セヴァリアの冒険者
神殿を訪れてからしばらく経ったある日、ベンスさんの提案で他の冒険者と情報交換をすることになった。
今はセヴァリア周辺での異変が治まり、ディアボルスの目撃報告はかなり減っている。あっても見間違いが多いとか。
だが、今回会う冒険者達は祠で戦ったのとほぼ同時期にディアボルスと遭遇したという。
調査が終わって帰ってきたところに、俺達が祠で戦ったと知り詳しく話をしてみたいそうだ。
なので今の内に1度冒険者同士で話し合ってはどうかと、ベンスさんが話をまとめてくれた。
そんな訳で、今日はシスハを同伴させてセヴァリアの協会へ向かっている。
「はぁ、他の冒険者と顔合わせかぁ。緊張してきたぞ」
「ビクビクしてないで、ビシッとしてください。そんな様子では同じ冒険者として、侮られてしまいますよ!」
「別に駆け引きするつもりはないんだが……」
相手は5人組のBランクパーティのようで、全員集まると人数が非常に多くなる。
なので代表者と付き添い1名ずつ選出して、1度会ってみることになった。
そしてエステル達と話し合った結果、今回はシスハを連れて行くことに。
今言ったようになめられちゃいけないっていうのと、話がそれなりにわかりそうだって理由からの人選だ。
本当ならエステルが適任なんだろうけど、見た目が若過ぎるとのことで辞退された。
ノールでも問題はなかったのだが……駆け引きや人を見抜く洞察力を考慮してシスハが選ばれた。
もう俺達もBランクだからディウスの時のようなことはないと思うけど、初対面だから念は入れておかないとな。
「代表として赴くんですから、それにふさわしい態度で臨みませんと。そういうところでも、相手との信用に関わってくるんですからね」
「そういうものなのか?」
「はい、何の根拠がなくても自信満々な表情をしていれば、大体は信じてくれるものです。あと、返事に困った時はとりあえず無言で微笑んでおきましょう。下手な言質を取られてもめんどうですし。何かあっても、そんなこと言った覚えありませんよ? って誤魔化せますからね」
こいつ、相変わらず神官とは思えないこと言ってやがる……。
ある意味頼もしくはあるけど、付き添い相手に選んでよかったのだろうか。
そんな俺の不安を物ともせず、シスハは腰に両手を当てて胸を張っている。
「何にせよ、この私が一緒なんです。何も心配することなんてございませんよ。大倉さんはドッシリと構えていてください!」
「あー、うん。そうだな、頼りにしているよ」
「うふふ、それでいいんですよそれで」
確かにここまで堂々としていれば、第一印象としては頼りになるように見えるぞ。
……そうだな、代表として出席するんだから、負けないように堂々と対応できるように頑張ろう。
これからも同じような機会があるかもしれないし、そろそろ俺も慣れないといけないな。
協会に到着すると、1つの机に向かい合うように席が用意された会議室へ案内された。
早めに来ていたので座って待っていると、コンコンと扉を叩く音が。
席を立って出迎えの体制を整えると同時に、ベンスさんが入ってきた。
そして後に続いて2人組の男女も一緒だ。
女性は金色の短髪で凛々しい雰囲気だ。袖なしの上着に長ズボンの服装で冒険者にしてはやや軽装に思えるが、それがよく似合っている。
男性は青い髪を逆立てた……ちょっと怖い風貌だ。上着を前開きにしており、ガチガチに割れた腹筋が見えている。
それでも筋肉隆々という感じじゃなく、全体的に引き締まっていて細身だ。
今にも食い殺してきそうな鋭い眼差しを向けられて、ついゴクリと唾を飲みそうになったが堪えた。
あの2人がセヴァリアのBランク冒険者か……ただ者じゃなさそうだな。
とりあえず無言で軽くお辞儀をしておくと、女性だけは微笑んで同じように挨拶をしてくれた。
ベンスさんが席に座ったのに続いて俺達も再度席に着く。
「おっほん、えー、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。先日お伝えしたように、今回はセヴァリア周辺での異変について協議する為、この場を設けました。それではまず、お互いに挨拶から始めましょうか」
ベンスさんに促されて、俺は席を立って挨拶を始めた。
「大倉平八です。王都の協会長からの依頼で、セヴァリアの異変を調べに来ました。まだこの町に来て日が浅く、至らぬ点があると思いますが、よろしくお願いします」
よし、無難な挨拶ができた! これなら第一印象も良く……あれぇ?
完璧だと思っていたのだが、向かいに座っている女性は目を丸くして驚いたご様子。
えっ、今おかしなところあったか? 隣に座る男性まで困惑した顔をしているぞ。
今日は挨拶の為に装備もある程度抑えて、見た目は普通なんだけどなぁ。
チラッとシスハに視線を向けると、理由がわからないのか首を横に振っている。
2人の様子に俺も困っていると、気を取り直したのかハッとしながら女性は立ち上がった。
「すまない、噂で聞いていた話から想像していたのと違って驚いた。私はグレットだ。今回は力になれず申し訳なかった」
えぇ……普通に挨拶して驚かれるなんて、一体どんな噂を聞いているんだよ。
そう疑問に思ったが、続けてグレットさんが頭を下げてきたのですぐに思考を切り替える。
そして返事をしようと口を開こうとした瞬間、男性が会話に割り込んできた。
「けっ、何頭下げてやがる。他所から来てたまたますぐに手柄を立てただけだろ。運だけはいい奴らだな」
「マース、みっともない負け惜しみはするな。そういうのは止めろと言っただろ」
「はっ? 別に負け惜しみじゃ――」
さらにマースさんが話を続けようとしたのだが、突然言うのを止めてたじろぎ始めた。
その視線の先を追ってみると……対面に座るシスハが無言でとても良い笑顔を彼に向けている。
そう、まるでエステルさんがよくやるような雰囲気だ。
「な、何だよ」
「私はシスハ・アルヴィと申します。よろしくお願いいたしますね」
「お、おう……マースだ」
ただの挨拶というのに、気圧されたのかさっきまでの勢いがなくなった。
さすがシスハだ……俺にはとてもじゃないけど真似できないな。
「すまない、連れが失礼をした」
「いえ、お気になさらず。それよりも噂というのは……」
「あなたのパーティの話は他の冒険者から聞いていてね。1番よく耳にする話は、Eランクの頃にBランク冒険者を叩きのめしたというものか。特にリーダーの男は、見ただけで周囲が畏怖すると聞いていたが……実際に会ってみると普通だな」
「うふふ、そんなこと言われてるんですね。今日は情報交換をする為に来たので、普通の格好をしているだけですよ」
「……なるほど、その噂の格好とやらも見てみたいものだ」
いつの間にか俺達がディウスを叩きのめしたことになってるぞ!?
それに周囲が畏怖するって……最近じゃ町中ではちゃんとヘルムを脱いでいるのに、そんな噂話をされるようになってるのかよ。
なめられるよりはマシなのだろうか。
「どうでもいい話をしてないで、さっさと始めようぜ」
「そ、そうだね。えーと、それではまず、現状のまとめからしていこうか」
マースさんの言葉にベンスさんは頷いて、今までの流れを整理し始めた。
まずは最初にセヴァリア周辺でディアボルスの目撃報告が相次いだ。
同時に一部の狩場で湧く魔物が変わる異変が起きた。
守護神の祠に襲撃をして、この地域を守っている加護を失わせようとした。
しかしそれを俺達が阻止し、ディアボルスはこの周辺からいなくなった……と思っていたのだが。
グレットさん達が同時期に、別の地域で遭遇していたのが判明した。
「大倉さん達が神殿の依頼で例の魔物を倒してから、目撃報告はかなり減っていたね。見間違いや他の魔物の可能性があるから、全てがその魔物かわからないけど……」
「今回グレットさん達が遭遇したのは、例の魔物なんですよね?」
「赤い瞳で全身が黒く、三叉槍を持つ空飛ぶ魔物だろう? 私達も何度か遭遇はしているから間違いないはずだ」
うん、ディアボルスの特徴と一致するな。
それに何度も見ているのなら間違いはなさそうだ。
俺達が来る前から調査をしていたのはグレットさん達なんだな。
この話に続いて今度はシスハが質問を始めた。
「確かに特徴と一致していますね。それで戦闘にはなったのですか?」
「……ああ、あと一歩のところで逃げられちまったけどな。逃げ足だけは速い魔物だな」
「相手は空を飛ぶのですから仕方がありませんよ。気にせず元気を出してくださいね」
「あ? 気にしてなんかねーよ! 直接戦いもしない神官が偉そうに言うんじゃねぇ!」
止めて! その武闘派神官様にそんなこと言わないで! 喜んで魔物と戦い始めちゃうから!
挑発に乗って変なこと言い出さないか心配していたが、シスハは微笑んだまま黙っていた。
いつも荒ぶるシスハが大人しくしているとは……一応こういう場では抑えてくれるみたいだな。
それにしても、マースさんは俺達に対して当たりが強いな。
さっきグレットさんが負け惜しみとか言っていたけど、俺達が先に手柄を上げたのが不満なのだろうか。
今も逃げられたってところで歯切れが悪そうにしていたし、プライドがあるのかもなぁ。
下手に不仲になっても後々面倒なことになるから、ここは触れないようにしておこう。
シスハ達のやりとりに気を取られながらも、グレットさんは話を続けた。
「私達はしばらく南方面の沿岸部を探索していたが、遭遇したのは君達が祠とやらで魔物を倒した時期に近いはずだ。生き残りが逃げたのかもしれないな。あんなのが他に5体もいたなんて、話を聞いただけでも悪寒がしてくる」
うーん、同時期ってところが気になるな。
1体みたいだけど、あの祠に来ないで別のところで何かやっていたのか。
そうなると祠の件は囮だった可能性も出てくる訳で……どんだけ用意周到なんだあの魔物は。
やっぱり裏にいる奴は相当厄介な相手みたいだな。
「魔物がどこへ逃げて行ったのかはわかりますか?」
「一応しばらく後を追ってみたが、海の方へ逃げて行き途中で諦めざるを得なかった。あのまま海を渡ったとは思えないが……」
海の向こう側に逃げたのか、それともある程度海側に逃げて、遠回りして別の陸地に逃げて行ったのか、どちらにしても行き先はわからなそうだな。
うーんと頭を悩ませていると、ベンスさんが声を上げた。
「グレットさん達が今回遭遇した場所は南東辺りだよね?」
「はい、そうですね」
「それで海側に逃げたとなると……もしかすると小島辺りに逃げたのかもしれないね」
……小島? 小島ってまさか。
「それって神殿の祠があるっていう島ですか?」
「うん、数年に1度神殿から大規模な護衛依頼があってね。神殿の人総出であの島まで行くことがあるんだ。そこに魔物が逃げ込んだ可能性があるとなると……でも、あそこにはあの祠以外特に何もないし……」
おいおい、また神殿関連の話に繋がり始めたぞ。
まさかディアボルスの本命はその小島にあるんじゃないだろうな?
だけどもしテストゥード様関係なら、祠の時みたいイリーナさん達が気が付くはずだ。
これは1度その小島に行ってみないとわからないかもしれないな。
そう考えているとマースさんが話し始めた。
「よくわからねーけどよ、あの魔物は神殿と何か関係があるのか? お前らが遭遇したのも祠ってところなんだろ」
「それがわかればいいんですけど……私達がこの前行った祠は、セヴァリアを魔物から守る結界の役割をしていたんですよ。その結界を消す為に、例の魔物が破壊工作をしていたんです」
「マジかよ、守護神なんて信じちゃいなかったが……」
「守護神の話は本当だったのか」
グレットさんもマースさんも、祠の役割を聞いて驚いた顔をしていた。
あれ、驚くってことはこの人達は守護神の話を信じていなかったのか。
シスハも疑問に思ったのか、俺が聞く前に2人に聞き始めた。
「その素振りからすると、お2人はテストゥード様を信じていらっしゃらないのですか?」
「いや、そういう訳では……パーティメンバーにセヴァリア出身の者がいるのでな。日頃から守護神の話は聞いていた。ただ、本当にそんな力を持っているとは、にわかには信じられなかったのでな」
「一応この町を拠点に俺達は活動しているけどよ、今まで1度も守護神とやらの力なんて見ちゃいねーからな」
セヴァリア出身の者がいるって言い方からして、この2人はセヴァリア育ちではないのか。
外部から来てこの町を拠点に冒険者をしているんだな。
拠点にしているからには長く滞在しているんだろうけど、それでも守護神を信じてはいない、と。
加護といっても目に見える物じゃないし、外部から来た人はそう簡単に信じたりしないんだろうな。
だからこの前神殿で出身かどうか聞かれて、喜ばしいとか言われたのか。
それでもあの発言の意図はまだ完全にわからないけど……何か見込まれてしまった可能性はありそうだな。
俺が思考にふけっていると、グレットさんがある提案をしてきた。
「どちらにせよ、思っていた以上に例の魔物の件は問題なのかもしれないな。……君達さえよければだが、私達が魔物と遭遇した場所まで一緒に行ってみないか? 案内は任せてくれ」
「おい! どうしてこいつらと一緒に!」
「彼らはセヴァリアに来てすぐに色々と発見をしている。私達ではわからない物を見つけてくれるかもしれないだろう?」
うーん、他の冒険者と同行か。今日会ったばかりだし少し不安ではあるけど、ディアボルスがいたという場所は気になる。
実際に遭遇した人達と一緒なら確実だし、これでBランク冒険者と縁ができるのは悪くない。
マースさんの言動を考えると問題はありそうだが……上手く解決できる方法を探してみよう。
一応シスハに目配りして確認を取ると、首を縦に振って大丈夫だと合図してくれた。
「はい、私達でよければお供いたしますよ」
俺が了承したことにより、グレットさん達と一時的にパーティを組むことになった。
ディウス以外のBランク冒険者とのパーティ……何事もなく上手く終わればいいのだが。
打ち合わせにて、編集様にもっとガチャキャラを増やしてほしいと言われました。
セヴァリア編が終わったら出せるように頑張らなければ……。
あと、特典小冊子の内容がほぼ確定したので、お伝えしておきます。
タイトルは【Girls corps エステル編】と、そのまんまです。
エステルさんのキャラシナリオを平八が体験するお話になります。
本編には出てこないナビゲートキャラなどの登場も……。
一応それなりの文章量を書いたので、読んでいただきたいなんて……2万字弱ほどあります。
書籍5巻の帯に書いてあるQRコードからアクセスして、コミック1巻のパスワードを打ち込めば応募できますので是非よろしくお願い致します。
11月30日までですのでお早めに!
それでは今後もよろしくお願いします!