湖の浄化
エステルの魔法によってクロコディルス・レックスを全滅させたが、その後もしばらく俺達はクロコディルスを倒し続けた。
女神の聖域の効果も切れ、安全地帯を確保してそこを俺とエステルで守っている。
俺もセンチターブラを飛ばしたり、ディメンションブレスレットで直接エクスカリバールをぶっ刺したりなど、周囲にいる奴らは粗方片付けた。
「一通り倒し終わったみたいだな」
「そうね。だけど未だにあの大きなワニが湧いてくるし、治まった訳じゃないみたい」
ノール達の活躍によって湧き出した直後よりはだいぶ数は減っているけど、その後も光の粒子が集まって次々とクロコディルスが追加されている。
ギガスは勿論のこと、レックスすら湧いてくる状態だ。一体いつになれば落ち着いてくれるのだろうか。
今までも狩場の異変は起きていたけど、今回は魔物の湧く速度が尋常じゃない。
このまま放置すれば間違いなく即大討伐に発展するレベルだ。
「それにしても、どうしてエステルが作った足場が急に崩れたんだ?」
「うーん、空を飛んでいた魔物が投げてきた物が原因かも。爆発にも耐えられるように作った地面が、あんな風に崩れるなんて普通じゃないわ。残留していた魔力に直接干渉してきたのかしら?」
空を飛んでいた赤い魔物。
ディアボルスと似た見た目をしていたから、あれは希少種だったのかもしれない。
攻撃された訳でもなく、エステルが作った足場が一瞬で砂のように崩れていったからな。
あれがあの魔物の能力なのか、それとも投げ付けてきた物の効果だったのかは謎だ。
考え込んでいる間に、攻勢に出てクロコディルス共を狩っていたグレットさん達が戻ってきた。
「ちっ、一体どうなってやがるんだ。1度にこんな数の魔物が出てくるなんて、いくら倒しても切りがねーぞ」
「これが異変というものか。確かに放置してはおけないな」
「根本的な解決をしなければならんな。魔力も尽きかけとるわい。クルーセ、矢の残数は平気か?」
「……厳しい」
「これ、普通だったらもう私達やられてるよ。大倉さん達と一緒でよかったー。やっぱりノールさん凄く強い」
アゼリーさんの視線の先には、湖を飛び跳ねながらクロコディルスを次々始末していくノールの姿。
ノールにはエアーシューズを着用させていたから、それを使って上手く足場に移動しているようだ。
時折湧いてくるレックス相手でも、ノール1人で瞬殺しちまってるから恐ろしい。
そしてもう1人、クロコディルス相手に暴れ回っている神官様のお姿も。
尻尾を掴んで振り回し、そのまま他のワニにぶつけたり、殴った直後に手をプロミネンスフィンガーで爆破して吹き飛ばしたり、マジックブレードで切り裂いたりしている。
乱戦のドサクサに紛れてまたやらかしやがって……。
そう呆れていると、ようやくシスハが戻ってきた。
「いやぁ、なかなか手ごたえのある魔物ですね。殺りがいがあるってもんですよ」
「全く、そろそろ大人しくしてくれ」
「沢山いるんですから少しぐらいいいじゃないですかー」
あれだけ一気に出てきたから、シスハの闘争本能に火が点いてしまったのか。
まあ、戦っていたとはいえ、グレットさん達の近くでしっかり回復役もこなしていたからよしとしよう。
満足げにシスハが額の汗を拭っていたが、そこに胡散臭いものを見るような目をしているマースさんが声を掛けてきた。
「……お前、本当に神官なのか? 神官の服を着た剣士か武術家なんじゃないか?」
「何言ってるんですか。私はれっきとした神官ですよ。回復だってちゃんとしてたじゃありませんか」
「そうだけどよぉ……色々と納得できねぇ」
「うふふ、細かいことは気にしてはいけませんよ」
「お、おう……直接戦いもしないとか言ってすまなかったな」
ああ、そういえば初めて会った時そんなこと言ってたような。
シスハの戦いっぷりを見て、色々と思うところがあったのかもしれない。
ノールもある程度クロコディルスを倒し終えて俺達のところに戻ってきた。
「ふぅ、倒しても倒してもどんどん湧いてくるでありますね。これは治まらないのでありましょうか?」
「このまま倒しているだけじゃ駄目なのかもしれないわ。確かこの現象が起きる前に何か湖から噴出していたわよね? そこの水底を盛り上げてみましょうか」
「そうだな。このまま倒していても切りがなさそうだし」
魔物が一斉に湧いてそっちに気を取られていたけど、その直前に湖から光が噴出していた。
そこの水底に何か沈んでいるかもしれないから、調べてみる価値はあるな。
湖を落ち着いて確認してみると、一部が黒く濁っている。
多分あの範囲内に何かがあって、その影響で変色しているのだろう。
さっそくエステルは黄色いグリモワールを取り出し、また水底を上げ始めた。
そして一緒に打ち上がったクロコディルスを処理して、何かないか手分けして探す。
今までの経験から宝石のような物と予想をグレットさん達に伝えて、エステルに泥を除去してもらいつつ探し始めたが作業は難航。
本当にこの中から何か見つけられるのか不安に思い始めた頃、マースさんが声を掛けてきた。
「おい、お前これに何か心当たりはねーか?」
マースさんの手には真っ黒いゴツゴツした石が握られていた。
うん? 捜しているのは宝石みたいな物だって伝えたはずなんだが。
「ただの石ころに見えますけど、それがどうかしたんですか?」
「俺も最初はそう見えたんだけどよ、妙に気になってな。念の為確認してくれ」
「わかりました。彼女達にも確認してもらいますね」
マースさんは勘が鋭そうだからな。この人が気になるというのなら、何かあるのかもしれない。
一先ず俺が受け取った石を確認してみたが、ゴツゴツしているただの石だ。
……俺じゃ駄目そうか。こういうのはエステル達に見せた方がよさそうだな。
「エステル、シスハ、これから何か感じるか?」
「あら、その石がどうかしたのかしら?」
「何ですかその石ころ……うん? ちょっと貸してください」
俺から黒い石を受け取ると、シスハは手の平に乗せてじっくりと観察を始めた。
エステルはよくわからなそうに首を傾げているが、シスハのこの反応はやはりただの石じゃないってことか?
「これ、神殿や祠で感じた守護神の御神体と同じ気配がしますよ」
「えっ、じゃあこれテストゥード様の御神体ってことなのか?」
「恐らくは……ですが以前見た物に比べると、だいぶ禍々しい雰囲気が混ざっています。とりあえず浄化しておきましょう」
シスハは両手で真っ黒な石を包み込み、祈るように目を閉じた。
すると両手が青い光に包まれていき、指の隙間から黒い煙のような物が溢れて消滅していく。
それが終わって合わせた両手を開くと、真っ黒だった石が灰色に変わっていた。
「お前そんなこともできたのかよ」
「うふふ、このぐらい朝飯前ですよ」
「この前の祠の結界といい、シスハって色々とできたのね」
「当然じゃあありませんか! 私は神官ですからね!」
シスハは胸を張って自慢げにしている。
こういうところさえなければ、尊敬できそうな神官様なんだけどなぁ。
「大倉殿ー、何か見つけたのでありますか?」
「ああ、テストゥード様の御神体らしき物を見つけたんだよ」
「えっ! そんな物があったのでありますか!」
本当にテストゥード様の御神体かわからないけど、シスハが言うなら可能性は高い。
だけど神殿にあった御神体も黒い岩のようだったが、灰色になったのは浄化の影響だろうか。
とりあえず意味のありそうな物を見つけたので、グレットさん達にも伝えることにした。
そしてこれがテストゥード様の御神体の可能性があることも伝える。
「そういえば神殿に行った時に、巨大な塊の前で祈らされたことがあった。これがその守護神の一部なのか」
「けどよ、どうしてそんな物がここにあるっていうんだ? それが関係してるんなら、神殿の奴らが関わってるのか?」
うーん、マースさんの言うように、どうしてここに御神体の一部があったのか謎だ。
そんな疑問にエステルさんが答えてくれた。
「いえ、恐らくだけど、これはこの前私達が行った祠に有った物ね。壊さずに持ち去られた可能性があったのだけれど、それを今回使ったのかもしれないわ。まさか御神体にこんな使い方があるなんてね」
なんだって……やっぱりあの祠にあった御神体は奪われていたのか。
そしてそれを使って、今回のクロコディルスの異常発生を引き起こしたと。
だとしたら、一体いつこれを仕掛けたっていうんだ?
グレットさん達がここでディアボルスを見つけたのは、俺達が祠に行ったのとほぼ同時期。
祠が襲われてから数日タイムラグがあったから、その間に御神体を持ち去ってこれを仕掛けておいたのだろうか。
設置後にグレットさん達に見つかって戦闘になり、誰かが来るかもしれないと警戒していた?
そう考えればあの謎の赤い魔物がいたというのもわかる。
けど、ここで異変を発生させて何がしたかったのかがわからない。
……うん、俺なんかが考えてもわからないから、考察は後でエステルさんに任せよう。
「これが原因だってわかったのでありますし、シスハが浄化したのならもう大丈夫なのでありますかね?」
「湧いてくるワニを倒しつつ、湖の変色が戻るかしばらく様子を見守らないとわからないな」
とりあえず原因っぽい御神体は除去して浄化したから、後はクロコディルスの異常発生と黒く染まった湖が戻るかどうかだ。
1時間ほどクロコディルスを狩りつつ、湖の様子を確認していたが……結果は治まるどころか酷くなっていた。
湖はどんどんと黒い物に侵食されていき、クロコディルスはさらに湧く速度が上がっていく。
レックスも1度に2体湧いたりと、地獄絵図のようだ。
グレットさん達もそれを見て不安そうにしている。
「戻りそうにない。むしろだんだんと侵食が広がってはいないか?」
「ああ、クロコディルスの湧く勢いも早くなってやがる。本当にさっきの御神体とやらちゃんと浄化できてたのか?」
「失礼な方ですね。この私にかかればしつこい油汚れのような呪いですら、綺麗さっぱり祓うことができますよ」
御神体は間違いなくシスハによって浄化されている。
神官とは思えない奴だけど、彼女の力は神官の中でも最上位だと思ってもいい。
それなのに治まらないとなると……湖そのものに御神体の力が残留しているってことか?
だから元を絶っても収まらず、侵食は続いているのかもしれない。
「シスハ、あの湖を侵食してる黒いのも浄化できないのか?」
「あっ、その手がありましたね。やってみましょうか」
そう言ってシスハは先程と同じように両手を合わせて祈る……かと思いきや、拳を握り締めて殴る構えをし始めた。
そして脇を引き締めると凄い声で叫んだ。
「はああああぁぁぁぁ!」
全身から青い光を放ち、握り締めた右手にその光が収束していく。
その姿を見て、マースさんが俺に声を掛けてきた。
「お、おい、これ本当に浄化しようとしているのか?」
「さ、さあ?」
俺に聞かれても困るんですが……どう見てもこれから浄化するようには見えないけどさ。
これから変身でもするかのように雄叫びを上げたシスハは、力が貯まったのかその右手を振り下ろした。
「せいやああぁぁぁぁ!」
地面に拳を叩き込むと、ドスン、と音を立てて地面を揺らし、辺り一面が眩い光に包み込まれる。
光が黒く変色した湖に触れると、黒い煙が上がっていき透き通った水に変化していく。
その光景を見たグレットさん達は驚愕の声を上げた。
「凄い……これが浄化というものなのか」
「聖なる波動を感じる……このような物は見たことがないわい」
「これが神官様の力なんだ……凄いね」
「神殿で見たような神秘がある」
「いや、あれは何か違うだろ……」
マースさんだけは顔を引きつらせている。
うん、確かに神官の力ではあるけど、何かが違う気がするぞ。
結界の時は静かに祈っていたのに、なんで浄化の時は雄叫び上げて地面ぶん殴るんだよ……。しかもちょっと揺れたし。
浄化の力を出し切ったのか、シスハは腰に手を当ててやりきった感を出して息を吐いていた。
「ふぅ、久方振りに本気の浄化をしてしまいましたよ」
「浄化って御神体の時みたいに、静かに祈る感じでやるもんじゃないのか? 今のもう攻撃だろ」
「ちっち、甘いですね。浄化というのは絶対に滅するという強いさつ……意志が必要なんですよ。ですから、ああやって気合を入れないと」
「ある意味シスハらしいやり方ではあるのでありますよ……」
「後はこれでちゃんと異変が治まればいいけれど」
その後、無事にシスハの浄化の力は黒い湖全てを元に戻してくれた。
相変わらず色々と突っ込みどころはあるけど、神官としての力だけは本物だな……。