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海の祠

 セヴァリアへ向け出発してから3日後。

 特にこれといった問題も起きず、順調に魔法のカーペットを進ませていた。

 だが、地図上ではそこまで距離があるように見えなかったけど、途中で街道が横へ逸れ始めて遠回りする形で進むことに。

 借りた地図を見ても迂回するように描いてあった。

 だけど俺は真っ直ぐに突っ切ればいいじゃねーかと、街道から外れてセヴァリア方面に向けて真っ直ぐ進んだのだが……その結果険しい山にぶち当たった。

 移動の為だけに山に登る気にもなれず、迂回と言っても1日移動時間が伸びる程度なので引き返して素直に街道へ戻った。

 フリージアが山に登りたいと騒いで大変だったし、最初から地図に従っておけばよかったな……。

 全く、誰だよ真っ直ぐ行こうなんて言い出した奴。

 

 そんなこんなで、現在俺達は海岸沿いを移動している最中なのだが……。


「何も起きないだなんてつまらないんだよー」


 フリージアがそんなことを口にし始めた。またかよ!


「そんなこと言っちゃ駄目でありますよ。何事も起きずに目的地に行けるのは良いことなのであります」


「えー、平八達と一緒なら面白いこと起きそうだから付いてきたのに……。じゃあ、海見ながら行こうよー。せっかく海までやってきたっていうのに、これっぽっちも見れない! もっと海沿いを進もうよ!」


 海岸沿いと言っても街道は内陸側にあるので、海はそこまでよく見えない。

 今日の移動を始める時にそれでフリージアが愚図り始めたから、昼前はずっと街道から外れて海岸線を移動してやっていた。

 エステル達も見たそうにしていたから、それは構わなかったんだけど……このままだと町に着くまでずっと海を見させろと言いそうだ。


「朝っぱら散々見させてやっただろうに……。街道から外れ過ぎると戻るのも時間掛かるんだぞ? セヴァリアに着いたら思う存分観光させてやるから我慢してくれ」


「本当! それなら我慢する!」


 今回はセヴァリアに到着しても、すぐに協会へ顔を出すつもりはない。

 あまり早過ぎると、また移動方法とかで疑われそうだからな……。

 なので1、2日は町を見て回ろうと思っている。

 フリージアもそれで納得してくれたのか、また鼻歌を歌いながら大人しくなった。

 やれやれ、定期的に何かで興味を引いてやらないとすぐにこれだもんな。

 

 これで一安心とまた魔法のカーペットを進ませていると……地図アプリに赤い点が5つ表示された。

 

「進行方向に魔物がいるみたいだな……」


「それなら私にお任せなんだよ!」


 そう言ってフリージアは魔法のカーペットの上で立ち上がり、弓を構えだした。落ちないようにノールが足を支えている。

 この移動中、見かけた範囲にいた敵はフリージアに頼んで全て処理してもらっていた。

 正直魔法のカーペットなら逃げ切ることも出来るけど、他の人が被害に遭う可能性もあるので近くにいる魔物に関してはこうやって倒している。

 

 いつもの陽気な雰囲気は消え失せ、フリージアは弓を構えている。

 番えている矢は1本だけだが、複数いても対処できるようにかその手には別の矢が数本握られていた。

 もう何度も目にしているけど、これで彼女は目にも見えない速さで矢を連続して放つことができる。

 あまりに速過ぎてほぼ同時に魔物を射抜くぐらいだ。

 

 前方斜め方向から、俺達でもギリギリ見える範囲まで魔物が近づいて来た。

 フリージアは狙いを定めているのか少しだけそれを静かに眺めると、息を止めて弓を連続して放つ。

 そして豆粒程にしか見えない魔物に着弾して、地図アプリから赤い点が5つ消滅した。


「お見事であります!」


「えへへ、このぐらいエルフとして当たり前なんだよ」


「これが当たり前の種族とか怖いんだけど……」


「遠くからこんなに精密な射撃をされたら、私でもどうにもならないわね……」


 初見の時も言葉を失うぐらい驚いたけど、何度見ても凄まじいな……。

 動いている相手を同時に5体射抜くとか、化け物にも程があるぞ。

 どういう偏差射撃してやがるんだ。しかも殆ど見えない距離から1発で木っ端微塵。

 エルフが全員こんなことできるんだったら、一方的になぶり殺しにされちまうぞ。


「それにしても道中で魔物との遭遇となると、シスハが一緒に来ていた頃を思い出すわね」


「あー、あいつは魔物を見たら嬉々として1人で飛び出して行ってたもんなぁ」


「そうでありましたね。シスハが自宅待機するようになった今は、それも懐かしく感じるのでありますよ」


「へぇー、シスハちゃんってやんちゃなんだね。面白そうだからその時のお話聞かせてほしいんだよ!」


 フリージアにやんちゃなんて言われるのは、いくらあいつでもちょっと同情して……いや、ないな。

 また違った方向性でよく騒ぎを起こす奴だから、大して差がねーや。

 

 自分がいない頃の話に興味を持ったフリージアに話を聞かせていると、また地図アプリに表示が現れた。

 今度は複数の青い点。これは魔物とかじゃなくて、俺達に対して敵意のない存在。

 固まって移動しているところを見ると、多分人だと思う。


「おっと、また人がいるみたいだ」


「なら迂回しないと。こっちの方面は道中で人と遭遇することが多いわね」


「うーん、港町に近いから物流が盛んそうだし、途中に村も多いみたいだからな。これだと配置したビーコンが発見されそうで怖いぞ……」


「セヴァリアに着いたら、ビーコンを街道からもう少し離さないといけないでありますね」


 ここに来るまでの間、結構な頻度で人と遭遇していた。

 毎回発見されないように1度街道から外れて、見えない場所から追い越して行く。

 今回もそうしようと海岸線まで移動して、人目のないところを進み始めた。

 しばらくそのまま進んでいると。


「あれ……」


「どうかしたのでありますか?」


「うーん……平八、ちょっとあそこで止めてほしいかもなんだよ」


「ん? 構わないけど……」


 フリージアがそう言って指差したのは、断崖絶壁に置かれたある物体。

 近づいてカーペットから降りその物体をよく見てみると、半球状の形をした石の塊だった。

 ただ、中央部分は木製のドアが設置されており、中は空洞みたいだ。

 うーん、これは祠ってやつか? フリージアが言い出さなければそのまま素通りしていたな。

 

「こんなところにあるだなんて、これって何かを祀っているのかしら」


「きっと豊漁を祈る為に建ててあるに違いないのであります!」


「確かにそれっぽいけど……まだ町も見えないのに、随分と離れた場所に建ててあるんだな」


 ノールが言うと説得力に欠けるけど、豊漁を祈るっていうのはありえそうな話だ。

 だけどここに建てるのはあまりに遠過ぎるような……この周辺で漁をしているようには思えない。


「それでフリージアの見ている所に何かあるの? 私には特に変わった所は見当たらないけど」


「さあ? 地図アプリで見ても変わった物は表示されてないぞ」


 気になると言い出したフリージアはというと、そんな祠を無視して周辺を歩き回り、キョロキョロと頭を動かしている。

 なんだ、これが気になったんじゃないのか。

 本当によくわからない奴だな。


 気が済むまでそっとしてやろうと俺達が見ていると、彼女は突然弓を構え始めた。

 そして矢を番えると、何もない空間目掛けて矢を射る。

 当然そこには何もなく、矢は宙を切って海の方へと飛んでいって見えなくなった。

 ……何やってるんだこいつ?


「……あれれ、おかしいな。何もないんだよ」


「そんなの見るだけでわかるじゃない。それなのに弓を放つなんて、どうしちゃったの?」


「フリージアは敏感な子でありますからね。何か感じる物あったのかもしれないでありますよ」


「そうなのか?」


「うーん、そうだったような、そうじゃないかもなんだよ」


「どっちだよ!」


「随分と曖昧ね」


 フリージアは腕を組んで、うーんと唸りながら頭を傾けている。

 意味不明な行動にこっちが頭を悩ませたくなるんですが……。

 固有能力もあってノールより鋭い感性の持ち主だから、本当に何かあるのかってビビッたじゃないか。

 こんな祠があるもんだからそれっぽい雰囲気はある。

 だけど俺には何かあるように感じないし、ノールやエステルも判っている様子はない。


「うん! 気のせい、気のせいなんだよ!」


「なんだったんだよ……まあいいや。それじゃあ出発……ん?」


 特に何もない、そう結論付けたところで地図アプリに反応が。

 この祠の向こう側、断崖絶壁の先にある海に赤い点が10個突然表示された。

 ど、どこから出てきたこいつら!?


「海から何かこっちに向かって来るぞ! 気をつけろ!」


「お兄さん、ここは岸壁だからそこまで注意しなくてもいいんじゃない?」


「そうでありますね。魔物が来たとしても登って来られないのでありますよ」


「むしろ私がここから狙撃しちゃおうか? 私の矢なら水中だって射抜いちゃうんだよ!」


 それもそうか、ここは崖の上。

 海面からの距離は余裕で20mぐらいはあるだろう。

 海の魔物がここまで登って来れる訳もないし、登ってきたところでフリージアやエステルが上から攻撃して撃ち落せばいい。

 そう思って地図アプリを見ながら魔物を待ち構えていたのだが……。


「来た――って、あれ? おかしいな、姿が見えないぞ」


 地図アプリ上では俺達と同じ位置にいる。

 しかし影も形もない。上を見ても絶壁の下を見てもどこにもいない。

 地図アプリの不具合かと一瞬疑ったけど、すぐにノール達が騒ぎ出した。


「大倉殿! 速くてよく見えないでありますけど、何かいるのであります!」


「は、速過ぎるんだよ! 私でも狙うの無理!」


 えっ、もういるのかよ!?

 ノールもフリージアも頭を忙しなく動かしているが、攻撃できずにただ戸惑っている。

 やべぇ……俺なんて攻撃するどころか、全く見えないんだけど……。

 

 だけど近くにいるだけで今のところ攻撃はされていない。

 そう思っていると、だんだんだが体から力が抜けていく感覚がしてきた。

 あっ、やばい。これ何かされてるぞ。

 だけど攻撃のしようがないし、ここは一旦逃げて……そんな考えが頭を過ぎった瞬間。


「えいっ!」


 エステルが掛け声と共に杖を振った。

 すると俺達の足元に魔法陣が展開され、周囲を薄黒い膜が覆う。

 それと同時に複数の物体が空中に現れた。

 白い筒状の体をし、その両側面には羽が生えている。

 体にはエステルが展開した薄黒い膜が糸状に絡み付いており、どうやらこいつが俺達を攻撃した魔物のようだ。


「こ、これは……エステル、助かった」


「ふふ、どういたしまして。速いけれど私達に攻撃する為に近くを飛んでたから、簡単に捕まえられたわね」


「た、助かったんだよ……」


 ノール達が捕らえられない速さの魔物を捕まえるとは、さすがエステル。

 いつの間にか紫色のグリモワールを持っているから、これは闇魔法の拘束系か。

 この魔物に対して相性が良かったみたいだな。


「攻撃されてるようには思えなかったでありますけど、一体何をされていたのでありますか? 確実に体から力が抜けていくのはわかったのでありますが……」


「私の感覚だと魔力を体からごっそりと抜かれているのがわかったわね。そのおかげで大体の位置も掴めたわ」


「倒す前にステータスを見ておくか。何されたかわからないし、一応ポーション飲んでおくんだぞ」


 それにしても奇妙な見た目をした魔物だなぁ。

 一体どんな攻撃をされていたのだろうか。


 ――――――

●種族:スカイフィッシュ

 レベル:60

 HP:200

 MP:1200

 攻撃力:0

 防御力:10

 敏捷:520

 魔法耐性:0

 固有能力 浮遊

 スキル 吸収 魔吸収

――――――


 ……UMAじゃねーか!

 というかこいつ、敏捷特化し過ぎだろ!

 それにHPとMP両方吸収してくるとか凶悪過ぎだ!

 体の力が抜けていった原因はこれかよ!


 とりあえずステータスも確認し終えたので、パパッと全部始末した。

 なおドロップアイテムは何も落ちなかった模様。

 ……元々何も落とさないのか、それともレアドロップで何か落とすのだろうか。

 今のところ相手をするだけ徒労でしかなかった気分だ。

 こんなのが普通にいるなんて、この周辺怖過ぎるだろ。


「ったく、なんだったんだこの奇妙な魔物は」


「海の方から突然やってきて襲ってくるとは思わなかったのでありますよ」


「そうね。もしかしてフリージアが放った矢が群れの方に飛んでいったのかしら?」


「ええー! そんなことない……かもなんだよ?」


「どっちでもいいけど、もう無闇に矢を撃ったりするんじゃないぞ。せめて撃つ前に一言声をかけろ」


「はーい」


 また追加でやって来られても困るので、早々にここから立ち去ることにした。

 やれやれ、こんなところで立ち止まってとんだ災難だ。

 さっさとセヴァリアへ向かうとするかな。

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