黒幕との対面
島の中央にある祠に敵がいるとわかってからも、特に妨害はなく難なく俺達は進めた。
そして望遠鏡を使って祠が見えるところまでやってきたので、茂みの中からしばらく様子を窺っている。
「うーむ、外にはいないみたいだな。地図アプリの反応を見る限りあの建物の中にいるみたいだ」
テスタにある祠はセヴァリアの神殿を小さくしたような建物でかなり立派だ。
反応がある地点を望遠鏡で見ているが、建物の外に敵の姿はまるでない。
どうやら敵はあの中に潜んでいるようだ。
くぅ、近付く前にどんな奴なのか確認したかったんだけどなぁ。
これじゃフリージアに狙撃してもらうことも出来ないから厄介だぞ。
「この島にある祠の中で何かやっているみたいね」
「ぐぎぎ、神聖なるこの地で、さらには祠に侵入し冒涜的な行いを……許せません! 今すぐ奴らに神の裁きを下し――がっ」
「はいはい、少し落ち着きましょうねー」
祠の中にいると知ってイリーナさんは怒りに震えていたが、この前神殿でやったようにシスハが肩に手を置いて押すとすぐに収まった。
ここでイリーナさんに暴走されても困るからな……犯人の姿を見たら怒り狂って今すぐにでも飛び出しそうだぞ。
「祠の中には何かあるのでありましょうか?」
「あの祠にはテストゥード様に祈りを捧げ甲珠を祭る為の祭壇があるだけです。あの祠にも神殿の者以外立ち入れない結界が張られていたはずなのですが……」
「この前の祠と同じように結界は破られているみたいね」
うーむ、今ここに来ている奴がこの前の祠の結界も破ったのだろうか。
祭壇しかない祠の中で一体何をしているんだ?
イリーナさんが言わないってことはこの前の祠のように、セヴァリア全体の加護に関係している訳でもなさそうだし。
そもそもこの島に何をしに来てるのか自体謎だ。
それにこうやって俺達が一方的に確認しているのに、相手からまるで反応がないな。
祠内にいる奴らも動く素振りすらないし、まさか俺達が来ているのに気が付いてないのか?
「フリージア、周囲に魔物が隠れてる感じはするか?」
「ううん、何もいないみたいだよ。あの中からしか気配は感じないんだよ」
フリージアの索敵にも反応なしか。
ディアボルス・スカウトのように透明な魔物も配置されていない。
もし俺達が来ているのに気が付いててその対応をしているのなら、侮っているのかそれとも罠があって誘っているのか。
こちらとしては簡単に近づけて楽だけど、それが逆に不気味に思えてくる。
「仕方がない。どんな相手なのかわからないけど、祠に向かうしかないみたいだな」
結局相手の情報は何も得られなかったが、ここでずっと見ていても仕方がないし覚悟を決めるか。
ノール達にも賛同を得て、周囲に警戒しながらも俺達は祠の境内に足を踏み入れた。
それでも何か起きる気配はなく、このまま祠の中に入れるかと思ったのだが……入り口の直前で祠内の赤い点が全て外へ向かって動き出す。
「止まれ! 出てくるぞ!」
俺の叫び声に反応してノール達もすぐに戦闘態勢に入った。
祠内から向かってくる敵の反応はゆっくりと歩くような早さで何の焦りも感じられない。
そしてヒタヒタと足音が聞こえ始め、ほの暗い祠の中から魔物が姿を現した。
ディアボルスが周囲に9体いて、その中心には見たこともない魔物がいる。
フォルムはまるで人のようだが、頭の左右には黒い2本の巻き角、背中には大きな翼、そして極太の尻尾まで生えていた。
全身は硬質化しているのか鎧のように黒光りしており、真紅の眼光と相まってとても凶悪そうだ。
体は細くスマートだけど、身長は2メートルは軽くあり凄く威圧感がある。
ヤバイ、こいつはかなりヤバイぞ! 鈍感な俺でもステータスを見なくたってかなり強いのがわかる!
ゴクリと唾を飲み込み相手の出方を窺っていたが……奴は全く予想外の動きを始めた。
まるで紳士のように深々とお辞儀をしたのだ。
「ようこそいらっしゃいました。随分と遅いご到着でしたね」
おう、凶悪そうな見た目に反して随分といい声をしているんですが。
まるで人と話しているかのようだぞ。
歓迎しているような物言いに聞こえるけど、当然全員警戒して誰も答えはしない。
その反応に目の前の魔物はふむ、と何か納得したような声を出し、両手を広げておちゃらけた態度を取った。
「そう警戒なさらず。別にあなた方と敵対する気なんてありませんよ?」
「道中で俺達をディアボルスに襲撃させておいてよく言うな」
「……ほお、私の眷族の名をご存知で。たかが冒険者風情と思っていましたが、少し改める必要がありそうですね。ま、所詮は冒険者という認識は変わりませんが。あの程度の歓迎でやられるようなら招く価値もありません。ここに来られたことは誇ってもいいですよ」
何が敵対する気はないだよ。こっちは地図アプリで敵意満々なのマルッとお見通しだぞ。
しかしディアボルス・スカウトに襲撃させたのは歓迎程度だと?
やっぱりこいつはディアボルスを操っている張本人みたいだ。
となると……こいつが魔人なのか? 俺の知っているGCの魔人に比べると随分と違うな。
GCの魔人はもっと人に近い見た目をしていたが、こいつは魔物のような見た目をしている。
ディアボルスを大きくしてちょっと変えれば似たようになりそうだ。
冒険者をバカにした発言をしているけど、迎え撃つ準備をしてなさそうなのは俺達を侮っているってことなのか?
ならば都合がいい、このまましばらく話して情報を聞き出すとしよう。
「このまま何もせずここから立ち去る気はないのか?」
「ご冗談を。たかが冒険者如き相手に私が退くとでも? フハハハハ、これは滑稽だ! むしろ自分達の心配をした方がいいのでは? あなた方がどの程度の強さなのか、こちらは既に把握済みですよ。大倉平八、最近王都じゃ噂の冒険者パーティだそうで。未だにBランク止まりのようですがね」
なっ、俺達のことを知っているだと!?
ランクはプレートでわかったのかもしれないが、まさか名前まで知られているなんて……王都で噂とか言っているし、町で情報も得ているみたいだな。
透明化させたディアボルス・スカウトに情報収集でもさせていたのか?
俺達の強さを把握しているっていうのも、今までのディアボルスとの戦いで分析されていそうだな。
それでこんなに自信満々な態度をしているのか。相手の方が俺達より情報を持っている今の状況はまずいな。
思わずぐっ、と俺が唸ると、その反応を見て満足そうな声で奴は話を続けた。
「Aランク冒険者ならまだしも、Bランク程度じゃ私の相手は務まりませんね。私の眷属を倒していい気になってこんなところまで来るとは愚かですねぇ。私はてっきりAランク冒険者を呼んでくると思っていましたよ。ま、Aランクだろうと所詮は冒険者、私の相手ではありませんけどね」
……本当に冒険者を下に見ているんだな。
Aランク冒険者相手にもそこまで強気に出れるなんて、本当にこいつは強いのか。
妙に上機嫌なのか身振り手振りをしてリアクションを取りながらペラペラと話している。
その隙を見て俺はスマホでこいつのステータスを確認した。
――――――
●マリグナント 種族:アークデーモン
レベル:98
HP:43万8900
MP:38万5000
攻撃力:4800
防御力:3600
敏捷:180
魔法耐性:50
固有能力 状態異常耐性 能力向上(眷属) 黒魔瘴 支配の魔眼
スキル 眷属召喚 眷属再生 眷属強化 テールエッジ ウイングマニューバ
――――――
お、おおぅ!? 強い、マジで強いぞこいつ! HPとMPが今まででも桁違いだぞ!
固有能力もスキルもかなり持っている。見た感じこいつはディアボルスのような魔物を操って戦うのが主体みたいだ。
普通召喚師といえば自分のステータスは低いことが多いはずだ。
それなのにこいつは自分自身も相当な強さ。並みの冒険者だったらこいつだけで全滅させられそうだ。
だが、このステータスを見て俺は希望が見えてきたぞ。
強いには強いけど十分に勝てる範囲だ。勿論油断はできないから、逆に油断し切っているこいつの隙を突こう。
「そんな愚かな冒険者にご教授願ってもいいか? どうしてセヴァリアを、そして守護神の祠を狙ったんだ?」
「ふぅ、守護神ですか。この町の人間というか、神殿に仕えている者達も哀れですねぇ。ああ、ちょうどそこに1人いましたか。魔物を守護神だと信じて祀っているとは、滑稽としか言えませんよ」
「な、何を言うんですか! テストゥード様は魔物じゃありません! 守護神様です!」
「は、真実を教えても認められないとは、愚か過ぎてかわいそうになってきましたよ。あなたの横にいるそれも魔物じゃありませんか。この島に居る眷属とやらも全部魔物、魔物なんですよ! フハハハハハ!」
「そんな、そんなことありません! やはりあなたには神罰を与えるしかありませんね!」
マリグナントはバカにしたように笑いイリーナさんを指差し、それを受けた彼女は顔を赤くして怒っている。
前にシスハがテストゥード様が魔物だって言ってたけど、本当にそうなのかもしれないな。
そしてこいつはそれを知っている、と。
マリグナントはやれやれと手を上げて呆れたように首を振っていたが、イリーナさんを見て興味深げな声を上げた。
「おや? あなたいい物をお持ちですね。その宝石を渡すのでしたら命だけは助けて差し上げますよ」
「わ、渡すなんてあり得ません! 何と罰当たりな!」
イリーナさんは緑色の宝石、甲珠を胸に抱き抱えてマリグナントから隠した。
甲珠を欲しがっている? テストゥード様の御神体も奪ったみたいだし、関係する物を集めているのか?
「私の慈悲を断るとは後悔しても知りませんよ。ま、別にどちらでもいいのですが。それで狙っていた理由でしたっけか。実験の一環ではありましたが、最終的にあの町には滅んでもらおうかと思いましてね」
「ほ、滅ぼす!? 何をするつもりでありますか!」
「だから実験の一環だと言ってるじゃありませんか。手に入れた力はすぐに試したくなる性分なんですよ。それにあの町には個人的な恨みは全くありませんが、ついでに同胞達の恨みを晴らそうかとね。もう500年程昔の恨みになりますが」
「悪者だ! 悪者だよ! よくわからないけど悪者って感じがするよ! 倒さなきゃ!」
「くくっ、悪者とは失礼な方ですね。ま、別にそう呼ばれても構いませんが」
500年前……それって魔人がセヴァリアを襲った時期の話だよな。
こいつはその時の復讐をしようとしているのか? 魔人側から襲ってきたくせに。
だけど個人的な恨みはないってことは、その時の生き残りって訳でもなさそうだな。
むぅ、こいつは色々知っていそうだし全部聞き出したいところだ。
「まあせっかくです、あなた達も最後までセヴァリアの終わりを見守っていくといいですよ。私の長年に渡る実験の集大成を見る観客がいないのはつまらないですからね」
「長年に渡る実験? クェレスからずっと動いていたのはあなたってことでいいのかしら」
「ええ、そう思っていただいていいですよ」
そう答えてマリグナントは愉快そうに笑っている。
集大成? これから一体何をやるつもりなんだ。それでセヴァリアが滅びるっていうのか。
……いい感じで話を引き出していたけど、そろそろこっちからも仕掛けよう。
「なるほどな、お前の考えは全てお見通しだぞマリグナント」
「なっ!? 貴様、私の名をどこで!」
名前を言った途端、余裕そうにしていたマリグナントは焦り出した。
焦るよな、知られてないと思ってたのに相手が名前を知っていたら焦るよな。
俺だってさっき名前を言われてドキッとしたし。
予想通りのマリグナントの反応を見て、俺はヘルム越しに笑い声を上げた。
「ふふふ、俺が何も知らないとでも思ったのか? こっちだってお前の手の内は既に把握済みだ」
「ぐっ……」
実際は何も知りません。今さっきステータスアプリで見た情報しか知らないです。
話が出来る相手だとステータスアプリってこういう使い方も有効なんだな。
さらに揺さぶりをかけていく。
「ディアボルス以外にお仲間は連れてきていないようだがいいのか? まさかとは思うけど、お前とディアボルスだけで俺達を相手する気なのか」
「……き、貴様らの相手など私だけで十分だ! あいつらの手を借りるまでもない!」
「ほお、お前以外のアークデーモンはここにいないのか。魔眼を持っているようだがそれなら安心だな」
「な、何故私がアークデーモンだとわかった! それに魔眼のことまで……お前は一体何者だ! ただのBランク冒険者じゃないのか!」
「お前が言ったようにただの冒険者、大倉平八だ」
決まった、何となくカッコいい台詞を言えた気がする。
それよりもどうやらこいつにはまだ仲間がいるみたいだな。だけど今はこの島にいない。
よし、こいつはここで仕留めよう。いや、仕留めないと駄目だ。
「さあ来い! 正々堂々と戦おうじゃあないか!」
鍋の蓋を構えて、エクスカリバールで蓋をカンカンと叩いて挑発をした。
それがふざけているように見えたのか、ダンッと地面を踏み鳴らしてマリグナントは激昂している。
そして攻撃をするつもりなのか片手を上げて奴は叫んだ、
「くっ、図に乗るなよ人間――が!?」
マリグナントは反応して背後を振り向こうとしたが、その前に背中から奴の胸を赤いオーラを纏う槍が貫く。
驚愕の表情を浮かべるマリグナントの背後には、真紅の槍を持つルーナの姿があった。
いつもお読みくださりありがとうございます。
今回は2つお知らせがあります。
1つは先週からLINEにてスタンプが配信されました。
晴野しゅー先生の可愛いイラストがスタンプになっているので、是非見ていただきたいです。
……ガチャを回した時に使うのもありですよ!
もう1つは私情で大変申し訳ない話なのですが、今月は忙しく6月は更新が難しくなりそうです。
ただでさえ更新頻度が落ちているので本当に申し訳ないです。
暇を作って可能な限り書いていきますので、お待ちいただけると幸いです。
それでは今後もガチャをよろしくお願いいたします。
ここまでお読みくださりありがとうございました。




