協会長からの情報
冒険者であるドルフさんの護衛する馬車と遭遇してから数日移動を続け、俺達はようやく王都へと到着した。
夕暮れ前に街の中へ入り、冒険者協会の前で馬車を止めて、アーデルベルさん達と別れの挨拶をすることに。
「大倉君、今回も護衛をしてくれて感謝するよ」
「いえいえ、こちらこそ今回はご指名していただいて、ありがとうございました」
馬車から降りてきたアーデルベルさんから、依頼達成の証明書を受け取る。
今回は特に戦闘をすることもなく、楽に護衛依頼を終えられた。
いつもこんな感じで依頼を終えられたら素晴らしい。
「娘も君達のおかげで随分と楽しそうだった。いつでもと言う訳にはいかないが、もし機会があれば本邸にも遊びに来てもらえると嬉しいよ」
アーデルベルさんとそう言いながら、懐から細かく何かが書き込まれた紙を渡してきた。
受け取った紙を見てみると、それは王都の地図。
赤く丸が書き込まれている部分がある。たぶんアーデルベルさんの家の位置かな?
「あ、ありがとうございます! 機会がありましたら、是非伺わせていただきます!」
本邸にまでお誘いいただけるとは。
今回の護衛依頼でそこまで信用された……というよりは、エステルがアンネリーちゃんと仲良くなったおかげか。
その当人達がいる方を見ると、アンネリーちゃんがエステルに抱き付きながら、頬を膨らませて不満そうに眉を寄せていた。
「むー、ここでエステルとお別れなんてやだー」
どうやら別れが惜しいのか、離れたくないらしい。
そんなアンネリーちゃんに、エステルが微笑みながら声をかけた。
「仕方ないじゃない。暇があればアンネリーに会いに行くから、元気出して」
「本当! 約束だよ!」
「ふふ、約束するわ」
エステルがアンネリーちゃんの頭を撫でながら約束をすると、彼女は満足したのか抱き付くのを止めた。
慣れてきたのか、エステルも抱き付かれて取り乱さなくなってきたな。
「アンネリー、そろそろ出発するから馬車に乗りなさい」
「あっ……はーい。残念だけど今回はここでお別れだね。エステル、またね!」
「ええ、また会いましょう」
最後にエステルの片手を両手でギュッと握り締めてから、アンネリーちゃんは馬車に乗り込んだ。
そしてエゴンさんが馬車を出発させると、アンネリーちゃんは後ろの窓からこっちを見て手を振っている。
エステルも手を振り返し、それは馬車の姿が見えなくなるまで続いた。
「ふぅ、やっと護衛依頼が終わったな」
「そうでありますね。今回は何事もなく終わってよかったのでありますよ」
途中、他の冒険者が護衛している馬車が事故っていた以外は、特に問題ごとが起きずに済んだ。
あの人達も治療もして馬車も無事だったから、数日もすれば王都に到着するだろう。
さて、俺達は俺達で用を済ませてしまわないとな。
家とか諸々のことは後日にして、まずは護衛依頼の報告を済ませてしまおう。
このまま中に入って……いや、その前に。
「帰る前に冒険者協会に報告に行くけど、シスハは先に帰るか?」
「えっ、よろしいのですか!」
「ああ、報告するだけだからな。早く帰ってルーナに顔を見せてやれよ」
さっきからソワソワと体を動かして、早く帰りたいです! とシスハが体で訴えていた。
協会に報告するだけなら俺だけでもいいし、少しでも早く家に帰してあげよう。
ルーナも寂しい思いをしているはず……寝てるかな。
「そんな気配りしてくださるなんて、さすが大倉さんです! 男前ですね! このー、このこのぉ!」
「肘で突くな!」
よっぽど嬉しかったのか、シスハがツンツンと肘で突っついてきた。
……普段は男らしくないとか言ってるくせに、こういう時だけ男前とか調子の良い奴だ。
●
シスハだけ自宅に帰して、俺とノールとエステルで協会の中へと入った。
すると、久々に聞く女性の声が協会内に響いた。
「あー! 大倉さん!」
受付嬢のウィッジちゃんが、カウンター越しに俺達を見て叫んだようだ。
すぐに近くにいた他の受付嬢さんに軽く叩かれて怒られている。
「あうっ……お久しぶりです。帰ってきていらしたんですね」
「はい、クェレスから護衛依頼を受けて戻ってきました」
「本当にお久しぶりなのでありますよ」
受付へ向かうと、怒られたせいかウィッジちゃんは少ししょんぼりとしていた。
ディウス達と会う為に1度帰ってきたことはあったけど、それからしばらくの間クェレスで活動していたから会うのは久しぶりだ。
やっぱり協会の受付嬢さんは、この人じゃないとしっくりと来ないな。
「お姉さん相変わらず元気そうね」
「元気なのが私の取り柄ですので。……えっと、本日は依頼のご報告でしょうか?」
「あっ、はい」
ウィッジちゃんが落ち着きを取り戻したところで、先ほどアーデルベルさんから受け取った護衛依頼の証明書を提出した。
すぐに目を通してもらい、行きと同じ60万Gを報酬として受け取る。
金貨6枚だけだけど、報酬を受け取る時は気分が高揚します。
受け取った後、さらにウィッジちゃんが声をかけてきたのだが……。
「聞きましたよー。大倉さん達、クェレスの方でもご活躍……あっ」
途中で声を上げ、口に手を当てて、しまった! という表情で挙動が止まっている。
「どうかしましたか?」
「大倉さん達がお越しになられたら、協会長に知らせるよう言われていたんです! 少々お待ちください!」
「えっ」
待っていてくれと手の平で制止のジェスチャーをした後、ウィッジちゃんはカウンターから出て協会の2階へと駆けて行った。
あの慌てぶり……しかも協会長が知らせるように言うなんて、よからぬ報告でもあるのか?
「……俺達、何か問題起こしたっけ」
「特に何もしていないはずだけれど」
「黒い魔光石の話じゃないのでありますか」
「ああ、そういえばクェレスの受付嬢さんが報告したって言ってたか」
王都にはいなかったし、クェレスでも呼ばれるようなことはしていない。
心当たりがあるとすれば、クェレスで散々調べてもらった例の魔光石かな。
少しして、またドタドタを音を立てながらウィッジちゃんが戻ってきた。
「お待たせしてすみません! 協会長がお話をしたいそうなので、お時間いただいてもよろしいでしょうか!」
「はい、構いませんよ」
そのまま俺達はウィッジちゃんに案内されて、クリストフさんのいる部屋へと連れて行かれた。
「やあ、呼び出してしまってすまないね」
「いえ、問題ありません。お久しぶりです」
前回と同じように対面する形でソファーに座り、クリストフさんと話をすることになった。
「クェレスでの君達の活躍を聞いて驚いたよ。なんでもグランディスを2体も討伐したそうじゃないか」
「あっ、はい。狩りをしていたら偶然遭遇したんですよ。明らかに危なそうな魔物だったので、討伐いたしました」
「Bランクに昇格してすぐにこれほどの成果を出すとは。君達を推薦した私としては鼻が高いよ」
Bランクに昇格してすぐにアーデルベルさんの護衛を受けて、それからクェレスでグランディス2体の討伐。
そう思うと長いようで短い期間だったな。短期間の成果としては上出来と言ってもいい。
グランディスは大討伐級の魔物らしいから、それを単独パーティで倒しただけでも期待に応えられたと思う。
「あれはなかなか手応えのある魔物でありましたね」
「そうね。魔法が効き辛かったから、私はあまり役に立てなかったわ」
「ははは……グランディスをなかなか手応えがある程度で済ませる、か。頼もしいお嬢さん達だ」
「いやぁ……本当に彼女達は頼もしいですよ」
あれを相手になかなかで済ます辺り、ノールは本当に底が見えないな。
聞いているクリストフさんの顔が少し引きつって見えるぞ。
ディアボルスを相手にしている時なんて、1人でグランディスとトレントの集団をまとめて粉砕してまだ余裕ありそうだったし……本当に頼もしい。
「さて、雑談はこのぐらいにして本題に入ろうか。大体察しは付いていると思うが、今回呼んだのは君達が見つけたという黒い魔光石についてだ」
やっぱり用件はあの魔光石についてか。
「正直なところ、私も未だにそれがどういう物なのかわからない。ただ、報告を聞いた限りグランディスの発生に関与しているのは間違いないだろう」
「私達の方でも同じような推測はしていますね」
グランディスの発見現場。そして2回目にグランディスに遭遇した時の状況は詳しく伝えてある。
ディアボルスが中から出てきて、あの石を持っていたこともだ。
クェレスの協会から情報は伝わっているはずだから、クリストフさんは今回の件について全て知っている前提で話していいはず。
「そして問題なのは、その魔光石を持っていたという魔物だ。クェレスの方で記録がないというから、預かったその魔物が落とした物をこの協会に運んで調べさせてもらった」
「王都で調べていたのでありますか」
「あら、それならあの魔物が何かもうわかっているのね」
ディアボルスから落ちた角と槍はクェレスの協会に預けたけど、調べる為にこの協会に運ばれていたのか。
王都の協会は本拠地みたいな場所だろうから、エステルの言うとおり少なくともディアボルスの情報はあるだろう。
そう思っていたのだが……エステルの言葉にクリストフさんは無言で首を横に振っている。
えっ……まさか。
「もしかして……王都の協会にも情報がなかった……のでしょうか?」
聞いてみると、クリストフさんは首を縦に振った。
ええ!? マジですか……王都の協会にも情報がないなんて。
「今まで冒険者が倒してきた魔物の情報は、全て協会の方で保管している。だが、あの魔物に関しては今回初めて持ち込まれた物のようだ」
「あの魔物を倒したのは、私達が初めてってことなの?」
「そうなる」
冒険者協会がいつからあるのかは知らないけど、それなりに長く続いてはいるはず。
それなのに情報がないなんて……ディアボルスは一体どこから来た魔物なんだよ。
「現状、協会としては提供できる正確な情報はない」
「王都の協会でもわからないのでありますか……」
「それだともうお手上げね」
おっほ、王都の協会ですらまさかの情報なし。相手は完全に未知の相手ってことか……。
あわよくばこの騒動も解決しちまおうと思っていたけど、手に負えそうにないな。
そう悲観気味に思っていると、クリストフさんは続けて口を開いた。
「正確な情報はないのだが……私の知っている話の中で、もしかすると関係しているんじゃないか、という話なら心当たりがある」
「えっ、本当ですか!」
「ああ、ただしこれは私が昔の資料で知った話だ。本当かどうかもわからない」
「でもでも、何もわからないよりはいいのでありますよ!」
「そうね。良かったら聞かせてもらえないかしら」
おお! さすがは協会長! 頼りになる人じゃあないか!
正確性に欠ける情報だとしても、手掛かりになりそうな物はできるだけ知りたい。
続くクリストフさんの言葉に期待を込めて聞こうとしたけれど……そこから衝撃的な単語が出てきた。
「君達は――魔人、という存在は知っているかね?」
……えっ? 魔人?
魔人って……前にウィッジちゃんから聞いた、既に滅んだっていうあの魔人か?
「ま、魔人……ですか」
「えっと、確か200年前の争いでいなくなったのでありますよね?」
「そんな話もあったわね。人数が少ないのに好戦的だったせいで滅んだって聞いたわ」
俺達の言葉を聞くと、クリストフさん首を縦に振って頷いている。
うわぁ……やっぱりその魔人か。
「どうやら知っているようだね。その魔人なのだが……当時の戦いで、魔物を利用できないか実験をしていたらしい」
「魔物を利用……でもそれって、この国でも今やっていますよね? ワイバーンに魔導師を乗せていると聞きましたが」
魔物を利用……?
そんなことは既にこの国でもやっているみたいだし、そもそも魔物使いだっているはずだ。
「その通りだ。一般的に魔物を利用すると言えば、魔物使い達が操るようなことを指すだろう」
俺の考えは間違ってはいないらしい。
それでも話そうとするってことは、魔物使いが魔物を操ったりするのとは違うってことなのか?
それ以外に争いごとで魔物を利用するなんて……何ができるんだ?
「私の知っている魔人の実験は違っていたようでね。魔物を人為的に発生させたり、魔物そのものを強化できないか、など色々な方法を試していたみたいだ。実験の資料などは見つかっていないから、実際どんな物だったのかわかってはいない」
魔物を人為的に発生、魔物の強化。それだけで心当たりがあり過ぎて体がビクッと反応した。
どちらも少し前に、エステルがあの黒い魔光石の効果を予想して言ったものだ。
俺達が遭遇したグランディスは状況的に、後者の魔物の強化が当てはまるだろう。
「君達の話を聞いた限りだと、今回唐突に現れたグランディスは、その類の物が使われたんじゃないかと私は思っている」
「そ、そうなると……今も魔人はどこかで生き延びている、ということですか?」
つまり、犯人は魔人の可能性があるということか?
200年前の争いで滅びずに、人から隠れて生き残った奴らがいる。そう考えるのが自然だ。
そもそも争いで破れたからって、完全に滅びる訳じゃない。生き残りがいることはあり得る。
マジかよ……そう考えると、グランディスの時に犯人が近くにいなくてよかった。
もしその魔人がGCの魔人と同じ強さだったとしたら、今の戦力じゃ間違いなく犠牲が出る。
GCでは難易度次第で強さは変わったけど、この世界の魔人の強さがどの程度かわからない。
余裕で倒せるぐらい弱いというのもあり得はするだろうけど……できれば戦うのは避けたいな。
「それは私にもわからない。魔人がやっている可能性もあれば、その実験の資料を手に入れた者が行なっている可能性もある。もしくはそれ以外の原因も考えられる」
「結局のところ、何が正しいかわからないってことね」
「うぅ、難しい話になってきたのでありますよぉ……」
相手が魔人だと決まった訳じゃないみたいだ。
どちらにしても厄介なことに変わりはないけど……希望としては後者であってほしい。
結局情報が足りないから推測でしかないが、クリストフさんの話でだいぶ謎が解けてきた気がするな。
「なんにせよ、これは見過ごせるような事態ではない。今後はAランクの冒険者にも協力してもらい、できるだけ情報を集める方針にするつもりだ。大倉君達にも協力してもらうことがあるかもしれない。その時は、どうか力を貸してもらえると助かる」
「はい、私達の出来る限りの協力はさせていただきます」
最後にクリストフさんが頭を下げて協力してほしいと言われ、今回の話し合いは終わった。
協会長直々に頼まれちゃ断る訳にもいかないな。
Aランクの冒険者まで引っ張り出すみたいだから、これからもう少し情報は集まりやすくなりそうだ。
協会を後にして外に出ると、ノールが気難しそうな声を出して頭を捻っている。
「むむむ、なんだか壮大な話になってきた気がするのでありますよ」
「魔人、ね。いきなりそんな存在がいるかもしれないって言われても、実感が湧かないわね」
「そうだな……。俺達にできることは少ないだろうし、今は協会長に任せておこう」
これ以上は俺達単独じゃどうにもなりそうにない。
できることがあるとすれば、魔人と戦うことを想定してさらに戦力強化に励む……しかなさそうだ。