終息と別れ
空を飛び神殿を目指していたのだが、その途中イリーナさんが不安げな様子で呟いていた。
「神殿にも魔物が来ているなんて……港からは離れているのにどうしてなのでしょうか……」
『あの輩が何か準備していたのだろう。港の方の魔物は陽動かもしれん』
「確かにかなりの数の魔物がいるみたいですから、港から来た魔物とは思えませんね。まだ御神体は大丈夫なんですか?」
『うむ、無事のようだ。神殿の皆も結界を張ってどうにか持ち堪えている。早く我らが向かわねばな』
地図アプリで見ると、神殿のあっちこっちに赤い点が進入している。数は50体ぐらいだろうか。多過ぎだろ!
青い点が固まって赤い点が集中しているところにあるから、神殿の人達が結界を張っているんだと思う。
一体どうやってこんな数が入り込んだのやら。
リシュナル湖みたいに御神体の欠片でも使ったのか?
ようやく神殿が見えてくると、そこは見るも無残な惨状になっていた。
白い建物は壁などが破壊されボロボロになり、綺麗に整えられていた庭なども地面が抉れて出発前の面影がまるでない。
しかも入り口は多数の魔物に占拠されている。
紫色で体からビリビリ電気のような物を放ってる巨大クラゲに、魚の頭をした二足歩行の巨大な……魚人か?
三叉槍を持ってる上に筋肉ムキムキのマッチョマンとか、勝てる気がしないんだが。
その魔物達は複数の神殿の人達が張っている光の壁を攻撃している。
どうにか進入だけは阻止しているみたいだけど、徐々に押され始めているみたいだな。
「そ、そんな、神殿が……早く皆を助けませんと! ダラ、お願い!」
『待て、イリーナ!』
テストゥード様の制止も聞かずに、ダラは速度を上げて神殿に接近した。
が、それに気が付いた1体の魚人が三叉槍を投げ付けてくる。
ディアボルスよりも遥かに大きな槍は凄まじい速度で向かってくるが、その攻撃が俺達に届くことはなかった。
カロンがダラから飛び降りて、その槍を指で挟んで受け止めたからだ。
直後にカロンからゾッとするような気配が流れてきて、それを感じ取ったのか慌ててダラはその場で止まった。
「ほお、このカロンちゃんに恐れず攻撃してくる魔物がおるとは。度胸がある、いや、無謀というべきか」
そう言ってカロンが軽く手を振ると、魚人は真っ二つになりついでに後ろのクラゲも巻き込んで消滅した。
その攻撃に反応したのか、結界を攻撃していたクラゲと魚人達が振り返ってゾロゾロとこっちにやってくる。
「ほほぉ、何体もぞろぞろと、全部まとめてこのカロンちゃんが相手をしてやろう。お前様達は先に中に入っておれ」
「任せたぞカロンちゃん! イリーナさん、行きましょう!」
「は、はい! ですが魔物が多すぎて先に進むのは……」
『我に任せるといい』
イリーナさんの腕の中にいたテストゥード様は口を開いた。
そして口の中に白い光が集まっていき、ファルスス・テストゥードのような光線が放たれる。
極太だった分体のビームに比べると棒切れのような細さだが、それが直撃したクラゲは蒸発。
間髪いれずに次々とそれは放たれて、進路を塞いでいた魔物達はあっという間に消滅した。
力を取り戻したテストゥード様つっよ、俺が護衛する必要ないんじゃないだろうか。
一瞬できた神殿までの道を進み、俺とイリーナさん達は結界の中に入った。
直後に背後でドゴンッと大きな音がして振り返ると、カロンちゃんがめちゃくちゃに暴れている。
殴られた魚人はミンチになって消し飛び、後ろから襲い掛かろうとしても尻尾になぎ払われ体がバラバラに。
クラゲが紫色の稲妻を放つが、カロンに直撃してもまるで効いている素振りがない。
愉快そうに笑いながら暴れ回っている姿はシスハを思い出すかのようだ。
カロンちゃんもまさか戦闘狂なのだろうか。あの強さでそれは恐ろしい気がするぞ。
結界の外で行われている蹂躙劇を見て、結界を張っていた神殿の人達は口を開いてポカンとしていた。
そしてハッとなって正気を取り戻すと、中に入ってきていたイリーナさんを見て叫んだ。
「イリーナ様! お戻りになられたのですか!」
「はい、皆さんがご無事で本当によかったです。よく持ち堪えてくださいました」
「冒険者の方々が助けにきてくれたんですよ。おかげ様で進入は防げましたが、かなり怪我をされていて……今治療を受けてもらっています」
そう言った神殿の人の視線を追うと、そこには血だらけで座る青い髪の男性が。
うん? 見覚えが……あっ。
「マースさん!?」
「……あっ? その声は……大倉か!? どうしてお前がここにいるんだよ!」
それはこっちが聞きたいぞ! しかもこんな血だらけで……まさか1人であの魔物達と戦ったのか?
いや、魔物がいるのは正面だけじゃないから、そっちにグレットさん達パーティメンバーが行ってるのか。
とにかく怪我は酷いからポーションでも渡そうとしたのだが、バリンっと大きな音がしたので振り返った。
音がした方向にはポンポンと服を払うカロンちゃんがいて、彼女を見て結界を張っていた神殿の人達が目をひんむいて驚いている。
俺はイリーナさんと一緒だったから平気だったけど、カロンは弾かれたから結界ぶち壊して入ってきたのか? 何やってんの!
「結界破るなよ!」
「はっはっは、何物も私を阻むことはできんのだ! ……一応直してはやるぞ」
悪いと思っているなら最初から壊さなければいいものを。
お茶目なところもある龍神様だなぁ……お茶目で済ませていいのか怪しいけどさ。
カロンがパチンと指を鳴らすと、入り口を覆うように薄暗い膜が張られた。
おいおい、一瞬で結界まで張れるとか規格外過ぎるだろ。
結界を張り終えたカロンは、俺の目の前にいたマースさんを見て首を傾げている。
「そやつと親しそうにしておったが、お前様の知り合いか?」
「なんだこいつ!? 新手の魔物か!」
「魔物とは失敬な、私はカロンちゃんだ! 覚えておくがよいぞ!」
カロンちゃんが腕を組み仁王立ちでひっくり返りそうなぐらい仰け反っている。……あっ、尻尾で体支えてやがるぞ。
ああ、角もあって尻尾まで生えているし、魔物に見えるのも仕方がないか。
「マースさん、安心してください。彼女は私の仲間ですから」
「な、仲間だと? どう見ても人間じゃないが……まあいい。それとそっちの亀はなんだ? それもお前の仲間なのか?」
「あっ、その方はこの神殿に祀られているテストゥード様です」
『うむ、どうやら貴様は神殿を守ってくれていたようだな。感謝するぞ』
「亀がしゃべっただと!? これが守護神って……ああ、よくわからねーが今は魔物を……ってもういねーじゃねーか!?」
どうやらマースさんはカロンちゃんの蹂躙劇を見ていなかったらしい。
既に神殿の正面にいた魔物は殲滅されて1体も残っていない。
結構な数いたはずなんだけど……普通の魔物じゃやっぱりカロンの相手にはならないんだな。
混乱するマースさんを神殿の人達に治療してもらった後、グレットさん達と合流して神殿の周囲にいた魔物を殲滅。
最後に地図アプリで魔物が残っていないことを確認して、ようやく落ち着くことができた。
「ふぅ、どうやら神殿の魔物は全部いなくなったみたいです」
「やれやれ、肝が冷えた。来てくれて助かったよ。例の小島とやらに行ってると聞いていたから、まさか来てくれるとは思わなかった」
「いえ、グレットさん達が神殿にいてくれて助かりましたよ。でも、どうしてここにいたんですか?」
「騒ぎが起きてすぐにマースが神殿に向かうと言い出してな。結果としてここに来たのは正解だった」
「ふん、神殿のことはあんまり知らねーが、お前達との話で何か起きてるのは知ってたからな。念の為に来ただけだ」
ポリポリと頬をかきながら言うマースさんを見て、グレットさんを含めたパーティの皆さんはニヤニヤしながら彼を見ている。
素直じゃないというか、ツンデレかこの人。
それにしてもリシュナル湖でもそうだったけど、本当にマースさんは勘が冴えているな。
おかげで神殿の御神体も無事だし助かったぞ。
話が一区切りすると、マースさんはカロンに声を掛け始めた。
「それで、そっちの女……女でいいんだよな?」
「お主はとことん失礼な奴だな。こんなにも可憐なカロンちゃんを見てオスとでも抜かす気か。この愛らしい尻尾を見れば一目でわかるだろうに」
「いやそっちはわからねぇよ……見た目通りでいいってことだな。お前は何なんだ?」
「カロンちゃんだ!」
答えになってねーぞ! カロンちゃんは誰が相手でもこんな調子なんだな。
あまりにも堂々と言ってるせいか、マースさんが間違ったこと聞いたのかと困惑した顔してるぞ。
仕方ない、ここはフォローに入ろう。
「あー、この娘は龍人なんですよ」
「龍人? そのような存在は聞いたことがないが……魔人ではないのか?」
「はい、話に聞く魔人とは全く関係ありません。でも、できれば彼女のことは秘密にしておいていただけると……」
「はっ、別に誰にも言いやしねーよ。よくわからねーけど味方ってことでいいんだな。後は俺達で警戒しておくから、お前らはやることやってこい」
マースさん達はそのまま神殿の入り口の方へ行ってしまった。
やべぇ、口は悪いけどマースさん良い人ですわぁ。
俺もああいう感じに格好良く決めれる男になりたい。
ダラには外で待機してもらい俺達は神殿に入り、イリーナさんの案内に従って御神体のある部屋まで移動した。
そこには神殿長であるラスクームさんと数名の方で、御神体を守るように部屋全体に結界を張っている姿が。
イリーナさんはそれを見て駆け寄ると、嬉しそうに声を上げた。
「神殿長!」
「い、イリーナ!? どうしてここに! 聖地に赴いたのではないのか!」
「急いで戻って参りました! それよりも今はやることが! テストゥード様もお連れいたしました!」
胸に抱いていた小さな亀、テストゥード様を見せた瞬間、ラスクームさんは目を見開いて涙を流した。
「お、おぉ……この神聖な存在感、テストゥード様なのですか!?」
『ラスクームよ、今までよくぞ神殿を守ってくれたな。感謝する』
「ほおおぉぉぉぉ!? そ、そのようなお言葉滅相もございません! 我らがテストゥード様にお仕えするのは当然のこと! 皆の者、そうであるな!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」
その場に居た神殿の人達全員が泣きながら雄叫びを上げている。
やべぇ、やべぇよこの人達……カロンちゃんですらちょっと引き気味にしてるぞ。
「なんだこやつらは……目が血走っておるぞ。あの娘まで混ざっているではないか」
「はは……守護神様が現れたらこうなっても仕方がないだろ」
イリーナさんで大分慣れてきたけど、いつ見ても神殿の人達の信仰っぷりは凄いな。
それにただの小さな亀を見て一目で守護神様だとわかるのはさすがだ。
熱狂覚めやらぬイリーナさん達に、テストゥード様も困った様子で語りかけてようやく落ち着きを取り戻し、加護をセヴァリアに与える儀式が始まった。
巨大な御神体の前にイリーナさんは跪き、抱えていたテストゥード様を下ろす。
神殿長を含めた他の神殿の人達は、ひれ伏すようにして御神体の周囲を囲っている。
「テストゥード様、どうかこの地に再び加護をお与えくださいますよう、お願い申し上げます」
『うむ、では始めようか』
イリーナさんが両手を合わせて祈り始めると、テストゥード様の体が緑色に発光した。
その光が体から離れ、目の前の御神体に吸収されていく。
すると岩のように黒かった御神体が、徐々に艶やかな緑色に染まり輝き始める。
隅々へとそれが行き渡ると、御神体から巨大な光が立ち昇り、天井の色ガラスを突き抜けて空へと上っていく。
そして上空でカッと強烈に光ると、四方八方に光は飛び散った。
セヴァリア各地にある祠に向かっていったのだろうか。
その光景を神殿の人達は空を見上げて拝みながら、1人残らず滝のような涙を流している。
『これで……セヴァリアに、力は戻ったはずだ……』
「テ、テストゥード様!? どうなされたのですか!?」
テストゥード様は手足を甲羅に仕舞って、頭がぐったりとうな垂れていた。
それを見てイリーナさんは勿論、泣いていた神殿長達も慌てている。
「力を使ったせいであろうな。しばらく休ませてやるといいぞ。無理をさせると消滅してしまいそうなぐらいだ」
「そ、そんな!? い、急いでテストゥード様を安静にできる場所にお連れするのです!」
カロンの言葉を聞いて、イリーナさんはテストゥード様を抱き上げてどこかに連れて行こうとしたが、その前に待ったの声が掛かり立ち止まった。
テストゥード様は力を振り絞るようにプルプル震えながら頭を上げ、カロンを見ている。
『すまないな、カロンとやら。我が分体を貴様が止めてくれたこと、本当に助かった』
「うむうむ、盛大に感謝するとよいぞ! その者達の為にも消えぬように静かに休むのだな!」
はっはっは、と相変わらず豪快に笑うカロンの返事を受け、テストゥード様は神殿の奥へと運ばれていった。
色々と聞きたいことがあったんだけど……幸い力を使い切って消えたりはしないようだから、今は静養してもらおう。
これでセヴァリアの危機は本当に終わったのか。
ディアボルスとの初遭遇からかなり経ったけど、黒幕だったマリグナントとの因縁も決着がついた。
他にも仲間がいるのを臭わせる発言をしていたが……あいつがやられたのを知ってどこかで大人しくしていてほしい。
奴は我らの中でも最弱、とか言い出して次々出てくるのは勘弁してくれ。
とりあえず加護も無事にセヴァリアに戻った。
町に向かってきていた魔物達もこれで引き返すだろうし、侵入していた魔物達を片付けたら終わりのはず。
そっちはノール達が向かったから、既に全部倒し終わっていたとしても不思議じゃない。
だけど念の為に俺達もノール達と合流するとしよう。
神殿の人達に町へ行くことを伝え、外で警戒していたマースさん達にもその趣旨を伝えた。
マースさん達はこのまま町が落ち着くまで神殿の警備を買って出てくれたので任せ、俺とカロンは急いで町へと向かった。
のだが……神殿から町へと向かう道中で異変が。
カロンちゃんの体が発光し始めたのだ。
「むぅ、どうやらきてしまったようだな」
「えっ……まさか時間切れか?」
「はっはっは、私はここまでのようだ。役目だけは果たし切れてよかったぞ。同胞達ともう少し話はしたかったがな」
豪快に笑いながら仁王立ちをしているが、どこか寂しげな表情をしている。
その間にも光が体から漏れ出して、徐々にカロンの姿が薄れていく。召喚した時と真逆の現象だ。
おいおい、まさかこんなところでお別れなんて。
「そんな顔をするでない。元々時間限りの召喚だ。短い間とはいえ楽しかったぞ」
「すまない……本当に戦うだけになっちゃったな」
「よいよい、それが私が呼ばれた役目だからな。しかしそうだのぉ、すまないと思うなら早く私を正式に呼ぶといい」
「ああ、必ずいつかカロンちゃんを呼ぶよ」
「うむうむ、これからもガチャとやらに励むといい」
カロンがそう言って笑いながらポンポンと俺の肩を叩いてきた。
くぅー、カロンちゃん良い娘だなぁ。絶対にいつか正式に召喚してやるぞ!
龍神様からガチャに励めなんて言われちゃ頑張るしかないじゃない!
なんて意気込んでいると、カロンはピンっと右手の中指を伸ばした。
そして鋭く伸びた自身の黒い爪を、ティーアマトで切り落とし投げ渡してくる。
「ほれ、帰る前に餞別だ。受け取るといい」
「どうして爪を?」
「このカロンちゃんの爪では不満か? 龍神の爪なのだぞ。知る者なら泣いて喜ぶありがたい代物だというのに。装備の素材にしても良し、お守りにしても良しのありがたいものだぞ」
「あー、そう言われると凄そうだけど……鱗とかじゃないのか?」
「う、鱗だと!? いくらお前様とはいえ、いきなり鱗を渡せなどと……そういうのはもっと深い仲になってからだ!」
カロンちゃんはモジモジ太ももを擦り合わせ、尻尾を抱いて頬を赤らめている。
えっ、鱗を渡すのって何か恥ずかしい意味があるの!? べ、別にそういう意図で言った訳ではないのだが……。
困惑していると、カロンがおっほんと咳払いをして、今度は着ている黒いドレスに手を突っ込んだ。
引き抜くとその手には金色の壷が。
「あの神官の娘にこれを渡しておいてくれ。秘蔵の一品をごちそうしてやると言ったからな。約束を違える訳にはいかん」
「……つまり酒か。わかった、ちゃんと渡しておくよ」
「頼んだぞ。次は必ずあやつと飲み交わすとしよう。他の同胞達にもよろしくな。吸血鬼の娘が寂しがりそうだ」
「ははは、そうかもな。絶対にいつか呼ぶから待っていてくれよ。今回は来てくれてありがとな」
「うむ、楽しみにしているぞ。ではまた会おう!」
そう言うと薄れていたカロンの姿は完全に見えなくなり、溢れ出ていた光が俺のスマホの中へと吸い込まれていく。
全部の光が吸い込まれると、さっきまで騒がしかったのが嘘のように静かになったように感じて、本当に帰ってしまったんだと実感させられる。
カロン……短い間だったけど随分と世話になってしまった。いつか必ず、ガチャで引き当ててお礼をしないとな。




