神殿への報告
協会にリシュナル湖での異変の報告をした翌日、早朝から俺達はテストゥード神殿に向かっていた。
見つけたテストゥード様の御神体を返すことと、離れ小島に行くのに話を聞く為だ。
今日は冒険者として来ているから、ルーナ達は連れて来ていない。
「依頼終わってすぐに神殿に行くなんて、最近の俺達は忙しいなぁ。おかげで魔石集めが疎かだぞ」
「仕方ありませんよ。落ち着いたら存分に魔石集めをしようじゃあありませんか!」
「シスハはいつも元気ね。けれどクロコディルスの大量発生である程度魔石は稼げたんじゃないの? ほら、ギガスって希少種だったんでしょ?」
「ああ、あの一瞬で40個ぐらいは稼げたかな。大体1フリージア程度か」
「フリージアを魔石の単位にするのは止めてあげるのでありますよ……」
前回のアイテムガチャで魔石は1000個を切っていたが、暇を見てちょくちょく魔石狩りをして1300個程まで集まっていた。
ディウス達から送られてくる分もあり、それに加えて先日の大量発生で希少種も大量に狩れたのは大きい。
まだまだ集めたいところではあるが、一応安心できる数貯まっているのは助かる。
……あの魔物の大量発生を意図的に起こせるのなら、一瞬で魔石も集め放題なのに……って、そんな物騒なことを考えるのは止めておこう。
「まあ魔石集めの方は今後やるとして、今はセヴァリアの異変だけでも解決しちゃわないとな。いい加減はた迷惑な騒動起こしてる奴を見つけ出してやる」
「そうね。ここで黒幕の正体かそれに準じる情報さえ手に入れば、後は協会長のおじさんに伝えてAランク冒険者に任せることもできるもの」
「色々と解決はしていますけど私達はまだBランクですからね。そろそろ荷が重くなってきていますよ」
「そうでありますねぇ。大事になってきているでありますし、Aランクの冒険者パーティが主導となって異変解決に乗り出した方がよさそうでありますよ」
異変はできるだけ解決したいと思っていたけど、規模がどんどん大きくなっているからなぁ。
ノールが言うように俺達主体じゃなくて、Aランク冒険者が先達になって行動してくれたら助かる。
それを俺達は補助する形で協力していくのが理想的だ。
そんな話をしつつ白い道を歩いていると、ようやく神殿が見えてきた。
入り口には見覚えのある紫の髪の女性、イリーナさんが箒で地面を掃いている姿が。
一生懸命掃除をしているのを見てちょっとほっこりしたが、彼女も俺達に気が付いたのかこっちを見ると箒を置いて小走りで近付いてきた。
「大倉さん! またいらしてくださったのですね!」
「ど、どうも……」
イリーナさんは真っ先に俺の手を取り、柔らかな笑みを浮かべた。
ぐっ、こう真正面からそんな笑みで見つめられたら照れちゃうじゃあ――ひぇ、悪寒がする!?
背後から強烈な視線を感じて振り返ると、眩しい笑顔のエステルさんとシスハがジーっと俺を見つめていた。
手を握られてニヤケそうになっていた顔を引き締めて、手を離してもらって改めてイリーナさんと向き合う。
「シスハさん達もいらしてくださりありがとうございます! ……あれ、本日はあの子達が一緒ではないのですね?」
「はい、実は最近セヴァリア周辺で起きている異変絡みのことでお聞きしたいことがありまして、今日は冒険者としてこちらに伺わせていただきました」
「異変についてですか……何か神殿と関係のある異変が起こったというのですか?」
「ええ、とても重要なことなの。もしかしたら神殿長のおじさんにも話を聞くことになるかもしれないわ」
「神殿長にもですか……大倉さん達がそこまで仰るというのなら、よっぽどの大事なのですね。わかりました、お話を聞きたいと思いますので中へお入りになってください」
「ありがとうございます。事前に連絡もなく突然来てすみませんでした」
「いえ、神殿も関わっているとなると無下にできないお話です。むしろこうしてお越しくださってまでお伝えいただけることに、感謝をお伝えしたいぐらいですよ」
快く承諾してくれたイリーナさんに連れられて、俺達は神殿の中に入り客室間へと案内され席に着いた。
「神殿と関係があるとのことでしたが、一体どのような異変が起こったのでしょうか? ……はっ! まさかまたテストゥードの祠が襲われて!?」
「いえ、今回は祠が襲われていた訳じゃありません」
「そ、そうでしたか……よかったです」
「この前の祠の時は気が付いたのだから、もし祠が襲われたとしてもお姉さん達が気が付くんじゃないのかしら?」
「……先日もお話しした通り、あの祠は神殿との中継地点として中心のような場所なんです。ですから異常が起きたのを私共も察知できました。他にもいくつか察知できる祠もございますが、全ての祠の異常をすぐに把握することはできないのです」
なるほど、重要な場所だけは察知できても、それ以外の場所はわからないのか。
でもすぐにはわからないって言ってるから、時間が経てばわかるってことなのかな。
よし、離れ小島についても聞いてみるとしよう。
「ちなみにですけど、例の離れ小島に関して何かわかることはありませんか?」
「……いえ、私共にわかることは何もございません。あの場所は聖地のように扱われておりますので、極力私共も手を加えておりません。そうでなくともあの小島は特殊でして、魔物も全く近寄らず知らない者が行ける場所でもございません」
「それってやはりその守護神の力が働いているってことなのでありますか?」
「私共はそう信じております。ですので、あの小島に干渉するのは畏れ多く、私共はただ祈りを捧げに行く聖地として定めているのです」
うーん、聖地だからこそそのままにしておきたいってことだろうか?
それにイリーナさんのこの様子からして、その島とやらは特別な何かがあって今のところ異常も起きてないみたいだな。
まあいいか、一旦話を変えるとしよう。
「とりあえず今回私達が神殿を訪れた件なんですけど、まずはこれを見てください」
俺はリシュナル湖で発見した手の平サイズのテストゥード様の御神体を机に置いた。
それを見た瞬間、イリーナさんは目を見開いて驚きの表情に変わる。
「……えっ? これってまさか……テストゥード様の御神体!? どうして、どうしてあなた方がそれをお持ちになっているのですか! 一体どこで、いつ、どうやって手に入れたのですか!」
バンバンと机を叩きながら身を乗り出して、目を見開いたまま俺の目と鼻の先の近さでイリーナさんは叫び出した。
やばい、ちょっと狂気を感じるような顔をしているぞ!
「お、落ち着いてください! 私達は偶然といいますか、ある事情でそれを拾っただけでして……」
「そ、そうね。今回の異変でそれを見つけて、シスハが御神体だって気が付いたからここに話を聞きに来たのよ」
「穏やかな人だと思っていたでありますが、ちょっと怖いでありますよ……」
「信仰の対象である守護神様の御神体を見つけたとなれば、こうなるのも仕方ありませんよ。……私としてはこの後の方が怖いです」
まさか御神体を見せただけでここまで興奮するとは思わなかったぞ。
エステルさんですら顔を引きつらせて冷や汗をかいている。
これからこの御神体が利用されてたってことも話さないといけないのだが……この様子を見ると話すのが怖いな。
「も、申し訳ございません。つい取り乱してしまいました。えっと、こちらの御神体ですが、私共の方でお預かりさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、確認とお返しをする為に持参いたしましたので」
「ありがとうございます! ありがとうございます! 祠の救済だけではなく御神体までご返納していただけるなんて、なんとお礼を申せばいいか……大倉様、本当にありがとうございます!」
机に置いた御神体を大事そうに両手で持つと、イリーナさんは1度部屋から出て行った。
やはり御神体だけあって、すぐ神殿で保管しておきたかったんだろうな。
少ししてイリーナさんは戻って来ると、真剣な面持ちで俺を見ながら口を開いた。
「それで……テストゥード様の御神体は一体どちらでお見つけになられたのですか? もしや今回起きたという異変と何か関わりがあるのでしょうか?」
「そういうことになります。今回は私達は例の魔物が確認されたリシュナル湖という場所に調査に行ったのですが、そこで魔物の大量発生と出くわして、その際に先程の御神体を見つけたんです」
「そうだったのですか、ですが何故テストゥード様の御神体がリシュナル湖に……それに魔物の大量発生ですか? 一体どのような状況でそのようなことになったのでしょうか」
さて、御神体を利用されていたって説明しないといけない訳だが……こえぇ、めっちゃ怖い。
首を傾げて可愛らしい仕草をしているイリーナさんを前に黙り込んでいると、不意にポンッと肩を叩かれた。
振り向くとそれはシスハで、親指でグッジョブして任せろとジェスチャーしている。
おぉ、流石シスハだ。最近は何かとお世話になっているし、本当に頼りになる奴だな!
「続きは私からお話しいたします。イリーナさん、落ち着いて聞いてくださいね。まず結論から話しますが、今回の魔物の大量発生に守護神様の御神体が利用されておりました」
「……御神体を利用?」
「はい、何者かによって負の力が付与されたのか、御神体を中心にして魔物を発生させるように利用されていました」
いきなり地雷を踏み抜きやがったぞ! どうしてド直球に言っちまうんだよ!
もっと遠回しに言うなり、段階を踏むなりしないとイリーナさんが怒り狂って……。
そう不安に思いながら恐る恐る彼女の反応を窺うと、瞳孔が開いたまま瞬きもせず唖然とした様子で固まっていた。
助かった……? と思った次の瞬間、顔を真っ赤にして全身を震わせながら奇声を上げてイリーナさんは立ち上がる。
「キィィィィ! 魔物を、発生、させるのに、利用!? どこのどいつがそんなことをしたのですかぁぁぁぁ!」
ダンダンと床を足で踏み鳴らして、頭を両手で押さえてぐわんぐわんと振り回して左右を行ったり来たりしている。
ヒィィ!? やっぱりこうなっちまったじゃないか!
あまりの反応に恐怖を覚えたのか、隣に座っていたエステルが俺に身を寄せてきたほどだ。
ノールまでヒィと小さな悲鳴を上げてエステルの方に身を寄せている。
そしてイリーナさんをこうした元凶であるシスハは、てへっと舌を出してやっちゃいましたって顔をしている。
しばらくイリーナさんの狂乱が続いたが、暴れ疲れたのか肩で息を吐きながらようやく治まった。
「はぁ……はぁ……今すぐ探し出して神罰を与えなければ、与えなければ。大倉様、それを行った人物は今どちらにいるのでしょうか?」
「あっ……えっと、わからないです」
「わからないぃぃぃぃ!? どうしてわからないのですかぁぁぁぁ!」
「ごめんなさいぃぃ! 許してください!」
目を見開いたままのイリーナさんに両肩を掴まれて、前後に激しく揺らされた。
ひぇぇ!? 助けてくれ! こえーよこの人! 俺にどうしろって言うんだ!
目の前のイリーナさんへの恐怖に動けずにいると、突然彼女が声を上げた。
「あっ――」
一瞬ビクッと全身を震わせて痙攣すると、イリーナさんはさっきまでの様子が嘘のように静かになってソファーに座り込んだ。
突然のことに困惑していると、いつの間にかシスハが席を立ち上がって彼女の背後へと移動していて肩に手を置いていた。
「全く、落ち着いて聞いてくださいって言ったじゃありませんか」
「おぉ、あの錯乱を一瞬で沈めたのでありますよ。一体どうやったのでありますか?」
「うふふ、ちょっとしたツボがあるんですよ。この辺りを回復魔法を纏いながらグリっと突くんです。これでしばらくは何を聞いても心が落ち着いたままのはずです」
「神官だけあって妙な技を知っているのね。これで安心して話が聞けそうだわ」
あそこまで発狂していた人を止めるツボって一体……相変わらずよくわからない技能を身に付けている奴だな。
だけどおかげさまで助かったぞ。……あれ、でも元々の原因はシスハじゃねーか!
「すみません、また取り乱してしまったみたいで……」
「い、いえ、落ち着いてくださったみたいでよかったです」
あんなに大人しかったイリーナさんがあそこまで錯乱するなんて、信仰心って恐ろしいんだなぁ。
完全に彼女も落ち着いてくれたようなので、俺達は話を再開した。
「お姉さん、あの御神体はもしかするとこの前の祠の件で盗まれた物かもしれないの。元々あそこに祀られていた物って、持ってきていた物と同じ大きさなの?」
「ぬ、盗まれた……だから祠を探した時に何も感じなかったのですね……。元々あそこに祀られていた物ですが、再度祀った物とほぼ同じ大きさでした」
「ということは、まだ犯人の手元に御神体の残りがあると考えていいわね。これからもまだまだ同じようなことが起きるかもしれないわ」
「お、同じぃ、ようなことぉ……あっ、あっ」
イリーナさんの頬がヒクヒクして言葉が怪しくなり始めたが、肩に手を置いたままだったシスハがまたグリグリするとすぐに元の表情へ戻った。
ここまでくると凄いを通り越してある意味怖くなってくるな。
正気に戻ったイリーナさんは、恐る恐るといった様子で俺に質問をしてきた。
「御神体を利用した人物ですが、本当におわかりにならないのでしょうか?」
「今のところわかりません。だけど手がかりがあるかもしれない場所はわかっているんです。先程も少しお話に上がりましたが、それが例の離れ小島なんです。なので私達をその島に案内してほしいんですよ」
ここで本題だった離れ小島の件を話してみたのだが、イリーナさんは眉をひそめて叫ぶように話し始める。
「そんな……そんなはずありません! だってあの島に悪意を持った者が近づけるはずがないんです!」
「そこまで言い切るなんて、その離れ小島ってどんな場所なのかしら?」
「特殊な場所だってさっき言っていたでありますが、空を飛ぶ魔物なら行けるのではないのでありますか?」
「たとえ空を飛べたとしても、あの島には近づけないはずです。祠の加護と同様の力があの島には働いております。それにあの周囲は常に濃い霧が立ち込んでおりまして、私共でなければ島がどこにあるのかわからないのです。それにあの島は定期的に動いていますので」
「島が動いているんですか?」
「はい、一定の範囲内ではございますが島の位置は変わります。テストゥード様にお仕えしている私達でなければ、正確な位置は把握できないのです。ですからあの島に悪意を持っている者が近付くのは不可能なはずです」
何だか想像していた以上に特殊な島みたいだな。
そもそも定期的に位置が動くってどういうことだよ。
それに霧も濃いとなると、本当にイリーナさん達なしじゃその島に向かうのは無理かもしれないな。
船で行ったとしても、その霧の中で迷子になって最悪帰ることすらできなくなりそうだし。
そう俺は思っていると、今度はシスハがイリーナさんに質問をしだした。
「でもこの前の祠の件だって、神殿の皆様からしたら悪意を持った者が中に入るのは不可能だと思っていたんじゃないんですか?」
「それは……」
「相手はかなりのやり手みたいだから、不可能だって断言しない方がいいと思うわ。もしこれで既に小島に入り込んでいたら、このままだと取り返しのつかないことになるかもしれないのよ? リシュナル湖の異変を考えると、誰も近寄らせない為にやった可能性だってあるんだもの」
シスハとエステルの発言を聞いて、イリーナさんは黙り込んでうつむいてしまう。
そのまましばらくジッとしていたが、顔を上げると何かを決意したような表情をしていた。
「……私の一存では判断致しかねますので、神殿長にお伝えして神殿の皆に意見を聞こうと思います。申し訳ございませんが、お昼過ぎにもう1度いらしていただけませんでしょうか?」
「はい、構いませんよ。急な話で混乱させてしまってすみません」
「いえ、大倉様達も私共のことを想って来てくださったのですから感謝申し上げます。元々大倉様とは小島にお連れするお約束をしておりましたし、すぐに出発できるよう私も訴えかけようと思います」
離れ小島とやらに行くのは、イリーナさん1人じゃ判断できないみたいだな。
ここは彼女に神殿の人達の説得を任せて、島に行けるようにしてもらうしかなさそうだ。
笑顔で宣言したイリーナさんに見送られて、俺達は1度神殿を後にした。
「イリーナさんなら今すぐ行きましょう! ぐらい言うかと思ったけど、そういう訳にもいかないみたいだな」
「特殊な島だって話だったものね。行くとしても何か準備が必要なのかもしれないわ。だけどお姉さんのあの様子からして、何とか神殿の人達を説得してくれると思うわ」
神殿の人達じゃないと行けないとは、一体その離れ小島ってどんな場所なんだろうか。
濃い霧が発生して島の位置まで動くとか、間違いなく普通の島じゃないのは確かだ。
そこにこれから行くかもしれないとなると、気を引き締めないといけないな。
ちょっとした緊張感ある空気が俺達の間に流れ始めたが、そこでシスハがいつもの調子で話し始めた。
「神殿や教会も一枚岩じゃありませんからねぇ。小島で何か起こってるかもと言われても私達を連れて行くのに反対する人がいるんだと思いますよ」
「ふーむ、神殿というのも大変なのでありますね。シスハが同じ立場としたらどうやって説得するのでありますか?」
「うふふ、物理的に説得させていただきます。と、言いたいところですが、私がいた教会じゃよく返り討ちにあっていましたから、世の中上手くいかないものですね」
「色々と突っ込みたいでありますが、シスハでも返り討ちに遭う人物がいたのでありますか……」
物理的に説得する事態になる教会って、一体どんだけヤバイ奴らの集まりなんだよ……。
しかもあのシスハを撃退できる人物がいる教会とか、修羅の世界の住人の集まりか?
そんな教会に行ったら生きて帰って来られる気がしないぞ。
「それにしてもイリーナさんを大人しくさせたツボ押しは凄かったな。他にもああいうツボってあるのか?」
「はい、色々とございますよ。そうですねぇ、例えばこのツボを押しますと疲れを忘れて一時的に元気になります」
そう言ってシスハがそっと俺の二の腕に触れた瞬間、電流が走ったような感覚が全身に広がり体が硬直した。
「あががっ――か、体が……」
「あれ? 間違えましたかね」
「ふ、ふざけるな! さっさと治しやがれ!」
「恐ろしいツボがあるのでありますね……」
「もう、2人して遊んでちゃ駄目じゃない」
てへっと舌を出すシスハにツボを押してもらうと、先程の硬直が嘘のようになくなった。
全く、間違えで全身硬直させるとか勘弁してくれよ……けど、おかげさまで緊張していた空気が少し和らいだ気がする。