セヴァリアへ向けて
クリストフさんから新たな依頼を受け、俺達は協会を後にした。
港町であるセヴァリアでディアボルス発見の報告……これはまた面倒ごとが起きそうだ。
セヴァリアへ行くとなるとしばらくは王都へ来る機会も減る。
なので帰りにガンツさんの店に寄ってコロチウムを置いてきた。
ディウス達と次いつ会えるのかわからないから、ガンツさんに渡しておくのが無難だろう。代金は後日受け取るつもりだ。
2つのコロチウムを見たガンツさんは飛び出るんじゃないかってぐらい目をひん剥いて驚き、ディウスの分が終わったら店にもコロチウムを卸してくれと頼まれた。
元々売るつもりだったし、知り合いであるガンツさんなら俺達も気軽に売りに来れる。
快くそれに了承して、今日のところは他に用事もないので帰宅した。
「またあの魔物が出現したのですか……。これは何か異変の起きる前触れなのでしょうか」
「その可能性は高いだろうな。だから明日にでもセヴァリアって町へ向かうつもりだ」
協会で聞かされた話をシスハにも伝えた。
クリストフさんから異変が起きたという話はなかったけど、ディアボルスがいるとしたら近い内にセヴァリアでもクェレスと同じことが起こる可能性がある。
なので出来る限り早めにセヴァリアへ行けるよう、ビーコンだけでも配置しておきたい。
前回みたいに解決してもガチャ関連のアイテムはもらえない可能性もあるけど、少しでも可能性があるなら俺達の手で解決したいからな。
それにディアボルスがなんなのか純粋に気になる。
そう真剣に考えていたのだが、能天気に鼻歌交じりに笑うノールが口を開いた。
「むふふ、港町なんて行くのが楽しみでありますね!」
「あら、そんなに期待するような物があるのかしら」
「港町といえば海! 海といえばお魚や貝!」
「要するに食べ物ってことだよな」
「そうであります!」
協会で話を聞いてから妙にご機嫌だと思っていたが、こいつはまた食べ物のこと考えていやがったのか。
港町と聞いて海産物を連想する気持ちは分かるけどさ……。
「大倉さん、今回はクェレスの時みたいに護衛依頼などは頼まれていないんですよね?」
「ああ、今回は調査に行くこと自体が依頼だからな。セヴァリアも結構遠いみたいだけど、魔法のカーペットで行けるとなれば2、3日程度で着くはずだ」
セヴァリアは王都から馬車で20日以上掛かるみたいだけど、都合のいいことにブルンネから南東に進んだところにあるらしい。
おかげでそう日数も掛けずに行けそうだ。
今回はセヴァリアまでの地図も協会で借りてきたから、どう行けばいいかもわかっている。
俺の話を聞いたシスハは胸に手を当ててホッとしたように息を吐いた。
「それならよかったです。またルーナさんとしばらく会えなくなるかと思って心配しちゃったじゃないですか」
「そんな心配してたのかよ……。まあいつも通りビーコン設置して後から呼ぶから、今回は大人しく留守番しててくれ」
クェレスへ行く時の護衛依頼で、長い間ルーナに会えないって嘆いてたもんな。
俺としても馬で移動したりビーコンを隠れて設置したりせず済むから、長距離移動を俺達だけで行えるのは気が楽だ。
……ああ、そうなると行くのも必要最低限の人数で十分か。
「俺とノールで行けば十分だから、エステルも留守番しておくか?」
「別に構わないでありますけど、私は有無を言わさず行くの確定なのでありますね……」
はい、ノールが俺と一緒に来るのは決定事項です。
ポンコツとかよく思ってるけど、ノールさえいてくれれば大体なんとかなっちゃうからな。
ポンコツ超人ですわ。
「いえ、私も一緒に行くわ。お兄さん達だけじゃもしものことがあった時心配だもの」
「……そうか、ならエステルも一緒に行こうか」
うーん、もしものことなんてそうないと思うけど、やっぱりエステルは一緒に来るって言うよなぁ。
移動するだけで退屈だろうから、自由に過ごしてもらいたかったのだが……心配してくれるのは嬉しい。
そんなやりとりをしていると、さらにもう1人話に加わってきた。
「はいはーい! 私も一緒に行きたいんだよ!」
「えっ」
フリージアが目を輝かせながら片手を挙げ主張している。
うわぁ……嫌な予感しかしないんですけど。
「いやー、フリージアはちょっと……」
「そうね……。魔法のカーペットの上は狭いから、人数が多くなるのは危ないわ」
エステルも困ったように頬に手を当てて眉を寄せて、俺と同じような反応をしている。
あれだけ普段から騒がしいフリージアを魔法のカーペットに乗せたら、途中で邪魔されて事故りそうなんだが……。
「えー、行きたい! 私もノールちゃんと一緒にお出かけしたんだよぉー」
「大倉さん! もし行くのでしたらフリージアさんも連れて行くか、ノールさんを置いて行くかの2択ですよ!」
「でもなぁ……」
口を尖らせて不満そうなフリージアを見て、シスハが俺の両肩を掴んで必死な形相で訴えかけてきた。
一緒に連れて行くのも怖いけど、家に置いておくのもそれはそれで何か起こしそうだな……この様子じゃ絶対暴れるぞ。
シスハも自分じゃ手に負えそうにないってわかっているから、ここまで訴えかけてくるのか。
ノールを置いていけば言うことを聞くから解決するが、そうすると今度は俺達が困る。
どうしたものかと悩んでいると、ノールが先に切り出してきた。
「大倉殿、フリージアも連れて行ってあげてほしいのであります。私がちゃんと見ておくでありますから、お願いするのでありますよ」
どうやらノールは一緒に連れて行くことを選択したみたいだ。
フリージアの扱いに関してはノールが1番よくわかっている。
それで一緒に連れて行くって言うんだから、大人しくさせる自信があるに違いない。
「はぁ、わかったよ。ノールが面倒見るならフリージアも一緒に来ていいぞ。ただ暴れないようしっかり見ておくんだぞ」
「むふふ、お任せくださいでありますよ!」
「わーい! ノールちゃん、平八、ありがとなんだよ!」
「……大丈夫なのかしら」
ノールは胸を叩いて口元に自信満々な笑みを浮かべ、フリージアはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。
……許可しちゃったけど、本当に平気か?
●
翌朝、俺達はブルンネを出発した。
「あはは、これ凄いね! 何で浮いてるの! それに私が走るよりもずっと速い!」
「あまりはしゃぎ過ぎちゃ駄目でありますよ。落ちないように気をつけるのであります」
「はーい!」
出発する前から、フワフワと地面の上を浮かぶ魔法のカーペットを見てフリージアは大はしゃぎしていた。
カーペットに乗るとぴょんぴょんと跳ねて遊んでいたが、ノールが注意して一旦は落ち着いた。
そして現在、ノールに肩を掴まれながら頭をきょろきょろと動かして、カーペットから身を乗り出し流れていく風景を見てフリージアは感嘆の声を上げている。
全く……最初遊び始めた時はもう駄目かと思ったけど、一応大人しくはなったな。
ノールはもうフリージアの保護者になりつつあるぞ。
「今回は魔法のカーペットで行けてよかったわね。夜になれば家にも帰れるし、野営をしなくていいのは助かるわ」
「そうだな。慣れたとはいえやっぱり野営をすると体が疲れちまう」
今まで初めて行く町へ向かう時は、馬車に乗ったり護衛依頼のついでだったりした。
他人がいるとなると下手にガチャ産の便利アイテムが使えなくて、ちょっと不便な思いをしたもんなぁ。
それに1番きついのは野営だ。
テントに軟らかい敷物を用意してあるけど、家に比べると寝る時が辛い。……俺は寝袋だけど。
寝るだけじゃなくて深夜の見張りをするのもなかなかに骨が折れる。
慣れてきたとはいえ、今でもあれはしんどいからなぁ。
クェレスへ行った護衛の時は、火を眺めながらセンチターブラを浮かべてずっと暇潰ししていたぐらいだ。
今までの野営を振り返っていると、フリージアが俺達の話に興味を持ったのか声を掛けてきた。
「えー、ノールちゃん達と野営するの面白そうなんだよ。私もやってみたい!」
「わざわざあんなことやらなくてもいいだろうに……。別に面白いもんじゃないぞ」
「そうでありますね。交代とはいえ、夜の見張りには気を使うのでありますよ」
「皆で起きている時はいいけれど、寝ちゃった後1人で見張りはするのは大変よね。お兄さんとノールにいつも任せてごめんなさいね」
「ああ、でも気にしなくていいぞ。エステルにはちゃんと休んでもらわないと困るしな」
野営中は基本俺とノールで交代して見張りをしているからなぁ。
ノールは俺よりも逞しいけど、それでも夜の見張りは疲れるみたいだ。
エステルは魔法を使うから寝不足にさせる訳にはいかない。
精神的に安定していないと魔法も上手く使えないみたいだからな。
という感じで野営に否定的な俺達だったのだが、フリージアは目を輝かせながらこう言い出した。
「見張りなら私に任せて! 私は三日三晩寝なくても平気だから、夜の見張りぐらいお安い御用なんだよ!」
マジかよ……三日三晩寝なくても平気だと……。
ああ、そういえば外出できるようになる前、シスハとルーナが寝るのをずっと妨害したとか言ってたけど、フリージアは一体いつ寝ていたのかが疑問だったんだ。
寝たかったらフリージアが寝ている隙に、シスハ達だって寝ることはできただろうしな。
だけど寝させてもらえなかったということは、こいつずっと寝ないで妨害してやがったのか……。
そりゃシスハだってあそこまでブチ切れるわ。三日三晩フリージアに付き纏われたら、俺だって発狂しかねないぞ。
「そ、そんなことできたのか……。でも見張り番をする時は、1人で起きてないといけないんだぞ。大人しくしていられるのか?」
「あっ……なら平八が一緒に起きていてくれれば問題ないね!」
「大ありだよ! とりあえず今回は野営はしないからな!」
「ちぇ、つまんなーい」
そう言って諦めたのか、フリージアは横を流れていく風景を眺め始めた。
……うん、今後長距離移動をする時は、絶対野営するのは回避するか、フリージアは連れてこないようにしよう。
それからしばらく魔法のカーペットを進ませると、今度は緩々の気の抜けた声が聞こえ始めた。
「お日様がポカポカー。風も吹いて気持ちがいいんだよぉ」
「なんだ、すっかり大人しくなったな」
フリージアは日光を浴びて口を半開きにし、ボッーと眠たそうな顔をしている。
いつもこれぐらい大人しければいいんだが……。
「フリージアは日向ぼっこをするのが好きなのでありますか?」
「うん、お日様に当たってると落ち着く。あと夜空を見るのも好きかな。星がピカピカして綺麗なんだよ」
「ふふ、あれだけ外が見たいって騒ぐだけあるわ。ルーナとは対照的なのね」
外へ出たがるフリージアと、家の中に引きこもるルーナ。
まさに両極の存在だな……2人を足して半分に割ったらちょうどいいバランスになりそうなんだが。
そう思いつつ俺はセヴァリアへ向けて魔法のカーペットを進めた。