エステル召喚
「あむ……ん~、美味しいでありますよ」
「そうか、それは良かった」
「本当に今日は食料を食べちゃっていいでありますか?」
「あぁ、お礼だからな。おかわりもいいぞ。働いた分しっかり食え」
「本当でありますか! わーい!」
白銀のヘルムを被った彼女は、ハンバーグを頬張って嬉しそうにしている。
爆死してから次の日、俺はノールに昼食を食べさせていた。お礼は何がいいか、と聞いたらガチャの食料が良いというのだ。
もっと服が欲しいとか、装飾品だとか、そういう女の子っぽい物より食事がいいと。オーク肉は嫌だと言っていたが、食料から出た肉ならいいのな。
ガチャから出たアイテムは、後日しっかり整理しようと思う。数が多すぎて時間を取らんとやってられん。
「あむ……それで、昨日出た彼女はいつ呼び出すでありますか?」
「うーん、どうしようか」
悩む、あいつを出していいのか非常に悩むぞ。
性能評価で言うならば、URの中でも上のほうだ。見た目もかなり良い。しかし性格を考えるとなぁ……実際にやり取りをするとなると不安だ。
「魔導師でありますよね? 一緒に戦ってくれるなら、かなり心強いでありますよ」
「んー、そうなんだけどな……」
エステルの職は魔導師。火、水、風、土、闇、光、そして支援魔法も使える凄い奴だ。
是非ともパーティに入ってもらいたい人材だな。
「そうだな。とりあえず呼び出してみるとするか」
今はまだ宿にいるのだ。ここで呼び出すと人目に付く。部屋で出してしまったら、宿屋の人達にいつ入ったんだと変な疑問を抱かせる可能性もある。
なので外に行って彼女を召喚しようと決めたのだ。
●
「おぉ、こんな風に私も呼び出されていたんでありますな。ちゃんと地面で召喚してもらえて、羨ましいのでありますよ」
「その時の事は本当にすまないと思っている」
街の外に移動し、人気が無い所にまでやってきた。
そこでスマホを取り出し、アイテム欄からエステルの召喚石選択する。召喚コストは22と表示された。結構ギリギリだな。
使用しますか? と出たのでタップするとスマホの画面が輝き始め、光が溢れ出す。
「ん……」
光が人の形になって1人の少女が目の前に現れた。見た目はノールよりも幼げ。
肩辺りまで伸びている灰色の髪。一部をツーサイドアップにしているのが愛らしい。灰色の肩掛けを羽織りミニスカートの周りにさらに腰巻の前が開いたスカートを着けている。
背もノールより低く、不釣合いな長さの紅い宝石が付いた杖も持っている。
「お兄さんが私のマスターさん?」
「そうですよ。私は大倉平八です」
「私は騎士のノール・ファニャでありますよ」
少しして目を開くと俺と紅色の目が合った。ちょっと釣り上がり気味の強気な感じだ。そして目を細め笑うと、俺がマスターかと質問される。
なんだろう、凄く可愛らしい笑顔のはずなんだが、一瞬ゾクッとしたぞ。
「ふふ、そう」
エステルはそう呟き微笑む。
そして今度は彼女の自己紹介が――始まらなかった。ずっとニコニコと笑いながら俺達を見ているだけ。場の空気が凍っている。
「いや、自己紹介しろよ!?」
「だって知ってるんでしょ? ならいいんじゃないかしら」
困ったように首を傾げ眉をしかめる彼女。
つい勢いで素が出ちまったぞ。知ってるけどさ、知ってるけどやっぱりこういうのはやっておこうぜ? 隣にいるノールも言葉にならないのか、おおぅ……と呟いて固まっているぞ。
見た目は幼げ、しかし口調は大人びてるというか掴み所が無い感じが受けてGCでも人気なキャラだった。俺も大好きだ。
だが実際に話すとなると辛い。なんかいつもの調子を崩される。
「いや、あの、やっぱりお約束という物がありますしね?」
「だって面倒くさいんだもの。それで、お兄さんは私になんの用なの? あとその口調気味が悪いから止めてほしいわ」
頬を膨らませて怒ったような仕草をしている。
そして俺の口調が……気味悪いだと!? せっかく初の対面だから丁寧にしているというのに、どいつもこいつも気持ち悪いとはどういうことだ。
「き、気味が悪い……だと……」
「そこは同意でありま――なにふるでありまふかー!」
ノールがうんうんと首を縦に振りそれに同意している。なんだかノールに言われると非常に腹立たしいので、頬を引き伸ばしておいた。
「まあいい。エステル、俺達と一緒にパーティを組んでくれ」
「どうして?」
想定外の返事に、一瞬頭が真っ白になった。
えっ、どうしてって。まさかどうして、とか聞かれると思わなかった。普通このまま手伝ってくれる流れだろ。
「えっと……一緒に魔物とか狩っていただけないかと……」
「なんでそんな畏まった言葉になっているんでありますか」
くっそ、笑いたきゃ笑えばいい。思わずまた丁寧口調で話しちまったよ。
「うーん、そうね。本当は冒険者なんて嫌だけど、お兄さん面白そうだからいいわ」
そっぽを向き、頬に指を当て悩んでる素振りを彼女は見せる。凄く演技臭がする動作だなおい。
一応俺に協力してくれるみたいだが、面白そうだからいいってなんだよ。
「それならよかった。とりあえずよろ……なんで冒険者やるって知ってるんだよ」
「最初に言ったでありますよね? 召喚者の知識と記憶がある程度貰えるって。なので、彼女は最初から分かっていたはずでありますよ。そもそも、私達が大倉殿の同行を拒否するのは、有り得ないのでありますがね……」
呆れたようにノールは説明してくれた。
そういえばそんなこと言っていた記憶があるような。つまり、エステルは分かっていてやっていたと? どこまで分かっていたんだ……やだ、なんか怖い。
それにしても拒否は有り得ないか。俺が召喚者だからか?
「ふふ、どうかしらね。とりあえずよろしくね、お兄さん」
意味深に微笑みながら挨拶をされた。
やだ、何この娘。やっぱり怖いんだけど。
●
「お帰りなさいませ。あれ……そちらの方は?」
召喚を終え、俺達はまた宿に戻ってきた。ガチャの為の狩りに疲れたので、しばらくは狩りをしない予定だ。
宿に入ると、いつも受付をしてくれる宿の女性が出迎えた。
「今日から一緒のパーティになった娘です。2部屋借りようと思うのですが、部屋空いてますかね?」
エステルを前に出して紹介をしておく。平気か? と思ったが彼女は素直にお辞儀をして挨拶をした。良かった、案外素直な奴なのか?
挨拶も終えたし、早速部屋を借りようと思う。ノールとは2人だったから1部屋で借りていたが、もう女性2人だ。
これなら彼女達を同じ部屋にして俺は1人部屋でいいだろう。流石に女性2人と男1人では同じ部屋は辛いだろう、俺がね。
「はい。それでしたら――」
宿屋の女性が早速部屋を選び返事をしようとする。だが、それは途中で遮られた。
「あら、私はいいわよ同室で」
「私もそのままでいいのでありますよ」
……こいつらは一体何を考えているんだ? もう金の余裕も有るんだ、無理に全員で固まる必要は無い。
「いや、女2人になったんだからそっちは2人で泊まりなさいよ。俺1人で泊まるからさ」
「そんな、ズルいでありますよ! 1人で1つの部屋に泊まるなんて!」
「えぇ、そうね。それはとってもズルいと思うわ」
ちょっと何言ってるのかわからない。なんだよズルいって、どういう事だよ。エステルは面白そうに笑いながら便乗してるし。
男女が一緒の部屋に泊まる事の方がやべーよ。ノールは残念系で顔も見えんからどうでもいいけど、エステルは止めてくれ。
見た目は凄く好きなキャラなんだ……性欲はなんとかお風呂でセルフしているが、何か有ったら欲が出ちまうかもしれない。
「そういう問題じゃ……じゃあ3部屋借り――」
「ねぇお姉さん。この宿に3人部屋ってないの?」
ズルいと言うなら部屋を3部屋借りればいいじゃない。俺はそう思い借りようと言おうとした。
だが、それをエステルに遮られる。
「ベッドは2つしかありませんが、片方が大ベッドになっている部屋ならございますよ」
「じゃあそこでお願いできる?」
女性が説明をし、エステルが了承してしまった。今すぐ変更するように言わないと。
しかし、本当にこのチャンスを逃していいのか俺? 美少女2人と同じ部屋なんだぞ? と悪魔的な囁きが聞える。大ベッドってことは、ノールとエステルが同じベッドで寝るのか。見たいぞ、かなり見たい。
それに2人がどんな会話するかも気になるし……いや、やっぱ駄目だ。ここはビシッとエステルに言って訂正させるのだ。
「おい!? 何勝手に――」
「あら、別にいいじゃないの。それに、お兄さんだって嫌じゃないでしょ? それとも……嫌なの?」
「いえ、その、嫌じゃないです……」
背が低い彼女が、上目遣いで聞いてくる。やばい、これはやばい。なんという破壊力なんだ。止めてくれ、それは俺に効く。
結局俺は言い返すことが出来ずに、そのまま了承してしまった。
「ふふ、そうよね。……私を出そうか悩んでいたの――たっぷりと後悔させるんだから」
鍵を借り、部屋へと向かう。その途中、エステルが何かを呟いていたが、後の方は俺には聞こえなかった。
しかし、とてつもなく背筋がゾクッとしたのは気のせいだろうか。