エステルとマイラ
「今日目的地に到着するのでありますよね?」
「ああ、あと半日も進めば着くみたいだぞ」
クェレスを出発してから2日目。
今日中に目的地である森林に到着するみたいだ。
「昨日は何もなかったし、このまま最後まで何もないといいけど」
「そうだな。まあ、魔物と遭遇することが少ない地域みたいだし大丈夫だろ」
今回向かう場所は街から近く、行く途中に魔物が生息するような場所もないから遭遇することはそこまでないようだ。
目的地は多少魔物がいる可能性もあるけど、いたとしてもかなり弱い魔物ばかりらしい。
大人数の護衛で不安だったが、これなら何事もなく終わりそうだな。
「そういうこと言い出した途端、何かやってきたりしますよね」
「ぐっ……確かにそうだけど不安になるようなこと言う――」
シスハがそう言い始めた途端、モニターグラスで見ていた地図アプリの隅っこに赤い点が現れた。
「……ほらぁ、来ちゃったじゃないか」
「わ、私のせいじゃありませんからね!」
俺がシスハを見てそう言うと、自分のせいじゃないと手を振って否定した。
シスハのせいだとは思っていないけどさ……絶妙なタイミングだな。
「とりあえず教師の人に伝えてくるから、ノール達はこのまま後ろで警戒していてくれ。俺が対処できそうになかったら合図を送るから、そしたらノールは前に出てきてくれ」
「了解でありますよー」
この先に魔物がいることを伝える為、俺は先頭を歩く教師の人のところまで行くことに。
最後尾はノール達に警戒を続けてもらい、俺がこれから遭遇するであろう魔物を対処しようと思う。
無理そうだったらノールを呼べばいい。まあ、この辺りに強い魔物はいないって話だから平気なはずだけど。
「すみません」
「どうかいたしましたかな?」
「前方に魔物がいるみたいなので、一旦止まってください」
「ま、魔物がですか!」
列になって進む生徒達の視線を浴びつつ、俺は先頭まで走っていき教師に声を掛けた。
そしてこの先に魔物がいることを言うと、前を向いてどこにいるのか探し始める。
「……全く見えませんが、一体どこに?」
「今は姿はありませんけど、少し先に進んだらいると思います。私はある程度離れた位置にいる魔物がわかるんですよ」
「そ、そんなことができるとは……。いやはや、さすがはBランクの冒険者の方ですな」
アンネリーちゃんの時もだったけど、地図アプリはある程度離れている魔物も表示される。
なので視認できるような距離に魔物はいない。
教師が生徒達に魔物がいることを伝え、その場で待機させた。
もしこれで魔物が別の方向に行けばと思ったけど、魔物は真っ直ぐとこっちに向かってきている。
これは相手をするしかないかと来る方向を見ていると、ようやく魔物が視認できるところまで近づいてきた。
全身が緑色の蔓で形成されている丸い物体が3つ。
ウネウネと全身から触手のような蔓が伸びていて、それを使って進んでいるみたいだ。
なんだか気持ちの悪い魔物だな……トレントもだけど、この辺りの魔物は触手あるのばかりじゃないか。
「あれは……ティルプスですな。あれでしたら私でも対処できるので、やらせてもらってもよろしいですかな?」
「あっ、はい。それでは私は生徒さん達の傍で警戒していますね」
教師の人が相手をしたいと言うので了承すると、彼は魔物に向かって歩き出した。
俺は代わりに生徒達の傍でそれを見守りながら待機することに。
生徒達はこれから教師が戦うからか静かにそれを見守っている。
ようやくこの世界の魔導師の戦いを見られるのか……。
「フラマ!」
ある程度魔物に近づいた教師がそう叫びながら、30cmぐらいの杖を突き出した。
杖の先端から赤い光が走り、ティルプスに近い地面にその光が到達する。
すると一気に光が炎へと変化し、3体の丸い触手達は炎に包まれた。
燃え盛る炎に巻かれながらも、炎の中から教師目がけて触手が飛び出す。
それに対して、彼が軽い掛け声と共に杖を振ると、さっきよりも細い光が触手へと当たると、小さな爆発を起こして触手を弾いていく。
そんな攻防を続け、2回目のフラマという最初と同じ魔法を撃ったところでティルプスは燃え尽きたのか、伸びていた触手が光の粒子なり消滅した。
おぉ、なんだか鮮やかな手際だな。
俺が魔導師って聞いた時にイメージしたのはこんな感じだ。
エステルのようにえい、という一言で全てを灰にしたりするのはやはり異常だよな。
凄く助かるんだけどね。
「やはり魔法は凄いですね」
「はは、お褒め頂き光栄ですな」
戦闘を終えた教師に声を掛けると、照れくさそうに頭を擦っている。
さっきまで静かだった生徒達も、彼の戦闘を見て興奮したように周囲の人と会話してざわついていた。
「魔法を使う際は、やはり魔法名などを叫んだりはするんですよね?」
「そうですな。今使ったフラマは中級魔法ですから魔法名を口に出しましたが、初級であるイグニスなら掛け声1つで使えますぞ」
せっかくなので、ついでに戦闘を見ていて気になった部分を聞くことにした。
さっき戦ってる時に言っていたフラマはやっぱり魔法名だったのか。
そして軽く杖を振って打ち出していたのがイグニスと。
いやー、こう魔法名を叫んで使うっていうのはちょっと憧れちゃうぞ。
俺もセンチターブラを使う時、なんとなく叫んでいるしな。
それから少し他の魔物が来ないか警戒して、何もなかったのでまた進むことになった。
「うーむ、教師って凄いんだな」
「魔法の学校の教師だけあって、やっぱり強いのでありますね」
「教える立場ですからね。それ相応の実力は持っていても不思議じゃないですよ」
ノール達に所へ戻って俺がさっきのことを話した。
1度も攻撃を受けずに軽々と3体も対処するなんて、さすが魔法学院の教師って感じだ。
本気を出している訳でもなさそうだったし、もっと強い魔物相手でも十分通用しそう。
「教師の人から聞いたんだけどさ、ある程度の魔法を使う時は魔法名を言うんだってさ」
「あら、そうなの」
「エステルは全部えい、で済ましてるけど一体どうやっているんだ?」
「そうね……どの属性を使うかはイメージで、強い魔法の時はえいっ! 中ぐらいの魔法の時はえい! 弱い魔法の時はえい、って感じかしら」
前にもイメージ通りにやっている聞いていたけど、具体的にどんな感じなのかエステルに聞いてみた。
強い魔法と弱い魔法はわかるけど、強い魔法と中ぐらいの魔法の違いはなんなんだ……全く一緒に聞こえるぞ。
「強いのと中ぐらいの違いがよくわからない……」
「いや、勢いが違うでありますよ。えいっ! と、えい! でありますよね?」
「そうそう、そんな感じよ」
「なるほど、確かに言われてみると勢いが違いますね」
それから何度かエステルの掛け声の違いを聞かせてもらうと、確かに微妙に勢いというか、凄みが違うような気がした。
●
「それでは各自、今度の実験に必要な素材を揃えること! 明日も採取の時間はあるので、焦らず探すのですぞ! それとあまり離れた所にはいかないように!」
魔物と遭遇してから数時間後、昼を過ぎた辺りで俺達は目的の場所に到着した。
その場所は赤や黄色の様々な色をした実が付いた木々、地面には黒い真っ直ぐと伸びた草などが生えている。
木と木の感覚は離れていて、なんだかちょっとした果樹園のようだ。
教師が生徒達に注意をした後、数時間は採取の時間ということで生徒達は俺達の目が届く範囲で散らばっていく。
今日は日が暮れる前にここから離れて一晩過ごし、明日の朝また半日ほど採取をしたらクェレスに帰る予定だ。
「ほぉー、こんな場所あるんだな」
「果物みたいなのがいっぱいあるのであります! 私達も取っていくのでありますよ!」
「あれは果物……なんでしょうか?」
「どうかしら? 皆取っているし、あれの一部が実験に必要な素材みたいね」
赤い実を見るとまるでりんごのようで、黄色い実はみかんに見える。
ピンク色の桃や橙色のオレンジのようなものまであって、魔法の実験で使うような物が取れる場所には全く見えない。
それでも散らばった生徒達は、次々と実を回収して、地面から生えている草も取っている。
手の届きそうにないところに生えている物は、魔法を使い落として取っているようだ。
中には草を地面から引っこ抜くと、下の方が二又に分かれた大根のような白長い物が付いた草もあった。
それを生徒が抜いた途端、二又の先っぽが動き出して手から逃れるとどこかへ走っていく。
……さすがは魔法の素材で使う草。抜くと悲鳴を上げるとかいう草の亜種かあれ?
ノールは木にぶら下がっている実を見て、果物だと断定して取っていこうと張り切っている。
食べ物が絡むと、一気にやる気になるな……でも俺も、久々にりんごとかしゃくしゃくしたいな。
「おっ、これ美味そうだな。1つもらっ――ぶぇっ!?」
「ば、爆発したのでありますよ!?」
手の平に丁度収まりそうな、真丸い鮮やかな赤色のりんごのような物が手の届く範囲にあったので、俺は思わず取ろうと掴んだ。
その瞬間、林檎が爆発して中から汁と果肉が顔面に向かって溢れ出した。
な、なんだよこれ……顔面汁塗れなんだが。
あっ、でも、めっちゃ甘い匂いする。食べたら美味そう。
「それはボムミと言って、実を触らずに柄を切ってから取らないと駄目なんですよ」
「あっ……マ、マイラさん」
顔を拭いていると、生徒の1人が俺達に声を掛けてきた。
見てみるとそれはマイラちゃん。
あー、このままエステルと話す機会はなさそうだって思ってたけど、来ちゃったか……。
どうしようかと俺があたふたしていると、不意に肩を叩かれた。
振り返るとエステルが俺に微笑んでいて、任せなさいというように自分の胸をトン、と叩いてマイラちゃんの目の前に出た。
だ、大丈夫なのだろうか……。
「あなたがエステルさんですか?」
「ええ、そうよ」
「そうですか……あなたが……」
マイラちゃんの方が背が大きく、エステルを少し見下ろす感じで対面することに。
目の前だから前みたいな敵意ある感じはないけど無愛想なマイラちゃんと、ニコニコと笑顔をしているエステル。
俺とノール達はその様子が少し怖くて、お互いに顔を見合わせて黙って見守る。
「声を掛けたってことは、私に何か用があるかしら?」
「いえ、特に用はありません」
「あら、そう」
何か言うのかと思いきや、何も用事はないと言う。
なんだ、本人に会ったらあれこれ言うのかと思ったけど、そうでもなさそうだな。
「ただ、アンネリーがあんなに楽しそうに話してきたので、どんな人なのかと気になっただけです。本当に小さいんですね」
「ふふ、あなただって変わらないじゃない」
「……あなたよりは大きいですよ」
少し嫌味のようなことを言われたエステルが笑顔のまま言い返すと、マイラちゃんは眉を寄せて少し不愉快そうな顔をした。
なんだか喧嘩……のような雰囲気? でも完全にエステルのペースだな。
エステル相手に口で勝とうなんて、それは無茶だよ。
もし俺が言い争いしたら、言葉攻めでボコボコにやられて枕を濡らすことになると思うもん。
「凄い魔法を使えるって聞いていましたが、今回は見れそうにありませんね。もし本当なら、是非見てみたかったのですが」
「へぇー、見てみたいの、私の魔法? それなら見せて――」
「はいー、ストップストップ」
口先では勝てないと思ったのか、今度は魔法を見せてみろと言い出した。
エステルはそれに完全に乗り気で、杖を構えグリモワールまで鞄から取り出そうとしたので、俺は後ろから両手を押さえて抱き抱えた。
「むぅー、何するのお兄さん!」
「今絶対派手な魔法使おうとしただろ」
「失礼ね、そんなことしないわよ。お兄さん人形でも作ろうとしただけよ」
「それはそれで止めてくれ……」
足をバタバタとさせて何をするんだとエステルは俺に抗議している。
あのままやらせたら、どうせ綺麗な花火でも打ち上げそうだったからな……。
そう思って拘束したんだけど、どうやらエステルは平八人形をまた作り出そうとしていたみたいだ。
いや、あれ凄いけどさ、そうじゃないよね? 期待されている物と絶対違うだろ。
「……お邪魔みたいですので、失礼しますね」
「あっ、ちょっと」
俺達のやり取りを見ていたマイラちゃんは、少し呆れた表情で俺達を見た後、頭を下げてまた素材の採取へと戻っていった。
こんな大勢の生徒や教師もいる前でアンネリーちゃんに見せたような魔法を使わせる訳にもいかないし、ここは一旦これでいいだろう。
アンネリーちゃんがいる時にでも2人を会わせれば、多少は改善されると思う。
会話をさせたら実際そこまで敵視しているって感じではなさそうだったからな。
なんだか敵視というよりは、競い合っているような印象があったぞ。
こうしてエステルとマイラちゃんの初の対面は終わり、俺はこの後プンプンと怒るエステルに満足するまで抱き抱えてと要求された。




