小島への道中
ダラに乗って神殿を出発した俺達は、離れ小島を目指すべくリシュナル湖方面に向かっていた。
「えへへー、やっぱり空を飛ぶのは気持ちがいいんだよー」
「うむ、乗っているだけで目的地に行けるのは楽だ」
「……船じゃなくてよかったのでありますよ」
笑顔ではしゃぐフリージアとは対照的に、ノールはホッと胸を撫で下ろしている。
一言も言っていなかったけど、実は船に乗るのは嫌だったのか。
シスハがいるから酔ってもすぐに治してもらえるが、それでもあれを味わうかもしれないと思うと不安になるのも仕方がない。
イリーナさんがダラを連れて一緒に来てくれて本当によかったぞ。改めて御礼を言っておかないと。
「イリーナさん、一緒に来ていただきありがとうございます。お話はしていましたが、今回島に行くのは危険が伴うかもしれませんので……」
「それを承知の上でご同行させていただいておりますので、ご心配なさらないでください。ルーナさんやフリージアさんまで協力していただいているのに、私が行かない訳にはいきません。それにテストゥード様の為でしたら、この身に何が降りかかろうと後悔はございません」
胸に手を当てて、決意のこもった瞳でイリーナさんはそう答えた。
小島で何かあると既に伝えているから、危険があることは彼女もわかっているはずだ。
テストゥード様を信仰する気持ちがそれほど強い証拠かもしれないけど、それでも感謝しないといけないな。
ただ、何が起きても後悔はしないって部分はちょっと心配だ。
「わかりました。だけど安心してください。私達が必ずあなたとダラのことをお守りいたします。戦うことは私達に任せて自分の身を最優先に考えてください」
「大倉さん……私とダラのことを気遣ってくださるなんて、あなた様はとてもお優しい方なのですね。あぁ、やはり大倉様には神殿に入って……」
イリーナさんが胸に両手を当てて、頬を赤らめながら俺の方を見た。
う、うん? 妙な雰囲気で何やら呟いているのですが……神殿に入って?
不穏な言葉に首を傾げたが、イリーナさんが言い終わる前にエステルが会話に割って入ってきた。
「それで、離れ小島まではどの程度でかかるのかしら?」
「あっ、そうですね……明日には聖地に到着すると思います。今日は海の間近まで移動して、明日の朝に移動を再開しましょう。そこから数時間で島に辿り着けますので。ダラに乗っているとはいえ、夜の海上は危険ですから早朝が望ましいです」
「この子に乗っていれば平気そうだけど、それでも夜だと海って危険なのね」
「はい、遭遇することは稀なのですが、夜になるとウミニュウドウと呼ばれる魔物が徘徊しているんです。上空にいれば恐らく安全ですが、もしものことを考えると朝を待った方がいいと思います」
「ほほぉ、この周辺にはそんな魔物もいるんですか。珍しそうなので是非見てみたいですね」
シスハが興味深そうに頷いているが、夜の海に現れる魔物なんて遭遇したくはないな。
詳しくウミニュウドウの話を聞くと、人ぐらいの大きさからダラよりも大きな個体もいるようで、テストゥード様の加護が薄い沖の方に行くと襲われる可能性が高いそうだ。
影のような真っ黒な見た目をしていて、船ごと丸呑みにして海の中に引きずり込んでくるらしい。
セヴァリアでは子供が船で沖に行ったりしないよう、昔から恐ろしい魔物として教えられるとか。
似たような妖怪の話を聞いたことがあるような気がするが……スカイフィッシュといい、異世界の海ってやっぱり恐ろしいぞ。
そんな話をしながらも、あることを確認しようと俺はイリーナさんに質問をしてみた。
「ダラの存在って知っている人は多いんですか?」
「はい、セヴァリアに住む人なら知っている方は多いと思います。ダラはよく町の上空を通りますので、認知してもらえるように神殿に訪れる方に紹介もしておりますので」
やはりダラが神殿にいることは広く認知されている、か。
今回出発した時も神殿から町の上空を通って来たし、セヴァリアの住民には目撃されちゃうよな。
イリーナさんの話を聞いてエステルも俺と同じことを考えたのか、俺が今思っていることを言ってくれた。
「うーん、そうなると相手もこっちが空を飛んで来るのを想定しているかもしれないわね」
「ああ、俺達が神殿に関わっているのは知っているだろうし、島に来るって勘付かれていたら厄介なことになりそうだな。俺だったら絶対に対策しておくぞ」
「そこまで考え付くなんて、大倉さんにしてはなかなか冴えていますね」
「ははは、ジーニアス平八と呼ばれていたこの俺を舐めないでもらおうか」
「よっ、さすがですねじーにあす平八さん!」
「じーにあす平八凄いんだよ! よくわからないけど!」
ちょっとした軽口を叩くと、シスハとフリージアだけがよいしょしてくれた。
が、ルーナは凄く冷めたジト目を向け、エステルとノールは苦笑いをしている。
虚しい……言うんじゃなかったぜ!
気恥ずかしく思っていると、ノールが腕を組んで真面目な話を始めた。
「空を飛んでいるとなるとこちらは反撃の手段が限られるでありますし、海上で何かあったら困るでありますね」
「海に落ちるのは嫌だ。泳ぐのは得意ではない」
「ルーナちゃん泳ぐの苦手なの? 落ちても助けてあげるんだよ!」
「むぅ、別に得意じゃないだけだ。……落ちたら頼んだ」
「うふふ、私もお助けいたしますので安心してくださいね」
ルーナはちょこっとだけ口を尖らせて否定したが、意地を張らずにあっさりとフリージアに助けを頼んでいる。
あのルーナが素直に頼むってことは、本当に泳ぐのは得意じゃないんだな。
やる気がないだけで大体何でも出来そうだと思っていたから、苦手なことがあるってわかると何かホッとするぞ。
イリーナさんは俺達の話を聞いて、少し考える素振りをして不安そうに眉をひそめながら口を開いた。
「ダラならある程度の事態が起きても対応は出来ると思います。ですが大倉さん達が警戒する程の相手と考えると……」
確かにダラは強い。ディアボルスのステータスすら上回っているから、並大抵の魔物じゃ全く脅威にはならない。
だが、俺達を乗せている状態でもし襲われたとしたら、振り落とさないように自由に動くのは難しいと思う。
俺達が空から来ると相手が予想していたとすると、複数のディアボルスが待ち伏せしている可能性は高い。
それだけじゃなくて他にも何かあるかもしれないし、道中だけじゃなくて島に着いてからも何が起きるかわからない。
いくら覚悟を決めて一緒に来たとはいえ、イリーナさんが不安に思うのも仕方がないだろう。
「心配しないでください。一応空を飛んでいても注意しておこうと言いたかっただけですから。その為にこの2人を連れて来ていますし、私達でも色々と対応は可能です」
「そうね。フリージアがいれば空を飛ぶ魔物でも対処できるし、私やお兄さんもやれることは多いわ。それでも注意はしておいた方がいいけれど」
「任せて! どんな相手だって射抜いてみせるんだよ!」
「危ないでありますから、急に立ったら駄目でありますよ!」
フリージアが立ち上がって弓を掲げながら、ドヤ顔で自分の胸をトンと叩いていた。
そんな彼女の足をノールが慌てて押さえている。
この前乗った時も落ちかけたのか、ノールがガッシリと体を押さえていたからな。
また落ちるかもしれないと慌てたみたいだ。
そんなノール達の様子を見て、くすりとイリーナさんは笑った。
「やはり大倉さん達はとても頼もしいですね。あなた方と一緒ならどんな困難にも立ち向かえそうです。これもテストゥード様のお導きに違いありません。私とダラも精一杯頑張らせていただきますね」
イリーナさんの言葉に応えるように、ダラは胸ビレを大きく揺らしている。
俺達と一緒に来てくれた彼女とダラを守る為にも、一層気を引き締めていかないとな。