聖地テスタ
テスタ、そうイリーナさんが告げて俺達の目前に見えてきたのは、絶海の孤島。
上空から見る島は細長く不自然なほど綺麗な六角形。
陸地は草木に覆われて緑豊かだが、所々黒い岩肌のような地面が露出している。
見た感じ砂浜がなくて、海との境の部分は全て絶壁のようだ。
そして山のように盛り上がった島の中央部分は、穴が空いたようにぽっかりと開けていた。
「ここが聖地と呼ばれる島なのでありますか」
「あれー、想像していたより普通の場所だね。もっとこうビカビカキラキラしてるのかと思った!」
うん、俺も聖地って言うぐらいだから、もっとこう神秘的な場所を想像していた。
島が綺麗な六角形になっているのはちょっぴり不思議に思うけど、その辺の島と大差ない気がする。
離れ小島と呼んでいた割にはなかなか大きな島には思えるけど。
「これが聖地、テスタですか。島に名前があったんですね」
「世間的に正式な名称はついておりませんが、神殿内では昔からそう呼ばれています。外部の方でも特別な方々にはお教えすることがあるんですよ」
うーむ、神殿内だけの呼称ってところか?
ベンスさんも小島としか言ってなかったし、本当に一般的に名称がないんだろうな。
あの霧のせいで島の認知度自体が低いせいだろうか。
というか、今特別な方々には教えるって……さらっと俺達のこと特別認定しましたよ宣言されてるんですけど!
「大倉さん、どの辺りに降りればよろしいでしょうか?」
「あー、エステル、どこがいいと思う?」
「そうねぇ……とりあえず島の端っこがいいんじゃないかしら。島の上を通る時に攻撃されるかもしれないから、まずは安全に陸地に降りた方がいいと思うの」
このまま島の中央までひとっ飛び! といけたら楽だったけどそれは無理か。
木が多くて地上の様子が見にくいし、下から攻撃されたら対処するのが難しい。
ここはエステルの言う通り陸地に降りるのを優先しよう。
地図アプリを見てみると、真っ白だった画面も元に戻って青い点が表示されている。
やっぱりあの霧のせいで使えなくなっていたんだな。
地図アプリで近くに敵がいないことを確認しつつ、フリージアにもスカウトのような透明な敵がいないか警戒してもらいながら、ダラはゆっくりと島の隅っこへ降下していく。
ん? 陸地に俺達以外の青い点が出てきやがったぞ。一体何がいるんだ?
普通の野生動物はいないと思うし、これもテストゥード様の眷属だろうか。
海際から離れて敵対する様子もなくこっちに来る気配もないから、一旦保留しておこう。
今のところ敵の赤い点も地図アプリにないし、この近くにディアボルスはいないみたいだ。
特に異変もないし無事に降りられそう……あれ? そういえばさっきからシスハが全く会話に参加してこないな。
ふとそう思って彼女の方を向くと、島の方をジッと目を凝らして見ているのに気が付いた。
「シスハ、そんなにじっくりと島を見てどうしたんだ。何かあったのか?」
「いえ、何もありませんよ」
ないのかよ! って突っ込みそうになったが、シスハは続けて気になることを言い出した。
「ですが、何もないからこそ少し不気味に感じているんです」
「うん? 何もないんだったら気にする必要もないんじゃないか」
「ここは聖地と呼ばれている場所なんですから、神殿や祠のように何か気配を感じてもいいと思うんです。なのにこの島からはまるで何も感じません。フリージアさんが察知している様子もありませんから、妙に違和感を覚えまして」
「そうか。お前が言うなら一応気にしておこう」
いつもふざけている奴だが今回は割と真剣な顔をしていた。
確かにフリージアも気にした様子がなくワイワイとはしゃいでいる。
あんな濃霧に覆われていたこの島がただの島とは思えないし、やっぱりここで何か起こっているのだろうか。
だが、そんなシスハの不安を他所に、そのまま何も起こることなく俺達は無事に島へ上陸した。
うーん、実際に降りてみてもやっぱり普通の島としか思えないな。
ここは何度も来ているであろうイリーナさんに聞いてみるとするか。
「イリーナさん、この島に来て違和感を覚える部分はありますか?」
「……具体的に説明はできないのですが、雰囲気がいつもと違うように感じられます。眷属の方々はいつも通りでしたけど、何かがおかしいような……」
イリーナさんはキョロキョロと辺りを見ているが、その違和感の正体がわからないのか首を傾げている。
雰囲気が違うってことは目に見える形で変化がある訳じゃなさそうだ。
シスハが言っているように、神殿とかで感じるような何かがなくなっているのかもしれない。
元々何も感じない俺には全くわかる気がしないけどな!
とりあえず今は目指すべき場所を確認するとしよう。
「祠があると聞きましたけど、それって島の中央にあるんですか?」
「はい、先程上空から見えたと思いますが、島の中心にある開けた場所に祠が建っております」
「結構歩くことになりそうね。この島って普段は魔物っていないのよね?」
「勿論魔物なんてテスタには1体たりとも存在しませんよ。ですが眷属の方はいらっしゃいます。甲珠を持つ私達なら歓迎してくださるので、出会っても決して驚かないでください。……もし危害を加えてしまうと大変なことになりますので」
イリーナさんの中で眷属は魔物って認識じゃないんだな。
さっきから反応がある青い点はテストゥード様の眷属で確定か。
もし攻撃しちゃったらどうなるんだ……島中の眷属が襲いかかってきそう。
エイやスカイフィッシュに続いて、一体どんな眷属が姿を現すのやら。
そんな話をしていると、シスハが周囲を見ながら落ちつかない様子で声をかけてきた。
「大倉さん、先程からルーナさんの姿が見当たらないのですが……」
「俺が頼んで姿を隠してもらっているんだ」
既にルーナには霧を抜ける前にインビジブルマントを装備してもらっている。
相手がどこで見ているかわからないし、視認できないであろう霧の中で準備は整えておいたのだ。
今は場所がわかるようにか、透明なルーナはピッタリと俺の傍に寄り添って聖骸布を握っている。
俺の返事にシスハはホッと胸を撫で下ろしていたが、今度は問題児のポンコツエルフが声を上げた。
「えっ、ルーナちゃん隠れてるの! むむ……あっ! そこに――ぐへっ!?」
「探すな!」
「また大倉殿は何か企んでいるのでありますか……」
フリージアが俺の隣にいるルーナに指を指す前に、額にでこピンを食らわせてやった。
うぅーと唸りながら涙目になって額を手で押さえている。
わざわざ隠れてもらっているのに見つけ出そうとするなよ!
全く、相変わらずこいつは何をしでかすかわかったもんじゃないな。
それよりも、1つ確かめてしておきたいことがあるぞ。
地図アプリが島の中で使えるのならビーコンも使えるんじゃないか?
もしビーコンがこの島の中でだけでも使えるのなら、万が一に備えてどこかに設置しておきたい。
イリーナさんのいる目の前で試すことになるが……仕方がない。
「イリーナさん、これから見ることは他言無用でお願いします」
「はい、大倉様がそう仰るのなら、テストゥード様に誓って絶対に誰にも話したりはいたしません」
「あっ、はい……ありがとうございます」
何の疑う様子もなく即答してくれるのは助かるけど、キラキラと輝かせた目で見られるのは若干怖いです。
イリーナさんの返事を聞いて、さっそくビーコンを取り出して少し離れた設置する。
勿論周囲に見ている存在がいないか念入りに確認してからだ。
そして俺を選択して飛ぶ……のではなく、透明なまま俺の横にいたルーナを選択してビーコンで飛ばす。
傍から見ると何も変化は起きていないが、地図アプリでしっかりと彼女が移動しているのがわかる。
イリーナさんに言わないようにお願いはしたけど、これなら何が起こったのかわからないし念には念を入れた方がいい。
俺の横に戻ってきたルーナが怒っているのか、ツンツンと鎧の隙間から指で突いてくるが甘んじて受けておこう。
「どうやらこの島の中ならビーコンは使えるみたいだな。これなら最悪何かあっても大丈夫そうだ」
「島の中限定だとあまり頼りにし過ぎるのは危ないけどね。お姉さん達も移動はできるのかしら?」
「ああ、イリーナさんとダラもしっかり入ってるぞ」
画面で確認するとイリーナさん達もパーティに追加されているから、ビーコンを使うのに問題はない。
島の中心に向かう道中でいくつか隠して設置しておくかな。
ビーコンの確認も終わり、俺達は島の中心へ向かい移動を始めた。
1番前を俺が進んで、その後ろにフリージア。
中心にはエステルとシスハとイリーナさん。
そして殿にノールの順番だ。
俺が先頭で若干不安だが、透明のままなルーナが近くにいてくれるから心強い。
何かあってもすぐに反応してくれるはずだ。
ダラはイリーナさんを守るように、木々の隙間を縫いながら左右を行ったり来たりしている。
凄く進み辛そうにしているけど、上空を移動すると今どこにいるか敵から丸わかりなので我慢してもらいたい。
しばらく森の中を進んでいると、上陸前から気になっていた島にいる青い点がこっちへ向かって来ているのに気が付いた。
眷属だろうからノール達が攻撃しないよう事前に伝えようとしたが、その前にイリーナさんが声を出す。
「どうやら眷属の方がこちらへいらっしゃるようです。皆さん攻撃なさらないでくださいね」
おお、向かって来ているのがわかるとは、さすが眷属と通じ合っている人だな。
一応警戒しつつも立ち止まって待っていると、木々の間から1体の魔物が姿を現した。
長細い体をしており、透き通った体内には綺麗な青い器官が見える。
胴体の左右にある翼のようなものをパタパタとはためかせて浮かぶその眷属は……クリオネだ。
ちょっと色が違っているけどクリオネだ。例によってこのクリオネも人より大きなサイズなのかよ。
一応ステータスを見ておこう。
――――――
●種族:シーエンジェル 【状態】眷属
レベル:70
HP:4万8000
MP:2500
攻撃力:2500
防御力:800
敏捷:55
魔法耐性:20
固有能力 浮遊
スキル バッカルコーン
――――――
「シーエンジェルと呼ばれる眷族の方です。テスタ以外では殆どお姿を拝見できませんので、参拝に同行してくださった冒険者の方々が大変興味深そうにされていました。いつ見てもとても神秘的なお姿をしていらっしゃります」
「……ちなみにですが、戦う姿を見たことはありますか?」
「……はい、ございますよ。ちょっとしたトラブルから威嚇なされたことがありまして……」
おう、想像するだけで恐ろしい。
俺よりも大きなクリオネの頭が割れて触手が飛び出してくる様を考えたら、トラウマ間違いなしだ。
イリーナさんは顔に笑顔を貼り付けて誤魔化しているけど、その時のことを思い出しているのか若干震えてるぞ。
クリオネ眷属と別れてそのまま島の中心を目指してしばらく進み続けたが、魔法の罠やディアボルスの襲撃もなく順調に島の中央へ向かっている。
「着いた途端襲われるかと思っていたけど、ここまで何もないと逆に怖いな」
「祠のように罠すらないようね。まるで私達に早く来いと伝えているみたいだわ」
うーむ、霧に入る前にディアボルス・スカウトを送り込んできたくせに、島に着いてからは全く動きを見せないのは不気味だな。
そう思いながら地図アプリを見ていると、ようやく島の中央部分が表示範囲内に入った。
するとそこには赤い点が表示されている。
「……魔物がいるみたいだな。島の中心に集まっているぞ」
「そんな! 聖地であるテスタに魔物が寄り付いているなんて……」
既にわかっていたことだが、改めて魔物がいることを確認できたせいかイリーナさんが暗い表情をしている。
しかも居場所は祠があるっていう島の中央部分だし無理もない。
「予想通りとはいえ中央に陣取っているなんて随分と余裕があるのね。数はどのぐらいいるのかしら?」
「んー、反応は10体だな。さっき戦った奴みたいに反応を消す奴もいるから、これで全部とは限らないが」
「待ち構えていたにしては少ないでありますね。その反応の内の1つが今回の黒幕なのでありましょうか。赤いってことは敵対する意思があるってことでありますよね?」
「見つかれば襲ってくる可能性は高いだろうな」
この中に黒幕がいるとすれば、赤い点だから俺達に対して敵対する気まんまんってことだな。
居場所だけじゃなくて敵意があるかどうかもわかるから本当に優秀なアプリで助かる。
さて、いるのはわかったけど、これからどう動くべきか……。
敵対するにしても、相手がどんな奴なのか知っておきたいな。
話ができるような相手なら、1度話をして情報も引き出したい。
が、そんな悠長なこと言ってられない勢いで襲われる可能性もある。
この中にディアボルスを使役している奴がいるなら俺達が島に来ているのは想定済みだろうし、この島を見回るぐらいはすると思うんだけどなぁ。
俺達が来るのをわかっているからあえて待ち構えているのだろうか。
それに島の中央にいるっていうのに、どうして眷属達は動かないんだ?
まさか攻撃しなければ襲わないとかじゃあるまいし……この赤い点の奴らをここの眷属は敵だと認識してないってことだよな。
それが甲珠もないのに濃霧を突破した方法に関係ありそうだけど、今のところわからない。
わからないことだらけだけど、何にせよ敵に接触はしないといけない。
そこでまず2通り考えた方法があるのだが……エステルさんに相談しましょう。
「エステル、お前達にここに残ってもらって俺が敵のところに行くのと、全員で最初から行くのどっちがいいと思う?」
「お兄さんが危ない案は却下……と言いたいところだけれど、今回の相手を考えると一応話し合った方がよさそうね。お兄さんのことだから、まずは1人で見に行って相手の戦力を確認しようとしているのよね?」
「ああ、何も知らずに相手するよりそっちの方が戦いやすいだろ」
俺が考えたのは、まず俺が敵に会いに行って情報を集めることだ。
さっきビーコンを使えるのは確認したから、もし敵に囲まれたとしても逃げることはできる。
ビーコンは離れた場所で待機しているノール達に見守ってもらえれば問題もない。
そうすれば相手の戦力を知りつつ、上手くいけばステータスも見れて情報的に圧倒的有利になる。
問題があるとすれば逃げる隙すら与えられずにボコボコにされる可能性があることか。
「有無を言わさずフリージアに狙撃してもらうって手もあるけど、話せる相手なら1度話はしておきたい。何か情報が得られるかもしれないからな」
「むぅ、倒すだけじゃ駄目なんだね」
倒すだけなら位置を変えながら、ひたすらフリージアに遠距離から狙撃してもらうとかだな。
だけどこの島の中じゃいずれ追いつかれそうだから、それも安直過ぎるとは思うけど。
それに今まで1度も黒幕には会えていないし、ここにいるのなら話をして情報を引き出したいところ。
「でもでも、やっぱり大倉殿1人で行くのは危ないのであります。この前だって祠に残ってボコボコにされたのでありますよ? 同じようなことはさせられないのであります。今度こそ全員で行ってちゃんと戦うのでありますよ!」
「大倉様はまたお1人で魔物に立ち向かおうというのですか……2度も続けてそのようなことをさせる訳には参りません。私も今度はダラと共にお力添えをさせてください」
ノールとイリーナさんは俺1人で行くのは反対のようだ。
あれは退却の時間稼ぎの為にやったことだが、めちゃくちゃボコられたからなぁ……。
またあれを味わうかもしれないと思うとちょっと腰が引けてくる。
苦い思い出に身を震わせていると、シスハまで全員で行くべきだと言い出した。
「私は全員で向かうべきだと思います。ここが聖地とはいえ今回も相手が先に待ち構えているんです。まとめて罠にはまる危険性はありますけど、全員でいれば色々と手も打てますからね」
「私もシスハに賛成ね。確かに事前に情報を得るのも大事だけど、相手もこっちを警戒しているもの。前回みたいに逃がさないよう何か対策してきているかもしれないわよ。それにあの姿を消して仲間を呼ぶ魔物の存在を考えると、戦力を分散させるのは逆に危険だと思うわ。女神の聖域だってあるんだからまとまっていた方がいいんじゃないかしら」
「シスハちゃん達が平八が1人で行くのに反対なら、私も反対かなー」
うーむ、5対1で圧倒的俺1人で行く案は反対だな。
透明のまま黙り込んでいるルーナも、また鎧の隙間から指で俺を突っついて反対だと訴えているようだ。
こんなに心配されてちゃ1人で行く選択はできないか。
ここはノール達を信じて全員で挑むとしよう。
「よし、それじゃあ相手の様子を見つつ全員で行こうか。イリーナさん、可能な限り私達の中心にいるようにしてくださいね」
「はい、大倉さん達のお邪魔にならないよう、私も精一杯頑張らせていただきます」
イリーナさんも回復魔法を使えるし、ダラも一緒にいるからとても頼もしい。
ようやくここ一連の騒動の原因とのご対面、一体どんな奴がいるのだろうか。