木の中から
本格的に探索し始めてから数時間後。
竹林の奥の方に来ると、アルデの森のように開けた場所に出てきた。
そして当然のように巨木が真ん中にあり、周りにはトレントらしき木もある。
「あーあ、出会っちまったか」
「やっぱりいたのでありますね……」
うーむ、本当に発見しちゃったぞ。
どうしよう……このまま放置して大討伐に発展するまで待つべきか……悩む。
待っている間に他人に被害が出るかもしれないし、大討伐に発展したら俺達だけじゃ抑えられない事態になるなんてことも。
でも大討伐になればガチャによる報酬が……いや、やっぱり止めておこう。
欲張ったら痛い目を見るかもしれないし、ガチャの為だからって犠牲が出るかもしれない選択はノーだ。
それじゃあ気持ちよくガチャを引けない。俺は気持ちよくガチャが回したいんだ。
「あら、でも何だか前に戦ったのより小さくない?」
「ん? 確かにちょっと小さい気がするな……」
俺が1人で勝手に悩んでいると、エステルが巨木を見て首を傾げていた。
言われてみるとあのグランディス、この前のより小さく見えるな。
もしかしてまた別の奴なのか? ステータスを見て確認してみよう。
――――――
●グランディス【仮】 種族:トレント
レベル:50
HP:6万
MP:1800
攻撃力:1500
防御力:1300
敏捷:10
魔法耐性:120
固有能力 擬態
スキル 魔吸収 地動
――――――
「……なんだこれ? 名前の横に仮とか入ってるんですけど」
「あっ、何か出てきましたよ!」
「えっ」
ステータスアプリの表示の異変に気を取られていると、シスハが突然声を上げ指を差す。
それはグランディスがいる方向で、見てみると巨木から黒い何かが出てきているところだった。
黒い物体は完全にグランディスから出てくると、翼を広げて空を飛び始める。
人の形をしたゴブリンほどの小さな生物で、角の生えた鬼のような凶悪な顔面。
左手には先端が3つに分かれた三叉槍を持ち、右手には黒い宝石のようなものを持っていた。
俺達の頭上を飛び回りながら、観察するように赤い瞳でこっちを見ている。
な、なんなんだあれ……魔物なのか? と、とりあえずステータス!
――――――
●種族:ディアボルス 【状態】眷属
レベル:70
HP:6万5000
MP:2700
攻撃力:3900
防御力:2000
敏捷:160
魔法耐性:70
固有能力 統制
スキル ライフドレイン インクブスピア
――――――
な、なんだこいつ! かなり強いんですが!
それに種族の隣にある眷属って表示……まるで意味がわからん。
急な展開に困惑していると、ディアボルスが突然雄叫びを上げた。
耳を塞ぎたくなるような、空気や地面が振動するほどの大声だ。
「ぐっ……う、うるせぇ……」
「なんなので――あっ!? ト、トレントが動き出したのでありますよ!」
前を見てみると、さっきまで動く様子のなかったグランディスとトレント達が、一斉に根っこを地面から引き抜いて動き始めた。
そして歩ける状態になったトレントから俺達の方へ向かい前進してくる。
「あの魔物が操っているのかしら?」
「そうみたいでありますね……。あれはここで倒しておかないと、厄介なことになりそうでありますよ」
グランディスとトレントに加え、さらにディアボルスとかいうのまでいる状況。
一旦退いて体制を立て直すか、それともこのままゴリ押しで倒しきるか……。
クェレス周辺での異変に関わっていそうな奴とせっかく遭遇できたのに、ここで逃げて見失うのは痛い。
今後のことも考えるとここで殺っておきたいところだが……。
「うーん、そう――あっぶね!?」
上空にいたディアボルスが、俺の後ろにいたシスハとエステル目がけ手に持っていた槍を投げてきた。
投擲された三又槍は、どす黒い光に包まれて向かってくる。
俺は慌ててそれを鍋の蓋で弾き返し、体が後ろに持っていかれたが何とか耐える。
受け止めた腕が痺れるぐらい、威力のある攻撃だ。
弾き返された槍は空中をクルクルと回りながら飛んでいき、すぐに光の粒子になって奴の手元へと戻っていく。
あの野郎……後衛を真っ先に狙ってきやがった。それなりに知能は高いということか?
まあそんなことはどうでもいい……エステル達を狙って攻撃してきたことは許せねぇ、許せねぇよ!
「よし、あいつは今ここで確実に息の根を止めるぞ!」
「上等ですよ! 空なんか飛んでないでかかってきやがれです!」
「降りてくるはずないでしょ。お兄さんもシスハも落ち着きなさい」
いけない、つい頭に血が上りカッとなっちまった。
今もトレント達は俺達の方へ向かって来ている。地上と空中、両方から攻められている状態だ。ちゃんと状況を判断しないと。
1体とはいえ、エステルやシスハに当たれば致命傷になる攻撃力を持つ魔物に空を押さえられている。
地上を無視してあのディアボルスから先にどうにかして倒すか、それとも空を無視してグランディスから処理していくか……。
あるいは両方同時に処理を……これだ。
「ノール、空中の魔物を倒すまで1人でグランディスとトレントの相手をできるか? スキル使っていいからさ」
「スキルを使っていいのなら楽勝でありますよ!」
「よし、それじゃあ悪いけど頼んだぞ」
「了解であります!」
白銀のアウラ状態のノールなら、1人でも地上の敵を相手にできる強さのはずだ。
それに今のグランディスは、どういう訳かこの前のよりステータスも低い。
その間に俺が守りつつ、ルーナとエステルに対空攻撃をしてもらいあのディアボルスを落とす。
地上の敵から始末をしたら、不利になったとあれが逃げるかもしれないし、同時に叩いて先に倒してしまおう。
さっそくノールにそれを頼むと、彼女は銀色のオーラに包まれながらトレント達に向かい突っ込んでいった。
これでしばらくは地上のことは考えずに済む。
「あいつは必ずここで貫く。シスハを狙ったことは万死に値する」
「ル、ルーナさん……私のためにそんなに怒ってくださるなんて……」
ルーナが鋭い目つきでディアボルスを睨んでいた。
いつもの引き篭もり状態が嘘のように、顔に闘気を漲らせて槍を握っている。
こんな姿を見るのは、スマイター戦以来かもしれない。
「おう、それじゃあエステルと一緒にルーナも攻撃してくれ」
「ええ、わかったわ。ルーナ、絶対に撃ち落すわよ」
「うむ、任せるといい」
上空にいるディアボルスに攻撃できるのは、エステルとルーナの2人だけ。
俺のセンチターブラは遅過ぎて全く当たりそうにもないから論外だ。
なのでさっそくエステルとルーナに頼んで攻撃をしてもらうことにした。
エステルが火の玉を出して次々とディアボルスに向かって撃ち出していくが、奴はそれを軽々と飛び回って避けていく。
動きが速いせいで、彼女の攻撃は掠りもしていない。
避けている間も隙を見て、手に持っている三又槍をこっちに向かって投げてくる。
それを俺が防ぎ、地味に入ったダメージをシスハに回復してもらう。
「むぅー、もうっ! 動くと当たらないじゃない!」
「私に任せろ。ふっ!」
エステルの猛攻を避け続けているディアボルスに向け、ルーナは赤いオーラが溢れ出す槍を投擲した。
スキルを使用している殺意のこもった一撃。
その攻撃にディアボルスは体を震わせ驚くような仕草をしたが、翼を羽ばたかせてギリギリで回避する。
ルーナの槍は赤い光を纏いながら、高速で明後日の方向へと飛んでいく。
「チッ、避けたか」
「おいおい、ルーナの槍でも当たらないのかよ!?」
「そう慌てるな。1度避けた程度じゃ無駄だ」
「えっ?」
まさかルーナの一撃を避けられると思っていなかった。
避けられたことに俺は驚いたが、ルーナは悔しそうに舌打ちをしただけで、慌てずに落ち着いている。
1度避けただけじゃ無駄……?
攻撃を避けたディアボルスは、馬鹿にするように俺達を指差しながら笑っていた。
そしてお返しとでも言いたそうに、エステルの攻撃を避けながら三叉槍を投げようと腕を上げた瞬間――腹から赤い矛先が飛び出す。
腹を貫かれたディアボルスは、翼のコントロールを失いそのまま地面へと落下していく。
「避けたところで、私の槍は空間を捻じ曲げてでも目標に向かって飛んでいく……1度だけだが」
「……そういえば自動追尾が付いてたっけ」
「あの魔物も何が起きたのかわかっていないみたいよ」
「さすがはルーナさんですね! 今の内に仕留めてしまいましょう!」
どうやら避けられた槍は、後方で1度方向転換して再度ディアボルスに向かって飛んできたみたいだ。
今まで1発で必ず当ててたから効果を見れなかったけど、自動追尾ってかなりエグイんだな……空間捻じ曲げるって……。
理不尽だなーと思いつつも、今はルーナの槍に感謝して地面に墜落したディアボルスに攻撃を加え始める。
腹に刺さった槍は既にルーナの手元に戻っていたが、ダメージが酷いのか再び飛ぶこともなく腹を押さえて這いずっていた。
そこをエステルが土魔法で四肢を縛り上げて動けないようにし、水の魔法で次々と体を打ち抜く。
俺もセンチターブラを飛ばして、ちまちまと棘のように変形させた状態で体中を刺す。
その間にルーナも何度も槍を投げている。
遠距離から3人で滅多打ちだ。ちょっと悲惨な光景かもしれないけど、隙を見せたらまた空に逃げられそうだからな……ここで一気に仕留めないと。
シスハは遠距離の攻撃手段がないからオロオロとしていたが、近くに落ちていた石を拾い上げ、投げて地味に攻撃している。
そこまでして攻撃しなくても……まあ突撃されるよりはマシだけど。
しばらく攻撃を続け、ルーナの槍が額のど真ん中に突き刺さると、ついにHPがなくなったのか光の粒子になって消滅する。
「よし、それじゃあノールの――」
ディアボルスを倒し終え、ノールに任せていたグランディスの相手をしようと振り返った。
そこには既にグランディスの姿はなく、銀色のオーラを纏いながら動き回るノールがトレントを蹂躙している光景が。
一振りするだけで木の一部がバラバラに消し飛んでいる。動きが速すぎて、枝の触手に捕まる様子は微塵もない。
既に9割方のトレントはいなくなっている。
「もうグランディスがいないのね……」
「トレントも殆ど消えていますよ。さすがはノールさんですね」
「あの状態だとあそこまで強いのか……」
エステル達は暴れ回っているノールを見て何とも言えない表情をしている。
やはりこのパーティ内で最強のステータスなだけはあるな。
ディアボルスもノールだったら空にいても倒せた気がしてくる……ジャンプしたら普通に届きそう。
残りはノールに任せて、俺はディアボルスの消えた場所に行きドロップアイテムを回収した。
落ちていたのは黒い角と三叉槍。右手に持っていた黒い宝石も落ちていたが……バラバラになって砕け散っていた。
戦いの最中使っているような様子はなかったけど、何の為に持っていたんだ? 念のため破片を回収しておこう。
回収を終えエステル達の方へ戻ると、ノールがトレントを全て倒し終えて俺達の方へ戻ってきた。
そして銀色のオーラが彼女から消え……いつもどおりにその場でぶっ倒れる。
「痛い、痛いのでありますよぉ……」
「おー、良く頑張ったな。すぐに家に帰るからゆっくり休んでくれ」
「強力だけど、相変わらず倒れるのね」
泣き声を上げているノールを、俺がいつもどおり背負う。
……あっ、スキルといえばルーナもだった。
「ルーナもスキルを使っていたけど平気なのか?」
「1度しか使っていないから今のところ大丈夫だ。駄目そうなら平八から吸わせてもらおう」
ルーナがジト目で俺を見つめながらそんなことを言い出した。
うぐ……首に噛み付かれて血を吸われるのは怖いな……。
でもスキルを使ってもらったんだし、そのぐらいは我慢して提供するべきか。
それに幼女に噛み付かれるのも悪く……いや、これじゃちょっと俺が変態みたいだな。
「まあ別に――」
「そんな! それなら私から吸ってくださいよ!」
いいぞと答えようとしたら、シスハが割って入ってきた。
ルーナの前で跪き、胸の前で両手を握り合わせて吸ってくれと必死に頼んでいる。
うん、これが真の変態だ。するつもりはないけど、とても真似できそうにないわ。
頼み込まれたルーナは、シスハから顔を逸らし、凄く申し訳なさそうな表情で呟いた。
「……不味いから嫌だ」
「あれは嫌っていたから言ってたんじゃなくて、本当に不味かったのか」
「ああ、舌が痺れて口の中に焼けるような感覚が広がって、嫌な臭いが爽やかに鼻の奥から吹き抜けていく感じだ」
「そ、そんなぁ……嫌な臭いだなんて……う、うぅ」
嫌な臭いが爽やかに抜けていくってどういうことだ……。
やはり仮にも神官であるシスハの血は、ルーナにとってあまりいいものじゃないみたいだな。
言われたシスハは悔しそうに地面を叩いて泣いている。
「神官が血を吸ってもらえないと悲しんでいるのは、どうなのでありますか……」
「シスハだもの。仕方ないわよ」
「そうでありますね……」
その様子を見ていたノールとエステルは呆れた表情をしているが、もう当たり前のような光景なので深くは突っ込まなくなっているようだ。
泣いているシスハはルーナに任せ、俺はエステルに気になることを聞くことにした。
ディアボルスが落とした宝石についてだ。
「エステル、これがどんなのかわかるか? あの空を飛んでいた奴が持ってたんだけど」
「あら、あの魔物が右手に持っていた宝石かしら? バラバラじゃない。ちょっと貸してみて」
バラバラになった黒い宝石の一欠けらをエステルに渡した。
彼女はそれを両手で覆うと、目を閉じて何かを探るように集中し始める。
「うーん……バラバラになったせいでよくわからないけど、これは魔光石に近いわね。少しだけ魔力も残っているから、たぶん何かしらの魔法が入っていたんだと思うわ」
「魔光石か……。あの魔物グランディスの中から出てきたし、クェレス周辺で起きてる異変に関わっていそうなんだけど……あいつのステータスにそんな能力あるように見えなかったんだよなぁ。となると……」
「その石が原因かもしれないって事でありますか?」
「確証はないけど、そうなんじゃないかー、って感じ?」
ディアボルスの固有能力とスキルは、それほど大きな事を起こせるようなものじゃない。
だけどグランディスの中から飛び出してきたし、何か魔物の中でやっていたことは間違いないだろう。
グランディスに【仮】と付いていたのも気になる。
戦闘中に宝石を使うこともなかったし、別の用途として持っていたとは思うんだけど……せめて壊れてなければなぁ。
ディアボルスがやられる前に自分で壊した可能性もありえそうだ。
それにステータスに眷属とか書いてあったし、あれを操っていた奴がいる可能性も……。
そんなこと考えていると、突然ポケットに入っているスマホが振動した。
「スマホが……おぉ!? こ、これは!」
「その反応、ガチャでありますか?」
ポケットから取り出しさっそくスマホを見てみると、【ボックスガチャ開催!】と画面に表示されていた。