祠の異変
フリージアの魔石狩り初体験を終えてから数十日後。
「ふぅ、これで5ヶ所の調査は終わったな」
「そうでありますねぇ。けど、全く新しい発見がなかったのであります」
「何日も掛けて現地まで行ったのに空振りだなんて、嫌になっちゃうわ」
5ヶ所目の目撃現場の調査を終えたのだが、黒い魔光石どころか狩場の異変すら見つかっていない。
ディアボルスが見つかったからって、そこで何かをしていた訳じゃないみたいだ。
むしろ何もせず、ただ通っただけの場所の方が多い気がしてきたぞ。
バッタリと遭遇する気配もないし、このままだと目的が全くわかりそうにないな。
そんなこんなで、一向に進まない調査に不安を募らせつつ、何か報告がないか今日も俺、ノール、エステルの3人でセヴァリア支部へ向かったのだが。
「――ですから! 今すぐにでも行かなければならないのです!」
建物に入ろうと扉を開けた途端、中から女性の叫ぶ声が聞こえた。
何事かとノール達と顔を見合わせながら中へ入ると、複数の装束衣装の人達とベンスさんと数人の職員が何やら話し合っている。
その中でも一際目立って声を荒げているのは、見覚えのある巫女装束の女性。
青い巫女みたいな服に紫の短髪……テストゥード神殿で案内をしてくれたイリーナさんじゃないか。
どうして冒険者協会にいるのか気になるところだけど、俺達が声を掛けられる雰囲気じゃないな。
とりあえず話が終わるまで、聞き耳を立てておくか。
「重大なことだと、私共も承知しております。ですが、すぐに護衛に付ける方がいらっしゃらなくて……」
「テストゥード様に仕える身として、一刻も早く向かわないとならないのです! 私共も回復魔法が使えますから、どうかお願い致します!」
「そうおっしゃられましても……神殿の方々を護衛するとなると、私共としてもCランク複数パーティか、Bランク以上の方々にお願いしないといけませんので……」
必死な形相でイリーナさんは訴えかけているが、ベンスさんは深刻な表情で歯切れの悪い返事をしている。
話を聞いている感じだと、護衛をしてくれる冒険者を探しているのか?
しかもBランク以上じゃないといけないと。
うーん、厄介ごとの臭いがプンプンするぞ。
声を掛けるべきかそれとも……なんて考えていると、ベンスさんと一緒にいた受付嬢さんが俺達に気が付いた。
そして逃げる暇もなく、受付嬢さんがベンスさんに耳打ちをすると。
「あっ……お、大倉さん! 大倉さんじゃありませんか! ちょうどいいところにいらっしゃって!」
「お、落ち着いてください!」
「凄い喜びっぷりでありますね……」
ドタドタと駆け寄って来て、ベンスさんは俺の両手を握って上下にぶんぶんと揺らす。
さっきまでの表情が嘘みたいに笑顔になり、周りにいた職員さん達も安堵したように息を吐いている。
ああ……もう逃げられそうにないな。
「あなた方は……」
「お姉さん、この前は神殿でお世話になったわね。案内をして貰えて助かったわ」
「お礼を言われる程のことではありませんよ。あなた方は冒険者だったのですね」
イリーナさんもこっちへやってきて、俺達を見て目を見開いている。
神殿に行った時は私服だったから、俺達が冒険者だって知るはずもないし驚いているみたいだ。
ベンスさんに握手されている俺に代わり、エステルが受け答えをしてくれた。
「それで神殿のお姉さんがどうしてここに来ているのかしら?」
「実は……」
イリーナさんは軽く俯いて深刻な顔で話を始めた。
セヴァリア周辺にはテストゥード様の祠が複数存在している。
俺達も実際に見たことがあるし、漁師さん達にも聞いたから知っていること。
それで今回イリーナさん達がこんなに慌てているのは、どうやら各地に点在している祠の1つが力を失ってしまったらしい。
原因はわかっていないけど、祠で何かが起きたのは間違いないようだ。
普段から結界に守られているみたいで、よほどのことが起きない限りこんなことはあり得ないと彼女は言う。
あの祠はこのセヴァリアの町にある神殿の御神体と繋がっており、そのお陰でテストゥード様の加護が周辺地域にも行き届いているとか。
このまま放置していると、今までテストゥード様を恐れて近寄って来なかった魔物達が、周辺の海域までやってくるかもしれないそうだ。
なのでイリーナさん達は、その祠に行って何が起きてるのかを確認し、また御神体と祠を繋げないといけない、と。
「一刻も早く向かわないといけないんです! ですが、私達の護衛を受けていただける冒険者の方がいないと言われてしまい……」
「それで言い合っていた訳ね。お兄さん、どうしましょうか?」
うーん、どうしようと言われてもなぁ。
いくら調査しても新しい発見がなかったところにこの異常事態。
しかも守護神の加護を通す祠でだ。
俺達は触れもしなかったから知らなかったけど結界もあるみたいだし、祠に危害を加えられそうな存在はだいぶ限られるはず。
そしてそれができそうな奴といえば……俺達が探しているディアボルス。
絶対とは言えないけど、あいつが関わっている可能性は高そうだ。
もしディアボルスがいたらイリーナさん達も危ないだろうから、ここは調査も兼ねて俺達が護衛するべきだろうか?
そう思案したところで、俺の手をずっと握っていたベンスさんがぶんぶんと両腕を上下に振って叫びだした。
「大倉さん! どうか今回の護衛をお引き受けいただけませんでしょうか! 私からもお願いいたしますからぁぁ!」
「わ、わかりましたから、腕を振らないでくださいぃぃ!」
「大倉殿が振り回されるなんて……支部長は力持ちなのでありますね」
ちょ、浮いてる! 俺の体浮いてる!?
俺が護衛をすると言うとようやくベンスさんは納まり、手を離してくれた。
ふぅ、俺の体が浮き上がるほど力があるとは……さて、解放されたことだしイリーナさんに確認を取らないとな。
「えっと、イリーナさんでしたよね? 私達はBランク冒険者なので、よろしければお引き受けいたしますがどうでしょうか?」
「是非お願いいたします!」
イリーナさんは即答で応えて、深々と俺達に向かって頭を下げた。
ベンスさん達に依頼書を作成してもらい、正式にイリーナさん達の護衛を引き受けることに。
今すぐにでも出発したいみたいだが、俺達も協会に来たばかりだったので、なんとか準備する時間を設けてもらい協会を後にした。
「準備の時間は貰えたがどうしたものか。シスハを呼んだ方がいいよな?」
「護衛だもの、シスハは絶対に連れて来た方がいいと思うわ。でも、そうなるとフリージアの監視役がいなくなるわね……」
目的地である祠は、セヴァリアから馬で5日程の場所にあるらしい。
魔法のカーペットは使えないから俺達も馬での移動になるし、往復10日ってところか。
フリージアは当然連れていけないから留守番になるのだが……。
「ルーナに監視を頼むしかないな。フリージアもこの前の魔石狩りでだいぶ懲りたみたいだから、勝手に出歩いたりしないはずだ」
「そうでありますね。フリージアが魔石狩りの怖さをわかってくれてよかったのであります。これで大倉殿やシスハみたいだったらと思うと……」
この前の魔石狩りでスキルを使って気絶した結果、フリージアはすっかり魔石狩りに怯えるようになってしまった。
翌日の昼過ぎまで目が覚めなかったからなぁ……。
動き回るのが大好きなフリージアにとって、丸1日気絶していたのはかなりのショックだったみたいだ。
そのお陰なのか、あれから自分勝手に動くことも減り、家の中でもだいぶ大人しくなった。
シスハも護衛に連れて行くとなると、フリージアとルーナのみを自宅に残すことになるのだが……今のフリージアなら我慢できるはず。
そう信じて俺達は1度帰宅し、フリージア達にその話をしたのだが。
「えー! そんなに長い間お外に出られないの!?」
まるでこの世の終わりみたいな顔をしてフリージアが叫んだ。
「仕方ないだろ。外を見るぐらいならいいけど、俺達がいない時に外出するのは駄目だ」
「異議あり! もう1人でも大丈夫なんだよ!」
「まるで説得力がありませんね……」
バンバンと机を叩いてフリージアが猛抗議している。
やっぱりこうなったか……俺達が護衛に行っちゃうと家にはフリージアとルーナだけになるからなぁ。
ルーナがフリージアに付き合って外に出るなんてまずあり得ないだろうし、だからってフリージアだけ外出させる訳にもいかない。
俺達がいない間、家で大人しく留守番してもらいんだが……これじゃ難しそうだな。
そして追い討ちを掛けるように、今度はルーナが。
「やだ、フリージアと2人だけになるのは嫌だ。私が死んでしまう」
無表情のまま、高速で首を横に振っている。
それほど嫌か……まあ、この前あんな目に遭ったんだから仕方ないけど。
「ルーナちゃん酷いよ! それじゃ私が問題児みたいなんだよ!」
「どの口が言う。いっそスキルを使ってずっと気絶しろ」
「酷い! あんまりなんだよぉぉ!」
ルーナは腕を組みながら顔を背けて無視すると、フリージアが涙目になりながら足に縋り付いた。
駄目だこりゃ、このままじゃ2人だけで家で留守番させるなんて無理だ。
だけど、神殿に仕える巫女みたいなイリーナさんの護衛を、フルメンバーじゃない状態でする訳にもいかないぞ。
イリーナさん達も回復魔法は使えるみたいだけど、シスハは絶対に連れて行きたい。
護衛対象を戦闘に連れ出すのは危険だから避けたいし、いつも神官詐欺をしているけどシスハは頼りになる。
ノールとエステルは主力だから留守番なんて当然無理。
一体どうすればいいんだよ! と頭を抱えたくなってきたところで。
「ルーナ、お願いでありますから、仲良くしてあげてほしいのでありますよ」
ノールが両手を合わせて、ルーナに対してお願いを始めた。
頼まれた彼女は、ばつが悪そうに口を尖らせて眉をひそめている。
「むぅ……このエルフが大人しくしていれば済む話だ」
「勿論フリージアが約束を守ってくれるって信じているであります。けど、1人だけじゃ寂しいでありましょ? ね、お願いでありますから、仲良くしてあげてほしいのでありますよ」
ノールがそう言って頭を下げると、ルーナはさらに眉間にしわを寄せた。
ここまでお願いされたら、怠惰な吸血鬼様でも思うところがあるみたいだ。
居心地が悪くなったのか彼女はその場を離れようとして動こうとしたが、足には縋り付くフリージア。
顔を手で押して剥がそうとしても一向に離れそうにない。
それからしばらく無言で頭を下げるノールと対峙していたのだが……ルーナは諦めるように肩を落とした。
「……はぁ、わかった。平八達がいない間ぐらい相手をしてやる」
「やった! ルーナちゃん大好き!」
「ぐっ、抱き付くな! ええい、うっとおしい……」
「むふふ、ルーナ、感謝するのでありますよ!」
フリージアに抱き付かれたルーナは、凄く気だるそうにジト目でため息を吐いている。
ルーナはいつもやる気がないけど、1度引き受けたことはきっちりと守ってくれるから、これで留守番は安心して任せられそうだ。
……だけどよく考えたら、ルーナにこんな苦労させないといけなくなった元凶はフリージアだよな?
こいつが素直に大人しくしてくれていれば、悩む必要なんて何もなかったはず。
ルーナの負担を少しでも減らす為にも、ここは1つ忠告しておくか。
「喜ぶのはいいけど、この前みたいに寝ずに付き纏うんじゃないぞ。もしやったら魔石狩りに強制連行だぞ。……ああ、狩りをある程度やらせてからあのスキルを使わせれば、効率良さそうだな」
フリージアのあのスキルは凄かったからなぁ。
継続時間は大体3分程度だったけど、あれだけで30個近い魔石が手に入った。
破格的な効率。
現在の魔石単位に換算すると、魔石30個で1フリージアだな。
2フリージアで魔石60個、最高じゃないか。
これから毎日スキル撃とうぜって言いたくなる。
……まあ、本人は丸1日気絶するから絶対嫌がるだろうけど。
「守る、約束守らせていただきます! だから魔石狩りはもう嫌です!」
「お兄さん凄く悪い顔しているわね……」
「これだけ怯えていれば、フリージアさんも約束を守ってくれそうですね」
さっきまで笑顔で喜んでいたフリージアが、表情を強張らせて背筋を伸ばし綺麗な敬礼をしている。
……うん、これならちゃんと約束守ってくれそうだな。
今回は祠の結界を突破できる程の相手と戦う可能性があるし、本当ならフリージアとルーナも連れて行きたいところだ。
しかし、イリーナさん達がいるからそれはできない。
もしかしたらディアボルスじゃなくて、最悪の場合魔人がいるかもしれない……。
そうなったらバレるのを覚悟して、ルーナとフリージアを現地に呼ぶことを考えておくか。