シュトガル鉱山
密かに道中ビーコンを配置しながらディウス達と移動を続け、翌日にはシュトガル鉱山の近くにある村に到着した。
石造りの壁で囲まれており、建物などもレンガでしっかりと建てられているものが多かった。
イメージしていた村とちょっと違ったけど、ここは鉱山の中継地点としてそれなりに発展しているそうだ。
その村に1日宿泊して、翌朝には鉱山に向けて出発し、お昼前にはようやく目的地であるシュトガル鉱山へとやってきた。
てっきり大きな山に坑道が開いているのかと思っていたんだけど……俺達の目の前には、地上から螺旋状に地下へ向かって掘られた、大きな丸い穴が広がっている。
これ、直径何mぐらいあるんだ? 1kmは軽くありそうなんですが……。下も相当な深さだぞ。
「うわぁ……これが鉱山なのか。めっちゃ深いじゃないか。これって人が掘った場所なのか?」
「そうみたいだけど、だいぶ古いみたいで詳しくはわからないんだ」
「あら、そんなに古い場所なの? 見た感じ……もう採掘はしていないようね」
「今は魔物が出て来るから、普通の採掘はしていないみたいだよ。その代わり希少種のアイアンガーゴイルを倒すと鉄鉱石を落とすから、軍で鉄が必要な時は国から魔導師達が派遣されて狩りをするんだってさ」
「だからちょっと寂れた感じがするのでありますか。でも魔物を倒して鉄が手に入るなんて、掘るより楽そうなのでありますよ」
穴の周囲にいくつか大きな建物があったけど、既に使われていないのか風化してボロボロになっていた。
魔物が出てくるんじゃ、普通の採掘なんてしていられないもんなぁ。
今も上空を見上げると、岩色の悪魔のような姿をした大きな翼を持つ魔物が十数体飛んでいる。
だけどそうなると、元々は魔物が湧いてくるような場所じゃなかったってことだよな?
一体昔ここで何があったんだろうか……。
「ここの魔物ってどの辺りから湧き出すんだ?」
「この穴の底にさらに横穴があって、そこから出てくるんだ。向こう側からなら見えるんじゃないかな?」
「へぇ、そんなところから出て来るのか。よし、それじゃあその中へ向かうとするか」
いつも通り魔物が湧いてくる場所に行こうと思ったのだが、それを聞いたディウスが目を見開いて大声で叫び出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 正気かい!?」
「ん? 急に慌ててどうしたんだ?」
「どうしたって……この人数でガーゴイルが出て来る場所に入るなんて、どう考えても正気の沙汰じゃないじゃないか! 普通は離れた場所から魔物を誘って、各個撃破するだろう!」
「それじゃ効率悪くないか?」
「えっ……効率?」
ディウスは訳がわからない物を見るような目を俺に向けている。
コロチウムを採りに来たんだから、効率を気にするのは当たり前だと思うのだが。
「……エステルちゃん、もしかして大倉さん達の狩りって、いつもこうなの?」
「ええ、大体魔物が湧いてくる場所に入って倒しているわよ」
「北の洞窟じゃどんどん湧いてくるサソリの中を走って引き寄せながら、魔法で一掃したりしているでありますからね。大倉殿は狩りですぐに効率とか言い出すから怖いのであります……」
「うっわぁ……想像しただけでも胃が痛くなってくる光景ですね……」
ミグルちゃんまで眉をひそめて、関わっちゃいけない人を見るような目で俺を見ている。
そんな目を向けないでほしい。シスハのような狂人ならわかるけど、俺はまだまともだぞ!
「ガーゴイルは魔導師ぐらいしかまともに攻撃できないんだよ? 中に入るならもっと入念に準備して、人数も増やさないと無理だよ。何の準備もなしに行くだなんて、自殺行為だ」
「魔導師ならここにエステルさんがいらっしゃるぞ」
「ふふ、任せてちょうだい。横穴の中に火の弾を撃ち込んで、全部爆破してあげるわよ」
俺が隣にいるエステルに両手を向けてアピールすると、彼女は微笑んで杖と赤い本を取り出した。殺る気満々だ。
それを見てまたディウスが慌てた様子で叫ぶ。
「ぼ、僕達は狩場を壊しに来た訳じゃないよ! そんなことしないでくれ!」
「ちょっとした冗談よ。真に受けないで」
「あはは……今のは私も冗談に聞こえなかったかな……」
俺も本気かと思った……。いやまあ、その坑道らしき穴が崩壊したら割と洒落にならない被害だから、実行する前に止めただろうけど。
念の為に爆発系の魔法はここでは控えてもらおう。誤射でもして崩れてきたら危ないからな。
しかしだ……魔物の湧き場所に入らないのは本当に効率が悪いぞ。
リザードマンのように複数同時に走ってくるならいいけど、ガーゴイルはそういう習性はなさそうだし。
「危険だっていうのはわかった。けど、離れてチマチマとガーゴイルを倒してコロッサスが出て来るのを待つなんて、気が遠くならないか?」
「それはそうだけど……だからって他に方法がないじゃないか」
うーん、Bランクのディウスですら中に入るのを躊躇うレベルなのか。
どうしたものかと考え込んでいると、ノールが会話に参加してきた。
「それなら穴の前まで行って、出て来る魔物を狩るのはどうでありますか? 中へ入るのは確かに危険なのであります。かといって離れた場所から魔物を誘って狩るのも、非効率的なのでありますよ」
「あっ、その手があったか。中に入ることばかり考えてたから思いつかなかったわ。ノールもたまには冴えたこと言うな」
「たまにじゃなくて、私はいつも冴えているのであります! 大倉殿はいつも一言余計なのでありますよ! 失礼しちゃうでありますね!」
ノールは地団太を踏みながら怒っている。
うっかり言ってしまったけど、いつも冴えているかはだいぶ疑問なのだが……。
けど、今回は本当にいい提案をしてくれた。俺とノールも最初はゴブリンの森の中には入っていなかったから、それと同じように狩りをすればよかったのか。
「うーん、それだったらなんとか……でも、ここのガーゴイルはそこそこ強いよ? 穴の前まで行けばかなりの頻度で戦うことになるけど、大丈夫なのかい?」
「ディウスは心配性なのね。私達がいるんだから、100体ぐらい同時に襲ってこない限りは大丈夫よ」
「エステルちゃんは頼もしいね……。だけどガーゴイルはコボルトと違って、本当に強いよ? 硬いくせに結構素早いから、魔導師でも攻撃を当てるのに苦労するからね」
「あら、それはちょっと困りそうね……」
速い相手なのか……それは確かに少し手こずりそうだな。
エステルの魔法は強力だけど、今までの経験上対空相手だと命中させるのは難しそうだ。
魔物を周囲ごと爆破すれば楽に倒せそうだが、それは彼女のMPの消費が多過ぎて長くは続かないだろう。
こういう時ルーナかフリージアがいてくれると助かりそうなのだが……ひとまずガーゴイルのステータスでも確認しておくか。
――――――
●種族:ガーゴイル
レベル:45
HP:3500
MP:0
攻撃力:700
防御力:2500
敏捷:100
魔法耐性:0
固有能力 無し
スキル 切り裂く爪
――――――
弱くはないな。通常のガーゴイルでこれなら、アイアンガーゴイルやコロッサスはそれなりの強さがありそうだ。
これは確かに中に入るのは危なそうだな。やはりステータスの確認は重要だったか。
それにしても、どうもディウス達の口ぶりは、ガーゴイルと戦ったことがあるような感じがするぞ。
「ディウス達はここに来たことがあるのか?」
「うん、何度かここを調査したいって魔導師の護衛として来たことがあるんだ。ここに来てからは、その魔導師の人を中心に戦うことになったけどね」
「いやぁ、本当にあの時は大変だったよね……。駄目だって言ったのに穴の中に入って……あっ」
ミグルちゃんが慌てて口を手で押さえているがもう遅い。
「さっきから異様に嫌がってたのって、もしかして中に入ったのか?」
「うっ……そ、それは……」
「……実は1度だけ魔導師の人があの横穴の中に入っちゃって、追いかけたことがあるんですよ。そしたらガーゴイルがどんどん奥からやってきて、すぐに逃げ帰ったんです。あの時はホントに生きた心地がしませんでした……」
なるほど、だからあれほど必死に止めようとしてきたのか。
準備して入ったのならともかく、急に入ってこのレベルの魔物の大群に追われたらトラウマになるのも頷ける。
さて、狩りの方針も決まったことだし、そろそろ下に降りる前に実際にガーゴイルと戦うとしよう。
「話してばかりいても仕方がないし、ガーゴイルがどんなもんか1度戦ってみるか。ディウス達はどんな風に倒していたんだ?」
「まずミグルに弓でおびき寄せてもらって、向かって来たところをガウスさんが足止め。そこで僕がソニックブレードで気を逸らしてミグルと一緒に抑えつつ、隙を見て魔導師に攻撃してもらっていたんだ」
やっぱりディウス達は堅実な戦い方をしているんだな。
防御力が2500もあるから、魔法じゃないとまともにダメージが与えられないから仕方がないか。
聞いた話を参考にして、今回もミグルちゃんにおびき寄せてもらい、俺がそれを防いでノールとディウスが気を逸らし、そこをエステルに倒してもらうことになった。
まずはいつも通りエステルの支援魔法を全員に掛けてもらう。
「うーん! やっぱりエステルちゃんの支援魔法を受けると、やる気が出てくるよ! 今ならガーゴイルだって貫けちゃいそう!」
「ふふ、喜んでもらえるのは嬉しいわ。そこまで自信満々ってことは、ミグルは矢で石を砕いたりできるのかしら?」
「えっ、流石に砕くのは無理かなぁ……。頑張れば突き刺すぐらいは出来ると思うけど」
Bランクのミグルちゃんでも岩を砕くのは無理なのか。
ラピスを貫いて後ろの岩まで粉砕したフリージアは、どんだけ規格外なんだよ……。
あいつならガーゴイルも1人で倒しちまいそうだな。
戦う準備も整い、ミグルちゃんが矢を弓に番える。
そして上空にいるガーゴイルに狙いを定め呼吸を止めた瞬間、矢を放った。
彼女の放った矢は光を帯びながら進んでいき、吸い込まれるように目標に的中。
矢は弾かれることなく体に突き刺さり、俺達の存在に気が付いたガーゴイルは雄叫びを上げながら降下してきた。
おお、防御力が高いはずなのに矢が突き刺さるのか。しかも一撃で当てるなんて命中力も抜群だ。
ミグルちゃんもやはりBランク相応の実力があるんだな。
「やった! 本当にガーゴイルに突き刺さった! どう、エステルちゃん!」
「ええ、凄いわ。良い腕をしているのね」
「えへへ、そんなことないよー」
「ミグル、喜んでいる場合じゃない! 迎撃の準備!」
「あっ、ごめんごめん」
ミグルちゃんはエステルに褒められ口を開けにへら笑いをしていたが、ディウスに注意されて真面目な表情に戻った。
そして打ち合わせ通り向かってくるガーゴイルを受け止める為、俺がミグルちゃんの前に出る。
降下してきたガーゴイルは、鋭い爪のある手を振り上げ、邪魔をする俺にその手を振り下ろす。
それを鍋の蓋で受け止めるが、軽い衝撃がした程度で済んだ。
やはり強化されてるだけあって、この程度じゃ俺にはダメージは通らないか。
「よし、ノール! 今だ!」
「お任せでありますぅ!」
次にノールとディウスの出番。さっそうとノールが剣を片手に俺が受け止めているガーゴイルへと向かってくる。
……ん? ちょっと待てよ。ガーゴイルのステータス的に、今のノールが攻撃したら……。
そう考えが過ぎったところで。
「――ていっ!」
ノールの掛け声と共に剣が振り下ろされた。
そして彼女の剣は弾かれ――ることなく、ガーゴイルの体をバラバラに粉砕する。
あっ……やっぱりこうなったか。あの防御力だと、既にノールの通常攻撃でダメージが通るんだった。
攻撃した本人は、砕けたガーゴイルを見て首を傾げている。
「あれ、砕けちゃったのでありますよ?」
「もう、一撃で倒しちゃったら私の出番がないじゃない」
「ご、ごめんなさいであります……」
攻撃しようと杖を構えていたエステルが、頬を膨らませてちょっと拗ねている。
一方ノールが一撃でガーゴイルを砕くのを見て、ディウスとミグルちゃんは目を丸くしていた。
「ガ、ガーゴイルを一撃で粉砕って……」
「い、いくらなんでもデタラメ過ぎ! 大倉さん、どうなっているんですか! 大討伐の時もそうでしたけど、ノールさんって本当に何者なんですか!」
「えっ、いやぁ……そんなこと言われても……」
ミグルちゃんが詰め寄って俺に質問をしてくる。
なんとか有耶無耶にしつつその場を誤魔化し、俺達は穴の底にあるという坑道の入り口を目指して移動を始めた。
ふぅ、エステルの魔法にばかり気を取られて、ノール自体のスペックを忘れていたぞ……。




