閑話 クリスマスガチャ
メリークリスマス!
という訳でクリスマスガチャのお話です。
この回の時期、魔石、ガチャの排出物は本編と関係ありません。
窓の外を見ると辺り一面真っ白く染まっていた。
空からは舞う様に粉雪が降り注ぎ、この世界もすっかり冬景色だ。
「うぅー、今日も冷えますねぇ」
「雪まで降ってもう冬だもんな。ほら、お前も温かい物でも飲めよ」
「温かい物ありがとうございますぅ」
二の腕を擦り震えながら居間へやってきたシスハにお茶を出してやった。
それを飲んだシスハはホッと一息ついて、震えも収まったみたいだ。
寒さに参ったのか最近はいつもの胸元が開いた修道服も着ておらず、セーターにロングスカート姿と露出が大幅に減っている。
「魔導具で保温をしているとはいえ、この寒さは肌に刺さりますね」
「そうだな。エステルに頼んでもっと増やしてもらうか」
雪が降っているだけあって、室内でもそれなりに寒い。
あまりの寒さにエステルが魔導具を製作して、部屋のあっちこっちに暖房用の魔光石を配置してある。
それでも家全体をカバーできていないみたいで、ノールとシスハの部屋は冷え込んでしまうみたいだ。
俺やエステルが居住しているハウス・エクステンションの増築部分は、外と面していないからそこまで寒さが伝わらないから助かる。
ルーナは暑さには強いけど寒さには弱いみたいで、すっかり冬眠モードでベッドの中から出てこない。
フリージアはこんな寒さでもへっちゃらなのか、今日もノールとエステルにモフットも連れて、朝から外へ遊びに行っている。
雪が降ってからは特に元気で、家の前に巨大な雪だるまをいくつも作って置いてあるぐらいだ。
モフットも雪が嬉しいのか、プーと鳴いて外でぴょんぴょん跳ね回っている姿を見かけた。
俺は毎朝ノールと一緒に雪かきをしているから、そろそろ止んでほしいんだが……。
昼過ぎ頃までシスハとくつろいでいると、遊びに行っていたノール達が帰ってきた。
「むふふ、やっぱり雪が降っていると楽しいでありますね!」
「その通りだね! ノールちゃんとの雪の投げっこ、楽しかったんだよー」
「こんな寒い中でよくやれたもんだな……」
「凄い激戦だったわよ。2人共雪玉を見えない速さで投げ合ってるんだもの。私はモフットと大人しく見学していたわ」
こいつらの遊びは遊びってレベルじゃねーぞ……超次元雪合戦かよ。
「面白そうですね。今度私達も参加してみましょうか」
「えっ、お前雪玉に石とか入れそうだからやりたくないわ」
「し、失礼ですね! さすがに私でもそこまでしませんよ!」
石を入れないにしても、シスハなら雪を思いっきり握り固めて投げてきそう。
どちらにしてもこいつらと遊びとはいえ対戦するようなことはしたくない。
俺が相手だと手加減なんて微塵もしてくれそうにないしな……生命に関わる危険を感じる。
「暖かい服装をしているとはいえ、エステルもノール達と付き合って寒かっただろう?」
「ええ、でもたまにはこういうのも悪くないわ」
さすがのノール達でもこの寒さだと冬服を着ている。
それでもノールは長袖長ズボンだけの姿で、雪が降る中を出歩く服装じゃない……寒さにかなり強いみたいだ。
フリージアの服装はあまり変わっていないが、いつも被っていたフードが毛皮の熊型になっている。どこかの蛮族か。
そんな元気娘2名とはうって変わり、エステルはもふもふのコート姿だ。首にはマフラーを巻き、両手には手袋を付けている。
ミニスカートはそのままだが黒いタイツに長めのブーツを履いて、正当な冬服の姿。心にグッと来る。
「エステルさんなら魔法で寒さぐらいどうにかなりそうですけど、使わなかったのですか?」
「確かに魔法を使えば仮に裸で外を出歩いたって大丈夫よ。だけど、こういう季節だからこそ寒さを肌で感じるのも情緒があるってものじゃない。程度という物はあるけれど」
うーん、そういう物だろうか。魔法で一切寒さを感じなくさせる方が便利そうだけど……冬にコタツに入りながらアイス食べるようなものか?
と、そんな会話を終えた時、ポケットに入れていたスマホが振動した。
「ん? なんだ――へぁ!?」
「きゅ、急に叫んでどうなさったんですか?」
「スマホの通知……ガチャでありますか?」
そう、スマホの画面を見ると……【メリークリスマス! クリスマスガチャ開催!】なんて通知が来ていた。
「ああああ!! クリスマス……。まさかのクリスマスガチャだと……」
「クリスマス? 水着の時はわかりやすかったけど、クリスマスって何かしら?」
「なになに! 何か楽しそうなイベントでもあるのかな!」
「世間一般的には楽しいイベントではあるが……うっ、頭が……」
クリスマスという単語を聞いて、エステル達は首を傾げていた。
クリスマス……それはある偉人の誕生を祝う日。
なのだが、今じゃその日に合わせて皆でパーティなどを行ない楽しむ、一大イベントと化している。
恋人達は特に盛り上がり、その日は特別なデートを過ごす日として賑わっていたりも……クッ、アベック共め!
毎年のことを思い出すと胸に穴が空いた気分が……安くなったケーキをよく買っていたなぁ。
と、そんな感じでノール達にクリスマスを簡単に説明した。
「へぇー、つまり大倉さんには縁もゆかりもないイベントと言う訳ですね」
「と思うじゃん? ところがどっこい、こんな俺でもクリスマスは楽しみだったのさ!」
「さっき頭がどうとか言ってた気がするでありますけど……一体どんな楽しみが?」
「ガチャだよ」
「はい?」
シスハの言うとおり一般的なクリスマスは縁もゆかりもないイベントだが、唯一クリスマスで楽しみだったことがある。
「今回のガチャみたいに、クリスマスになると色々なゲームで特別なガチャが開催されるんだよ! 時期は結構ずれたりするけどな! ……おい、皆して微妙な顔してどうした?」
「い、いえ……そ、それでこそお兄さんよね。楽しみがあるってだけでも私は素敵だと思うわよ」
「え、縁もゆかりもないなんて言ってしまって申し訳ありませんでした……」
エステルが慰めるような表情で肩に手を置いてきた。
シスハは申し訳なさそうな表情で、丁寧に頭を下げて謝っている。
そういう真面目な反応されると逆に傷付くから止めて!
「それで、そのガチャは回すのかな? どんな物が出てくるのか見てみたいんだよ!」
「うーん、雪も降ってクリスマスの雰囲気もあるし回してみるか。前みたいに専用のアイテムに中身も変わってそうだしな」
フリージアが目を輝かせて興味津々そうにしている。
クリスマスガチャは凄く嬉しいのだが、現在の魔石は120個しか貯まっていない。
冬が訪れてから俺達も寒さにやられ、あまり狩りに出ていなかったせいだ。
だけどせっかくのクリスマスガチャ、是非とも回しておきたい。季節限定はガチャの醍醐味だからな。
そんな訳でこの11連2回分の少ない魔石をガチャにぶち込んでみたのだが……。
【Rクリスマスツリー、Rサンタ帽、SRクリスマスベル、Rシャンパン、Rクリスマスリース、Rオルゴール、SRトナカイスーツ、Rクリスマスケーキ、Rクリスマスクラッカー×10、Rソフトシャンパン、Rジンジャークッキ】
以前の季節限定ガチャと一緒で、今回は完全にクリスマス仕様だな。
だけど、やっぱりそう簡単にはURは当たらなそうだ。
なんて思いあまり期待せず再度ガチャをタップしてガチャを回すと……宝箱は、銀、金、白、虹。虹で止まった。
来ちゃった、UR来ちゃったよ!
「うほぉ! UR来たじゃん! いやぁ、やっぱり日頃の行いがいいとこうやってURが来ちゃうんだよなぁ」
「こういう時だけは本当に強運なんですね」
「URだなんて、この前の私みたいに誰かの専用衣装が出てきたりするのかしら?」
「どうだろうな。とりあえず確認してみるとするか」
【Rクリスマスリース、R靴下、Rクリスマスケーキ、SRクリスマスソング、Rサンタポンチョ、Rシャンメリー、R三角帽子、Rクリスマスクラッカー×10、Rソフトシャンパン、SSR魔法のソリ、UR『福音を運ぶ聖女』シスハ・アルヴィ】
「えっ、私ですか! いやぁ、照れちゃいますね。しかも聖女だなんて、このガチャわかっているじゃありませんか!」
スマホの画面を見てガチャの結果を確認したシスハはドヤ顔で喜んでいる。
しかし俺達はというと、称号を見て言葉を失っていた。
「大倉さん達、なんです、そんな顔して私を見て」
「いや……こんな聖女嫌だなって」
「うふふ、わかっていませんね。私は正真正銘の聖女です。慈悲深い御心で導いて差し上げますよ」
「導かれた先がロクでもなさそうだわ……」
「一体どこに導かれるのでありますかね……」
こいつが聖女だって認めたくないのだが……。ああ、そういえば固有能力名【聖女の祈り】だったっけ……。
ノールとエステルまで困惑している。モフットまでブーと鳴いているぐらいだ。
そんな戸惑った反応を見せる俺達の中、ただ1人違った反応を見せる奴が。
「凄い! シスハちゃんは聖女様なんだ! だから格闘家なのに回復魔法が使えるんだね!」
「もっと敬っていただいて構いませんよ。あと私は格闘家じゃなくて神官ですので、そこはお忘れなく」
フリージアなら冗談じゃなくて、素で格闘家と間違えていそうだな……。
まあ、そんなことは置いといて、せっかく出たんだからこの新しいシスハの称号を試してみるとするか。
「それじゃあ、さっそくどんな服装になるか試してみるか」
「はい! うふふ、清楚で上品な私にぴったりの衣装に違いありませんよ!」
シスハは自分の特別な衣装を想像してか、ニヤケ面を晒している。
清楚で上品ねぇ……突っ込みどころが満載過ぎてもう言う気もしない。
というかクリスマス限定衣装っぽいから、シスハが思っている服とは違うだろうな。
本人も期待していたのでさっそくスマホを操作して、シスハの称号を切り替えた。
スマホから光が溢れ出し、彼女の体に纏わり付いて一際大きな光を放つと……。
「な、なんですかこの服は!」
シスハは赤い服装へと変わっていた。
胸元どころか肩まで露出した赤い上半身の服に、同じく赤いミニスカート。いつもより露出が激しい。
白いソックスにガーターベルトまでしていて、正直目のやり場に困る格好だ。
自分の格好を即座に理解したシスハは、ミニスカートを押さえ体をモジモジさせて顔が紅潮している。
「あら、随分と派手な衣装ね。全身真っ赤じゃない。それに露出も多いわ」
「変わった格好でありますね。でも似合っているのでありますよ」
「とっても可愛いね。私もそんな服を着てみたいんだよぉ」
ノール達からの評価は悪くないみたいだ。
それでもシスハは納得いかなそうな顔をして、俺に言葉を投げかけてきた。
「……大倉さん、どんな衣装なのか実はわかっていたんじゃないですか?」
「……うん、大体予想してた。けど、今更その程度で恥ずかしがるお前じゃないだろう?」
「そ、そんなことありませんよ! うぅー、こんな丈の短いスカートはき慣れてないからスースーします……。とりあえず元に戻してください!」
あー、そういえばシスハがミニスカートはいてるの見たことないな。大体いつもロングスカートだし。
だから恥ずかしそうにしていたのか。胸元はいつも丸出しの癖にミニスカートは駄目とは。
元の姿に戻そうとスマホを再度操作し始めると、扉が開く音がした。
「むぅ、騒がしい。一体何を……」
「ル、ルーナさん……」
「どうしたその格好は」
「実はですね……」
冬眠していたルーナが起きてきたみたいで、サンタ姿のシスハを見て眉を寄せていた。
そしてシスハがクリスマスガチャでこうなった経緯を説明すると。
「なるほど。良いじゃないか、似合ってる」
「ほ、本当ですか!」
「うむ、ガチャから出たシスハ専用衣装だ。似合っていないはずがない」
「ルーナさん! ありがとうございます!」
「むぐっ……く、苦しい……」
さっきまでの恥ずかしがっていた様子は消え失せて、シスハはルーナを抱き締めた。
ルーナが褒めれば羞恥心もなくなるんかい……。
「そういえば、この格好は一体なんなのですか? クリスマスという物に関連がありそうですけど……」
「ああ、それはサンタクロースだな。クリスマス前日の夜になるとな、子供達の為にプレゼントを配り回るおじいさんがいるんだ。その人の特徴が赤い服なのさ」
「なるほど……つまり今の私はそのサンタという訳ですか」
やっぱりクリスマスで限定衣装のガチャとなれば、大体サンタ服って相場が決まってるからなぁ。
さっきのガチャにもサンタの小物がいくつが混ざっている。
「お兄さん、せっかくシスハもこんな格好になっているんだから、私達でクリスマスってやつを楽しんでみない? ガチャからそれ用のアイテムも出ているんでしょ?」
「うーん、そうだな。せっかくの機会だからクリスマスパーティでもやってみるか」
「おお! パーティだなんて楽しそうだね!」
「宴となれば料理を用意しないといけないでありますね! むふふ、今日は張り切っちゃうのでありますよ!」
俺もこれから用事がある訳じゃないし、クリスマスガチャなんて物が来たんだからそれっぽいことしてもいいかも。
そんな訳でパーティを開く為の準備が始まった。
ノールにはクリスマス定番の料理を伝えて作ってもらい、俺達は部屋をクリスマス風に飾ることに。
それっぽいリボンなども雑貨屋へ買いに行き、ガチャで出てきたクリスマスツリーを置いてリースも壁に飾り準備を進める。
その作業の途中、シスハが何やら質問をしてきた。
「せっかく特別な衣装が手に入ったのですから、それらしいことをやりたいのですが……何かありませんかね?」
「うーん、定番で言えばさっき説明したプレゼントを配ったりすることだが……俺達の中でそれをやるのもな」
「ぐぬぬ、プレゼントと言われても、大倉さん達に喜んでもらえる物なんてすぐに思いつきませんよ」
「別に何か物を渡さなくてもいいんだけどな。例えば料理だっていいだろうし。……それは自称乙女な方が既にやり始めちゃったが」
プレゼントと言っても、物じゃなくたっていいと思う。
……まあ、俺も物を贈る以外にプレゼントなんて思い浮かばないのだが。
シスハは顎に手を当てて唸るながらしばらく考え込んでいたが、思いついたのかふと呟いた。
「……歌なんてどうです?」
「えっ、お前歌えるのか?」
「一応神官ですからね。ちょっとした賛美歌ならできますよ。たまに近くの教会学校にお邪魔させてもらっているぐらいですから。せっかくなので後日学校の子達にも何かプレゼントするのもいいですね」
なんだと……歌を歌えるだけじゃなくて、教会学校にまで行ってただと!?
こいつは俺達と一緒じゃなければ猫被って真面目そうだし、意外と子供受けがいいのだろうか……。
知らない所で神官っぽいことしてたんだな。
それよりも賛美歌か……シスハの歌は聞いてみたい気もするけど、ちょっと問題がありそうだ。
「賛美歌ってなるとルーナは平気なのか? 聞いた瞬間ぶっ倒れるかもしれないぞ」
「あっ……そ、そうでした……。それでは一体何をすれば……」
吸血鬼であるルーナに対して、賛美歌なんて聞かせたら何か影響がありそうだ。
シスハもそれを聞いて残念そうな顔に変わり、また悩み始めたのだが……。
「私は構わない」
「ル、ルーナさん!? き、聞いていらっしゃたんですか……」
離れた所で飾り付けをしていたルーナがいつの間にか背後にいた。
「心配するな。歌程度でどうにかなる私じゃない」
「で、ですが……」
「それにシスハの歌は気になる。どうか私に聞かせてくれ」
「……わかりました。ルーナさんにそこまで言われたらやるしかありませんね!」
ルーナの説得に、シスハもやる気になったみたいだ。
うーん、本人は平気だって言ってるけど本当に大丈夫なのだろうか。
まあ、それを言ったら吸血鬼がクリスマスを祝うこと自体良いのか疑問ではあるのだが。
シスハも何をするのか決まり、俺達は着々とクリスマスパーティの準備を進めた。
そして日が傾いて辺りが暗くなった頃。
「さて、準備も整ったな。ノール、料理を殆ど任せてすまないな」
「むふふ、いいのでありますよ。それよりも……ガチャ産のケーキ美味しそうでありますね!」
「ノールちゃんの料理も美味しそうだけど、ケーキも美味しそうだね!」
「ちょっとしたパーティかと思っていたけど、随分と豪華になったわね……」
「あはは……まあ、やるからには徹底的にという感じでいいじゃないですか」
「美味そうだ。早く食べよう」
テーブルにはノールが作った大きなローストターキーやパンにスープ。
ガチャから出てきたクリスマスケーキにジンジャークッキ、そしてソフトシャンパンなどが並んでいる。超豪華なんですが。
メインの料理を作るだけでも大変そうだったから、ケーキがガチャで出てきたのは助かったな。
全員料理に目を輝かせて食べようとし始めたが、その前に俺は待ったをかけ
「まあまあ、料理を食べる前にこれを引っ張ってみてくれ」
ノールにガチャから出たクリスマスクラッカーを差し出した。
これは俺がよく知る紐を引っ張ってならすクラッカーではなく、筒の両端を引っ張れるようになっている。
形的にはキャンディーの包み紙に似ているな。
「むっ? 構わないでありますけど、それはなんでありま――す!?」
片側をノールに握らせた瞬間、俺は思いっきりもう片方の端を持って引っ張った。
すると俺が持っていた筒の端は千切れて、パンッと大きな音が響いて紙テープが舞う。
ノールはそれに驚いて椅子から飛び上がった。
「い、いきなり何をするのでありますか! びっくりしたのでありますよ!」
「はは、悪い悪い。おっ、ノールの方に筒が残ってるな。中に何か入ってないか?」
「……あっ、飾りみたいなのが入っているのであります」
ノールの手物に残った筒の中には、小さな王冠の小物が入っていた。
ちょっとしたジョークグッズな感じだな。
「びっくりしたけれど、それ面白そうね。私達もやってみましょうか」
「大倉さん、これも定番の物なんですか?」
「うーん、パーティなら開始の合図としてよくやるかな」
「あははは、面白いんだよぉー」
「1人でパンパンするな。私にもやらせろ」
机の上に置いてあったクリスマスクラッカーを、フリージアは1人で両端を持ってパンッと鳴らしている。1人でやるものじゃないんだが……。
それからフリージアとルーナは取り合うように鳴らして、エステル達も遅れて鳴らす。
それを合図にパーティも始まった。
ガチャから出たクリスマスソングはスマホで音を出す仕様になっており、使用すると元の世界でお馴染みだったあのBGMが流れ始めた。
これだけでも凄くクリスマスっぽい雰囲気になるなぁ。
モフットも机の下でいつも通りに参加して、頭に小さな王冠を乗せてニンジンにかぶり付いている。
ソフトシャンパンも開けて全員のグラスに注いでいき、料理を食べ始めた。
普通のシャンパンも出ていたけど、アルコールが入っていてノール達は飲めないから開けずに隅っこに置いてある。
ノールが作った料理を食べてみると、やはり美味い。チキンの味がよく染み込んでいて凄く軟らかい……さすが自称乙女だ。
ガチャ産のケーキは定番のいちごケーキに、チョコレートケーキの2つだった。
「むほほ、このケーキおいしいのでありますよぉ。いくらでも食べられちゃうのでありますよ!」
「あー、ずるい! 私も沢山食べたいんだよ!」
「せっかくこんなに美味しいんだから、2人共味わって食べなさいよ。……んっ、美味しい」
「ルーナさん、頬にクリームが付いていますよ。ほら」
「むっ、ありがと」
色々と騒がしいけど、全員ケーキは好きみたいで嬉しそうに食べている。
俺も1つ食べてみると、いちごケーキのクリームは凄く滑らかで甘く、スポンジもふんわりと口当たりがいい。
ガチャ産だけあって、やはり極上の美味さだな。
ある程度料理を食べ終えたところで、ノール達はガチャから出てきたクリスマスアイテムをいじくり始めた。
サンタ姿のシスハはそのままだが、ノールはサンタ帽を被って、エステルはサンタポンチョを羽織り、ルーナは三角帽を頭に乗せている。
そしてフリージアはというと。
「見て見てー、着てみたんだよー」
「おお、なんなのでありますかそれは?」
「トナカイの着ぐるみだな……」
トナカイの角が生えてた、顔の部分だけ露出している全身茶色いタイツ姿になっていた。
これトナカイスーツってやつか……SSRの魔法のソリと合わせたら、一応サンタの形にはなりそうだな。
魔法のソリは魔法のカーペットのソリ版で、地面から少し浮いている。まさにサンタのソリだ。
目立ち過ぎるから外へ出て乗り回しはしなかったけど、シスハがそれに乗って雰囲気だけでも味わい割と盛り上がった。
それからしばらく騒いだところで。
「さてさて、それじゃあ盛り上がってきたところで、私の歌を披露しちゃいましょうかね!」
「おっ、ようやく歌う気になった。下手でも笑いはしないから安心して歌ってくれよ」
「うふふ、そう言えるのも今の内ですよ! 私の美声に酔いしれちゃっても知りませんからね!」
「凄い自信でありますね」
「ええ、シスハの歌なんて楽しみだわ」
ついにシスハの賛美歌か……この破戒僧みたいな神官にちゃんとした歌が歌えるのか凄い疑問なのだが……。
流していたクリスマスソングを一旦止めると、シスハが俺達の前へ出てきてこっちを向いた。
さっきまでドヤ顔を浮かべていて自信満々そうにしていたが、両手を胸の前で祈るように合わせると、目を閉じて真剣な雰囲気へと変わる。
その雰囲気に呑まれて俺達も静かになった。
物音1つしない中、ようやくシスハは歌いだした。
オルガンなどの伴奏はもちろんなく、アカペラで歌っている。
まず思ったことは、純粋にその歌声が綺麗だということ。
いつも心が穢れているような所業を繰り返しているが、それを微塵も思わせないほど清らかな声だ。
歌詞の意味はよくわからないが、歌う彼女の姿を見ると何かに祈りを捧げているように思える。
歌声とその容姿が合わさって、今だけは本当に聖女だと言ってもいい。
聞いているだけ自分の心が浄化されていくような気分だ。
そのまま歌い終わるまで、シスハの歌声に聴き惚れた。
「ふぅ……いかがでした――ってどうしたのですか皆さん!?」
歌い終わったシスハが息を吐いて目を開けると、聞いていた俺達を見て驚いている。
俺も夢中になっていたがハッとして意識が戻り、周囲からグスグスと泣く声が聞こえるのに気が付いた。
「うぅ……な、何だか聞いているだけでジーンとしてきちゃったのでありますぅ……」
「グス……そうね。シスハの歌声がここまで綺麗だなんて思いもしなかったわ」
「シスハちゃん本当に聖女様みたいだったんだよ……」
ノールもエステルもフリージアも、目尻に涙を浮かべて感動していた。
モフットまでノールの膝の上でプーと鳴いて震えている。
「そんな大袈裟な……ま、私に掛かれば当然ですけどね! うふふ、どうでしたか大倉さん? 少しは私のこと見直していただけたでしょうか?」
「……うん、感動した。上手く言葉で伝えられないから陳腐な物言いにはなるけど、歌ってる時のお前凄く綺麗だったぞ」
「も、もう! 大倉さんまでそんな真面目な顔して言っちゃって!」
素直に感想を言うと、シスハは顔を赤くしてバンバンと俺の肩を叩いてきた。
くっ、さっきまでの雰囲気が既に微塵も残ってない……ずっとあのままだったら聖女として敬ってもいいぐらいだったのだが。
やっぱりシスハはシスハだった。
「ルーナさんはいかが――ど、どうしたんですかぐったりとして!」
浮かれ気味だったシスハがルーナに声を掛けようとしたが、突然驚きの声を上げる。
俺達も後ろを振り返ってルーナの方を見ると、彼女は椅子にぐったりと持たれ掛かって首を垂れていた。
「……うぅ、流石シスハだ。良い歌だった。おかげで全身の力がすっかり抜けたぞ」
「めちゃくちゃ効いてるじゃねーか! 大丈夫なのか!」
「力が抜けただけだ。言っただろう。歌程度でどうにかなる私じゃないと」
「あわわ……そ、それでもいけませんよ! 早く横になって休んでください!」
慌ててシスハが介抱すると、本当に力が抜けた程度だったのかルーナはすぐに元気になった。
あれだけ自信満々に平気だって言ったのにこうなるとは……シスハの賛美歌が想像以上の効き目だったのだろうか?
そんな騒ぎの後も、俺達はクリスマスパーティを楽しんだ。
●
クリスマスパーティがお開きになり深夜。
今日騒ぎに騒いだからもう寝ようかと自室へと戻ったのだが。
「メリークリスマス! サンタシスハが夢と希望をお届けに参りましたよ!」
なんか来た。
「……悪夢と絶望の間違いか? というか勝手に入ってくるな」
「まあまあそう言わないでくださいよ」
シスハの場合サンタと言っても、絶望を運ぶ黒いサンタクロースと言う方がお似合いだと思うのだが……。
でもサンタ服のままだし、白い袋まで抱えて見た目だけは普通のサンタだ。
「で、何の用だ? もう疲れたから今日は寝たいんだけど」
「うふふ、言ったじゃありませんか。夢をお届けに参ったって!」
そう言いシスハは抱えていた袋からある物を取り出す。
「これ飲まずに置いてあったので一緒に飲みませんか? 深夜のクリスマスパーティですよ」
それはガチャで排出された、飲まずに取って置いたアルコールの入っている普通のシャンパンだった。
おい、いつの間にくすねてやがったんだこいつ。
「お前なぁ、せっかく賛美歌を聴いて神官らしいって思った途端にこれかよ」
「いいじゃありませんか。今日は楽しいパーティだったんですし、もう少しぐらい楽しませてくださいよ」
「全く……少しだけだからな」
「うふふ、文句言いつつもそうやって付き合ってくれる大倉さんは好きですよ」
了承して俺が椅子に座ると、シスハは袋からさらに2つグラスを取り出し机を挟んで正面に座った。
ついでにオルゴールも取り出して、ゆったりとしたクリスマスのBGMまで流している。
うーむ、パーティ中はそう凝視しなかったけど、やっぱりシスハのサンタ服は露出多いな。
胸元どころか他のところにまで目が泳いで行きそうだ。
とジッと眺めていると、それに気が付いたシスハが首を傾げた。
「どうかいたしましたか?」
「改めてこうやって見ると、その服露出多いな」
「ホントそうですね。けど、大倉さんはこういうのお好きですよね?」
「……はい、大好きです」
「正直で大変よろしいです」
好きかって言われたらそりゃね……眼福ってやつだろうに。
シスハはからかうようにニヤけていたが、俺が素直に答えると満足そうに頷いている。
服装変わった直後はあんなに恥ずかしがっていたのに、もう完全に慣れたみたいだな。
そんなやり取りを終えグラスにシャンパンを注ぎ、お互いのグラスを軽くカチンとぶつけて乾杯した。
「それじゃあ大倉さん! メリークリスマスー!」
「はいはい、メリークリスマス」
恐らくこれが今年最後の更新になります。
小説をお読みにくださった皆様、誠にありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えください。