狂気の副産物
「それにしても大倉殿。随分と早く宿に戻ってきたでありますな」
「そうよね。召喚されたばかりだし、街を少し見学したかったわ」
部屋に入ると、受付の女性が言っていたように大きなベッドが置いてあった。2人程度なら余裕で寝れるだろう。
まだ日が沈むには大分時間があるが、宿に戻ってきた。それにはやることがあったからだ。
「あぁ、それはちと理由があってな。また外に行くから心配すんな」
背負っていたマジックバッグを床に置き、中身を取り出していく。中からは次々とガチャを回す為に狩った、袋詰めした魔物のドロップアイテムが出てくる。
部屋の隅に積み重なる10個の袋。狩りから帰った後に、その日の分を仕分けして冒険者協会に持ち込んでいた。受付の人は毎日のように来るから顔が引きつっていたな。
「こ、この量はなんでありますか……」
「随分と多いわね」
この量を見て、少女2人は困惑している。俺も改めてこの量を見るとアホなんじゃないかと思う。狩りの最中は夢中で拾っていたが、途中で拾うのを止めてもこれか。
ブラックオークは大体25体に1体程度のポップ率だった。50体分狩ったら1250体ぐらいか。5日目で拾うのは止めたが、それでも約6250個の牙か。オーク肉はデカイので、あんまり取らなかったから数は少ない。ちょっと勿体なかった気もするな。
「どうせこいつを処分するのに雑貨屋に行こうと思っていたんだ。ついでにエステルの服やら揃えようと思ってな」
「あら、私に服買ってくれるの? それは嬉しいわ」
先に買ったりして文句言われても嫌だしな。エステルはノールよりも服に無頓着とは思えない。本人に選ばせた方が確実に良い。
「で、バッグから直接出す訳にいかん。だから事前にどれぐらい運べるか確認しようと思ってな」
こんな便利なアイテムがあれば、多分皆使っているはずだ。しかし他の冒険者を見ても、使っている様子は無い。
なので、これの存在は隠しておいたほうがいいだろう。どこで手に入れたとか聞かれても困るだけだ。
「あの……これどうやって持っていくつもりでありますか?」
「おう、頼りにしているぞ」
「やっぱり私でありますかー!」
不安そうな声でノールが聞いてきたので、彼女の肩をポン、と叩く。嫌な予感が当たったのか、悲鳴を上げながら彼女はうなだれた。
狩りをしてもらったばかりで悪いが、こんな量俺じゃそんなに持てないからな。
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「うごご、お、重いのであります……」
「がんばれ、がんばれ」
「応援するだけじゃなく、一緒に持ってほしいのでありますよ……」
ノールが重そうにふんばりながら運び、それを横でエステルが応援している。なんとか全部持てる事がわかったので、雑貨屋まで運んでいる最中だ。街を歩く住民達も、何事かとこっちを見ている。これは目立つな。
俺は3つ程持っているが、やっぱりめちゃくちゃ重い。袋がパンパンで今にも弾けそうだ。
遅れて歩くノールは7つも背負っている。本当に頼りになる奴だな。
「あら、私は肉体労働は苦手だもの。そうね……じゃあ支援魔法だけ掛けてあげる」
エステルが杖を振るうと、光が発生して俺達の体を包み込んだ。すると、不思議と力が湧き袋が軽々と持ち上がるようになった。
「おぉ!? これは凄いでありますよ!」
「こりゃ凄いな、一体何の魔法使ったんだ?」
「身体能力を上げる魔法よ。持続時間は長くないけど、10分は持つかしら?」
驚く俺達を見て、彼女はくすくすと面白そうに笑っている。
いや、あるなら最初から使ってくれよ。それにしてもこの魔法便利だな。どのぐらい上昇するのか後で確認したいところだ。
「魔法って等級とかあるのか? 例えば初級だとか中級だとかさ」
やっぱり魔法と言ったら、上級魔法だとか有るもんだよな。最上級魔法エターナルフォースなんちゃら! とか叫んで使うとかロマンがある。
「さぁ? この世界の魔法の種類は知らないけど、私は思う通りに出す魔法の威力を変えられるだけだもの。水魔法なら小粒の水から、街1つ水没させる量程度ならできると思うわ。やってみる?」
「やるなよ、絶対にやるんじゃないぞ。フリじゃないからな」
「あら、残念だわ」
さらっと恐ろしい事言い始めたぞこいつ。それにしてもかなり適当だな。そういえばさっきも特に詠唱とかしてなかったし、そういうの無いのか。
詠唱とかって凄くカッコいいイメージが有ったから、地味にショックなんだが。
「おう、らっしゃい。今日は……おい、なんだその量は」
「実は少し狩りをしていたら貯まってしまいまして。買取をしてもらいたいんですが、大丈夫でしょうか?」
いつもの雑貨屋に到着し、荷物を床に降ろした。店主のおっさんはその量を見て顔を引きつらせている。
こんな量持ってきたら驚くよな。俺だって驚くもん。
「お前、買取ってこれ全部か? 中身は……牙に棍棒と肉か。ちょっとって量じゃないだろ。どんだけ狩ったんだこれ」
「もうしばらくオークとゴブリンは、見たくないのでありますよ……」
袋を漁り、物を確認していくおっさん。確かにちょっとって量じゃないよね。
彼の呟きに、ノールが哀愁漂う雰囲気で返事をしている。それがどれだけ狩りをしたのか物語っているようで、おっさんは言葉を失っていた。
「すまないが、これ全部は買取出来ん。出来ても1袋分程度だな。金の用意も出来ないし、こんなに買い取ったらしばらく他の冒険者からは買取が出来なくなる」
「そうですか……」
1袋を漁り終え、全部は買取出来ないどころか1袋しか無理だと言われる。流石に量が多すぎて買い取り無理か……完全に過剰供給状態だな。
他の冒険者にこれで恨まれても嫌だし。それにこれ以上ブルンネから冒険者減らすのも申し訳ない。
「お前さん達、こんなに狩れるのならシュティングに行ってみたらどうだ?」
「シュティングにですか?」
王都に行くか。そろそろ他の街に1度行ってみるのもいいかもしれない。
「あんた達ならシュティングの迷宮も入れるだろうしな。それにあっちなら買取してくれる店も多いぞ」
「迷宮?」
「知らなかったのか? 魔物が湧く洞窟みたいなのが有ってな、そこの魔物達は珍しいドロップアイテムを落とすんだ。最近流れて来たのだとこいつとかな」
「こ、これは……」
店主が出したのは、猫柄が入ったパジャマだった。おい、なんでこんなもんがあるんだよ。猫とかこの世界に存在するのだろうか。
魔物からこういうのドロップするってなんだか嫌だな。これ着るのもちょっとな……でも、こういうの落とす迷宮という場所は少し興味が湧いてくる。
「あら、可愛いじゃない」
「良いでありますな。寝る時とか着易そうなのでありますよ」
どうやら女子2名はこれに好意的だったようです。どうしよう、俺の感性がおかしいのかな? これ魔物が落とした物だよ?
「魔物がこんなの落とすんですか?」
「あぁ、他にも様々な物を落とすらしいぞ。ただ、Bランク冒険者でも苦戦するらしい。まあサイクロプスを倒しちまうあんた達なら平気かもしれないけどな」
Bランクでも苦戦か。もう少し戦力を集めてから行くべきだろうか……?
しかし、俺達には魔導師であるエステルも居るし平気かもしれない。とりあえず今後、王都シュティングに行くかどうか考えるとするか。
「そうですね……考えてみます」
1袋だけ買い取って貰い、代金75万Gを受け取った。……本当にアホみたいに狩ってたんだな俺達。
その後、エステルとノール用に魔物産のパジャマを含めた服を購入。お前達は本当にそれでいいのか、と思ったが本人達が喜んでいたので特に何も言わなかった。