再来の木
「ふぅー、あと半日経てば、この依頼もほぼ終わったようなものか」
実験素材を集める生徒達を見守りながら、俺は一息つく。
昨日はあれから特に問題が起こることもなかった。
あとは今日の採取時間が終われば、この護衛依頼は終わったも同然だ。
「だからって、気を抜いては駄目でありますからね! ここで何事もなかったとしても、まだ帰り道があるのであります! 遠足は帰るまでが遠足でありますよ!」
「遠いところまで歩くって意味じゃそうだが……ノール、遊び的な意味じゃないよな?」
「そんなことないでありますよ! ……あっ、ここにも美味しそうな果実が」
俺に説教臭いことを言いつつ、ノールはせっせと木に実っている果物を取ってバッグに詰め込んでいる。
集めるのが楽しいのか、この後食べるのが楽しみなのかわからないけど、口元をニヤケさせながらだ。
……ノールにだけは言われたくないな。エステルも頬に手を添えて、呆れ気味にしているぞ。
「生き生きと果物回収しながら言われてもね……」
「でもこの果物、本当に美味しいですよ。ノールさんが夢中になって取るのもわかります。ルーナさんのお土産に何個か持って帰りませんと」
「取るのは構わないけど、ちゃんと生徒に危険がないか見といてくれよ」
「わかっているのでありますよ!」
シスハもノールに同調して、果物をいくつかもぎ取っている。
護衛に来ている俺達が、果物回収に夢中になってどうするんだ……。
いざとなればすぐに反応するだろうし、俺が地図アプリで確認をしているから問題はないだけどさ。
一応注意をした後、全員散らばって各々生徒達を見回ることにした。
エステルは俺について来たから、話しながら一緒に歩き回っている。
「今日はあの子、私達のところには来ないのね」
「あー、そうだな。昨日ので呆れられたか?」
「どうかしら? 悪い子じゃなさそうだけど、私に対して妙に当たりが強かったわね」
「うーむ、俺とかに対してはそうでもないし、原因として考えられるのは……」
「アンネリーね。一体どんな話をしたのかしら」
昨日のあの接触以降、マイラちゃんはエステルのところに来ていない。
今日は朝に少し見かけた程度で、今は辺りを見回しても姿はない。この周囲にはいないみたいだ。
エステルも昨日は余裕の態度で対応していたけど、アンネリーちゃんが何を言っていたのか気になるのか、あれから少しの間落ち着きがなくなっていた。
気になるのも仕方ないよなぁ……。まあ、今は考えたところで理由はわかりそうにないけど。
「ん?」
「お兄さん、どうかしたの?」
「ちょっと離れた位置に行こうとしている生徒がいるな。注意しに行かないと」
「あら、離れるなって言われてるのに、仕方ないわね」
見回りをしつつ地図アプリを見ていると、青い点が4つ少し離れた場所に移動をしていた。
生徒が4人、遠くへ移動しているようだ。
このまま放置しておく訳にもいかないので、エステルと一緒にそれを追いかける。
青い点は突然早く動いた後、急に止まるなど、なんだか変な動きをしていた。
一体何をしているんだろうか……。
少し早歩きでその場所へ向かうと、男女2人ずつの4人組が見えてきた。
男子生徒の2人はせわしなく走りまわって、同じく走り回る小さな白い物体を追いかけている。
あれは……昨日見た走り回る大根のような草だ。
「よし! そっちに行ったぞ!」
「おうよ――って、うおっ!?」
男子生徒の1人が追いかけ回し、もう1人のいる方へ誘導する。
手の届く範囲まで接近すると、待ち構えていた方が掴もうとした。
だが、捕まれる寸前で大根は直角に曲がって、それを回避。
そしてある程度距離を置いて、男子生徒の方を向き片足のようなものを上げ下げして煽っている。
……なんなんだあの草は。
「何をやってるのかしら?」
「あの奇妙な草を追いかけているみたいだな……」
どうやらあの草を追いかけてここまできちゃったみたいだな。
近づいて行くと、それを傍で見ていた女子生徒2人は渋い顔をしているのが見える。さらに会話も聞こえてきた。
んー? あの女子生徒の1人、マイラちゃんじゃないか。
「ねー、そろそろ戻ろうよ。先生や冒険者の人に見つかったら怒られるよ?」
「そうですよ。カケッコンは、またあっちの方で探せばいいだけです」
「だって、せっかく取ったのに逃げられたら悔しいじゃん?」
「そーそー。それに少しぐらい離れたって平気平気」
採取をしている時、学生達はそれぞれグループに分かれていた。
会話を聞いてる感じだと、男子生徒に巻き込まれる形であの2人もきちゃったのか?
マイラちゃん達に帰ろうと言われても、全く帰る気はないみたいだ。
はぁ、俺が注意して戻ってもらうように言わないと駄目か。
「すみませんが、そういう訳にもいきません」
「うわっ!?」
「び、びっくりした……」
「ほらぁ、見つかっちゃったじゃん」
「あっ、大倉さん……」
近づいて声をかけると、男子生徒2人は驚いた声を上げる。
女子生徒の1人も驚いていたけど、それよりも俺達が来たことに安心したのかホッとした様子だ。
マイラちゃんは俺を見てから、エステルに視線を移した。
それに微笑んで彼女は対応するが、マイラちゃんは無言で視線を外す。特に反応する気はないらしい。
無視されたエステルは、微笑んだまま固まっている。
内心ムッとしてそうだな……後でなだめておこう。
「皆さん、戻りましょう。これ以上冒険者の人達を困らせては駄目です」
「ちぇー、わかったよ」
「はぁ、よかった。なんだか不気味な感じだし、早く戻ろう」
「せめて最後にあのカケッコンを魔法で撃たせてくれよ! このままだと悔しいしさ!」
「あっ、駄目です!」
マイラちゃんも帰るように言うと、渋々と言った様子で男子生徒達は頷いた。
だが、その内の1人はこのまま帰るのがしゃくなのか、短い杖を取り出しカケッコンに向ける。
彼女はそれを駄目だと制止するが、男子生徒は止まらずに魔法名を口にした。
「ウェントゥス!」
叫んだ男子生徒が持つ杖の先端を見ても、何も出ていない。
失敗したのかと思っていたが、急に彼が杖を向けていたカケッコンがひょいと横に移動した。
すると、その後ろにあった手の平サイズの小石が吹き飛んで、後方にある木にぶつかる。
見えない不可視の攻撃……風魔法か。それを避けるって……あの草凄いな。
「ちっ、外した!」
「ははは、どーこ狙ってるんだよ!」
「何やってるんですか! 早く戻りますよ!」
「ね、ねぇ……あ、あの木……う、動いてない?」
「……えっ?」
女子生徒が指先を震わせながら向ける方向を見ると、さっきの風魔法で弾かれた石が当たった木が揺れていた。
枝もウネウネと動き始め、根っこの部分の土が盛り上がっていく。
……トレント、いるじゃん。
俺は生徒達を守ろうと動き出そうとしたけれど、その前にトレントは触手のような枝を、石を飛ばした男子生徒目がけて伸ばしてきた。
「うわぁぁ!?」
「ぐっ! 危ないですから、後ろに下が――あっ」
叫ぶ男子生徒の前に滑り込んで、バールで枝を叩き落とす。
だが、途中まで伸びていた枝の部分から新たな触手が伸び始めて、俺の腕に絡みついた。
それもバールで叩いて引き千切ったが、前を向くとさらに無数に伸びる触手の姿。
ああ……だから嫌なんだよこいつ。
「えいっ!」
直後にエステルのいつもの掛け声が聞こえ、俺の後方からトレントに向かって火の玉が飛んでいく。
着弾して爆発すると、さっきまで伸びていた触手は一斉に戻っていった。
「あっぶね……エステル、助かった」
「どういたしまして。それにしても……本当に魔法の効果が薄いわね」
爆煙が晴れて見えたトレントの姿は、少し表面が焦げついている程度だ。
ほとんどダメージが通っていないのか、いつも通り根っこが地面から抜けて歩き出し始めた。
エステルはそれを見て、眉を寄せ困った表情をしている。
本当にこいつは魔法の攻撃に対して強いな。
「な、なんだよ、あれ……」
「ま、魔物!? あんなデカイ木が魔物かよ!?」
「も、もう! だから早く戻ろうって言ったのに!」
「トレント、ですか。まさかこんな魔物がここにいるなんて……」
トレントを見て学生達は怖がっているのか、尻餅をつき顔を強張らせて固まっていた。
マイラちゃんも冷静そうに見えて、怖いのか手をグーにして強く握り締めているようだ。
このままパニックになられたらまずいし、落ち着かせないと。
「皆さん、落ち着いてください! 1体だけですから、慌てず少し離れてジッとしていてください!」
俺がそう呼びかけてみたものの、生徒達はまだ怖いのか動けずにいる。
駄目か……と思っていると、エステルが後ろを振り向いて、微笑みながら彼らに言葉をかけた。
「そう怖がらないで。私達これでもBランクよ? この程度の魔物、簡単にやっつけちゃうんだから。あなた達はそこで大人しくしていてね」
「……そうですね。皆さん、落ち着きましょう。あの子の言うとおり、大倉さん達はBランクです。トレント程度なら、問題なく狩れる方達です。私達は離れて、大人しくしていましょう」
エステルに言われたからか、マイラちゃんも奮起して他の生徒に呼びかけた。
そのおかげか、彼らも気を持ち直したのか立ち上がって、俺達から離れてジッとしている。
ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど、エステルとマイラちゃんのおかげでなんとかなりそうだな。
そう安堵して前にいるトレントを見据えると、そのトレントの後方にある木も揺れていた。
まさか……と思い、モニターグラスに地図アプリを表示させてみると、赤い点が次々と現れる。
その数12個。5個はノール達がいる果樹園のような場所に向かっていて、残る7個は俺達の方に向かってきていた。
「げっ、エステル……やばいかも。こっちに7体もトレントが来るぞ……。しかもノール達の方にも向かってるのもいる」
「あら……それはちょっと笑えない冗談ね」
目の前にいるトレントと合わせて8体。
1体なら俺とエステルで協力すれば難なく倒せるだろう。
だが、8体となるとさすがに厳しい。しかも守るべき生徒まで後ろにいる状態だ。
ノール達の方にも数体向かっているから、呼ぶこともできない。
ビーコンで逃げようにも、生徒達はパーティ認定されていないから無理。
どうすればいいんだ……。
「仕方ないわね。お兄さん、ここはスキルを使うわ」
「えっ、でも……」
「ノール達がいないんだし、他に手段がないもの」
「……そうだな。すまないけど頼めるか?」
「ええ、任せて」
エステルは笑顔でそう言い、紫色のオーラに包まれる。スキルを発動した証拠だ。
それを見て生徒達は、何事かと少し騒いでいる。
その間に俺はノール達に連絡をする為、生徒達に見えないようスマホを取り出しトランシーバーに連絡をした。
『大倉殿? どうかしたのでありますか?』
「手短に言うぞ。トレントが出てきて、5体そっちに向かっている。ノール達はそれを倒しておいてくれ」
『えっ……ちょ――』
返事を聞く前に通話を切った。
今は目の前の奴に集中しなければ。
これであっちはノール達に任せておけるから、心配もないだろう。
「さて、ぱぱっと終わらせちゃうわね。えいっ!」
赤いグリモワールに加え、青、黄、緑の物もエステルの周囲に浮かんで展開される。
そして最初にいたトレントに向けて、彼女は火の玉を放つ。
火の玉が着弾するといつもの様に爆発するが、火が周りに広がらず風のようなものでトレントの周囲を覆って中でずっと燃え続けている。
その風が止むと、中に居たトレントは真っ黒焦げになって崩れ始めていて、すぐに光の粒子に変わっていく。
……相変わらずエグい魔法の使い方だな。
「な、なんだよあれ……」
「嘘だろ……。あんなの見たことないぞ……」
「いやぁぁ!? な、何!? なんなの!?」
「お、落ち着いてください! あの人は味方ですから、落ち着いてください!」
1人がエステルの魔法を見てパニックになり掛けているが、マイラちゃんが落ち着かせている。
だが、彼女も混乱しているのか、少し挙動がおかしい。
できればエステルの魔法は見せたくなかったけど……この状況じゃ仕方ない。
それから俺が地図アプリで来る方向をエステルに知らせ、彼女に魔法で迎撃してもらう。
火の玉を撃ち込んでからトレントをドーム状に土で覆って爆破したり、水と風を合わせての刃で切り刻んだりと、多種多様な方法で殲滅をしていく。
それを見ている生徒達は、今はトレントよりもエステルを見て震えていた。
仲間としてとても頼もしいけど、やっぱり怖いよな……。
「お兄さん、他にトレントはいない?」
「ああ、大丈夫みたいだ」
「そう、良かった」
スキルの使用時間をかなり残して、トレントを8体処理し終えた。
本当にどうしたものかと焦ったけど、誰も怪我することなく無事に終わったぞ。
「大丈夫だとは思うけど、早く戻ろう。あっちが心配だ」
「そうね。はぁ、スキルが切れた後のことを考えると、憂鬱だわ……」
「ホントありがとうな。帰りは背負ってやるから、ゆっくり寝ていてくれ」
「あら、嬉しいわ。お兄さんの背中で寝られるのなら、頑張った甲斐もあるわね」
スキルを発動したから、今日はもうエステルはまともに動けなくなる。
そのせいか彼女は頬に手を当てながらため息をついた。
だが、背負うと俺が言うと、暗かった表情も一変して笑顔に変わり、嬉しそうにしている。
俺が背負う程度じゃエステルの働きに報いているとは思えないけど、少しでも喜んでくれるなら嬉しいな。
●
トレントを倒し終えた後、急いで生徒達と果樹園のような場所まで戻ることに。
途中スキルが切れて、エステルが顔を青くしてダウンしたのを見て、マイラちゃん達は申し訳なさそうに見ていた。
果樹園のような場所に戻ると、学生と教師の人達が集まって固まっていた。
そしてノールが抜いた剣を手に持って、周囲を警戒するようにキョロキョロしている。シスハも杖を片手に同じようにしている。
……あいつ、まさかトレント相手に戦ったのか? 生徒達の神官への印象がおかしくなりそう……。
「大倉殿ー! 大丈夫でありますかー!」
「おーう、無事だぞー!」
帰ってきた俺達を発見したノールが、手を振って叫んできた。
地図で事前に確認をしていたけど、こっちも無事に処理できたようだな。
ノール達と合流した後、地面にシートを敷いて、一旦エステルをそこに降ろした。
具合が悪いせいか、彼女はそのまま座り込んでうつむいている。
「エステルさん、具合が悪そうですね。どこかお怪我でもされたのですか?」
「いや、スキルを使ったからそれの反動だ」
「大倉殿達も戦っていたのでありますね……。いきなり連絡が来て、何事かと思ったのでありますよ」
「でも、皆さんご無事のようで良かったです。事前に連絡をくださったおかげで、こちらは1人の怪我人も出ていませんよ」
連絡をしなくても、ノール達ならここから離れないで警戒してくれていたと思う。
だけど、もしものことを考えて連絡を入れておいて正解だったか……。
少しでも気分が良くなるようにと、エステルの背中を撫でていると、教師の怒鳴り声が聞こえた。
「こらっ! あれほど遠くに行くなって、最初に私は注意しましたぞ!」
「す、すみませんでした……」
遠くに行ったことを、マイラちゃん含めたあの4人は怒られてしょんぼりとしていた。
彼女達は巻き込まれた形だから、少しかわいそうだな……男子生徒達は猛省してもらいたい。
あの年頃なら仕方ないとは思うけど、危険なことは止めてほしいね。
俺も教師の人に一応謝っておこうと、エステルに伝えてからその場を離れる。
「本当にすみませんでした。私達がいたのに、生徒さんを危険な目に遭わせてしまって」
「いえいえ、とんでもない! 大倉さん達じゃなかったら、本当に危なかったんですぞ! あの騎士の女性は本当に凄い方ですな! あと……神官? の方も神官とは思えない戦いっぷりでしたぞ!」
「あっ、はは……そ、そう言ってもらえると助かります……」
ノールはわかるけど……シスハの奴は、一体どんな戦い方をしたんだ。
教師の人が神官? って疑問系だったぞ!
俺が教師と話し終えてエステルのところへ戻ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「大倉さん」
「あっ、マイラさん。どうかいたしましたか?」
「あの、彼女……エステル、さん……大丈夫なんですか?」
マイラちゃんはエステルの方を見ながら、不安そうな表情で俺に彼女は大丈夫なのかと聞いてくる。
おや、どうやら気になるのかな。
「はい、大丈夫ですよ。少し魔力の使い過ぎで、調子が悪くなっていますけど」
「そうですか……私達のせいで、本当にすみません」
「これが私達の仕事ですから、あまり気にしないでください」
「……ありがとうございます。あと……エステルさんと少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
「えっ、あー……構いませんよ」
マイラちゃんの方から話したいなんて言うとは……。
今の様子なら昨日みたいな当たりの強い態度はしないだろうし、大丈夫のはず。
彼女がエステルの方に向かって行くと、ノールとシスハが俺を見てくる。
手でこっち来いと合図をすると、彼女達はエステルを残してこっちへ移動して来た。
「あの、少しいいですか?」
「……あら、どうかしたのかしら?」
「さっきは助けていただき、ありがとうございました」
「ふふ、気にしなくていいわよ」
声をかけられたエステルが顔を上げると、マイラちゃんは頭を下げてお礼を言う。
「先ほどと……それと昨日はあのような態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
「もう、別に気にしてなんていないわよ。そんな何度も頭を下げないで。アンネリーのお友達にそんなことされると、こっちが申し訳なくなるじゃない」
また頭を下げたマイラちゃんに、エステルは無理に作った笑顔を彼女に向けて、そう答える。
それを見たマイラちゃんは、急に顔を赤くしてあたふたと慌て出した。
「……ッ、あ、あの……そ、その――失礼しました!」
何か言いたそうにしながらも、挙動不審になったマイラちゃんは、そのまま走り去ってしまった。
エステルは首を傾げて彼女を見送り、何か悪いことでも言ったかしら? とでも言いそうな表情をしている。
「走って行ってしまったでありますよ」
「なんだか良い感じでしたね。あれなら、今後は心配なさそうですよ」
「うーん、そうなんだけどさ……」
たぶん、これでもうあの競争心のような物は出さないと思うんだけど……。
なんだろう、違う意味で危ない予感がするのは気のせいだろうか。