アーデルベル邸
ノール達と狩りをしつつ、王都で家を買ってもいいなと話してから数日後。
「大倉さん、指名依頼が入っていらっしゃいますよー」
「えっ、指名依頼ですか?」
冒険者協会に行くと、受付嬢さんから指名依頼がある言われた。
クェレスで俺達を指名する人となると……クリスティアさんか? また研究の材料でも頼みたいのかな。
そう予想して依頼書を受け取ると、依頼主はアーデルベルさんからの護衛依頼だった。
目的地はシュティングと書かれている。
「おー、アーデルベルさん達、王都に帰るみたいだな」
「護衛依頼でありますか。結構長い間、滞在していたでありますね」
アーデルベルさんの護衛依頼を受けてクェレスに来てから、随分と経っている。
都合が合えば帰りも引き受けますと言ってたから、いつ帰るのか気になっていたが、ようやく帰るのか。
俺達も王都の話をしていたから、ちょうど良いタイミングだな。
……あれ? 依頼の内容以外にも、下の方に何か書いてあるぞ。
依頼書の備考欄のような部分を読むと、クェレスを発つ前にアーデルベルさんの家へ、エステルを必ず連れて来てほしいと書いてあった。
行ける日を協会に伝えて、その日に馬車で迎えに来てくれるそうだ。
「クェレスを出発する前に、俺達に用事があるみたいだぞ。エステルを連れて家に来てほしいってさ」
「あっ、本当でありますね。エステルを必ずってことは……あの子の頼みでありましょうか?」
「うーん、エステルをご指名ってことはそうだろうな」
間違いなくアンネリーちゃんの頼みだと思う。
護衛依頼前に会いたい理由が何かあるのか?
一応依頼として受けているから、俺達も同行した方がよさそうだな。
エステルがアンネリーちゃんの家に遊びに行った時、凄い家だったと聞いていたから興味があるぞ。
●
自宅に戻りエステルにこの話を伝えた。
「えっ、アンネリーの護衛依頼をするの!」
「ああ、だけどその前に1度家に来てほしいみたいだ」
「何か用があるのかしら。ふふ、どちらにしても楽しみだわ」
話を聞いたエステルは、嬉しそうに笑いながら頬に手を当てている。
前は消極的な感じだったけど、今は見た目相応のあどけなさだ。
王都に戻ったら、アンネリーちゃんともっと遊ぶ機会を増やしてあげたいな。
そうなると、やっぱり王都に拠点を設けるのはいいのかもしれない。
喜ぶエステルの姿を見てそう考えていると、シスハの膝の上に座って頭を撫でられていたルーナが、腑抜けた声を出して口を開いた。
「また護衛依頼をするのかー」
「どこからどこまでの護衛なんでしょうか?」
「クェレスからシュティングまでだ。アーデルベルさん達の帰りの依頼なんだよ」
「えー、クェレスからシュティングですか……」
シスハが眉をひそめて露骨に嫌そうな顔をしている。
そんな顔するなよ……。
「またルーナさんが10日近くも1人になっちゃうじゃありませんか」
「依頼なんだから仕方ないだろう。そのぐらい我慢してくれ」
「そうだぞ。しっかり依頼をしてこい」
「ですが……」
「私はちゃんと寝ているから安心してくれ。自宅の警備は任された」
ルーナがドヤ顔で俺に向けて親指を立てている。
いや、シスハを説得してくれるのはありがたいけど、誇らしそうに自宅警備をするって言うのはちょっと……。
「うぅ、ルーナさんがそうおっしゃるなら仕方ありませんね……」
「それで納得するのでありますか……」
はぁー、とため息を吐きながら、シスハはルーナを抱き締めて諦めたご様子。
あれだけで説得できるのか……シスハがちょろいのか、それともルーナが凄いのか……。
ま、まあ、とりあえず納得してくれたならいいか。
だけど、やはり10日近く掛かるっていうのは長く感じるな。
「ビーコンとかが使えれば、こういう護衛依頼でも日数掛けずに済むんだけどなー」
「あっ、そうですよ。その手に限るじゃないです。今回それを実行してみてはいかがですか?」
「いやいや、そうもいかないだろ。いくら信用できる人でも、ビーコンの存在がバレるようなことはしたくないぞ」
アーデルベルさん達なら、言わないでくれと頼めば大丈夫だと思うけど、うっかり口が滑ったりする可能性がないとは言えない。
最悪エステルの魔法ってことで、誤魔化して使うことは可能だ。
だけど、普通の護衛依頼でそこまでしてビーコンを使うこともないだろう。
10日間も掛かる距離をお手軽に移動できる方法があるというのは、可能な限り他人に知られない方がいいはずだ。
そのリスクは減らす為に、王都に拠点を設けようと考えたんだからな。
「それなら仕方ないですか……。はぁ、人前で使っても大丈夫なら、活用法も多そうなんですけどね」
「輸送をする仕事をしたら、需要がありそうよね」
ビーコンで輸送、か。それができたら、たしかに需要はありそうだ。
町から町に一瞬で移動できるなんて、夢のようなことだからなぁ。それだけで働く必要がないぐらいには稼げそう。
……待てよ? むしろそれを餌にして、俺達の魔石集めを手伝ってくれる人を集めることだって……はっ!?
いかんいかん、魔石のことを考えたらつい邪な発想が出てしまった。
そんなことをしたら色々と面倒ごとが起きそうだし、やっぱり隠しながら使うべきだな。
●
協会に言付けをしてから数日後。
俺達は迎えに来てくれた馬車に乗って、アーデルベルさんの家へ向かった。
御者はエゴンさんがしてくれている。
エステルの同行として、俺とノールも一緒だ。
ノールは馬車に乗る時酷く怯えていたが、今はご機嫌な様子で窓から外を見てはしゃいでいる。
やはりお金持ちの馬車だけあって、揺れも少なく良い造りをしているようだ。
クェレスも道が整備されているから、前に乗った馬車とは比べものにならないぐらい快適な乗り心地。
しばらく揺られながら外を眺めていると、ようやく到着したのか馬車が止まった。
そして窓から外を見てみると、俺達の家より遥かに大きい、堂々とした門構えのお屋敷が。
「デカッ!? さ、さすが金持ちの屋敷だな……」
「凄いでありますね! これが豪邸というものなのでありますか!」
「王都の本邸はもっと大きいみたいよ」
何坪あるのかわからないほど広い庭。
門から続く白い道が家の玄関まで続いており、その周囲は緑の芝生で敷き詰められている。
……凄いとは聞いていたけど、ここまで大きいのか。俺達の家10個分は余裕で超えてる大きさだぞ。
驚いて唖然としていたが、馬車の扉が開いて我に返った。
「エゴンさん、ありがとうございました」
「いや、お礼なんていいさ。呼んだのはこちらの方だからな」
馬車から降りてエゴンさんにお礼を言うと、俺達は屋敷の方へと案内された。
「はぅー、綺麗なのでありますよー! ぴっかぴかでありますよ! 私達のお家と全然違うのであります!」
「あんまりキョロキョロと見るなって。恥かしいだろ」
「でもでも、本当に凄いのであります! 使用人さんまでいるのでありますよ!」
「ふふ、私も最初に来た時は驚いたもの」
屋敷に入った直後、ノールが中を見回し、両手を上下にブンブンと動かしながら声を上げた。
玄関だというのに、めちゃくちゃ広い。壁も真っ白でピカピカだ。
すぐ近くには2階へ登れる階段まである。
天井は高くて、魔光石のような発光する物が付いたシャンデリアがぶら下がっていた。
明らかに高そうな壷や銅像みたいなのも置いてあり、入った瞬間から俺の場違い感が凄まじい。
さらに驚いたのは、中で出迎えてくれた金髪の美人なメイドさんだ。
シスハとかがいるから、美人は見慣れていたはずだったけど、こういう格好をしている人を見ると、こう……ワクワクする。
「ようこそお越しくださいました」
「あっ、どうも。おぉ……これがメイドさん。……ん?」
初めて見る本物のメイドさんをついつい凝視していると、すぐ傍から猛烈な視線を感じた。
チラッとその方向を見てみると、エステルが満面の笑みで俺を見つめている。
「あっ――ま、待たせても悪いから、早く行きましょうか!」
「は、はい……」
それを見て背中に冷や汗を感じつつ、すぐさま誤魔化すように案内してくれとメイドさんに頼んだ。
シスハがいつも、エステルに見られて怖いとか言っていたけど、まじで怖いな……。
「アンネリー様、大倉様達がお越しくださいました」
『あっ、中に入ってもらって!』
ビクビクとしながら、2階へ上がったメイドさんに付いていき、少し歩いて目的の部屋へと辿り着いた。
メイドさんが扉をノックして俺達が来たことを伝えると、アンネリーちゃんの元気な返事が聞こえる。
許可をもらったメイドさんが扉を開けてくれたので、さっそく中へ。
すると、アンネリーちゃんが駆け寄ってきて、エステルへと抱きついた。
「エステル! 来てくれたんだー!」
「んっ……もう、アンネリーは相変わらずね」
抱き締めながら頬ずりをするアンネリーちゃんに、エステルは頭を撫で返して微笑んでいる。
いやはや、可愛い女の子同士が仲良くしている光景は、かくも素晴らしい。
「ふふふー、エステルって抱き締めると気持ちいいんだもん」
「うんうん、その気持ちはよくわかるのでありますよ」
アンネリーちゃんの言葉に、ノールが頷きながら同意している。
宿に泊まっていた時は、しょっちゅうエステルを抱き締めながら寝ていたもんなぁ。そんなに抱き心地がいいのだろうか……。
エステル達を見ながらそんな感想を抱いていると、部屋の中にもう1人女の子がいることに気が付いた。
薄水色の短髪をした女の子……マイラちゃんだ。
「エステル、お久しぶりです」
「あら、マイラも来ていたのね」
「うん、私が王都に帰っちゃうから、その前に会いたくて。エステルも一緒に行っちゃうから、ここで顔合わせしたらどうかなって」
どうやらマイラちゃんも、お呼ばれしていたみたいだ。
なるほど、クェレスから離れてしばらく会えなくなるから、その前に皆で集まりたかったのか。
「そういうことだったの。ふふ、それは嬉しいわね」
「私もエステルさんとまたお会いできて嬉しいです」
マイラちゃんの返事を聞いたエステルは、ちょっと顔をしかめている。
ん? 普通の挨拶だったけど、何か気になる点があったのか?
「またさんが付いてるわよ。全く、マイラはいつも固いわね。ほら、もう少し気を抜いたらどう?」
「むぐっ……にゃ、にゃにをするんですか……」
「そうそう、マイラは普段から真面目すぎるよー。ほらほら、笑ってー」
「ちょ……くふっ、やめ……くすぐっ……ふふっ」
エステルがマイラちゃんの両頬に手の平を当て、ギュッと軽く押して引いたりしている。
それに便乗して、アンネリーちゃんが後ろから両脇をくすぐり始めた。
マイラちゃんが顔を変形させながらも、必死にそれに耐えて笑い声を押し殺している。
そういえば、前にさん付けしないでって言ってたな。だからちょっと顔をしかめたのか。
いやぁ、3人とも本当に仲が良さそうにしている。この前もこんな感じで遊んでいたのかな。
「俺達は外にいた方が良さそうだな」
「そうでありますね。エステルがあんなに無邪気になっているなんて……良かったのでありますよ」
じゃれあっている3人に気が付かれない様に、俺とノールは部屋から出た。
すると、ちょうどこの部屋に向かってきていたのか、アーデルベルさんがこっちに歩いてきていた。
「おぉ、大倉君」
「あっ、どうも。お邪魔しております」
「お邪魔しているのであります」
「いやいや、こちらこそ娘の頼みで呼んでしまってすまないね」
軽く挨拶を済ませると、アーデルベルさんがお茶でもどうかと言うので、一緒にお茶でも飲みながら話をすることに。
これまたご立派な別室に連れて行かれて、ミルクティーをいただいた。
「むっふふー! このお菓子美味しいのでありますぅ!」
それと一緒に出された、クッキーのような小麦色のお菓子を見て、ノールが高い声を上げて喜んで食べている。
うおォンっと、まるで人間火力発電所のように……って食い過ぎだから!
「おい、あんまりバクバクと食うんじゃない!」
「ははは、沢山あるから大丈夫だよ。好きなだけ食べてくれ」
「本当でありますか!」
「あはは……本当にすみません」
メイドさんが追加のクッキーを持ってきてくれて、それをノールはパクパクと食べている。
アーデルベルさんがいいとは言ってくれたけど、少しは遠慮というものをだな……。
隣にいるノールに呆れながらも、俺はアーデルベルさんと話を始めた。
「いやぁ、今回も君達に依頼を頼めて良かったよ。最近クェレス周辺に発生していたトレントは治まったみたいだが、やはり実力のわかっている冒険者に頼んだ方が安心できる」
「信用していただけるのは嬉しい限りです」
「んぐっ……任せてほしいのでありますよ!」
「頼もしいお嬢さんだ。今回もよろしく頼むよ」
途中でノールが食べるのを止めて、胸をドンッと叩きながら任せてほしいと言う。
美味いお菓子も食べさせてもらったから、やる気は十分漲っているだろうな。
アイマスクで顔は隠しているけど、今は目を輝かせているに違いない。
「またこの町に来る時も君達に頼みたいものだ。今度は魔導祭の頃になるだろうけどね」
「魔導祭、ですか?」
「名前からして魔法のお祭りでありますかね? 楽しそうなのでありますよ」
何気ない話かと思いきや、知らない単語が出てきた。
魔導祭……名前からして、魔法に関係あるイベントだっていうのはわかるけど……。
「君達は知らなかったのか。魔導祭というのは、年に1度行なわれるリスタリア学院の行事だよ。生徒達が魔法を使って成果の発表などを行なうんだ」
「そんなイベントがあるんですか」
「魔法を使った行事なんて、楽しそうでありますね! 行ってみたいのでありますよ!」
「確かに面白そうではあるけど……」
うーん、文化祭と同じようなものかな?
マイラちゃんもそれに参加するから、アンネリーちゃんもまたクェレスに来るってことか。
その時はエステルも一緒に行けるように考えておかないとな。




