初めての散歩
フリージアの耳問題が解決した翌日。
「ふっふふーん!」
「ご機嫌でありますね」
「えっへへ、当たり前なんだよ! だって今日は、やっと町の中を歩けるんだもん!」
フリージアは鼻歌交じりにスキップをして部屋の中をウロチョロしていた。
ノールから貰ったフードを被っていて、ウサ耳がピョンピョンと跳ねている。
昨日はあれからノールが首留めを付けてフードは完成はした。
今日はさっそくそれを被らせて、フリージアを外出させるつもりだ。
「今日は大倉殿も一緒に来るのでありますか?」
「ああ、お前達だけで行かせるのは色々と心配だからな」
「私もおまけで付いてくるわよ。何かあったら魔法で補助してあげるわ」
「お2人共、心配し過ぎでありますよぉ~。私が付いているのでありますから、心配ご無用なのでありますよ!」
「そうなんだよー。私は1人でも大丈夫なぐらいかもなんだよ?」
全然大丈夫に思えないんですが……。
今日の外出はフリージアだけで行かせる訳もなく、俺とノールとエステルも一緒だ。
モフットもおまけでノールが抱き抱えている。
このはしゃぎ様だと、フリージアが何をするかわかったもんじゃないからな。
1人で行かせる訳にもいかないだろう。
「それじゃあ出発なんだ――よぉ!?」
待ちきれなかったのか、フリージアはドアを開けて1人で勝手に外へ出ていこうとした。
慌てて俺はディメンションブレスレットを発動させ、手を飛ばしてフリージアの首根っこを掴んだ。
ふぅ……油断できない奴だな。もしもの為に付けておいてよかった。
心配した傍からこれだよ。
「何するんだよー」
「1人で勝手に飛び出そうとするな!」
「おお、もうそれを使いこなしているのでありますね」
「シスハ達でも捕まえられなかったのに、それならすぐに捕まえられるのね」
「むー、私が本気になれば、このぐらい回避できるんだよ!」
「はいはい、それはいいから少し落ち着こうな」
ジタバタと手足を動かして暴れるフリージアを落ち着かせ、俺達は家を出た。
今日は青い空が広がり、日差しも眩しい。外出するのにピッタリな快晴だ。
「わぁ……ノールちゃん! 外だよ外! ようやく家の外へ出られたんだよ!」
「むふふ、よかったでありますね」
「ちょっと外に出たぐらいで大袈裟過ぎないか。狩りで1度外に出てるだろ?」
「平八はわかってないんだよ! 狩場と町じゃ全然違う!」
「そうね。魔物を狩りに行くのと、町の中を気楽に出歩くのは全く別物よね」
ぴょんぴょんと跳ね、フリージアは満面の笑みで喜びを噛み締めている。
まあ言われてみれば仕事みたいな狩りと、自由に散策できる町中じゃ天地の差か。
外に出られるならどこでもいいって話なら、あそこまで騒いだりはしなかっただろうし。
フリージアが落ち着いたところで移動を始め、適当に辺りを歩き始めた。
「はぁー、やっぱりシャバの空気は最高なんだよー」
「俺達の家がまるで刑務所みたいなことを言うなよ……。というか、どっからその言葉を知ったんだ?」
「へ? 平八達が留守中に読んだ本だよ。シスハちゃんが暇潰しにって持ってきてくれたんだー」
「あら、ガチャ産の本かしら?」
「私もたまに読んでいるでありますけど、なかなか面白い物があるでありますよね」
「うん! 絵も綺麗で面白かったんだよ!」
厚い本や薄い本には漫画雑誌もあるからなぁ。
シャバとか言い出す辺り、シスハは一体何の漫画を見せたんだろうか……。
日の光を浴びてのほほんと呆けた顔をしながらフリージアは歩いていたが、道端であるものを見つけ立ち止まった。
「お花さんが綺麗なんだよー。あっちのも綺麗! あっ! あはは、何これ! 変な形の置物なんだよ!」
「こらこら、フリージア。そんなにウロチョロしちゃ駄目でありますよ」
「まるで落ち着きがないわね。興味があっちこっち向いているわよ」
「付いて来て正解だな……。あの様子じゃ何を起こすかわかったもんじゃないぞ」
花に興味を持ったかと思えば、今度は人の家の玄関先に置かれている石像を見て笑っている。
それからも歩く先で何かを見つけては走り回って興味深げに眺め、大声で笑い始めたりした。
忙しなく動いてちょくちょくフードが脱げそうになっているが、留め具のおかげでそれも防げている。
ノールも似たような落ち着きのなさはあったけど、こいつは遥かにやべぇ……。一緒にいるだけでも疲れてきたぞ。
そんなフリージアに振り回されながら、俺達はブルンネの広場へと出てきた。
「凄い! 人、人が沢山いるんだよ! この町ってこんなに広かったんだね!」
「そうでありますね。王都はもっと凄いでありますけど、ブルンネも賑わいのある町なのでありますよ」
「これより凄いんだぁ……王都にも早く行ってみたいんだよ」
広場には今日も沢山の人がいて、それを見たフリージアは目を輝かせている。
さっきからずっとこんな調子だけど、初めて町の中を歩くから見る物全てが新鮮みたいだ。
これでもう少し大人しくしてくれてれば、可愛げのある奴だと思えるのだが……。
フリージアがキョロキョロ頭を動かして広場を眺めていると、道行く人達は眉をひそめて横目で見ながら通り過ぎていく。
「ノールちゃん、さっきから町の人達がこっちを見ている気がするんだよ? どうかしたのかな?」
「むふふ、きっとモフットを見ているのでありますよ!」
「そっか! モフットは可愛いもんね!」
あはははは、と2人は揃って笑いだし、ノールに抱き抱えられているモフットはブーと低い声で鳴いている。
駄目だこいつら……早くなんとか……手遅れです。
俺とエステルはそんなノール達から少し距離を置いた。
「あいつらなんで注目されてるのかわかってねぇ……。他人の振りしておこう」
「フリージアは少し目立つ程度だけど、ノールと一緒にいると相乗効果が凄いわね……」
フリージアも単体なら目立ちはするけどそこまでおかしくない。
が、そこにアイマスクを着用しているノールが加わることで、グッと不審者感が増し増しだ。
周囲の目を気にせず2人で笑いながら進んでいく彼女達の後を追う。
すると、フリージアが突然立ち止まった。
「ノールちゃん、あの子達何をしているのかな? ずっと上を見ているんだよ」
「あっ、ホントでありますね。……あれ、あそこにいる子は」
広場から少し離れた木のある場所で、複数の少年達が木を見上げていた。
それを見たノールは小走りで近寄って行ったので、俺達も付いて行く。
「カーム、どうかしたのでありますか?」
「あっ、変な姉ちゃん。久しぶりじゃん」
「だから私は変な姉ちゃんじゃないのであります!」
あの少年は……ああ、随分と前に1度会った子だな。
ノールがポーションをジュース感覚で飲もうとして怒ったのは懐かしい。
相変わらず変な姉ちゃんとか言われてやんの。実際にそうだから仕方ないけど。
カーム少年はノールに返事をすると、今度は隣にいるフリージアを見て目を丸くした。
「あれ、一緒に居るその人誰?」
「あー、私の知り合いでありますよ」
「へぇ、姉ちゃんは知り合いまで変わってるんだな」
「えっ、私のこと? 私は全然おかしくなんてないんだよ!」
「うっそだぁ。そんなフード被ってるのにおかしくないはずないじゃん」
「えぇ……これとっても可愛いのに……」
おかしいと言われて、フリージアはしゅんと肩を落とした。
まあ可愛いとは思うけど、それで外出したら変わっているように見られるわな。
カーム以外の子供達はノール達にビビッて少し離れているぐらいだ。
「それで、カーム達は何をしていたのでありますか?」
「遊んでたらボールが木に引っかかっちゃってさ。なかなか落ちてこないんだ」
「どれどれ……あっ、確かに上の方にあるでありますね」
木の上を見ると、丸い物が枝の間にガッチリと挟まっていた。
高さは4mぐらいはありそうだ。あれじゃ棒で突いたりしても簡単に落ちそうにない。
登って取るにしても子供達だけじゃ無理だ。それに危ない。
だから上を見上げて途方に暮れていた、と。
「それなら私が落としてあげましょうか? 魔法を使えばあのぐらい簡単だわ」
「兄ちゃん達もいたんだ。って、小さい姉ちゃんは魔導師なのか!」
「ええ、そうよ。このぐらい私に任せなさい」
こういう時はエステルが頼りになるな。
取る方法はいくらでもあるが、それが1番無難だろう。
俺のディメンションブレスレットを使うという手もあるけど、手が突然空中に出てきたら子供達が驚きそうだから止めておこう。
エステルは杖を持ってきていないので、人差し指を伸ばしてボールへ向かってくるりと回した。
すると指先に小さな魔法陣が現れて、風がゴウッと吹き出す。
一直線に風はボールに向かって、激しく木の枝と葉っぱを揺らしたが……それでもボールはビクともしない。
「……あれ、落ちてこないわね。杖がないと調整が難しいわ。それじゃあ次はもっと強めで……」
「待て待て。これ以上強くしたら枝が折れそうだ。仕方がないからここは俺が」
これ以上強い風魔法を撃たれたら、周囲に被害が出そうだ。
町中だからそこまで強い魔法を使ったらやばいからなぁ。
まさかエステルの魔法でもなかなか落ちないぐらいにはまっているなんて。
子供達には他所を見てもらって、俺がディメンションブレスレットで取るか……なんて思っていると。
「なら私に任せてほしいんだよ! これぐらいお手の物だよ!」
「ちょっと待――」
「せいっ!」
いつの間にか石を握りこんでいたフリージアが、ボール目掛けて思いっきり石を投げた。
その次の瞬間、彼女のフードの留め具が勢いで外れ、フードもそのまま脱げる。
ば、馬鹿野郎! だから待てって言ったのに!
幸い少年達は投げた石に意識が向いていたので、急いで俺はフリージアのフードを被せに向かおうとした。
しかしフードが脱げて見えた彼女の耳は……普通の丸い耳だった。
あれ……どういうことだ?
俺が唖然としている中、フリージアが投げた石は直撃してボールは落ちてきた。
そして跳ね返った石を彼女はキャッチして、得意げな顔を浮かべている。
「おお! すげー! フードの変な姉ちゃんやるじゃん」
「ふっふーん! これぐらい当然なんだよ!」
「お陰で助かったよ! ありがとな!」
カーム少年達はお礼を言うと、ボールを手に取って駆け出して行った。
その姿を見て、フリージアは満足気に鼻息を鳴らしている。
なんとか耳がバレずに済んだみたいだな……けど、なんで普通の耳になってるんだ?
思い当たるとしたら……エステルか。
すぐ隣にいる彼女を見ると、俺の視線に気が付いたのか微笑み返してきて、まるで疑問に答えるかのようだ。
「エステル、助かった」
「ふふ、どういたしまして。もしもの時に備えて、ずっとフリージアに魔法を掛けておいて正解だったわ」
フリージアのフードが脱げるのを予期していたのか……。
エステルがいてくれて本当によかった。
「フリージア、お前さっそくやらかしてるんじゃあない!」
「えっ……ああ!? ご、ごめんなさいなんだよ!」
俺の言葉でハッとなり気が付いたのか、フリージアは慌ててフードを被り直した。
留め具をしていたのに脱げるなんて、これだけじゃまだ安心できそうにないな。
外に出すのはまだ早かったのかもしれない。
「まあまあ、フリージアも悪気があってやった訳じゃないのでありますよ。ちょっとぐらい多目に見てあげてほしいのであります」
「けどなぁ……」
「ごめんなさいなんだよ……。もうお家に閉じ込めないでほしいんだよぉ……」
さっきまでの明るい雰囲気はすっかり消え失せて、怯えるようにビクビクとしながら俺を見ている。
うぐっ……ここまでしゅんとされると、また外へ出るなと言うのもちょっとな……。
俺の制止を聞かずに勝手にやったとはいえ、子供達の為にやったこと自体は悪いことじゃない。
「今日は初めて外に出た日だから、興奮しちゃったのよね? 反省しているみたいなんだし、許してあげましょうよ」
「うーん……エステルがそう言うなら……」
「えっ、許してくれるの! やったぁー!」
「けど、もうしばらくは外出する時も付いて行くからな。それとノール、そのフード脱げないようにもう少し工夫しておいてくれ」
「任せるのでありますよ! あっ、それじゃあ服屋とかに寄っていいでありますかね? 他のフードも作りたいでありますし、材料が欲しいのでありますよ」
フリージアは一変して表情をパァッと明るくする。
全く、こいつもホントお調子者だな……けど、これが早い内に起きたのは良かったかもしれない。
フードもあれで留め具が外れるってわかったし、これからはもう少し強固にしてもらおう。
それから俺達はすっかり気を持ち直したフリージアと共に、日が傾くまでブルンネの町を散策するのだった。