退却戦?
壁をぶち破って出てきた紫色の怪物。
神殿で見たテストゥード様の御神体と同じぐらい大きく、全身がテカテカと光ってぬめりがある。
頭と思われる部分には2本の触角があり、まるでナメクジのような軟体動物の見た目だ。
一体どんな魔物なんだこいつは……。まさか魔人……じゃないよな?
――――――
●グランドーリス 種族:ドリス
レベル:95
HP:25万6800
MP:1万2000
攻撃力:6800
防御力:2000
敏捷:20
魔法耐性:140
固有能力 状態異常無効 能力低下無効 盗刺胞
スキル 猛毒液 噴霧
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あっ、駄目駄目、強過ぎます! ……いや、マジでやばいだろこいつ。
魔人じゃなかったとはいえ、とんでもない魔物だぞ。
この見た目からは想像できないぐらいステータスが高いな。
それに猛毒液と噴霧……あっ、これまずいかもしれない。
この洞窟内で毒を霧状に噴射でもされたら、逃げ場がないぞ。
俺やノールは平気だけど、エステルやイリーナさん達がいる今それは避けたいな。
幸いディアボルスとグランドーリスは動くことなく、俺達と対峙したまま攻撃してくる気配がない。
「……襲ってきませんね。どうしたのでしょうか?」
「様子見をしているのかしら? 下手に動かない方がいいわね」
「大倉殿、どうするでありますか?」
「……逃げよう」
ディアボルス達を刺激しないよう、俺はポケットに入っていたあるアイテムを握っていた。
それは四角い箱で中央に沈んだ赤いボタンの付いた物、ガチャから排出された脱出装置だ。
洞窟や迷宮に入る際は、非常時に備えていつでも逃げられるように準備していた。
イリーナさん達がいなかったとしても、今ここでディアボルス6体と戦うだけでも危険過ぎる。
祠の機能も復旧させないといけないし、こいつらは全て倒さないといけない。
その為にも、一度外に逃げてルーナとフリージアを呼んでこないと。
さっそくポケットの中で脱出装置のボタンを押した……のだが、何も起こらなかった。
もう1度押してみても反応はせず、外への脱出は始まらない。
ど、どういうことだ!? ……もしかしてこれ、魔物か近くにいたら発動しない……の?
やべぇ、これじゃ逃げられないぞ。だけどこのまま戦う訳にもいかないし、逃げ出そうとすれば間違いなく襲ってくる。
……仕方ない。
「ノール、これ持ってイリーナさんを連れて逃げろ」
「これは……脱出装置でありますか? それなら今すぐ……使えないのでありますね」
「ああ、あいつらから離れれば多分使えるはずだ。時間は俺が稼ぐから、シスハとエステルも一緒に行ってくれ」
ノールに脱出装置を手渡した。これで先にイリーナさん達とノールを外へ逃がそうと思う。
しかし、受け取ったノールは納得いかないのか騒ぎ出した。
「そ、それは駄目でありますよ! 残るなら私がやるのであります!」
「駄目だ。お前にイリーナさん達を任せた方が確実だ。囮なら俺が適任だしな」
防御力と状態異常耐性がある俺なら、囮になっても無事にやり過ごせるはずだ。……死ぬほど痛い思いしそうだけど。
グランドーリスの攻撃さえ注意しておけば、ディアボルスの攻撃は防ぎ切れる。
それに俺が先導するよりも、ノールがイリーナさん達を守った方が良い。
「それなら私も残るわ。お兄さんだけに任せるのは心配だもの」
「いえ、私が一緒に残りますよ。私は大倉さん並にしぶといですからね」
「お前らな……いいからノールと一緒に逃げてくれ」
全く、一緒に残ると言ってくれるのは嬉しいけど、それじゃあ意味がないからな。
俺だけなら、地図アプリでノール達が脱出装置を使ったタイミングもわかるから逃げ出しやすい。
ディアボルスの攻撃も、シスハ達じゃかなり脅威になるからなおさらだ。
フルボッコにされるのは俺だけでいい。
「という訳で、イリーナさん達は彼女達と逃げてください」
「で、ですが、それじゃああなたが……」
「大丈夫ですよ。逃げる手段はありますから、イリーナさん達が逃げた後私もすぐ行きます」
「……わかりました。あなた方の判断に従います。大倉さん、あなたにテストゥード様の加護があらんことを」
俺達の背後で話を聞いていたイリーナさん達も、脱出装置のことはわからないだろうけど、逃げようとしていることはわかったみたいだ。
俺だけ残ることに何か言いたそうにしていたが、現状を考えてか納得はしてくれた。
それから両手を握り合わせて目を瞑り、俺に対してイリーナさんは祈りを捧げてくれている。
元々ここでやられるつもりはないけど、こんな美人な巫女さんに祈られたら張り切っちゃうぞ!
「それじゃあ俺が隙を作るから、その間にノール達はここから離れてくれ」
「……本当に大丈夫なのでありますか? 皆で戦うというのは……」
「ここで戦うのは無理だ。詳しくは脱出してから言う。だから大人しく逃げてくれ」
本当なら俺だって囮なんてやりたくないけどなぁ……脱出装置が使えるなら即逃げ出したいぐらいだ。
でも、使えないんだから仕方ない。俺が危険を冒して全員無事に助かるなら安いもんだろ。
「……わかったのでありますよ。でも、絶対に大倉殿も無事に逃げてくるのでありますよ!」
「わかってるから、安心して先に行け。後で必ず追いつくから。これが終わったら皆で美味い飯でも食べに行こうぜ」
「お兄さん……ディアボルス達を倒そうなんて考えちゃ駄目よ。逃げることだけを考えて」
「カッコつけても似合いませんよ。情けなく泣き叫んでもいいですから、無事に逃げることだけを考えてくださいね」
「お、おう」
別にあれを倒してしまっても……なんて口が裂けても言えないな。ディアボルス一体ですら俺だけじゃ倒せそうにないし、逆に討伐されちまいそうだ。
シスハの言うとおり泣き叫ぶことになりそうだが……ノール達も逃がして俺も逃げられるように努力しよう。
イリーナさん達を出口側へ移動させて逃げる準備をし、ノール達と逃げるタイミングを合わせる。
ディアボルスは遠巻きに俺達を見ているだけで、今も襲ってくる様子はない。
グランドーリスも動くことなく、ディアボルス達の近くに留まっている。
こいつはやっぱりディアボルスが操っているのか……?
いや、それは今どうでもいい。とにかく奴らの注意を引きつけて隙を作らないと。
俺が1人前へと歩き出すと、ディアボルス達は三叉槍を構え出した。
ノール達から少し離れたところで、俺は背中に手を回して隠していた物をその場に落とす。それはガチャから排出された閃光玉だ。
――――――
●閃光玉
スイッチを入れると一定時間で光を発する。使用の際は直視しないように要注意。
――――――
ボタンを押してからギリギリまで持ち続け、ディアボルス達が俺に視線を集めたところで炸裂させる作戦だ。
「今だ!」
俺の叫び声を皮切りに、背後で走っていく音がした。
それとほぼ同時に足元の閃光玉は炸裂。
俺は足元だからギリギリ視界には入らなかったが、目の前が真っ白に染まる程の閃光だった。
Rのアイテムだっていうのに、こんなの直視したら失明しかねないな……。
直視したディアボルス達は何体か悲鳴を上げているが、上手く回避したのか1体は飛び上がって俺を見ることなく槍を投擲した。
「やらせるかぁぁ!」
逃げようとしていたノール達に向かっての投擲だったが、射線上に滑り込んで鍋の蓋で弾き返す。
ノール達は上手くこの広間から抜け出したので、俺はセンチターブラを射出し、出入り口を塞ぐように伸ばして貼り付けた。
引き伸ばしたせいで薄くはなっているけど、これですぐに追いかけることはできないはずだ。
シスハに壊されてからも特訓して、センチターブラも強固になっているからな。
ノール達をこの場から逃がしたことに安堵し前を向くと、閃光玉に目をやられていたディアボルス達は復活していた。
6体共空中を飛んでいて、その内の1体は俺に向かって三叉槍を投げつけようとしているところだった。
1体目の投擲を合図に、全てのディアボルスが槍を次々と投げつけてくる。
四方八方から飛んでくる槍を、俺は華麗に回避す――。
「うひゃぁぁぁぁ!?」
俺は無様に横へ飛び退いてグルグルと転がった。
できる訳ねぇぇだろぉぉ! 目で追うことすらできねぇぞ!
エクスカリバールの効果で見える分は防いだり回避できたが、数が多過ぎる。
そっちばかりに集中していると、グランドーリスが動き出して紫色の液体をビュッと飛ばす。
速度はそれ程ないから避けられたが、その液体が掛かった岩が溶けているのが視界に入った。
おいおい、毒な上に岩すらも溶かすのかよ……。
状態異常抵抗があるとはいえ、あれだけは絶対回避しないとやばそうだ。
グランドーリスに集中したせいで、体のあっちこっちに投擲された槍が当たっていく。
アダマントアーマーのお陰で直接刺さったりはしないのだが、衝撃を殺すことはできず俺はあっちこっちピンボールの様に飛ばされて転げ回る。
もはや迎え撃とうなんて気すら起こらず、俺は必死に攻撃を回避し、転倒させられてはへっぴり腰になって逃げた。
途中ノール達を追おうとするディアボルスも居たが、他の攻撃を無視してディメンションブレスレットを使い、右腕から先を飛ばしてエクスカリバールで殴り付ける。
が、そのせいで。
「おげっ――ぶっ!?」
ディアボルスの槍が1発わき腹に入りぶっ飛んで、その先にいたグランドーリスの体当たりをもろに食らい、さらに逆方向へカムバックして転がった。
やっべぇ……これキツイ……死にそうなんですけど。
囮をやるなんて言わなきゃ……いや、弱気になるな!
ノール達も信用して俺に任せてくれたんだ。囮ぐらい最後までしっかりやらないと!
祈ってくれたイリーナさんに情けないと思われてしまう!
それからしばらく、俺は気合を入れて嬲り続けられたが、ついに待ち望んだことがやってきた。
モニターグラスに表示された地図アプリからノール達の青い点が消えたのだ。
その瞬間、俺は用意していた仕掛けを起動させた。
あっちこっちで爆発が起こり、様々な色の煙が充満していく。
転がされている最中に、煙玉、催涙玉、マジックダイナマイト、爆裂券をばら撒いておいたのだ!
この平八、ただではボコられはしないぞ!
一瞬できた隙を突いて、俺は出口へと走り出す。
そして貼り付けておいたセンチターブラの一部に穴を空け、そこに飛び込んですぐに閉じた。
そのまま一気に前へ向って全力前進で走り出して逃げる。
貼り付けたセンチターブラにドンドンと何かが当たる音がしたが振り返らず、もう1つセンチターブラを出して壁を塞ぐように広げた。
動かさずに壁にするだけなら、2つぐらいはなんとかなる!
走っている間も脱出装置のボタンを連打し、地図アプリで赤い点の位置を確認しておく。
そして1つ目のセンチターブラがぶち壊されて肝を冷やすと同時に、俺の視界も光に包まれた。