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和解

 トレント達を撃退し、あの場から急いで離れることになった。

 行きは遠足気分で騒がしかった生徒達も、トレントのような巨大な魔物が複数出てきたせいか、皆暗い表情で静かだ。

 帰りは森に入ることもないのでもうトレントに遭遇することはないと思うけど、他の魔物が来る可能性もあるから俺達も行きより警戒をしている。

 そして今は空も暗くなってきたので、周囲に木がない場所に集まって野営を始めた。


「あー、あの木のせいで散々な目に遭ったなー」


 クェレスに来てからというもの、依頼を受けるたびにトレントの相手をしている気がする。

 一体どんだけ広範囲に生息しているんだあいつら。

 もう森に近寄りたくなくなるぞ……過剰なストレスですわ。

 木を見たらとりあえず動く前に攻撃したくなってくる。


「まあまあ、これでも食べて体を休めるでありますよ」


 トレントに嫌気が差して頭を抱えていると、ノールが何かを差し出してきた。

 見てみると綺麗に皮が剥かれカットされた、身が緑色のりんごのようなもの。

 それを俺に渡すとまた果物を取り出して、1個30秒ぐらいでぱぱっとナイフで綺麗に切り捌いて次々と鞄から出した皿に乗せている。

 めっちゃ早いんですけど! 手の動きが目で追えない……一体どうなってやがるんだ……。


「凄い速さだわ……。やっぱりノールは刃物の扱いが上手ね」


「むふふ、褒めても食べ物しか出てこないのでありますよ」


「そこで食べ物が出てくるのはどうなのでしょうか……」


 エステルに褒められて機嫌を良くしたのか、どんどんりんごのような物を剥いていく。

 既に10個を超えている。切り過ぎだろ!


 これ以上切るなと止めさせて、果物を食べながら一息つくことに。

 切り過ぎたりんごはノールが美味しく頂いて処理している。

 10個や20個程度じゃ、ノールからしたらおやつみたいなものらしい……恐ろしい胃袋だ。


「色々あったけど、マイラちゃんとの問題が解決したのは良いことだったな」


「でも、あの反応はどうなのかしら……」


「ま、まあ、敵意を向けられるよりはいいじゃないか」


「そうだけども……」


 エステルと話した直後、微笑みを向けられたマイラちゃんは赤面しながら逃げていった。

 それから今日の野営を始めるまでの移動の最中、生徒の列から何度も振り返ってこっちを見ては、俺か背負っているエステルと目が合うと慌てて顔を逸らしていた。

 単純に体調を崩したから心配しているとも思えるが、あの熱がこもったような目を見ているとなんとも……怪しい雰囲気がする。

 エステル曰く、ミグルちゃんに似たようでまた違う感じだという。

 好意的なのは素晴らしいと思うけど、エステルの今後が大丈夫なのか少し心配になる。


  そしてもう一つ気になることもあった。

  それは……。


「シスハの方は行きと違って怖がられている気がするんだが……俺達がいない間、一体どんな戦い方したんだよ」


 行きは緩んだ表情でシスハを見ていた男子生徒達が、帰りは皆怯えた表情に変わっていた。

 トレントのせいかと思ったけど、彼女と目を合わせた生徒はビクンと体を震わせて冷や汗を流していたから違うと思う。


「いつも通りに戦っただけなのですが……」


「あー、いつも通りね……」


「はい、何か問題ありましたでしょうか?」


「いや……ないんだけどさ……」


 問題ありまくりだろう! って突っ込みを入れたくなるけど、シスハが戦えるおかげで無事済んだということもあるから言えない。

 いつも通りって聞いてもう色々察してしまった……若い男子学生の憧れをぶち壊したと思うが、シスハだから仕方のないことだ。


「それにして、まだトレントいたんだな。結構数もいたし、これってもしかして大討伐の兆候がまだ続いているんじゃ……」


「うーん、どうかしら。この前倒したグランディスの群れのはぐれ集団が、徘徊していただけかもしれないわよ」


「残党みたいなものか。確かにコボルトの時も、群れからはぐれた集団がうろついていたもんな」


 グランディスを倒したから大討伐が広がる前に解決したと思っていたが……ここでまたトレントの群れが出てきた。

 エステルの言うように、ただはぐれ集団が残っていただけの可能性もある。

 スマホに達成通知が来なかったのは、2回目以降は報酬がないだけかもしれないから、これで判断しきれるものでもない。


「私達だけで考えていてもわかりませんから、これは冒険者協会に報告して結果を待つしかないですね」


「そうだな。他の場所でも擬態して残ってるかもしれないから、冒険者達に注意だけでもしてもらった方がいいな」


「ホントあのトレントという魔物は厄介でありますね。擬態しているから、攻撃するまでわからないのでありますよ。移動している最中とかで発見できれば楽でありますのに……」


 今回は男子生徒が魔法を使って石が当たったからわかったけど、そうじゃなかったら間違いなくそのまま放置していた。

 そう思うと、トレントは戦闘より潜伏していることの方が脅威に感じるな……森に入ったら周囲の木が全部トレントでした、とかありえそうで怖いぞ。



 翌日。何事もなくあっさりとクェレスに到着した。

 予定より早く現地から出発したおかげで、日もまだ落ちていない。


「今回は本当にありがとうございました! お陰様で生徒に怪我をさせることなく戻って来られましたぞ」


「私達としても、お怪我がなくて本当によかったです」


 街の中へ入ると教師の人がお礼を言いにやってきた。護衛はここまでなので、これで今回の依頼は終了だ。

 トレントが出てきてヒヤっとしたけど、生徒達に怪我をさせることもなく終わってよかったよ。

 

 ここでお別れなので、俺達はそのまま学院へと帰る生徒達を見送った。

 ノールやシスハは生徒達に手を振って見送り、それに対して生徒達も頭を下げ手を振り返している。


 そんな中、一人の女子生徒がその列から外れて、俺達の方へと駆け寄って声をかけてきた。

 マイラちゃんだ。


「あの……」


「あら、マイラじゃない。どうかしたの?」


「うっ……そ、その……エ、エステルさん! こ、今回は本当にありがとうございまちぃ――ッ!?」


 マイラちゃんは涙目で顔を赤くして、口を押さえて痛がっている。

 ……噛んだ、噛んだぞこの子。


「うぅ……痛いです……」


「もう、そんなに緊張しないで。シスハ、回復魔法お願いしてもいい?」


「はい、お任せください」


 苦笑しつつエステルはシスハに回復魔法を頼んだ。

 すぐに体に触れて回復魔法を掛けると、痛みが引いたのかマイラちゃんは改めて姿勢を正して頭を下げた。


「ありがとうございます……。何度もご迷惑をお掛けして申し訳ありません……」


「そんなに畏まらなくていいのよ? 最初に会った時みたいに、どーんときてね」


「うぅ、そ、それは言わないでください……。エステルさんにあのような無礼な態度をしてしまって、本当にすみませんでした」


 胸を叩きながらエステルがキリッとした表情で言うが、マイラちゃんはまた頭を下げて腰を低くしている。

 最初の頃の威勢がまるで感じられない。やっぱりエステルの魔法を見たせいか?

 トレントが即蒸発するような攻撃だったからな……魔法を学んでいる彼女からしたら相当な衝撃だったのかもしれない。

 その態度を見てエステルは少し考え込むと、何か閃いたのかイタズラする時のような微笑みを浮かべた。


「そうね。それじゃあお詫びとして、私のことはエステルって呼んでもらおうかしら。さんは付けちゃ駄目よ」


「えっ……そ、そんなの恐れ多いですよ……」


「ふふふ、ほら、エステルって呼んでみて」


 マイラちゃんは顔を左右に揺らして挙動不審になり、赤面しながら冷や汗を流して完全にパニック状態だ。

 それはエステルは正面で笑顔で待っている。

 しばらくの間その状態が続いたが、いくら経っても言うまで解放されないと察したのか、マイラちゃんは意を決して口を開いた。


「うっ……うぅ……エ、エステル……」


「ふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」


「し、仕方ないじゃないですか……」


 耳まで赤く染めて、顔を逸らしながらマイラちゃんは言った。今にも湯気が出てきそうなぐらいだ。

 それを聞いたエステルは、凄く満足そうにしている。

 最初は平然とエステルって言ってたのに、ここまで変わるとは……まあ元々悪い子ではなさそうだったし、あそこまでなる原因が何かあったんだろうな。


「マイラはアンネリーからどんな話を聞いていたの? 私、何か悪いことでもしていたのかしら?」


「いえ、そんなことないです! むしろ良いことばかりでした!」


「ならどうして最初は当たりが強かったの?」


 エステルも気にしていたのか、俺と同じ考えをマイラちゃんに聞いた。

 すると彼女は、また恥ずかしそうに顔を逸らして原因を口にしていく。


「その……魔法のことであんなに楽しそうに話すアンネリーを見たのは初めてでしたので……。なんて言えばいいのかわからないのですが、それを見て胸の中が凄くモヤモヤして……。本当に目を輝かせてエステルのことを話して、何度も早くまた会いたいなと言っていたから……」


「あら……それは……ごめんなさいね」


「いえ、謝らないでください。アンネリーがあそこまで言うのも無理はありませんよ。私も同じ立場でしたら、ああなってしまうと思いますので」


 自分も魔導師なのに友達が自分以外の魔導師のことを楽しそうに話すもんだから、それでムッとしたと。

 つまり……嫉妬していたということなのか?

 そうなる気持ちもわからなくはないが……理不尽な話でもあるな。

 まあマイラちゃんはしっかりしているけど、まだ幼いし感情を抑えられなくなることもあるのだろう。

 大事に至らなくて良かったと思うべきか。


「エステルはこれからもクェレスに滞在するんですか?」


「えっと……」


 突然そんなことを聞かれたエステルは言葉に詰まった。

 そして俺に確認を取るようにこっちを見ている。


「はい、私達はしばらくクェレスにいますよ。狩りに行ったりもするので、数日いないこともありますけどね」


「そうですか。今度またアンネリーと会う機会があるのですが、エステルもどうでしょうか?」


 おお、まだアンネリーちゃんがクェレスにいるのか。

 依頼はできるだけ確認していたけど、毎日見に来てはいなかったからな。見落とした訳じゃなくてよかった。


「お誘いは嬉しいのだけど……」


 誘われたエステルは、どうしたらいいか訴えかけるような表情で俺の方を見てくる。

 間違いなく行きたいに決まってるだろうに……仕方ない、ここは後押ししてあげるか。


「エステルが行きたいなら構わないぞ」


「……それじゃあ、お願いしようかしら」


「わかりました! それじゃあアンネリーにも伝えておきますね! あっ、集合場所や時間を決めないといけませんね! どこにいたしましょうか!」


「ちょ、ちょっと、落ち着いて!」


 エステルが行くと言うと、マイラちゃんは彼女の両手を握り締めて飛び跳ねるように喜んで興奮している。

 大人しそうに見えて、意外とこの子表情豊かだな……。


「あっ……す、すみません。エステルさんが来てくれるのが嬉しくてつい……」


「……ふふ、もう、またさんが付いてるわよ」


 我に返ったのか、マイラちゃんは慌てて握っていた両手を離してまた顔を赤くしている。

 それを見てエステルはおかしそうに小さく笑った。



 会う日時の約束は冒険者協会で伝言を頼むことにして、マイラちゃんと別れた。

 その後、俺達は冒険者協会に今回のことを報告に行った。

 やはり他の場所ではトレントは確認できていないみたいで、これからはもっと捜索を強化しつつ、外に出る人達にも注意喚起をするみたいだ。

 このまま終わるのか、それともまた何か起きるのか。

 不謹慎な話だが、俺としてはガチャ関連で何かあるかもしれないから、そういう問題事は積極的に解決しにいきたいところ。

 この世界の人からしたら被害が抑えられるし、俺としてはガチャの恩恵があるから悪い話でもないよね。


 そんなこと考えつつ帰宅し、今目の前ではさっそく取ってきた果物をノールがルーナに振舞っていた。

 エステルは疲れたみたいで、帰ってきてすぐに風呂に入って部屋で休んでいるのでこの場にいない。


「はい、ルーナさんどうぞ」


「……うむ、美味いな」


「そうでありましょ? どんどん食べていいでありますからね。モフットもどうぞなのであります!」


 シャクシャクと快音を鳴らしながら、シスハの膝の上に乗ってルーナは緑のりんごのようなものを咀嚼している。

 モフットもノールから果物を差し出されるとかぶり付いて、プープーと鳴いてご機嫌な様子。

 既に丸々1つは食べている。


「ウサギにそんなに果物食べさせて平気なのか?」


「平気でありますよ。モフットは一応魔物でありますからね」


「そういえば魔物だったな……すっかり忘れそうになっていたぞ」


 あぁ、モフットってただのウサギに見えるけど魔物だったな。

 見た目も行動も普通のウサギにしか見えないからつい忘れちまった……。


「エステルは帰ってきてから随分と機嫌が良さそうだった。護衛依頼中に何か良いことでもあったのか?」


 帰ってきてから、エステルは疲れてはいたが穏やかな雰囲気で機嫌は良かった。

 それを見ていたルーナは、何かあったのかと首を傾げながら聞いてくる。


「友達が増えたからな。ルーナも家の中にこもってないで、吸血鬼だってバレない範囲で交流を作ってみたらどうだ?」


「わはは、面白いことを言う。私のことより自分の心配をした方がいい。平八だって殆ど交流ないだろう」


 棒読みのような笑いをした後、ルーナがとんでもないことを言ってきた。

 ぐっ……な、なんてことを言うだぁー! このロリっ子は! 事実だけどそういうことを言うんじゃあない!


「ぐっ……お、俺はいいんだよ!」


「はは、そうか。だけど私も遠慮しておこう。シスハがいれば満足だ」


「もう……ルーナさんは可愛いこと言ってくれますね!」


 ルーナの言葉を聞いたシスハは、頬を赤くして彼女の頭を撫でながら、デレデレとした緩んだ顔をしている。

 本当に仲良くなったなこの2人は……。

 エステルも少し前まで俺に付いてくるばかりだったけど、今じゃ友達もできて楽しそうにしているし……皆だんだん変わっていくもんなんだな。

 

 そうしみじみしながらノールに視線を移すと、自分で切った果物を口に詰め込み頬を膨らませてモキュモキュと食べていた。

 うん、訂正しよう。変わらない奴が1名目の前にいたわ。

 

「どうかしたでありますか?」


「いや、ノールは前から変わらないなって思ってさ」


「……突然なんでありますか。それにそう言われると、まるで私が成長していないみたいに聞こえるでありますよ! 私だって、色々変わっているでありますからね!」


「へぇー、例えば?」


 思い返してみると、最初に呼び出した時からノールは全く変化がないような気がする。

 だが、どうやら本人はそう思っていないようだ。

 一体どこが変わっているのか興味が湧くな。


「えっと……アイマスク、でありますかね?」


「ぷっ……じ、自分で言って虚しくないのか……」


 予想外の返答に、ついふき出してしまった。

 聞いていたシスハとルーナは顔を逸らして口を押さえ笑いを堪えている。モフットまで理解しているのか体が震えている。

 うん、やっぱりまるで変わっていない。でも、ノールらしいといえばらしいな。

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[良い点] 変わるって大切ですよね 現状維持は後退することと聞いたことがあります
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