黒い魔光石の効果
出掛ける支度も終えて、クェレスに移動し宝石店へとやってきた。
「おぉー、ここが頼んだ宝石店なのでありますか」
「それっぽい雰囲気ね」
「もっと大きな店を想像していたが、小さいな」
宝石店を見たノール達は、最初に来た時の俺とシスハと同じ反応をしている。
そして中へ入ると、これまた同じ反応をした。
「す、凄いでありますね! 宝石が夜空の星みたいに輝いているのでありますよ!」
「それは言い過ぎ……でもないわね。お兄さんから貰った物も綺麗だったけど、ここの宝石はどれも綺麗ね」
前と同じように、薄暗い店内で色とりどりの宝石が輝いていた。
ノールは興奮した様子でディスプレイに噛り付いて、宝石の付いた装飾品を眺めている。
エステルやルーナもそれに続いて、ディスプレイを眺め感嘆の声を漏らしていた。
「どうでしょうかルーナさん。何か参考になりそうな物がありましたか?」
「うーむ、悩む。ブローチと言っても色々とあるのだな。シスハ達が私達に何が良いか選ばせようとしたのもわかる」
「そうですね。大倉さんと宝石店を巡っている間参考に見ていたのですが、私も段々選ぶのに自信がなくなってしまいましたから……」
ちょっと背伸びをしてディスプレイに寄り掛かりながら、ブローチを見ているルーナにシスハが声を掛けた。
本人はブローチが良いと言っていたが、それでもデザインでどんなのがいいか悩んでいるようだ。
シスハも参考にしたいからって、穴が空きそうなぐらいよく見ていたからな……。
見れば見るほど、どれがいいのか悩む泥沼にはまっていたように思えるけど。
「あら、お兄さんと2人でこういう風に宝石店巡りをしていたの?」
「えっ、いえ、そうですけど……べ、別にやましいことなんてありませんよ!」
「ふふ、そう怯えないで。ただ聞いただけじゃない」
エステルがニコニコとしながらシスハを見ている。
怒っているようには見えないけど……シスハは何度も地雷を踏み抜いて、部屋に連行されることがあったせいか、微妙にトラウマになっているみたいだ。
俺の見た感じ、今回のエステルは特に気にしているようには見えない。
ノール達はまだ店の中を見回りたそうにしていたので、俺とシスハで先に店員さんと話をしようとカウンターにあったベルを鳴らして呼んだ。
「はいー、お待たせして……あっ、さっそく来てくださったんですね」
「どうも」
「昨日の今日で申し訳ありません」
カウンターの奥にある部屋から、最初に対応してくれた女性が出てきた。
やっぱり今日は男性の店員さんはいないみたいだ。
無事渡せたことを伝え、エステル達も呼んでどんなブローチと首飾りをするのか相談をすることになった。
ノールだけは興味津々な様子で、飾られている装飾品を見ている。
よっぽど気に入ったんだな。
「この子達への贈り物だったんですか。お2人共可愛らしい子ですね」
エステルとルーナを店員さんと向かい合う形で席に着かせると、店員さんは少し驚いた顔をしていた。
考えてみれば、エステルやルーナはまだ幼く見えるから、他人から見たらこの2人が渡した相手と知ったら驚くのも無理ないか。
常に接している俺達からすると、2人共見た目と違って幼く思えない言動だからそこまで違和感がなかった。
「あら、ありがとう」
「むぅ……ありがと」
褒め言葉を受けたエステルは笑顔で応えているが、ルーナはそっぽを向いて短い返事をした。
ルーナは俺達以外と会話するどころか、会うのすら皆無だから、あんまり慣れていないみたいだ。
「本当に綺麗な宝石でびっくりしちゃったわ。魔法で加工したって聞いたのだけど、どんな風にやっているのかしら」
「気に入っていただけたのは、私共としても大変嬉しいのです。ですが、加工に関してはちょっと……」
「あら、ごめんなさい。つい興味があったから聞いてしまったわ。大切な商売道具だものね」
店員さんが申し訳なさそうな顔で答えると、エステルも軽く頭を下げて謝っていた。
魔法で宝石の加工をしているからか、興味があったみたいだ。
それで商売しているんだから、教えては貰えないだろうな。
……エステルなら教えてもらえなくても、自力でどうにかやってしまいそうだけど。
それから俺達も会話に参加して、どんな物にするのか相談を始めた。
そしてある程度話がまとまり、後は本人達と店員さんだけで決めてもらうことに。
なので俺は席から離れて、さっきからうろちょろと店内を歩き回っていたノールに声を掛けようと近づいた。
「はふぅ……」
髪留めが展示されているディスプレイに張り付きながら、ノールは声を漏らしている。
随分と熱心に見ているな。そんなに気に入った物でもあったのか?
「どうしたんだ、そんな声出して」
「あっ、大倉殿。可愛い物ばかりで、見入ってしまったのでありますよ」
「ノールが食べ物以外に見入るなんて、この後槍でも降ってきそうだな」
「本当に失礼でありますね! 私は乙女だっていつも言ってるでありましょ!」
「乙女って自称するものじゃないと思うんだが……」
ノールはブンブンと両手を上下に振って、俺に体で抗議を示している。
こういう物にちゃんと興味を示すなんて……槍は言い過ぎたとしても、雪でも降りそうだな。
だけど食べ物と変なぬいぐるみ以外でも、ちゃんと女の子っぽい物に興味がありそうなのは安心した。
「ノールはどんな物が欲しいんだ?」
「そうでありますねぇ……。髪留めかブレスレットがいいのでありますよ」
おっ、シスハと予想した通り、髪留めが欲しいのか。
ノールならもっとぶっ飛んだ物言うかと思ったが、割とまともだな。
綺麗な銀髪をしているから、似合いそうではある。
「そっか。毎日行ける訳じゃないけど、満足できる原石が採れる様頑張ろうか」
「はい、なのであります!」
「あっ、ついでに魔石狩りもあるからよろしく」
「えっ、そんなの聞いていないのでありますよ!?」
魔石狩りがあると言うと、ノールは俺の両肩を掴んで必死になって揺さぶってきた。
はっはー、これでノールも俺とシスハの魔石狩りに参加だ。
俺達だって原石集めだけじゃなくて、魔石集めもしていたからな。
致し方ない犠牲だ、仕方ないね。
●
装飾品をどうするのかも決まり、宝石店を後にした。
エステルの首飾りは、鳥かごのような物の中心にルビーがはまっているデザイン。
ルーナのブローチは、彼女の髪飾りであるコウモリに似た動物の形で、宝石を中心にして手で掴んでいるようなデザインとなった。
うーむ、俺達が考えていたら、絶対その形にはならなかっただろうな……。
「さてと、次は冒険者協会に行かないとな。ルーナ達は先に帰ってていいぞ」
「うむ、助かる。シスハも一緒に帰ろう」
「そうですね。大倉さん、大丈夫ですよね?」
「平気だぞ。今日は2人でゆっくりしていてくれ」
ルーナは気分が良さそうにしているから、今日は狩りをせずにシスハとゆっくりさせてあげよう。
最近はシスハと狩りしてばかりだったし、協会での用事が終わったらノールでも連れて狩りでも行くか?
既に魔石は1000個超えているのだが、俺の内心で目標にしている2000個まで、魔石を集めるのを止めない!
多くて損することもないし、出なければ次のガチャへの貯蓄にもなるからね。
協会へはいつも通りノールと行くつもりなので、ルーナとシスハ、そしてエステルを自宅に送ろうとしたのだが……。
「お兄さん、今日は私も協会に一緒に行っていいかしら」
エステルが自分も行きたいと言い出した。
「えっ? いやぁ、それは……協会に話を聞きに行くだけだぞ?」
「ええ、構わないわ。最近お兄さんと街中を歩いていないから、たまにはいいでしょ?」
うーむ、クェレスだとエステルは注目されやすいから、あまり連れ歩くのは……。
そう悩んでいると、ノールが声を掛けてきた。
「大倉殿、いいんじゃないのでありますか? 外に出歩くことも減って、エステルは部屋で本を読んでばかりであります。そろそろモフットの小屋に引き込んで、私達と遊んでもらおうかと考えていたぐらいでありますよ」
「それは遠慮したいわね……」
ノールが腕を前に出して襲い掛かる仕草でエステルに近づくと、彼女は両肩を押さえながら引きつった表情で後ずさっている。
このままだと、エステルはモフットの小屋に仕舞っちゃおうね、されてしまう。
まあ、たまになら連れて行くのも大丈夫かな。部屋で本を読んでいるばかりなのもどうかと思うし。
「うーん……そうだな……。よし、じゃあエステルも一緒に行くか」
「ふふ、やった。ノール、ありがとね」
「いえいえ、お礼を言われるほどでもないのでありますよ」
俺の返事に、エステルは胸の前で両手をグーにして喜んでいる。
協会に行くだけというのに、こんなに喜ぶとは……ちょっと嬉しいな。
さっそくシスハとルーナを自宅へと送り、俺とノールとエステルはクェレスの冒険者協会へと向かった。
「あっ、大倉さん」
「どうもです。あの件について、何か進展はありましたか?」
「はい、来ていただいたらそのお話をしようかと思っていたんですよ。ここじゃ話せないので、とりあえずこちらへどうぞ」
挨拶をすると、いつもの受付嬢さんがカウンターから出てきて、協会内にある個室へと案内してくれた。
そして用意されていた机の席に向かい合うように座る。
わざわざ個室で話すなんて……もしかして深刻な話なのか?
「それで、あの魔光石に関してどんなことがわかったのかしら?」
「はい、まだ全てがわかった訳ではないのですが、あの魔光石に込められていた魔法の一部がわかりました」
おぉ、ディアボルスの持っていた魔光石に関して、ようやくわかったことがあるのか。
「周囲の魔素を急激に吸い上げて、それを変換して再度放出するみたいなんです」
「吸い上げて変換、ですか」
「どんな物に変換されるのでありますか?」
「申し訳ありませんが、そこまではまだわかっておりません……」
受付嬢さんが申し訳なさそうに顔を伏せている。
あれれ……それだけしかわからなかったのか。
もっと具体的なことがわかったのかと思ったのだが……。
「一応この報告はこの協会の協会長にもお伝えしてあります。王都の協会長にもお話をすると言うので、今後大倉さん達にさらに詳しく話を聞くことになるかもしれません」
そう言われて、個室での話は終了。
他には特に話すこともなかったので、来て早々に俺達は協会を後にした。
「ふーむ、今のところわかったのがあれだけとは」
「あまり進展がないでありますね」
「まあ、バラバラになった物を調べてるんだから仕方ないか」
魔元石を回収してからそれなりに経つが、あまり解析が進んでいないのか。
バラバラに砕け散った物からそこまで調べただけでも十分凄いんだろうけど、やっぱり情報としては物足りないな。
魔素を吸収して一体何を放出しているのか……。
「今日わかったことだけでも、ある程度は予想できることがあると思うわよ」
「えっ、マジで?」
「相変わらずエステルは頼もしいのでありますよ」
なんと、あれだけでエステルは予想できることがあるらしい。
さすが俺達の中で1番頭が回るだけはあるな!
「ディアボルスはグランディスの中から出てきたわよね。そして、あの魔光石はディアボルスが持っていた、そうよね?」
「ああ、そのとおりだ」
「グランディスを発生させるのにあの魔光石が関わっているのは、今回のことがわからなくても予想はできたわね」
「そうでありますね」
「それでさっき聞いた情報から考えると……2つの可能性が考えられるわ」
あの情報だけで魔光石の効果が予想できるって……それも2つあるのか。
大討伐級の魔物を発生させるのに何かしら関わっているのは予想できたけど、具体的にどう発生させているのかはわからない。
「1つは、ディアボルスが魔物の体内に入って魔物を強化させた。もう1つは、あの魔光石を使えば、いつも狩場で見る魔物が湧く光を放出させられる。しかも大討伐級のが発生する光をね。この2つかしら」
「前者でも十分やばいけど、後者だったら……」
「いきなりあんなのが街に出現したら、大騒ぎどころじゃないのでありますよ……」
あの飛ぶゴブリンみたいな奴が、直接魔物に入って強化だと……。
グランディスの発生は、あいつがトレントの中に入って強化したってことか?
つまりあの魔光石は魔素を吸収して、魔物を強化する為の何かに変換して排出すると?
そう考えると、ステータスアプリで見た時に名前の横に【仮】って付いていたのも理解できる。
だけどわざわざ中に入る理由が……コントロールする為なのか?
魔物の湧き場所のように、魔物が発生する光を放出させるというのもやばい。
狩場のは森の奥で魔物もそこからあまり出てこないから平気だけど、それが町中に発生するようになるとしたら……悪夢だな。
「森の奥でこそこそやっていたのを考えると、1つ目が濃厚だと思うけどね。いきなり発生させる方も時間が掛かるから、隠れていただけかもしれないわ。実験でやっているから、まずは森の奥で試していた線もあるわね」
「どっちにしても、元凶がいるなら止めないとまずそうだな」
「止めると言っても、結局手掛かりがないのでありますけどね……」
何の目的でそんなことしているのかはわからないけど、魔物を大討伐級まで強化できる物を作れるなんて、ただ者じゃないな。
解決したら魔石が貰えそうだなんて考えていたが、俺達が解決できるような問題なのだろうか……。
今のところはこれという手掛かりもないし、やはり協会からの情報を待つしかなさそうだな。