守護神の意思
目の前の化け物、ファルスス・テストゥードをどうしたらいいのか、俺達は考えて動けずにいた。
幸い女神の聖域のおかげで無事は確保されているけど、こっちからもロクに攻撃する手段がない。
エステルの魔法やフリージアの矢で攻撃を加えてみたが、全くダメージがなくお返しとばかりにビームが飛んできて周囲の地形が変わっていくばかりだ。
だけど相手からしても俺達が無傷なのが不思議なのか、その場から動かずにこっちをずっと睨んでいる。
この状況じゃ下手に聖域の外に出る訳にもいかないし、効果時間が切れる前に何か考えなければ……そもそも倒していいのかわからないけどさ。
ここは1つテストゥード様に仕えるイリーナさんに聞いてみよう。
俺達とは違った視点で考えているかもしれないからな。
「イリーナさん、どうしたらいいと思いますか?」
「ど、どうしたらと言われましても……」
「私としてはあれは倒さないといけない魔物だと思います。でも、テストゥード様にお仕えするイリーナさんが何か感じるものありませんか? もし倒さずに済む手段があるようならその方がよさそうなので」
俺の言葉を聞いたイリーナさんは胸に抱き抱えていた甲珠をギュッと抱き締め、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
そして搾り出すような声で考えを口にしていく。
「私にも他の手立ては思いつきませんが……倒すべき、だと思います。あのお姿がテストゥード様その物だとしたら、拝見できたのは身に余る光栄です。それにテストゥード様のお力も確かに感じます。ですが、神殿で感じるような温かさがありません。ただテストゥード様の力を持つだけの……禍々しい魔物です」
イリーナさんは痛ましいものを見る目で、目の前にいるファルスス・テストゥードを見ている。
全身から黒いオーラが立ち上っているあれが守護神の姿だと考えると、あのままにはしておけないんだろうな。
本当ならイリーナさんだって倒さずに済むならそうしたいだろうし、苦渋の決断ってやつか。
そんな彼女の決断に心苦しい空気が流れていたが、それを破るようにシスハが声をかけた。
「先程からお力を使っているようですが、甲珠を浄化しているのですか?」
「はい……私の力では何もできません。せめて甲珠だけでもこの禍々しい力を消し去れればと……」
「でしたら私もお手伝いいたしますよ。もしかしたらこれがあの魔物の力の源になっているかもしれませんからね」
「ふむ、確かに気味の悪い力がこもっている」
イリーナさんが胸に抱えていた甲珠は黒く濁り、テストゥードのように禍々しい黒いオーラが僅かに漏れ出ていた。
それを打ち消すようにイリーナさんが力を使っているみたいだが、漏れ出す分を消すので精一杯なのか甲珠本体に届いていない。
「あの魔物の攻撃に巻き込まれたのに、よく傷1つなく無事に残っていたわね。守護神様の残した物だからかしら」
「マリグナントが召喚するのに使っていたでありますが、あの宝石は何なのでありますかね? 不思議な霧も晴れていたでありますし、守護神の力が宿っているのでありましょうか」
うーむ、これを浄化できたらあのテストゥードを倒す手段になり得るのだろうか?
ノールの言うようにマリグナントはこれを使ってテストゥードを呼び出したみたいだし、やってみる価値はあるかもしれない。
シスハがイリーナさんの腕に手を添えると、力を流し込んでいるのかイリーナさんの体が輝き始めた。
彼女も目を見開いて驚いた様子だったが、すぐに甲珠を浄化するのに専念している。
シスハから流し込まれた力に後押しされたのか、徐々に甲珠から漏れ出ていたオーラが消え失せた。
さらに甲珠本体もどんどんと黒い濁りがなくなっていき、眩いばかりの緑色に戻っていく。
イリーナさんが目を瞑って祈るようにギュッと甲珠を抱き締めると、甲珠から黒い濁りが完全に消えて元の状態に戻った。
そこでイリーナさんは力が尽きたのか、両膝を地面に突いて汗を流しながら息を荒くしている。
「わぁー、綺麗になったね! 黒く濁る前より綺麗かも!」
「ハァ……ハァ……これもシスハさんのおかげです。本当にありがとうございます」
「いえいえ、私はお手伝いをしただけです。イリーナさんの守護神様を想う気持ちが甲珠を浄化したんですよ」
ほぉ、シスハにしては良いことを言うじゃあないか。
さてさて、無事に浄化できたのはいいけどこれで何か変化が起きれば……。
そんな俺の期待に応えるように、イリーナさんに浄化された甲珠は輝き始めた。
「な、何だ!? 光り出したぞ!」
「今度は一体何が起きるのでありますか!?」
俺達が驚愕する中、イリーナさんの持つ甲珠は暖かな光を発している。
そして光が治まると……彼女の腕の中には1匹の緑色の小さな亀が抱き抱えられていた。
「か、亀?」
『亀呼ばわりとは心外な。といっても我に正式な名などないのだが。貴様達が名付けたテストゥードと呼ぶといい』
しゃ、しゃべったぁぁぁぁ!? いや、頭の中に直接声が響いてくるぞ!
というかこの亀、自分でテストゥードって呼べだと! どういうことだ!
全員が混乱する中、ふんっと鼻息を噴いて尊大な態度の亀にイリーナさんが声をかけた。
「テ、テストゥード様なのですか!」
『うむ、このような情けない姿を晒すのは不満だがそれも致し方ない。このような時でもなければ実体化できそうもなかったのでな。イリーナ、お前の力でこうして姿を見せることができた。礼を言おう』
「め、滅相もございません! 私のような者にそのような言葉を賜りまして、至上の喜びでございます!」
『そこまで畏まられても困るのだが……今はそのようなことを言ってる場合ではない。時間も限られておる。早く話を進めようぞ』
おぅ、まさか甲珠を浄化したら本物っぽいテストゥード様が出てくるとは思わなかったぞ。
だけど本当にこの亀がテストゥード様なのか? 一応ステータスで確認しておこう。
――――――
●【守護神】テストゥード 種族:?
レベル:10
HP:1万
MP:5000
攻撃力:1000
防御力:2000
敏捷:25
魔法耐性:10
固有能力 守護神の祝福 精神感応
スキル 神力操作
――――――
うーむ、凄く弱いけど守護神なのは確かみたいだな。
とりあえず話を聞いてみるとしよう。
「えっと、あなたは本当にテストゥード様なんですよね?」
『うむ、貴様らがそう呼ぶ存在に相違ない』
「こうやって話ができるのは、目の前にいるあの魔物が出てきたのと関係あるのかしら」
『ああ、簡潔にいえば我を呼び出そうと力が集まった際に、我が意識も吸い寄せられたのだ。取り込まれかけたがイリーナの持っていた我が力の結晶に留まることができた。そして集まった力の一部を使いこうして姿を見せている。あのまま取り込まれていればあれと共に暴走していただろう。今のあれは意志もなく暴れ回る魔物だ』
「暴走って……あれがあなたのお力でしたら制御することもできたんじゃないですか?」
『普通ならそれも可能だ。しかし、先程我が分体に消し飛ばされた輩が余計な力を吹き込んでおってな。恐らく呼び出した後に操る為の物だったはずだが、それには力が足りていなかった。我が力も不完全であのような状態になっておる』
余計な力ねぇ……確かマリグナントの固有能力に黒魔瘴ってあったよな。
もしかして甲珠を黒く濁らしていたのはその力だったのか?
あれと同じ物が召喚時に混ぜられていて、テストゥード様の分体は暴走していると。
そして目の前にいるあの黒いテストゥード様は力の集合体で、今俺達といるテストゥード様は意識って感じか?
これまた面倒なことになってるなぁ。
「それであの分体とやら倒してしまっても大丈夫なのでありますか?」
『それについては心配ない。分体を倒した後に我がまたその力を各地に送り届けよう。それにはセヴァリアの神殿に赴く必要があるのだが……詳しくはあれを倒してからだ』
「でもでも、あの魔物凄く強そうなんだよ! どうやって倒せばいいんだよ!」
『暴走していたとしてもあれは我と同じような存在。本来の力の半分にも満たないであろうが、人の子では……む、貴様は森の民か』
あれ? 今フリージアを見て森の民とか言わなかったか?
もしかしてエルフだって気が付いている!? というかテストゥード様が知っているってことはこの世界にもエルフはいるのか!
色々とテストゥード様には聞きたいことがあるけど、それはこの危機を乗り切ってからか。
聞きたくなるのをグッと堪えて、続くテストゥード様の話に耳を傾けた。
『どちらにせよまともに戦えば勝ち目はない。だが、今の奴の状態なら十分にこの危機を脱する可能性はある』
「どういうことなのでありますか?」
『先程不完全だと言っただろう。あの状態であれば、ある程度傷を負わせることで集まった力が不安定となり保てなくなる。そこに我が手を加えれば集まった力は散らばるはずだ』
おお! つまり倒しきらなくてもいい訳だ!
それならあのファルスス・テストゥードをどうにかできるかもしれない!
……って無理じゃね? 打開策になりそうではあるけど、結局ここから出た瞬間やられる光景しか想像できない。
そもそもあの防御力をどう突破すればいいんだ。
スキルを使ったノールですらダメージを与えられないし、ルーナは防御と魔法抵抗無視だとしても単発攻撃。
エステルは既にスキルを使用済み……どうにもならないぞ!
シスハ達も一瞬は明るい表情をしていたが、すぐに俺と同じ考えに至ったのか眉をひそませている。
「そう言われましても、あれが相手だと傷を負わせるのすら困難だと思うんですけど……」
「私のスキルでもチマチマ削る程度にしかならない。エステルのスキルが回復するのを待つか?」
「魔法抵抗もかなり高いから決定打になるかは微妙だと思うわ。そもそも後半日は回復しないわよ。何かいい方法はないかしら……」
現状で打つ手無し。完全に詰んだと思っていい状況だ。
……仕方がない、ここは最後の手段を使うしかないな。
「よし、それじゃあこれに賭けてみようか」
そう言って俺はスマホを取り出して、あるアイテムを選びノール達に画面を見せた。
それは……緊急召喚石だ。
「緊急召喚石……それで助っ人を呼ぶつもりでありますか?」
「ああ、このまま普通に戦ってもマリグナントと同じ目に遭うのが目に見えているからな。最悪助っ人が増えたところでどうにもならないかもしれないが……」
「それでも現状よりは出来ることも増えますからね。やってみる価値はありますよ」
「そうね。こういう時こそ使うアイテムだと思うわ」
緊急召喚石を使えば、この場にいるノール達以外のURユニットを呼び出せる。
だけどこれを使って1人増えたところで、ファルスス・テストゥードにダメージを与えられるかはわからない。
こういう場合は戦闘職ではなく、支援職、それも呪術師のようなデバフ系で攻撃や防御、魔法抵抗を下げてもらうのがセオリーだろう。
それ以外の職が来た場合は……今は運を天に祈るしかないな。
イリーナさんとテストゥード様は話の意味がわからないのか首を傾げている。
「それじゃあいくぞ!」
誰が来てもいいように覚悟の準備をし、緊急召喚石をタップした。
【緊急召喚石を使用しますか?】と画面に表示され、当然Yesを選択。
スマホから光が溢れ出し、空中で人の形に光が形成されていく。
その光景を見てイリーナさんとテストゥード様は驚いたように目を見開いている。
そうして呼び出されたURユニットは……褐色の肌をした黒髪の少女。
太ももを露出させた黒いミニドレス姿だが、両手両足に防具を身に付けてけして軽装には見えない。
頭部の左右から2本の黒い角を生やし、スカートの中からぶっとい尻尾が生えている。
こ、この娘はまさか、まさか!?
「――名はカロン。お主が私を呼ぶ者か?」
そう名乗った彼女は、金色の瞳で俺達を見下ろしていた。
久しぶりにガチャで大勝利して最高ですぅ……小説でも早くガチャ回をやりたいところです。




