もノール達側だろって思ったけど、根は小心者っぽいからある意味俺に近いのかもしれないな。
それで気が楽になってもらっているなら構わないんだが……何だか納得いかんぞ!




