不穏な空気
「それじゃあ行くとするか、ノール」
「はいであります!」
グランディスを討伐してから数日後。
今日はアルデの森にグランディスが居たことの報告と、クリスティアさんに魔光石を渡しに行こうと思う。
あれからもアルデの森に行って魔光石を探したのだが、2つしか見つけられなかった。
初日はまだ探索してなかったからあったみたいだけど、森の中でも生成されているのは珍しいようだ。
レベルは68になって、魔石は現在350個。
やはりレベルの上がり具合は少し遅いし、魔石の貯まり方も遅い。
レベル上げを優先しているから仕方がないけど、北の洞窟が恋しくなってくる。
まあアルデの森だとエステル達もキノコ狩りで多少楽しんでいるからいいか。
昨日のキノコだらけの鍋は美味かったけど、色合いがやばかったな……。
「むぅー、ノールばっかりズルイわ。クェレスで活動するようになってから、2人で行ってばかりじゃない」
「仕方ないだろう……エステルはあの町だと目立つし。それに今回はクリスティアさんのところにも行くから、なおさら連れていけない」
行くぞとノールに声を掛けた俺を見て、エステルは口を尖らせて不満そうな表情をしている。
クェレスに通うようになってから、町に行く時はノールだけを連れて行くようにしていた。
エステルは魔導師だから目立つというのと、危険人物がいるから一応会わせないようにする為に連れて行くことはできない。
それに討伐証明の確認程度でしか行かないから、ノールと俺が行くだけで十分だし。
「エステル、大倉殿のことは私がちゃんと見ておくので、安心してほしいのでありますよ」
「お前は俺の保護者か……」
ノールが自分の胸を叩きながら、自信満々に言っている。
お、俺が面倒を見られる側なのか……いやまあ、ノール達にはお世話になっているからそう扱われるのは不思議じゃないけど……ノールに言われると何故か納得いかない。
「ノールのことは信用しているから、そういう心配はしていないわ。お兄さんと一緒に居られる時間が減るのが嫌なだけよ」
「お、おぉ……そ、そうか」
どういう心配なのか気になるところだけど、そのことを聞けないぐらいストレートなことをエステルが言ってきた。
気にするほどの時間離れる訳じゃないんのだが……こう言われるのは嬉しいけど。
「わかります、わかりますよ、その気持ち。私もルーナさんと一緒に居られない時間は辛いですからね」
「シスハはこの気持ちをわかってくれるのね」
「はい、勿論ですよ」
それを聞いていたシスハが、何度も頷いている。
そして目と目を合わせながら、お互いに親指を立てて何やら同調し始めた。
おいおい、なんか怖い仲間意識が生まれている気がするんですけど!
「き、気持ちはわかったけど、連れてはいけないんだ。そこはどうかわかってくれ」
「ええ、私が一緒に行かない方が良いことはわかっているもの。無理に付いて行くなんて言うつもりはないわ」
どうしても行きたい、なんて言われるかと思ったが、エステルはすんなりと引き下がった。
不満そうにしているけど、ちゃんとわかってくれているみたいだ。
「その代わり早く帰ってきてね、お兄さん」
「……ああ、わかったよ」
両手を握り締めて胸の前に出して、エステルはお願いするように言ってきた。
そんな風に言われたら早く帰らない訳にはいかないじゃないか……パパッと用事を終わらせて、今日の残りはエステルとボードゲームでもやろうかな。
●
エステル達に見送られ、俺とノールはクェレスへとやってきた。
まず今日の予定はクリスティアさんのところに行って、魔光石を渡して証明書を貰いに行くことだ。
さっそくクリスティアさんの研究所まで足を運ぶと、工場に見える建物の入り口が開かれて、中に10人ぐらいの若い男女の集団とクリスティアさんがいるのが見えた。
「ん? なんか人がいるな」
「む、全員同じ変わった格好をしているでありますね」
「ノールに変わった格好って、あの人達も言われたくないと思うぞ……」
「なっ、それを言うなら大倉殿だって!」
「俺は変わったとか言ってないしー」
「ぐぬぬ……」
ノールをからかったけど、たしかに研究所のところにいる男女はこの世界だと珍しい格好をしている。
男性はズボンに女性はスカートという違いはあるけど、男女共に黒で全体を統一した同じような服装。
ケープも身に付けていてその風貌は魔法使いだ。
なんだろう、皆同じような服を着て制服みたいだな。どこかに所属している人達か?
若いしまるで学生のような……いや、この町には学校があるみたいだし、ようなじゃなくて学生さんか。
「あっ、大倉さん」
「お取り込み中すみません。魔光石を届けにきました」
「えっ、もう取ってきてくれたんですか!」
近づいて中を覗くと、クリスティアさんは若い人達に何やら魔導具のような物を持って説明をしている。
これは声を掛けていいのだろうかと迷っていると、クリスティアさんが俺達に気が付いて声を掛けてきた。
すると説明を聞いていた人達は、一斉に俺達の方を向く。
か、勘弁してほしいな……大人数に視線を向けられると緊張しちゃうんだけど。
さっさと終わらせて退散しよう……。
「これってなかなか見つからないんですね。結構探し回ったのですが、7個しか見つかりませんでした」
「えっ……もしかしてその背負っている袋の中身、全部魔光石なんですか!?」
「そうなのでありますよ。ちょっと大きくて重いのであります」
「す、凄いですよ大倉さんとノールさん! やっぱり頼んで正解でした!」
「そ、そうですか……」
1個が結構大きいから、複数の袋に分けて魔光石を入れていた。
研究所の中に魔光石を置いてクリスティアさんに確認してもらうと、頭を揺らし首の後ろで束ねた髪をブンブンと左右に振って喜んでいる。
若い人達も、袋の中身である魔光石を見て驚きの声を上げていた。
魔導師からしたら、この魔光石結構良い物なのかな?
「それでは今証明書を持ってきますね! 少し待っててください! すみませんけど、リスタリア学院の生徒さんも少し待っててください!」
証明書を取りにクリスティアさんは、研究者とは思えない速さで二階建ての家の方へと駆けていった。
そして残されたリスタリア学院の生徒さんと俺達は、なんとも言えない空気になりつつ待たされることに。
いやー、ちょっと気まずいんですけど。
クリスティアさんがいなくなってから少しして、妙に学生さん達の方から視線を感じる。
気になってチラっと視線を移すと、薄水色の短髪と瞳の女の子と目が合った。
な、なんだ? どうしてこの子、俺のこと見ているんだ?
今日はフル装備をしていないから、格好に問題はないはずなんだけど……。
「あの……大倉さん、ですよね?」
「えっ、はい。そうですけど……」
「エステルって子、知っていますか?」
「ど、どうしてエステルのこと……」
「やっぱりあの大倉さんなんですね」
目が合った途端、女の子は口を開いた。
そしてその口から、何故かエステルの名前が出てくる。
な、なんでエステルのこと知ってるんだこの子……それにあの大倉ってなんだ。どの大倉だ。
もしかしてクリスティアさんが何か言ったのか?
「私はマイラと言います。大倉さん達の話は、アンネリーから色々聞かせてもらったんですよ」
「アンネリーさんのお友達ですか?」
「はい、そうです」
どうやらこの子、アンネリーちゃんのお友達みたいだ。
まさかこんなところで会うことになるとは……凄い偶然だな。
たしかにこの学生さん達、よく見るとエステルと近い歳に見える。
クリスティアさんが俺の名前を言って、証明書で俺が冒険者の大倉だと気が付いたのか?
「エステルって魔導師の子が凄いって聞いたんですけど……今日はいないんですか?」
「今日は報酬の受け取りだけなので、連れて来ていないんですよ」
「そうですか……残念です」
やっぱり友達にエステルのこと話していたのか……。
でもアンネリーちゃんの友達なら、エステルも仲良くできるかもしれないな。
連れて来てクリスティアさんの居ないところで会わせても――。
「エステルって子、私達と同い年ぐらいの魔導師みたいですけど、冒険者をしているなんて変わっているんですね」
「えっ……あー、たしかに珍しいかもしれませんね」
……ん? ちょっと様子がおかしい気がする。
マイラちゃんは微笑んでいるけど、目が笑ってないというか……雰囲気がちょっと暗い。
なんか妙に言葉に棘があるようにも思える。
俺の気のせいかもしれないけど。
「本当にその子、水の柱を出したり小さい虹を手の平に出したりできるんですか?」
「はい、そのぐらいならできますよ」
「……そうですか。是非1度でいいから実際に見てみたいです。アンネリーがあんなに――」
「いやー、お待たせいたしました!」
マイラちゃんが目を剥いて俺を見ながら何か言い掛けたところで、ちょうどクリスティアさんが戻ってきた。
アンネリーがあんなに……? 一体何を言おうとしたんだ。
というか、最後の方俺を見ていた目がなんか怖かったんですけど。
「あれ、マイラさんと大倉さん、何かお話中でしたか?」
「いえ、大丈夫です」
「あっ、えっと……大丈夫みたいです」
もう言うつもりはないのか、マイラちゃんはそっぽを向いてしまった。
気になる、気になるけど……あまり追求しない方がよさそうだ。
「はい、たしかにいただきました。これからもアルデの森に行きますけど、取ってきた方がいいですか?」
「勿論ですとも! どんどん持って来てください!」
「わかりました。それじゃあこれからも見つけたら持ってきますね」
クリスティアさんの持ってきた証明書を受け取った。
これで一気に210万Gの稼ぎか……美味しい稼ぎだな。
森の中に入るついでにこれだけ稼げるのなら、この依頼かなり良いぞ。
「それでは失礼します。皆さん、お待たせしてしまい申し訳ありません」
「ありがとうございますね大倉さん。お待たせしてしまったのは私のせいですので、大倉さんのせいじゃありませんよ。皆さん見学に来てもらっているのに、本当にすみませんね」
俺達のせいで待たせちゃったから、学生さん達に謝る。
クリスティアさんも続けて謝って、俺のせいじゃないとフォローしてくれた。
普段はクレイジーだけど、基本的には良い人なのかもな。
「大倉殿、あのマイラって子、なんだか怖かったのでありますよ……」
「ノールもか……妙にツンツンした感じだったな……」
研究所をあとにして歩いている最中、ノールがマイラちゃんが怖かったと言い出した。
最初はエステルと仲良くなってくれるかなー、なんて思ったけど、あの様子だと怪しい……。
会ってもいないのに、エステルに対してよく思っていなそうな感じだった。
アンネリーちゃんが関係しているのは間違いないけど、一体何があったんだろうか。
最後にマイラちゃんが言い掛けたことも気になるし……今後アンネリーちゃんと会うこともあるだろうから、エステルに今日のことは伝えておかないとな。
●
クリスティアさんのところへ行ってから、今度は冒険者協会へとやってきた。
「ということがあったんですよ。あっ、これとこれがその魔物の落とした素材です」
クリスティアさんから貰った証明書を提出して報酬を受け取ってから、グランディスの報告をして、倒して手に入れた物を受付で見せた。
あの木のドロップアイテムは、トレントのより太く濃い茶色い抱えられるサイズの丸太。
それと緑色の卵みたいな形をした手の平サイズの石だ。
エステルに見せたところ、この石は魔力を多く含んでいて魔光石みたいな物らしい。
「随分と大きな丸太に……これは宝石ですか? トレントの稀少種となるとティンバーなんですけど、こんな物は落としませんし……。調べさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
ドロップアイテムを確認した受付嬢は、首を傾げながらそれを確認していた。
そして宝石を見て、これはトレントの稀少種の物ではないと言う。
どの魔物なのか確認すると言い、少しよろけながら丸太を抱えて、受付嬢は協会の奥の方へと持っていった。
「あれ稀少種じゃなかったのか。ステータスを見たらグランディスって名前だったし」
「普通の魔物ではないみたいでありますね。確かにあれは、なかなか手強かったのでありますよ」
どうやらグランディスは通常の稀少種ではないらしい。
となると……あの魔物は一体なんなんだ?
強さ的には迷宮に出てくる奴らに匹敵していたけど……。
それからしばらく、ノールとあれはなんだったのか話ながら待つことに。
「お、大倉さん! こ、これグランディスじゃないですか! 大事件ですよこれ!」
「へ?」
突然奥へ行った受付嬢が駆け足で叫びながら俺達の方へやってきた。
それから興奮気味に、あの魔物がなんだったのか話をしてくれた。
グランディスはどうやら、大討伐の対象になるような魔物みたいだ。
過去にトレント達の群れを作りながら森の外に出てきて、クェレスにいる軍隊と高ランク冒険者で討伐をした記録があるらしい。
「あはは……あれ、大討伐対象の魔物だったんですか……」
「どうりで手強かったのでありますね」
「強いで済む魔物じゃないんですけど……まさか単独パーティで倒してくるなんて……」
まさか大討伐の核になる魔物だったなんて。そりゃ手強い訳だ。
「でも、グランディスの発生がトレントの異常発生の原因なら、これで解決ということでしょうか?」
「解決したかどうかを断言することは私の方ではできません。これから協会長に報告をして、それから今後どうするか決めることになると思います。報酬に関しては後日お渡しいたしますね」
最近のクェレス周辺のトレントの発生がグランディスのせいだとしたら、これで解決したはずだ。
しかし受付嬢は、まだそれはわからないと言う。
たしかにこれでトレントが出てこなくなったのを確認しないと、解決したなんて言えないか。
俺としても、グランディスを倒した時に大討伐達成の知らせがスマホに通知されなかったのが気掛かりだ。
まだ大討伐に発展していなかったせいなのか、それとも別の原因があるのか……。