100万Gを賭けた戦い
あの騒動から数日、俺達はシュティングの闘技場へと来ていた。石作りのコロッセオによく似た天井の無い円形の建物だ。数万人程収容出来るらしい。
勝負はここで観客有りでやるようだ。冒険者同士の魔物による競い合いはこの街の娯楽の一つで、今回の件も冒険者協会がノリノリで用意してくれた。
使う魔物は魔物使いが調教した奴を使用するから、俺達が死ぬ心配は無いと言われた。俺達とディウスのランク差を考えCランクの魔物での試合だ。
「よく逃げずに来たね。はは、そのことだけは褒めてあげるよ」
「それはどうもありがとうございます」
既に観客もおり、闘技場の中は騒がしい。観客席には想像以上に人がいる。万単位でいるのか? 何これ怖い。
中央の広場が見える位置にある、出場者の控え室まで来るとイケメン野郎が居た。
そして会って早々に嫌味を言われる。こいつは嫌味を言わないと会話もできんのか?
「ま、これから恥をかかないように頑張ることだね。BランクとEランクの圧倒的差という物を君達に教えてあげるよ」
「是非とも今後の参考にさせていただきますよ」
得意そうに口を釣り上がらせ、ドヤ顔で言ってくるので凄くムカつく。ぶん殴ってやりたい。
こいつの後ろには、大盾を持った鎧、弓を持った女性、そして装束衣装のような服装の杖を持った女性が居た。鎧の人は体格的に男だろう。
「エステルちゃんも、この後僕達のパーティに来たくなったら遠慮無く言ってきてね。なんだったらそっちの騎士の方もいいよ」
笑顔で馴れ馴れしく俺の側にいる2人に声をかけてくる。
エステルに飽き足らず、ノールまで勧誘しようとするか。
「ふふ、遠慮させていただくわ」
「遠慮させていただくでありますよ」
「ははは、相変わらず気の強い女の子だね。まあ、勝負が終わった後もその調子が続くといいけどね」
即答で断られ顔を笑顔のまま引くつかせている。笑いながら誤魔化し、ディウスは片手上げてパーティの許へと去っていく。
ざまぁみやがれってんだ。
『皆さんお待たせいたしました! これより、冒険者ディウスと冒険者大倉平八の勝負を開始いたします。実況は私、冒険者協会シュティング本部協会長補佐アルテが務めます!』
奴との会話が終わった途端に、闘技場内に女性の大きな声が響き渡る。
なんだこれ? 普通に話すだけじゃ有り得ない声量だ。魔法か何か使っているのだろうか?
『え~、今回の勝負には討伐ランクCのオーガを使用いたします。Aランク冒険者の魔物使いであるリッサさんに依頼して確保いたしました。ですので、観客の皆様はご安心ください』
オーガと聞きざわめく観客。オーガに言うことを聞かせるとかAランクって凄いんだな。
Cランクの魔物とは聞いていたがオーガか。サイクロプスがCだったしなんとかなるだろう。
『それではルール説明をいたします。制限時間はこの蝋燭 が5本燃え尽きるまで。5本燃え尽きた時点でその戦闘は終了とさせていただきます。オーガ討伐時、この蝋燭の残りを見て判定を致します』
実況者用のスペースに居る彼女が手を向けた方を見ると、少し大きめの蝋燭があった。あれに火を点けて時間を計るのか。
『アイテムは回復系の物のみを使用可能。パーティが全滅、もしくは撤退の宣言をした時点でその冒険者の敗北とします。そして勝者には、敗者が100万Gを支払う! 以上がこの勝負のルールです』
この世界には攻撃用や支援用のアイテムも有るらしく、今回は回復アイテムのみが使える。煙玉とかマジックダイナマイトは使用出来ないって事だな。
『それでは先手、冒険者ディウスパーティの入場です!』
イケメン野郎の入場が宣言された時、観客達は一斉に声を上げた。本当に凄い歓声だ、地面が声で揺れているのかと思うほどに。
若干女性の黄色い声が大きく聞こえる辺り、やはり女性ファンは多そうだ。くっ、これだからイケメンは嫌いだぜ。
「凄い人気でありますな」
「えぇホント。それ程人気があるのねあの男」
「まあ顔良いしな。しかしこれプレッシャーやばいな」
あいつらは多分王都でも人気の有るパーティなのだろう。歓声がそれを物語っている。老若男女が狂ったとも思える声で彼らを応援している。
そして対する俺らはどうだ? ブルンネから来たばかりの無名。しかもEとFランクのパーティ。この後あいつらの戦いが終わってから、俺らが出た時の反応を想像すると怖いぞ。
『やはりディウスさんのパーティは人気ですね。戦士、盾、弓、神官とバランスが取れたパーティ構成です。ここに魔導師が加わってくれたら、パーティとしての質がグッと上昇するのですが。今回の勝負はこの魔導師に関して一悶着あったみたいですね』
場内の視線が一気に俺達に集まり始める。こ、このプレッシャーなんだ? こんなに人に注目されたのは初めてだ。冷や汗が出てきたぞ。
俺の隣に座っている2人は涼しい顔をしている。ノールはヘルムでよくわからんが多分している。
こいつらは何も感じていないのか、この圧倒的なプレッシャーを。俺は腹が痛くなってきたぞ。
『対する大倉平八さんのパーティは戦士2名と魔導師。少し尖がった印象を受けるパーティですね。防御をしないで火力で押していくといった感じでしょうか? まだEランクと駆け出しですが、ブルンネから来た彼らの実力はどれ程なのか、期待です』
彼女が言うように、確かに俺達はバランス悪いな。完全に火力で押せ押せだしな。
それにしても、俺達がブルンネから来たと言った瞬間の会場の静まり様。さらには笑い出す奴まで出やがる。
Eランクで王都来て早々にBランクと試合とか、アホなんじゃないかと思われているんだろう。
そうして静まった会場に、突然ドスンドスンと大きな音を立てながら何かが歩いてくる。
手にはデカイ棍棒を持ち、四肢と首には鎖で繋がれている。サイクロプスより一回りぐらい小さい感じだが、それでも3m以上は有り大きい。
それを引っ張って連れてきているのはリッサという人物だろうか? フードを被り顔は見えないが、体つきからして女性だな。短パンにフード付きの肩掛けの服装。確かに調教師っぽいかも。
ステータスを見てみたいと思ったが、ここじゃ遠すぎてカメラが反応しない。
『準備も整ったようですので、そろそろ勝負を開始したいと思います。ディウスさん、準備はよろしいですね? それでは、勝負開始です!』
オーガを連れてきた人物が場を離れると、開始の合図である鐘が鳴らされた。
オーガがディウス達を目掛けて走り出す。迎え撃つのは盾を持った鎧の人。振り上げられた棍棒が、勢いよく彼の盾に衝突する。
しかし彼は吹き飛ばされること無く、その場に留まり棍棒を受け止めた。
その彼の後ろからディウスが飛び出し、攻撃を受け止められ動きが止まったオーガを斬り付ける。後方からはさらに弓を持った女性が矢を放つ。
その間にも攻撃を受け止めた盾役の人に光が纏わり付いて体に光が吸い込まれていく。どうやら神官が回復魔法を彼に掛けているようだ。
『盾で受け、神官が回復し、弓と戦士が攻撃をする。パーティ戦闘での堅実な流れですね』
最初の攻防でまたもや歓声が上がる。
これがパーティでの戦闘か。やっぱりBランクとなると、パーティの動きがスムーズだな。馬車の護衛だった人達とは比べるとやはり違う。
ノールでも十分盾役はできるが、俺達も盾役か神官が欲しいな。前衛として俺とノールが居ない時に、エステルが不意打ちされたらやばいし。
『おぉーっと! 出ました! 斬撃を飛ばすディウスさん必殺のソニックブレードです!』
ダメージを受けたオーガが後退しようと動くが、それを察知したディウスが剣をオーガ目掛けて振るう。剣が届く位置にいないのに何やってんだと思ったが、すぐにオーガの足から血が吹き出した。
遠距離攻撃のスキルを使ったのか。
それからしばらくそんな攻防が続いた。
「んー、随分と時間掛かりそうだな」
「私見ていて飽きちゃったわ」
「動きは良いでありますが、攻撃力が足りていないでありますな。ふふふ、やはり攻撃力こそが正義なのでありますよ!」
隣にいるエステルは眠そうに俺に寄り掛かり、ノールは戦闘を見て体が疼くのか両手をブンブンと上下に動かしている。
ノールの火力と比べられるのは、流石にアイツだったとしても少し同情するぞ。
もう5分程は経過しているが、オーガは未だ健在。さっきの王道的なパーティ攻撃で地道にオーガのHPを減らしている。
ディウスは確か戦士の誇りを持っていたはずだが、時間縮める為にわざと攻撃を受けたりはしないんだな。
そもそも持ってるって知らないか? でもソニックブレードは分かっているみたいだし、何かしらの方法でステータスなどが見れるのかもしれないな。
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『ディウスパーティ、討伐終了です! 蝋燭の残りは2本と半分! 早い、この早さは流石Bランクと言ったところでしょうか!』
オーガがドッスンっと音を立てながら倒れる。そして体が光になってドロップアイテムへと変化した。
それを見ていた観客達は声を上げ熱狂する。実況も興奮しているのか若干早口だ。
あの蝋燭は1本が10分程で溶け切るみたいで、ディウス達は25分程でオーガを倒した。これで早いのか。
「やっと終わったか」
「ふわ~、終わったのね」
「ようやく我々の出番なのでありますな。騎士の血が滾るのでありますよ!」
「やり過ぎるなよ? スキルは絶対に使うんじゃないぞ」
エステルは腕を上げて伸びをしている。その後口を手で隠しながらあくびをした。こいつ寝てたんじゃないよな?
ノールはノールでさらに両手をブンブンさせて、もう弾けちゃうでありますよ! とか言いながら興奮している。こいつ、早くなんとかしないとやばいな。
ディウスのステータスから考えても、オーガのステータスはそれ程高くないはずだ。彼女がスキルを使う必要はないだろう。
使われてまたあの地獄を見るのも嫌だし。
「はは、どうだい? これがBランクの実力だ。君達にあの早さでの討伐はできるかい? そもそも討伐できるかさえ怪しいが、僕達よりも強いのなら心配は無用か。まあ、精々頑張ってくれたまえ、はははは」
討伐を終えたディウスのパーティが戻ってくる。奴の顔はそれはもう満足げな表情だ。そしておまけに嫌味も言われる。
よしわかった、お前のその余裕そうな顔を絶望に染めてやろう。




