男、ガチャる
「くっそ、なんなんだよ今の」
スマホからの閃光で眼をやられた俺は涙を流す。
最近のスマホは殺人的な光を放つのかよ……。
演出だとしてもこの光量とか馬鹿なんじゃないの。勘弁してくれ。
「前が見えんぞ……あれ、なんか風が」
部屋の中のはずなのに何故か風を感じる。
窓でも開けていたかなと考え、視界が回復したら閉めるかと思ったがここで足元に違和感を抱いた。
俺の部屋は床がフローリングのはず。しかし、今足元の感触がとてつもなくざらざらとしている。
まるで裸足で外の地面を踏んでいるかのようだ。
さっきまでこんなにざらざらしてなかったはずなのだが……食事した時に食べカスこぼしてたかな?
「寝る前だっていうのに……片付けないと。あー、やっと視界が……ん?」
溢れ出ていた涙も止まり閉じていた瞼を開く。すると、ぼやけてはいるがなんか途轍もなく広い場所に俺はいた。
あれ……俺部屋の中にいたはずだよな? なのになんか……サバンナみたいな場所に見えるのは気のせいでしょうか?
見渡す限りに草原が広がり地平線まで見えているんですが。
俺はさっきまで部屋にいてゲームをやっていたはずだ。しかし、今はサバンナのような場所のど真ん中で立ち尽くしている。まるで意味がわからんぞ。
まさかあの後ルーナちゃん引けなかったショックで気絶して、今は夢の中なのか?
……そうだ、そうに違いない。ここまでリアルな夢は初めてだ。
そもそもガチャる時午前0時過ぎてたのに、今お日様が輝く朝になってるし。
……あっ、夢ならば痛みを感じないと言うし、確かめてみるか。
「痛い……痛いだと? つまり夢じゃ……いやまだ結論を出すのは早いな」
試しに頬を抓ってみたが問題なく痛い。痛みだけで夢かどうか判断するのは駄目だな。
正直今にも走りだして叫びたい気分だが、落ち着くんだ俺。
知らない地にいるせいか、妙に心臓がばくんばくんして落ち着かない。もしこれが現実だったら非常にまずい事態だ。
まず俺の格好は今パジャマに裸足。この見渡せる程広い地を歩くには無謀過ぎる。
そして野生動物にこの場所で襲われたら完全に詰む。
そうならないように避難出来る場所を探すべきだろう。
広がる大地を確認すると、少し離れた場所に木が生えている場所があるのがわかった。とりあえずはそこを目指し、木の上に登って安全が確保出来るかだけ確かめよう。
ついでに高い所からならば、人がいそうな場所もわかるかもしれない。
……蛇やヒョウや熊系がいないことを祈るのみだな。
●
さて、しばらく歩いて大分木の側まで近づいてきた。
裸足なので足元を確認しながらだったから、大分時間がかかったな。
でも、移動を開始したのが日が昇って間もなかったのか、まだ日が沈むまでは時間がありそうだ。
このまま草原で夜を明かそうとしたら、間違いなくあの世行き確定だろうな。
木の上でやり過ごせばなんとかなるか?
向かっている木の高さは大体5m程度だし、裸足でもなんとか登れそうだ。
「グキャァ? $%#&! $%#&!」
「ふぇ?」
思考に没頭しながら歩いていたら、突然後ろから何かの声が聞こえる。
振り返ると、そこには人間の子供ぐらいの大きさをした二足歩行の紫色をした生物がいた。
片手には木製らしき棍棒を持ち、興奮したかのようにこちらを指さしている。
こいつがなんなのか考える前に、俺はなんかヤバイ雰囲気を感じ取り走り出した。
「ハァ……ハァ……、くっそ、なんだあいつは」
駆け出しすぐに木の根元へと辿り着いた俺は、急いで木の上へとよじ登った。
これでも一応肉体労働の仕事をやり、まだ20代前半だ。
これぐらいなら登れるさ……結構ギリギリだったけど。
4m程登った後、太い枝に乗り幹に身を寄せて下を見てみる。
「%#&! %#&!」
紫色の生物がこちらを見て何かを叫んでいた。
間違いなくあいつは俺を狙っていたようだ。すぐに勘付いた自分を褒めてやりたい。
一応の安全を確保出来たので、落ち着いてあの生物を観察してみようか。
あれってどう見てもゴブリンとかいうファンタジー生物だよな?
木登りをするタイプじゃなくて助かったな俺……叫ぶだけで登る素振りを見せないから多分平気だろう。
しばらく奴が登って来ないか注意していたが、少しして棍棒で木を殴った後何処かへと走ってった。
「はぁ、あんな生物がいるなんて……まるで別の世界だな」
助かった事に安堵し漏れた一言で気が付いた。
――別の世界。……つまり異世界だ。俺がここに来た時に、GCで使ったアイテムも異世界への招待状。
つまり俺がこんなになっているのは、あのアイテムのせいなのか?
……はは、そんな馬鹿な。ソシャゲでアイテム使ったら異世界でした、なんて冗談でも言わんぞ。
思わずスマホを探し体中を手で探ると、パジャマのポケットにスマホが入っていた。電源は最初から入っており、ホームボタンを押してみる。
表示されたのは、いつものホーム画面では無く何故かGCのトップ画面。
そうか、ここに来る前やってたからだよな? とホームボタンを二度押してみたが画面が変わらない。
「あれ、おかしいな。壊れたか?」
カチカチカチカチと何度も押すが、スマホがGC以外を表示することはなかった。
くっそ、と思いながらも今度はGC内部を見ようとタップをしてみたのだが……。
「はぁ!? 1……レベル1だと!」
さっきまで200レベルは超えていた俺のレベルが1と表示されているのだ。
名前も漆黒のシュヴァインから何故か、大倉平八と変わっている。
まさか……とユニットとアイテム欄も確認すると全て消え失せている。
「ふっざっけんな! おい、俺のデータ全ロストしてんじゃねーかよ!」
俺の怒りのボルテージが上がりスマホをぶん投げそうになったが踏み止まる。
Be cool、Be coolだ俺。あまりの怒りに手が震えてくるが駄目だ。
おそらく唯一残された手掛かり。失うわけにはいかない。
それから結構な時間いじくっていたが、大した手掛かりは見つからない。
しかし、GCの画面が大幅に変わっていることだけは発見できた。
ユニット、アイテム、ステータス欄、ガチャ以外が全て消え失せているのだ。
もうこれじゃゲームじゃないって思える程に。ユニットも一瞬全部消えてると思ったが、一体だけ残っているのもあった。
大倉平八って名前で俺の顔がアイコンとなっているユニットだ。とてつもなく気味が悪いぞこれ。
そしてガチャを引く為に必要な魔石が50個補充されていた。
GCはこの1個100円で売っている魔石を使いガチャを引くのだ。ガチャから出た招待状でこの世界へと引き込まれた……つまりこのガチャに何かあるのか?
ガチャの欄には【初回11連URユニット確定】とバナーまである。まさかなーと内心思いながら、この状況でガチャを引く為にタップした。
本当にここまでガチャするとか、どうしようもないな俺。でも、今は藁にも縋りたい気持ちなのでアホらしくても俺はガチャった。
画面に宝箱が映し出される。宝箱は、銀、金、白、そして虹色へと変化していく。
URユニット確定というのは真実のようだ。
【Rキャンプセット、R食料、R布の服、R銅の鎧、R銅のレギンス、Rブーツ、SR鍋の蓋、SRエクスカリバール、Rポーション×10、SSR言語の書、URノール・ファニャ】
ちっ、ルーナちゃん出なかった……じゃなくてだ。
このRキャンプセットとSSR言語の書ってなんだろうか。
こんなのGCにはなかったはずだ。
――――――
●言語の書
異世界の言語を理解することができる。
使用時に少し頭痛がする、かも?
――――――
なんなんだこれ……。
試しにと言語の書をタップしてみる。
すると、またスマホの画面が発光し始めてそこから一冊の本が出現した。
「な、なんじゃこりゃ……実体化しやがったぞ。ふむ……ッイッテ!」
現れた本を手に取り、試しに開いてみた。
文字が視界に入った瞬間、軽い頭痛がして反射的に体が少しビクンとしてしまう。
「かも? じゃなくて頭痛するじゃねーか! まあいいか。それよりも実体化か……」
このGC内の物が実体化するのだとしたら……。
ユニットであるキャラクターはどうなるのだろうかと、俺の中で期待感が満ちてきた。
今引いたユニットはノール・ファニャ。
このユニットはGC内でも上位に君臨するぶっ壊れユニットなのだ。UR自体がぶっ壊れだとも言われるが、こいつは頭一つ抜けてぶっ壊れている。
高まる期待を抑え、ノール・ファニャの召喚石をタップする。
GCのユニットは一度アイテム欄に召喚石として入り、後でタップして解放する方式なのだ。
先ほどと同じように画面が輝き出し、スマホから出てきた光が俺の目の前で人の形になっていく。
そして完全に人の形になると、その姿があらわになった。
「あなたが――あっ? あぁあぁぁァァー!?」
現れて何かを言おうとした途端に、悲鳴を上げながら目の前に現れた人は落下していった。
「あっ……木の上に居たのすっかり忘れてたわ……」