プレゼント
宝石店を後にすると、結構長い時間クェレスの街を歩き回っていたからか、もう日が落ちている。
人の気配のない場所まで移動してからビーコンで自宅へと戻った。
「おかえり。今日は随分と遅い」
「あはは……色々とございまして」
「もうルーナが起きる時間だったか」
帰宅すると、居間の椅子に座りモフットを撫でているルーナが出迎えた。
膝の上にいるモフットも、俺達を見てプーと鳴いている。
最近は俺とシスハが2人で狩りに行っているから、ルーナの起きる時間は日没前後ぐらい。
普段は起きる前には戻ってきていたのだが……店探しに夢中で少し遅くなったみたいだ。
それよりルーナしかいないというのは珍しい。
いつもはエステルが居間にいて出迎えてくれた。
ノールは晩御飯を作っているだろうから、キッチンの方にいるだろう。
「エステルはどうしたんだ?」
「ノールとご飯を作ってる」
「エステルが? 珍しいな」
エステルが料理をしているとは……魔法で洗濯や掃除とかはよくやってくれていたけど、料理には手を出していなかったはず。
どういう風の吹き回しだろうか。
そう不思議に思っていると、ルーナが黙り込んでジーっとこっちを見ていた。
「どうかしたのか?」
「最近は2人共仲が良いのだな」
「えっ……そ、そうでもないだろ。な、なぁ?」
「は、はい。普段と大して変わらないですよ」
「……そうか」
俺とシスハが顔を見合わせて返事をすると、短い返事をしてルーナはまたモフットを撫で回し始めた。
うーむ、特に問い詰めたりはしてこないけど、ちょっと怪しまれているかもしれない。
ルーナにそう思われるぐらいだから、エステルとかなんてさらに……プレゼント計画もそう悠長にしていられないな。
その後、椅子に座って休んでいるとキッチンからノールが出てきた。
「あれ、おかえりなさいでありますよー。帰ってきていたのでありますね」
「おう、ただいま」
青いエプロンを身に付けて、すっかり料理モードになっている。
この前一緒に料理をしていた時、鼻歌交じりで包丁を扱っていたし、料理が相当好きなんだろう。
……食材何個もつまみ食いしていたのはどうかと思うが。
「ノールのその格好も、だんだんと様になってきたな」
「そうですね。エプロン姿がとても良くお似合いですよ」
「むふふ、そんなに褒めても、おかずが増えるだけでありますからね!」
あっ、増えるんだ。
結わいた髪が左右に揺れて、凄く嬉しそうにしている。
ホント単純というか、わかりやすい奴だ……。
ノールのそういうところは好きだけどな。
そんな彼女に続いて、黒いエプロン姿のエステルもやってきた。
「あら、帰ってきていたのね。お風呂にする? ご飯にする? それとも……私?」
「ご飯でお願いします!」
「もう、つれないわね」
俺の返事にエステルは頬を膨らませている。
まさかそんな決まり文句を言われるとは思っていなかったぞ……。
「エステルも料理をしているのか?」
「ええ、ノールのお手伝いしながら色々と教えてもらっているわ。お兄さんが構ってくれないから、暇なんだもの」
「お、おう……悪かった」
「別に謝らなくてもいいのよ。ねえ、シスハ」
「わ、私に聞かれましても……」
エステルは微笑みながら俺を見て、その後シスハにも声を掛けている。
その微笑みが逆に怖いんですが……帰って来てからはそれなりに相手をしているんだけどなぁ。
そんなひと悶着を終えて、食事も済み風呂に入った後、トランシーバーでシスハと宝石について話し合うことにした。
こんな状況でどちらかの部屋に行って話していたら、さらに怪しまれるからな。
『それで、贈り物の件はどうしましょうか』
「うーん、どうしようか」
『この調子ですと、早めに行動しないといけませんね。ルーナさんまで怪しんでいるみたいでしたから』
「そうだな……」
エステルに続いて、ルーナまで何か感じ始めていた。
今もどうしたらいいのか考え付いていないけど、早く決めないと勘付かれるかもしれない。
理想的に考えると明日には行動に移したのだが……そんな簡単に解決策が思いつくだろうか。
「指輪以外だとしても、やっぱりデザインとかは本人の意見を取り入れるべきだよな」
『そうですね。サイズだけの問題なら色々と手はあると思うのですが……』
「言わないかもしれないけど、他の装飾品がよかったとか内心思われる可能性もあるぞ」
『うぅ、それは悲しいですね……』
エステルやルーナなら、気に入らなかったとしても俺達の贈り物ということで喜んではくれそうだ。
しかしプレゼントするのなら、やっぱり気に入ってくれる物を贈りたい。
そうなるとやっぱり……。
「もう原石は決めたんだし、エステル達にそれを渡して決めてもらえばいいんじゃないか?」
『原石のままというのはちょっと……もう少し何か良い方法がないか考えましょうよ』
「そんなこと言われてもなぁ」
首飾りとかなら、多少の好みの違いでも受け入れてもらえそうだ。
指輪さえ諦めれば、サプライズも十分可能だろうけど……本当にそれでいいのだろうか。
それからしばらくトランシーバー越しにシスハと唸りながら悩んだところで、ある考えが思いついた。
「あっ、1つ思いついたぞ」
『本当ですか!』
「いや、待て。思いついたには思いついたけど、これでいいのかわからない。それに宝石店の人にも相談してみないと……」
『大倉さんは相変わらず自信がありませんね。稀に良い考えを言うんですから、自信を持ってバシッと言ってくださいよ』
「お前喧嘩売ってるだろ? 全く……それじゃあ言うぞ?」
シスハも相変わらず、俺を褒めているのか喧嘩売っているのか判断に悩むことを言ってくるな……自信がないのは事実だが。
さっそく俺の考えを話すと、シスハもそれでいいんじゃないかと言ってくれた。
よし、それじゃあ明日宝石店に行って、話を聞いてみるとするか。
●
シスハと相談し合った翌日、宝石店に行って思い付いたことを話した。
すると大丈夫だと返事を貰い、あの店にルビーとトパーズを預けて加工してもらうことに。
加工に3日は掛かると言われ、確実に加工が終わっているであろう4日目に宝石を受け取りに行くことになった。
受け取りの日までの3日間、怪しまれないように普段通りノール達との狩りをし、ようやくその日がやって来る。
この日はまたシスハと2人だけで狩りに出かけた。
「さて、もうでき上がっているだろうし、狩りも終わったから受け取りに行くとするか」
「ようやくこの日が来ましたね! 楽しみ過ぎて、今日はいつもより狩りに力が入ってしまいましたよ!」
「おい馬鹿! それを振り回すな!」
今日の狩りを終えて、ようやく宝石を受け取りに行く時間だ。
シスハは嬉しそうにマジックブレードをブンブンと振り回して喜んでいる。
危ないだろうが! 掠った木が半分ぐらい裂けてるぞ!
はしゃぐシスハを落ち着かせ、さっそくクェレスへとビーコンで移動し宝石店へ。
「すみませんー」
「あっ、大倉様、お待ちしていましたよ」
「この度は当店をご利用くださり、ありがとうございます」
店へ入ると、俺達の頼みを聞いてくれた女性とは別に、男の人も一緒にいた。
女の店員さんと同じぐらい若く見える人だ。
この前はたまたまいなかったのかな?
「こちらがルビーで、こちらがトパーズとなります。ご確認ください」
「ありがとうございます」
男性が黒い小さな箱を俺達に差し出す。
受け取って箱を開くと、そこには赤く輝いた宝石が入っていた。
楕円形なっていて、パッと見て数えられないぐらいの面がカットされている。
店の中のちょっとした光でも照り輝いて、あの原石が元とは思えないぐらい綺麗だ。
おぉ……凄いなぁ。まさかここまでの仕上がりになるなんて。
俺が取って来た物だからかもしれないけど、この店にある既存の物より綺麗に見えるぞ。
シスハに話した俺の考えというのは、宝石だけ加工してもらって、それをエステル達に渡したらいいんじゃないか、というものだった。
後は本人にどんな装飾品がいいか選んでもらうつもりだ。
宝石店の人に確認したことは、どんなカットにしても希望した装飾品にできるかということで、全く問題ないと言うのでこの案が採用された。
「わっ、うわっ!? 大倉さん! み、見てくださいよこれ!」
「ちょ、騒ぐな! 少しは落ち着け!」
「だ、だってこんなに綺麗なんですよ! 落ち着いて見ていられませんよ!」
隣にいたシスハも声を荒げていた。
彼女のトパーズもどんなものかと見てみると、細い長方形になっていて、カットされている面は側面に平行して作られている。
さらにその面の中にも細かい面がカットされており、俺のルビーに負けない輝きだ。
これを見たら興奮するのも仕方ないか……それにしても本当に凄いな。
原石でも綺麗とか言ってたけど、桁違いだぞ。
「さ、騒がしくてすみません」
「いえ、自分が手掛けた物でお喜びいただけるなんて、嬉しい限りです」
「宝石の加工をした方でしたか……」
この男の人がこの宝石を加工してくれたのか……。
今日は渡す日だから来ているのかな?
「良質な原石の加工を頼まれたと妻から聞いておりましたが、本当に質の良い物でしたよ」
「あっ、夫婦で経営しているお店だったんですか」
「そうですよ。金属の方は私が担当して、宝石は夫に任せているんです」
おふ、この人達夫婦だったのね。
2人共魔導師みたいだし、得意分野で分業をしているのか。
てっきり女性が1人で全部やっているのかと思ったぞ。
宝石の仕上がりに満足したところで、それを箱に仕舞って紙で包みリボンでラッピングしてもらった。
「それではまたのお越しをお待ちしております。頑張ってくださいね!」
「あはは……ありがとうございます」
店員さんに見送られながら、俺達は宝石店を後にした。
頑張ってくださいって……別に告白とかする訳ではないのだが。
緊張しない訳じゃないけど、お礼として渡すだけだしな。
「うふふ、こんな綺麗に仕上げてもらえるなんて……これなら絶対喜んでもらえますよ!」
「そうだといいけどなぁ……」
「大倉さんは本当に心配性ですね。男性なんですから、こういう時ぐらい自信を持ってくださいよ、ほら!」
「おふっ! シ、シスハが自信あり過ぎるだけだろ! 普通こういうのは不安になるもんだぞ!」
「まあまあ、渡すことに変わりはないんですから、喜んでもらえるよう前向きに考えましょうよ」
スキップしながら歩くいつもよりハイテンションなシスハに、背中をポンと叩かれた。
どうしてそんな自信満々なのか俺にはわからないぞ。
その前向きな思考を、少しでもいいから分けて欲しいぐらいだ。
シスハは当たって砕け散っても挫けないからなぁ……ホント尊敬するわ。
そのまま自宅へと帰り、さっそく宝石を渡そうかと思ったのだが……。
「ただ……あれ?」
居間には誰もいなかった。キッチンの方に行っても、今日はまだ早いからかノールすらいない。
「誰もいらっしゃいませんね。とりあえず私はルーナさんの部屋に行ってみます」
「えっ、ちょっ」
「大倉さんもエステルさんの部屋に行って頑張ってくださいねー」
シスハは足早にルーナの部屋へと行ってしまった。
うへぇ……マジかよ。居間でシスハと一緒に渡そうかと思っていたんですが……。
たぶんエステルなら部屋にいると思うけど……1対1で渡すのは凄く不安だぞ。
それでもシスハはもう行ってしまったので、俺は腹を括ってエステルの部屋まで移動した。
そして扉をノックする。
『開いてるわよ』
「……入るぞ」
やっぱり部屋に居たみたいですぐに返事があった。
「あら、お帰りなさいお兄さん」
「ああ、ただいま」
中へ入ると、エステルはベッドの上に座って本を読んでいた。
彼女の部屋は本棚があって、そこにはいくつも本が並んでいる。
俺のガチャから出た厚い本や、街で買った物など色々とあるみたいだ。
ノールのぬいぐるみだらけの部屋に比べると、すっきりとした印象がある。
「居間にノールがいなかったんだけど、出掛けているのか?」
「モフットの小屋の中に入って一緒に遊んでると思うわよ。あの中、常に天気の良い草原で過ごしやすいって言っていたわ」
「そうか……」
あいつモフットの小屋の中で遊んでいるのか。
確かにあの中は最適な空間だから、モフットと遊ぶには良いんだろうけど……。
そ、それよりも、今はどうやって宝石を渡すか考えなければ。
何も考えずに入っちゃったけど、どうやって切り出せばいいんだ……普通に渡せばいいのか?
それともそれっぽいこと言いながら渡すべきなのか? わからねぇ! 経験値0だからわからねぇ!
「……そんなに緊張してどうかしたの?」
「えっ? べ、別に緊張なんてしていないぞ」
「ふふ、お兄さんウォッチングをしている私が、わからないと思うの?」
読んでいた本を閉じて、微笑みながらエステルは俺の方を見た。
その観察眼を止めていただきたい。声に出していないのに見破られるとか、どうすればいいのさ。
「それで、私の部屋に来て何か用かしら?」
「……えっと、その……これ」
結局何も思いつかず、頭が真っ白になりかけながら箱を鞄から取り出してエステルに差し出した。
「随分と可愛らしい箱ね。その箱がどうかしたの? もしかして私への贈り物……なんてね」
「ああ、そうだよ」
「えっ……本当に?」
「うん」
冗談を言うような口調で贈り物かと聞いてきたので、そうだと即答した。
するとエステルの顔から微笑みが消え、目を見開いて箱をまじまじと見つめている。
「開けてもいいの?」
「ああ」
俺の返事を聞いて、エステルは宝石箱のラッピングを丁寧に開けていく。
そしてルビーの入っている箱を開くと、そのまま黙り込んで動きが止まった。
「えっと、それはルビーで、最初は装飾品としてちゃんと仕上がってるのを渡そうと思ったんだけど、エステルの好みがわからないからさ。だ、だけど、宝石は自分なりにちゃんと選んで、店も色々と……」
言い訳するように早口で俺は話したが、エステルからの返事がないことに途中で気が付いた。
彼女をよく見ると、体を震わせて上半身を前後させている。
顔の少し前で手を縦に振ってみても、反応しない。
……ど、どうしたんだ? こんなエステル見たことないんだけど。
「おーい、エステルー」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
肩に手を置くと、体をビクンと跳ねさせてようやく反応があった。
それでもまだ少しボーっとしているのか、反応が薄い。
「……もしかして最近シスハとこそこそとしていたのは、これだったの?」
「そうだぞ。今頃シスハもルーナに渡していると思う。ルゲン渓谷に行った時、シスハに宝石で首飾りのお返しをしたらどうだって言われてさ」
「あら……そう。シスハがそんなこと言ったのね」
一応俺は渡せたけど、シスハの方は大丈夫かな?
まあ、人の心配よりも自分の心配した方がいいか。
なんだかエステルの反応がよくわからないし、もしかしてお気に召さなかったのか……。
「えっと……この宝石じゃダメだったか?」
「いえ、お兄さんが選んでくれた宝石なんだもの。嬉しくないはずがないじゃない」
「そうか……なら良かった」
どうやら喜んでいただけているみたいです。
もし喜んでくれるのなら、俺の予想だともっとからかうように色々と言ってくると思っていたのだが。
予想外に大人しくてダメだったのかと思ったぞ。
「ただ嬉し過ぎて、色々と爆発しそうだから、気持ちを落ち着かせないと」
「……そ、そうだな。それは落ち着かせた方がいい」
おう……何が爆発するって言うんだい?
さっきのあの仕草は、気持ちを落ち着かせていたのか。
エステルが暴走するとやばそうだから、あまり刺激するようなことは言わないようにしよう。
あの渡し方で正解だったかもしれない。
「言うのが遅れちゃったけど、お兄さん、ありがとう。お兄さんだと思って大切にするからね」
「お、おう。でもそれ、まだ完成していないんだ。後はエステルが好きな装飾品にしてくれ。宝石店にはもう頼んであるから、一緒に行こう」
「だから宝石だけだったのね。これだけでも倒れちゃいそうなぐらい嬉しいのだけど、ふふふ……」
エステルは頬に片手を当てて、舐め回すような視線で宝石を眺めている。
喜んでもらえるのは俺としても嬉しいけど、凄く危険な雰囲気がするのは気のせいだろうか。
「そ、そう言う訳だからさ。シスハにはだいぶ手伝ってもらったから、あまり脅したりはしないでくれよ」
「ええ、わかっているわ。むしろ謝ってお礼をしなくちゃね」
「おう、そうしてくれ。それじゃあ俺はちょっと部屋に戻るわ」
これでシスハとよく外出していた理由もわかってもらえただろうし、ひとまずは安心だろう。
とりあえず目的は達成したから、俺はエステルの部屋から出た。
そして扉を閉めようとした時……。
「あっ、待って」
「ん? どうかしたのか?」
エステルがベッドの上から降りて、俺の方へと小走りで走ってきた。
「少ししゃがんでもらってもいい?」
「構わないけど……」
言われた通りに少し身を屈めた瞬間、エステルは俺の首に両手を回してきた。
何事かと思うと、左頬に温かい軟らかな感触が。
「んっ……」
「えっ……」
「ふふふ、しちゃった。お兄さん、本当に嬉しかったわ。ありがとう」
頬に当たっていた軟らかい物が離れると、エステルは首から両手を放した。
そして顔を真っ赤にさせながら自分の唇に片手を当てて俺に笑顔を向けると、部屋に戻って扉を閉めた。
……えっ? えっ? 俺、今何されたんだ?
あの軟らかい感触、もしかして唇……えっ!?