野営時の交流
セヴァリアを出発して2日後。
道中何度か魔物と遭遇はしたものの、特に何事もなく俺達は馬に乗って目的地へ向かって進んでいた。
そして今日も日が暮れ始めた辺りで移動を止め、野営を始めている。
「はぁ、Bランクパーティ同士だから殆どの魔物は相手にならないけど、野営中は気まずいなぁ」
ずずっとスープを啜りながら、隣に座るシスハに声を掛けた。
俺の視線の先には少し離れた場所で1人座って食事を取るマースさん。
昨日から野営になるとああやって、近付くなというオーラを隠しもせず放っている。
食事時になれば多少会話をする機会も出来ると思っていたが、甘く考えていたみたいだ。
「全く、認めたって口にしておいてあれはいけませんね。ここはひとつ、私が拳で語り合ってきましょうか」
「止めろ! 余計に話がこじれるだろうが!」
「冗談ですよ冗談、そんな真に受けないでくださいよ」
ボキボキと拳を鳴らしながら言われても説得力ないんですが。
毎回思うけど、シスハの冗談は全く冗談に聞こえないから困る。
「それにしても今回はちゃんと大人しいな。八つ当たりで魔物を蹴散らしにいくかと思っていたぞ」
「流石にこの人数になりますと、カバーするのに気を遣いますからね。回復に専念しておかないと手が回りませんので」
「シスハにしてはちゃんと神官らしい考えしてたんだな」
「私はいつだってそうじゃありませんか。常に他人を思い遣って行動しているのですよ」
「ははは、どの口が言ってやがるんだ」
「うふふ、この口です」
こいつは相変わらず減らず口をたたきやがるな。
ウルフと遭遇した時は馬から飛び降りて向かっていくかと思ったけど、シスハは普通に回復役に徹していた。
シスハを抜きにしても8人いるから、そのぐらいの人数になると弱い魔物相手とはいえ突撃するのは控えるみたいだ。
「あなた達は本当に仲がいいのだな。羨ましい限りだ」
俺とシスハの様子を見ていたのか、グレットさんが微笑みながら話を掛けてきた。
「はい、私と大倉さんはマブダチですからね。醜い争いをするぐらいの仲ですよ」
「まぶだち……? それに醜い争いとは……」
「こいつは適当なことばかり言うんで、まともに話を聞かないでください。頭が痛くなってきますから」
「そ、そうか。神官と会うことはあるが、ここまで個性的な方は初めてだ」
「お褒めの言葉、ありがとうございますぅ」
誰も褒めてねぇよ……グレットさんの顔が引きつってるぞ。
マブダチとかいう単語まで使いやがって、やっぱり変な知識フリージアに吹き込んでるのこいつだろ!
「神官というのはやはり凄いな。馬の疲労も軽減できるとは驚いたよ。ヴァイルさんも腰の痛みが和らいで助かると言っていた。これなら予定よりだいぶ早く着きそうだ」
「お役に立てているようでしたら光栄です。回復は私の十八番ですから、何かあればすぐに仰ってくださいね」
今回も長距離移動ということで、エステルとシスハによる馬への支援魔法を行っている。
その結果馬が衰えることなく物凄く速く移動できているようだ。
魔導師のヴァイルさんはそのせいで腰を少し痛めたようだが、それすらもシスハによって治療されている。
だいぶ前に魔石集めで夜まで狩りが行えたのも、シスハの回復魔法のお陰だったのかもしれないな。
「神官に加えて魔導師までいるなんて、あなた方のパーティは将来有望そうだ」
「仲間にとても恵まれていると思います。でも、グレットさん達も魔導師の方がいるなんて珍しいですよね」
「ヴァイルさんとは港の依頼で縁ができてね。それから探索の同行依頼を何度か受けることがあって、興味があると言ってそのまま私達のパーティに来てくれたんだ」
あー、そういえばセヴァリアの港で魔導師を見かけるって話だったな。
ディウスも魔導師からシュトガル鉱山の探索依頼を受けたとか話していたし、上手くいくとこうやってパーティに入ってもらえるのか。
合流した時面白いから冒険者をしているってヴァイルさんが言っていたから、興味を惹く活動をしていたのかもしれないな。
「グレットさん達は主にどんな活動なさっているのですか?」
「そうだな、討伐依頼を受けるよりも探索をしている方が多い。そのついでに探索依頼を受けたり、地図の作成や情報を提供している。セヴァリアは町がずっと残っているだけあって、洞窟の奥などに遺物が残っていることが多いから探索にはもってこいだな」
「なるほど、そうやって活動していくのもいいですね。新しい発見などをしたら胸が躍りそうです」
探索が得意そうなアゼリーさんもいるのは、冒険者としてそっちの活動が主体だからか。
それでBランクになっているんだから、大きく評価されるような情報提供をしていそうだ。
だからこそディアボルスの痕跡を探すのに、抜擢されたのかもしれないな。
「それにしてもあの甲冑の方は何者なんだ? かなりの実力とお見受けしたが」
「えっ、あー、騎士っぽい人ですね。……そんなに実力あるように見えますか?」
「ああ、戦ったとしても私では相手になりそうにないな。食事中ですら一分の隙もない佇まいをしている。マースですら見た途端に実力を認めたほどだ」
グレットさんの視線を追ってノールの方を見ると、アゼリーさんやエステルと話しながら食事をしていた。
普段どおり嬉しそうにブンブンと結んだ髪を左右に揺らして、食事を楽しんでいる。どこからどう見ても隙だらけにしか見えないんですが。
だけど、ノールは俺達の中でも1番強いから評価として正しいのは確かだ。
「ノールさんをお認めになったのに、マースという方は私達には好戦的ですよね。今も離れたところにいるのに、敵対心をビンビンと感じますよ」
「それに関しては本当に申し訳ない。見た目でよく勘違いされるが、あいつは慎重で警戒心が強いんだ。それに頑固で1度疑うとなかなか腹の内を見せない。だけどいざ戦闘となれば言うことは聞くから、心配はしないでくれ」
「それなら問題ありませんが、なかなか難儀な性格なんですね」
「それに助けられたこともあるが困ったものだ」
あれで慎重だと……言動からして全くそういう雰囲気は感じられなかったぞ。
ノール達が言ってたように、わざとああいう態度をして俺達がどう動くか見てたってことなのか?
それにこうやってグレットさんがフォローに入れば、実力を確認しながらも友好的な会話で情報も聞ける。
……いや、そうなるとグレットさん達もわかっててやってることになるから、それは考え過ぎかな
どちらにせよこのままマースさんと険悪なムードなのは避けたいところだ。
ここは意を決して話をしてみるべきかな。
「よし、ちょっと行ってくるわ」
「それなら私も――」
俺が立ち上がるとシスハも立ち上がろうとしたので、それを手で制止した。
「いや、俺だけでいい」
「ですが……」
「男同士で1度話し合ってみたいからさ。それに1人で声掛けすることもできないと思われても嫌だからな」
「……うふふ、大倉さんにしては豪胆なこと言うじゃありませんか。いつもその調子なら頼りになるのですが」
「うるせー」
相変わらずなシスハの減らず口を背中に受けながら、俺はマースさんのところへ歩み寄った。
そのままだと受け入られそうもないので、ハイポーションをコップに注いで持っていく。
俺が近くまで来たのに勘付くと、マースさんは鋭い目つきを俺に向けてきた。
「……何だよ?」
「いえ、ちょっと話でもしようかなーっと」
「お前と話すことなんてねーよ、失せろ」
「そう言わずに1杯付き合いながらお話しさせてくださいよ」
「チッ、仕方ねーな」
くしゃくしゃと頭を掻きながらもコップを受け取ってくれた。
おや、こんなにすんなり受け入れてもらえるなんて意外だな。
近くにある岩に俺も座り込むと、話をする前にマースさんがハイポーションを口にして驚きの声を上げた。
「うまっ!? ……な、なんだ、酒じゃねーのかよ」
「あはは、すみません。一応外なのでお酒はどうかと思いまして」
シスハと飲む用に俺もちょくちょくストックしているからリュックに酒は入っている。
だけど野営中に飲んだら気が緩みそうだからな。
さて、話の切っ掛けを作れはしたけど何から話せばいいのやら。
世間話なんてネタがあまりないし、この場でそんな話をするのも違う気がする。
そう迷っている間にマースさんが先に話を振ってきた。
「お前本当にあの魔物を同時に複数相手にして倒したのか?」
あの魔物ってディアボルスのことだよな?
フリージアとルーナに協力してもらったけど、表向きには俺1人で撃退したことになっているからなぁ。
ディアボルスと実際に戦闘したマースさんからしたら、それを疑うのは当然か。
本当のことを言う訳にもいかないので、ちょっと後ろめたさを抱きつつも嘘をつくしかない。
「えっと……魔導具を使ってですけど倒しましたよ」
「グレットの爺さんが作るような物か。お前のパーティにも魔導師がいるがそんな強力なもん作れるのか?」
「全てという訳じゃありませんが、既存の物に手を加えてもらいました。グレットさんも魔導具をお作りになるんですね」
「ああ、爺さんが作った魔導具をクルーセの矢に付けて使ったりしてな。ありゃ国が魔導師に力を入れるのもわかるわな」
ほほぉ、確かにその組み合わせは使えそうだな。
エステルに魔導具を作ってもらい、それをフリージアの矢に付けたら強そうだ。
にしても、この人結構普通に話してくれるな。やっぱり悪い人ではなさそう。
なんて思った直後にまた話が戻った。
「だが、納得いかねぇな。あの甲冑の女が倒したっていうならわかる。魔導師の小娘もまだわかる。だが、おめぇはどう見てもそこらの一般人にしか見えねーんだよ。まるで覇気を感じねぇ」
「あはは……彼女達にもよく言われてますからね」
マースさんの言い分は全く以って正しいな。
ある程度戦いに慣れてきたとはいえ、ノール達と比べたら今もただの一般人だ。
これがシスハの言っていた観察眼ってやつか。
「ちなみに神官の女性はどうですか?」
「ありゃ……得体がしれない奴だな。関わり合っちゃいけねーヤバイ奴だってことはわかる」
見た目詐欺に騙されずにキチンとシスハを理解してやがる!
やはりこの人ただ者じゃなさそうだぞ。
わざと俺達に強く当たって様子見していたのは間違いなさそうだな。
「まあ、俺の挑発に乗ってきたのと、今声をかけてきたのは意外だったがな。見た目の割に気概があるじゃねぇーか」
「前にも同じような感じで絡んできた冒険者がいましたので。今では和解していますけどね。マースさん達とも、この調査が終わった後もお付き合いできると嬉しいです」
「へっ、言うじゃねーか。……さて、1杯終わっちまったぞ。今日のところは話は終わりだ。俺はさっさと寝かせてもらうぜ」
空になったコップを俺に返すと、マースさんは立ち上がって行ってしまった。
うーん、少しは認めてもらえたと思っていいのだろうか?
誤字報告機能で誤字の指摘をしてくれた方、誠にありがとうございます。
凄く助かります!
そして1つお知らせがあります。
コミックマーケット95にてタペストリーが発売されるようです。
イセ川ヤスタカ先生の描いたノールとエステルが凄く可愛いです!
詳しくはGCノベルズ様のHPやツイッターをご確認いただけると幸いです。