2人きりのマッサージ
ベンスさんとの話し合いを終え帰宅後、晩飯を食べながらシスハ達にも今日の話を伝えた。
「楽しみにしていた蟹味噌が……ディアボルス、絶対に許さない! 許しませんよ!」
「うん! 絶対に許さないんだよ!」
「必ず見つけ出して、プロミネンスフィンガーをぶち込んで差し上げます!」
蟹味噌の取れるブルーキャンサーがいなくなったことを知ったシスハは、こめかみに青筋を立てて怒った。
それに便乗して、フリージアまで片手を上げて叫んでいる。
よくわかってないけどノリに合わせてるだけだな……。
「はぁ……残念でありますね。本当なら今頃、美味しい蟹味噌料理も食べられていたというのに……気落ちして、食事も喉を通らないでありますよ」
「思いっきり食べてるじゃねーか……」
「だけど、心なしかいつもより食べるのが遅いわね……」
溜め息を吐きながら、ノールは七輪で焼いたカニの足を食べている。
確かに食べるのがいつもより遅いけど……それでも俺より速いぞ。
食べ物のことになるとここまで落ち込むのか。
本当にどうしようもない奴だな。
そう呆れていると、ジト目をしたルーナが声を掛けてきた。
「それで、今後はどうする? まだ調査するのか? 私はもう疲れたぞ」
「調査は続けるけど別の場所に行くから、しばらくは一緒に来なくても平気だぞ」
「ふむ……それじゃあ気合を入れて寝る。お陰で睡眠不足だ。寝溜めする」
「ルーナちゃんのベッドってふかふかで気持ち良さそうだよね! 私と一緒に寝ようよ!」
「嫌だ」
「えー! どうしてなんだよ!」
フリージアがブーブーと不満を口にしながらルーナの周りをうろちょろとするが、彼女はプイッと顔を逸らして無視している。
ある程度は諦めて許容しているけど、聖域であるベッドには侵入を許さないか。
騒がしい食事を終え、風呂に入ってから自室に戻った。
そして、同じく風呂から上がったエステルが俺の部屋へとやってきている。
「とりあえず一旦落ち着いたな。……謎は増えたけど」
「そうね。だけど、何も見つからないよりはよかったわ。少しずつでも問題解決に向けて前進しているってことだもの」
「無事に解決できればいいんだけどなぁ」
確かに発見がないよりマシだけど、何が目的なのか全くわかっていない。
セヴァリアに来てからというもの、ディアボルスや魔人、守護神であるテストゥード様やら、謎が増えていくばかりだ。
両方とも関連していそうではあるが、どういう風に関わっているのやら。
そう考え込んでいると、エステルがニコニコと笑いながらこっちを見ているのに気が付いた。
「それよりも、今日の約束は覚えているのかしら」
「ああ、勿論さ。その為に俺の部屋に来たんだろ?」
「本当なら居間で頼んでも良かったんだけど……お兄さんはこっちの方がいいでしょ?」
「はい……お心遣い誠にありがとうございます」
エステルが頬に片手を当て、首を傾げながら聞いてきた。
ノール達の目の前でやるのはなんだか気恥ずかしいからな……配慮してくれたエステルさんには感謝だ。
「マッサージすると言っても、俺は器用じゃないからな。あんまり期待しないでくれよ」
「ええ、わかった上で頼んでいるから心配しないで。それに疲れたと言っても軽い方だから」
やっぱり承知の上だったか。マッサージなんてやったことがないし……とりあえず揉めばいいのかな?
さっそくエステルをベッドに座らせて、俺は床に座り彼女の片足を持ち上げる。
柔らかい手触りのきめ細かな肌に、つい視線が足に釘付けになった。
……いつもニーソックスをはいているから気にしてなかったけど、綺麗な肌だな。
いかんいかん、マッサージをするというのに、何を考えているんだ俺は!
頭を振って気を取り直し、エステルのおみ足をモミモミし始めた。
ツボとかわからないから適当に足裏から揉んでいるが、効いているのかわからない。
うーん、それにしてもやわらかい。疲れているとはいえ、凝ってはなさそうだな。
……これが若さか。
「痛くないか?」
「痛いどころか気持ちが良いわ。お兄さんがマッサージしてくれてるってだけで、こんなに気持ちが良いものなのね」
「お、おう……」
はにかんだ笑顔を浮かべるエステルに真正面から言われて、俺は顔を逸らした。
嬉しいこと言ってくれているんだけど、ここまでストレートだと恥ずかしくなってくるぞ。
それを誤魔化すようにある疑問を話すことにした。
「そういえば、今回の異変はなんだったんだろうな。例の魔光石も回収して、元凶っぽいシェルキャンサーも倒したのに狩場が元に戻りそうにないぞ」
クェレスの時はグランディスを倒した後トレントの異常発生は治まったけど、小規模とはいえ今回は未だに異変は終わっていない。
魔光石を回収してからも調査という名の狩りをしていたが、ブルーキャンサーなんて1体も見かけなかったしシェルフィッシュも湧いて来るままだ。
「そうね……考えられるとしたら、今回見つけた魔光石は狩場の性質を変える物なのかもしれないわ」
「性質?」
「元々いた魔物がいなくなって、いないはずの魔物が湧く様になったってことよ。魔物が湧き出すあの光に干渉して、そういうこともできるんじゃない?」
「マジかよ……どんどん厄介さが増してるじゃないか」
同じような黒い魔光石なのに、付加されている魔法が違っているのだろうか……。
どんどん多種多様になっている気がするんだが。
けど狩場の魔物を変えて、一体どんなメリットがあるんだろうか。
そんな疑問を浮かべていると、エステルがそれに答えるように口を開いた。
「実験を兼ねて色々やっているのかしら? それとも……ただの嫌がらせだったりして」
「嫌がらせ?」
「ええ、支部長のおじさんがブルーキャンサーの蟹味噌は絶品って言ってたじゃない。だから町に比較的近いブルーキャンサーを消して、食べられないようにしたとか」
「そんなふざけた嫌がらせに、あんな物わざわざ使うか? ……ノール相手なら効果絶大だろうけどな」
「ふふ、そうね。さっきもシスハが騒いでいたから、嫌がらせだったとしたら大成功しているわよ」
シスハはぶち切れて、ノールは気落ちしていたからなぁ。
そういえばベンスさんに報告した時、ブルーキャンサーがいなくなったことを聞いて落胆していたけど、まさか蟹味噌の心配をしていたんじゃ……。
そう考えると、嫌がらせだったとしても結構効いていそうな……まあ、そんな馬鹿げた話はないか。
それからエステルと雑談をしながら、足の裏、ふくらはぎとだんだん上に揉み解していく。
ふともも辺りは触る勇気がないので、ある程度上に行ったら下に戻るの繰り返しだ。
「そろそろ大丈夫か?」
「うーん、どうしましょうか。せっかくだから、もう少しやってほしいかも」
「……今日は遠慮がないな」
「たまにはいいでしょ。最近はお兄さんがあんまり構ってくれないんだもの、妬けちゃうわ」
エステルは頬を膨らませて、不満そうな顔をしている。
出歩く時はいつも一緒だし、家の中でも結構な頻度で俺の部屋に来ていたから相手をしていない訳じゃないが……。
それに妬けちゃうって、一体何に対してなのだろうか。
と、とりあえずまだ足りないみたいだから、もう少しマッサージを……と再開しようとした時だ。
廊下の方からドタドタと足音が聞こえてきたと思ったら、バンッと大きな音を立ててドアが開く音が聞こえた。
「あははは、こっちなんだよ!」
「だから待ちやがれってんですよ!」
フリージアの笑い声と、ドスの利いたシスハの叫び声。
……こいつらが入って来たのか。
一体何しに来やがっ――。
「たっ!?」
マッサージを止めて振り向こうとした瞬間、背中に思いっきり何かが激突した。
その勢いで俺は前に突き飛ばされ。
「きゃっ!?」
ベッドに座っていたエステルに突っ込んだ。
倒れこみながらも咄嗟に彼女を押し潰さないよう、両肘をベッドに突き立てて最後まで倒れ込まず止まった。
……のだが、一緒に倒れこんだエステルに覆い被さるような体勢になっている。
一瞬何が起きたのかわからず、お互いに顔を見合わせて呆然としていたが……状態を認識した瞬間、俺は慌てて立ち上がった。
「す、すまん、大丈夫か?」
「え、ええ……平気よ」
エステルも顔を赤くしながら、そそくさと起き上がった。
そしてお互いに無言になり、何とも気まずい雰囲気がする。
その空気に耐えられず、俺はこの状況を作った元凶達の相手をすることにした。
「お前ら……人の部屋に走り込んで来るんじゃない!」
俺達の様子を見て固まっていたフリージアに視線を向けると、ビクッと体を震わせた。
この反応からして、ぶつかって来たのはこいつか。
「つ、つい……ごめんなさいなんだよ!」
「本当に困ったエルフさんですね。全く、追い掛ける私も参っちゃいますよ」
「追いかけ回す方もどうかと思うけれど。せっかくいいところだったのに……」
こいつらはまた追いかけっこしてやがったのか……エルフだけじゃなくて、追い掛け回す神官様も大迷惑なんですが。
エステルも同じことを思ったのか呟いて、それに反応したシスハが顎に片手を当てて俺とエステルを見ている。
そして俺と目が合うと、ニヤッと口の端を吊り上げた。
な、なんだよ……凄く愉悦を感じていそうな笑み浮かべやがって。
「なるほど、2人っきりでお楽しみだったのですか。お邪魔してしまい申し訳ございませんでした」
「いや、お邪魔と言う程じゃ……」
「ほら、さっさと行きますよ暴れん坊エルフさん」
「私は暴れん坊なんかじゃないんだよ!」
もっとからかって来るかと身構えていたが、シスハはフリージアの首根っこを掴んで、一礼して部屋から出て行った。
「一体なんだったんだ……」
「フリージアを召喚してから、随分と騒がしくなったわね」
「ったく、賑やかなのは悪くないけど、人の部屋に勝手に入って来るのはな」
「そうね……けど、お陰で良い思いができちゃった」
エステルは頬を赤くしながら片手を添えて、笑顔を浮かべている。
さっきまで俺と同じように動揺していたけど、もういつも通りみたいだな。
良い思いとやらは……うん、どうなのだろうか。
「あー、マッサージは続けるか?」
「……いえ、もうすっかり良くなったからいいわ。私達もシスハ達の騒ぎに混ぜてもらいましょうか」
「……そうだな。また疲れた時はやってやるから、遠慮なく言うんだぞ」
「うん。お兄さん、ありがとね」
「おう。それじゃあ行くか」




