圧倒的じゃないか
『それでは後手、大倉平八パーティの入場です』
先ほどのディウスと違い、俺達の入場が宣言されても歓声が上がることはなかった。それどころか興味無さそうに周囲の人と雑談を始めて、違う意味でざわざわとしている。
「予想はしていたんだが、思っていたよりも心にくるものが有るな。まあEランクだから当然か」
「ふふ、まるで人気が無いわね」
「そもそも私達は来たばかりでありますし」
俺達が入場しようと控え室から出ると、一斉に視線がこっちに向いた。
数万人が無言で俺達を見つめるこの雰囲気、やばい。入場を促されて進もうとするが、若干足が震えてきたぞ。
隣を歩くエステルは余裕が有りそうに笑い、ノールも落ち着いている。不安なのは俺だけか。
『大倉平八さんのパーティは戦士2名がE、魔導師がFランクとのことですが大丈夫なのでしょうか? 討伐ランクCのオーガ相手にどこまで奮闘できるのか。危なくなったら無理せず退却してくださいね』
実況の人は俺達が討伐出来ると思ってないのか、心配そうに言ってくる。Eが討伐ランクCの魔物を相手にするなんて普通は無謀なのだろう。
観客達も倒せると思っている人は少ないと思う。むしろディウス達に喧嘩売った俺達が、無様に負けるのを期待している可能性すらある。
「あら、お兄さん心配なのかしら? ふふ、大丈夫よ。私とノールがいるんだもの、負ける筈が無いじゃない」
「そうでありますよ! あの男に目に物見せてやるのでありますよ!」
俺がこの状況に気圧されているのを見抜かれたのか、エステルに微笑みかけられた。ノールも片手を上げて拳を握り絞めガッツポーズをしている。
いつも通りの2人の様子を見て、なんだか不安になっていたのが馬鹿らしくなってきたぞ。
「あぁ、そうだな。あいつに俺達を馬鹿にしたこと、勝負を受けさせたことを後悔させてやろう。ありがとうな」
そうだ、俺にはこの2人が居るんだ。こんなプレッシャー程度で怖気付くなんて情けない。
気を取り直して開始の位置まで移動すると、さっきと同じようにオーガがドスンと音を上げながら歩いてくる。率いているフードの人物のステータスを見ようとも思ったが、やはり距離があってできない。
その代わりにデカいオーガは確認することはできた。
――――――
●種族:オーガ
レベル:40
HP:5万3000
MP:0
攻撃力:500
防御力:300
敏捷:35
魔法耐性:0
固有能力 無し
スキル 無し
――――――
攻撃と防御はそんなでもないが、HPが高いな。敏捷も微妙に高い。
ノールの一撃を与えれば動きは低下するが、まずはさっきのディウス達のように受け止めてから攻撃をするか? 彼女の防御力だったら盾役も可能。それにそっちの方があいつらの度肝を抜けるはずだ。
その間に俺が回りこんで挟み撃ちにして、エステルの支援も交えて叩くか。
『準備も整ったようですので、始めたいと思います。ご健闘をお祈りします。それでは、勝負開始です!』
開始の合図である鐘が鳴らされる。少し離れた所にいたオーガは、ディウス達の時と同じように走り出す。
「支援いくわよ」
すぐにエステルが身体強化魔法を俺達に施す。
「よし、ノール。まずはオーガの攻撃を受け止めて動きを止められるか? そしてエステルは魔法で援護を頼む。間違っても範囲魔法を撃つんじゃないぞ」
「ふふふ、お安い御用なのでありますよ!」
「えぇ、任せて」
棍棒はオーガの右手に握られている。ノールには右手側からオーガに向かわせて、その間に俺が逆から奴の背後へと回る。
オーガは棍棒を横に振りかぶり、俺と彼女を一掃しようと地面ぎりぎりの位置で浮かせ振り回す。その軌道でノールは立ち止まり盾を構えた。
『おぉーと! 大倉平八パーティ、まさかの戦士が盾役を務めるようだ! 盾を持っているとはいえこれは無謀なのではないでしょうか!』
人間の数倍以上は有る巨体のオーガ。そして華奢な体をしたノール。普通に見たらどう考えても受け止められるはずがない。棍棒が彼女の盾に当たる寸前、観客席からは悲鳴が聞える。俺も走りながらノールの方を見ていた。
そして彼女の盾がオーガの攻撃を受け止めた瞬間――オーガは吹き飛んだ。
それを見て、俺は思わず足を止めてしまった。悲鳴を上げていた観客達も、それを見て黙り込んでいる。
『……へ? わ、私は夢でも見ているのでしょうか? い、今オーガの攻撃を受けるどころか弾き飛ばしました! こんなの今まで見たことがありません!』
オーガの巨体が土煙を上げながらひっくり返った。衝撃が凄かったのか苦しそうなうめき声を上げている。
おい、なんなんだあれ。横から攻撃受けたはずなのに、オーガの棍棒が上に弾き飛ばされてひっくり返ったぞ。
……ま、まあいいか。想定とは違うが動きは止まった。
「の、ノール! 今のうちに足を斬って動きを止めろ!」
「了解でありますよ!」
ひっくり返ったオーガの動きを奪うために、ノールに両足を斬らせ立ち上がれないようにする。俺は体にざくざくとバールを突き刺してダメージを増やす。
オーガは聞いた事も無い叫び声を上げながら体を動かし暴れるが、すぐに地面が盛り上がり胴体と四肢が固定された。エステルの魔法か。
『エグい、これはとんでもなくエグいです! 転倒したオーガを一方的に攻撃しております! こんな戦い方をしたパーティを見るのは私初めてです!』
体ざっくざくしている俺でも、ちょっとこれはエグいと思った。ノールに足をずたぼろにされ、エステルの風魔法なのかいきなり皮膚が裂け血が吹き出す。痛みのせいか叫びながら体を動かしているが、魔法で固定された土の枷はビクともしない。
観客の方を見てみると、訳の分からない物を見ているように口を開け唖然としている。もうこれぐらいで十分だろうか?
……いや、まだだ。俺達を馬鹿にしたような観客、そしてあいつを見返すにはまだ足りない。
「ノール、戻るぞ」
「はい? トドメまでやらないのでありますか?」
「このまま終わらせても面白くないからな」
HPもかなり削りもう虫の息のオーガを残し、俺達は一旦下がった。やはり戦いの最後は派手に決めないと。
『大倉平八パーティ、何故か魔導師の元へ戻りました。有利な流れでしたのに、何か作戦でもあるのでしょうか?』
「あらお兄さん? どうしたの戻ってきて」
「いや、少しサービスしてやろうかと思ってな。エステル、あのオーガのトドメ任せたぞ」
「ふふ、良いの? それじゃあ派手な奴で終わらせてあげようかしらね」
「あー、周囲に被害有りそうなのは止めてくれよ?」
「むぅ、ズルイのでありますよ~」
派手と言ったらエステルさんにお任せだな。俺がトドメを任せたというと、とても嬉しそうな笑顔している。
……普通に終わらせていた方がよかったんじゃないかと少し不安になるぞ。ノールは不満そうにしているが、お前盾でオーガふっ飛ばした時点で十分目立っているぞ。
「ちょっと気合を入れて、えいっ!」
いつもの気の抜けた声ではなく、張りの有るしっかりとした掛け声でエステルが杖を振るう。
そして地面に固定されたオーガを中心に、灰色の大魔法陣が出現する。魔法陣の隅っこから徐々に炎が発生し回り始め、それが空に向かい伸び炎の竜巻と化す。
俺達は少し離れた場所に居るが、それでも熱量を感じる程の凄まじさ。完全にオーバーキルだ。
火炎の旋風が役目を終え消えた場所には、オーガの姿は無くドロップアイテムだけが転がっていた。彼はあの旋風の中で姿形を残さず息絶えてしまったようだ。
『……あっ、えーと、大倉平八パーティ討伐終了です! 蝋燭の残りは……4本と半分。正直私はなんと言ったらいいのかわからない心境です。この人達は一体なんなのでしょうか』
最初の頃の俺達を見下していた周りの静けさが、別の静けさに変わったように感じる。もしかして、これはやり過ぎたか?
実況の人も困惑している。
「ふぅ、思いっきり魔法を撃てるって気持ちいいわね。癖になっちゃいそう」
「羨ましいであります……私も思いっきりバシッ! とやりたかったでありますよ」
大魔法をぶっ放したエステルは、恍惚とした表情で杖を抱きしめている。こいつもこいつでやっぱりやべぇ。
ノールは物足りなかったのか地面を指でいじいじしている。
とりあえず勝ちは勝ちだ。喜んでおこう。事前にあいつのステータス見ていたから勝てるとは思っていたが、これは予想以上に圧倒的だったかもしれない。
あれ、今思ったけどまた俺空気じゃ……まあいいか。
『えーと、今回の勝負、大倉平八パーティの勝利となります。ディウスパーティから、賭け金である100万Gの受け渡しをお願いいたします』
控え室に居たディウスのパーティがこっちに向かい歩いてくる。手には袋が握られている。
いつもの嫌みったらしいことを言う表情ではなく、真剣な顔だ。
「どうやら僕達の負けみたいだ……受け取ってくれ。確認してもらって構わない」
何か言われるかと構えていたが、彼はすんなりと100万Gを渡してくれた。念の為に袋の中を見てもしっかりと金貨が10枚入っている。
「ありがとうございます」
「エステルちゃんの言っていることは本当だったんだな。今までの非礼を詫びよう」
ディウスは深々と俺達に向かい頭を下げた。
なんだ、こいつもしかして本当は良い奴なのか? いや、でもあの言動は良い奴だったのなら有り得ない。
彼は頭を下げ終えると、俺に向かい手を出してきた。試合後の挨拶というものだろうか。俺は答えるように握手をする。
そして互いに気持ちよく挨拶を終え――られなかった。
こいつが手を握った瞬間に、俺の手がミシミシと音を立てながら圧迫される。
こ、この野郎!? 笑顔のまま握ってくるが、手にとんでもない力を込めて握ってきやがった。全く反省なんてしてないぞこいつ。
俺もお返しにと笑顔のまま握った手に力を込め、力いっぱいこいつの手を握り締める。
「っ、え、えぇ……これからもよろしくお願いしますね」
「ぐっ、あ、あぁ……こちらこそよろしくお願いするよ」
お互いに痛みで引きつった笑顔を保ちながら、手に力を込めていく。こいつのことを少しでも見直した俺が馬鹿だった。
『ディウスさんと大倉平八さん、試合を終えお互いに握手をしております。双方共に見事な討伐を見せていただき、本日はありがとうございました!』
俺達が力比べをしている中、終了の宣言がなされ観客達から拍手が送られる。観客から見たら気持ちよく終わったように見えるだろう。
こいつは間違いなく今後も絡んで来そうだ。そう思うと少しげんなりとしてきたが、とりあえず今日が無事終わったことに俺は安堵した。




