森の奥に潜む者
「ふぅー、今日も大量だな」
「相変わらず狩りのついでに素材を拾うと凄いことになるわね」
アルデの森で狩りを始めてから十数日。
今日も狩りを終えて帰る途中だ。
レベルはあれから67になった。
高くなってきたせいか上昇がだいぶ鈍い……まあそれは仕方ないか。
魔石は既に200個近く回収して、元々の手持ちと合わせて300個を超えている。
当然それだけ狩っていると、魔物が落とすドロップアイテムの量も凄い訳で……今日までに1000本近い色とりどりなキノコを回収していた。
「えへへ、このキノコはしゃりしゃりして美味しいでありますよ。1日1本は食べたくなるのであります!」
「キノコがしゃりしゃりするのはどうなのでしょうか……」
「美味いのは確かだが色がな」
「私はお兄さんのキノコなら喜んで食べるわよ。ね、お兄さん」
「いや、俺に聞かれてもどうしろと……」
ノールは銀のキノコを手に持って口元を緩め嬉しそうにしている。
シスハとルーナは複雑な表情でそれに反応しているが、見た目はやばいがこのキノコは美味い。
初めてアルデの森の狩りを終えた日の夜。
ノールがるんるん気分でキノコを料理し始めて、網焼きやパスタなどを作った。
普段は俺とシスハで作っていたから、料理していること自体驚いたけど、それ以上に銀や真っ青になっているキノコを次々食べていくノールに全員ドン引きしていた。
しかしあまりにも美味しそうに食べるので、俺も釣られて食べてみたのだが……これが凄い美味い。
銀のキノコはしゃりしゃりとした食感でキノコとは思えなかったけど、なんとも言えない旨みがあった。
それからエステル達も食べ始めて、今では俺達の間でちょっとしたキノコブームが巻き起こっている。
●
「はぁ……これはまた凄い数のキノコですね」
「いやー、最近アルデの森に通っていますので」
先にエステル達を自宅に送り、俺とノールだけでクェレスの冒険者協会へとやってきた。
毎日行くと怪しまれるから、数日間隔でマタンゴの討伐証明を確認してもらっている。
1度に全部持っていくとまた騒ぎになりそうだったから、1回に50個ほどしか持ってきていない。
それでもまだ多いって言われるから難しいところだな。
「大倉さん達、この町で少し話題になっているぐらいですからね」
「えっ、一体どんな話題ですか?」
「品質の良いマタンゴとマダンゴのキノコを大量に取ってきて店に流す冒険者がいるって、一部の魔導師が興味津々という話です」
持ってきたキノコはそのまま店で売却していたけど、あの数で噂になるほどなのか?
それに品質って言うのがよくわからない。
1本3万Gで売れてスティンガーの甲殻並みに稼げてラッキー、程度にしか思っていなかったぞ。
「あっ、それとお話は変わりますが、大倉さん達に指名依頼があるんでした」
「もしかしてアーデルベルさんですか?」
受付嬢さんが突然俺達に指名依頼がある言い出した。
まだこの町で依頼を受けていないし、知り合いなんてほぼいない。
そうなると帰る時に協会に言ってくれと話したアーデルベルさんか?
もう結構経っているし、そろそろ王都に戻っても不思議じゃない。
「いえ、違います。クリス――あっ、噂をすれば」
「えっ?」
どうやら違ったみたいだ。
不穏な名前を言い掛けた受付嬢が、俺達の後ろを見て声を上げたので振り返った。
そこには、首の後ろで結わいた茶髪を揺らしながら俺達の方に向かってくる白衣を着た眼鏡の女性が。
クリスティアさんじゃないですかー。
「王都に戻られてから、またすぐにクェレスに来たんですね」
「はは……また少し用事がありまして」
「それで、わざわざ私達の所に来るなんて、一体何用なのでありますか?」
「はい、それがですね……」
討伐証明も終わり報酬40万Gを受け取ってから、クリスさんが話があるということで、冒険者協会の机を借りて話をすることに。
一体何の用事なのかとノールが聞く。
すると今回は個人的な話ではなくて、研究所としての依頼を頼みたいそうだ。
なんでわざわざ俺達に頼むのか疑問だったが、尋ねると俺達がマタンゴを沢山狩っている情報を得たからだと言う。
その依頼はアルデの森に発生する魔光石の回収。
報酬は1個30万Gとかなり高額だ。
元々あの場所は魔素が多いみたいで、品質の良い魔光石がよく生成されるらしい。
しかし森の奥まで入れる人はあまりおらず、外側で稀に発見される物を取ってくることが多いみたいだ。
さらに最近ではトレントまで出てくるようになって、ますます森の中を探索することができなくなっているという。
そこでマタンゴを大量に狩りに行っている俺達に是非頼みたい、と。
「あの森は危険な場所ですから、無理は言いません。ですがもしマタンゴ狩りにこれからも行くのでしたら、お願いできないかなと……」
「これからもしばらくはアルデの森に行くので、別に構いませんが……」
「本当ですか! ありがとうございます!」
俺達は軽々狩ってるけど、マタンゴに加えてトレントまでいる森だ。
狩るだけならまだしも、森の中で魔光石まで探そうとしたら結構大変かもしれない。
依頼を受けてくれる人がいなかったから、こうして俺達に直接依頼をしてきたのかな。
どうせいつも行ってるし、ついでに探索するぐらいいいだろう。
「それにしても……その袋の中身、全部キノコなんですか?」
「はい、そうですよ」
「今回も大収穫なのでありますよ!」
俺が座っている椅子の後ろに置かれた、キノコが大量に入った袋を興味津々な様子でクリスティアさんは見ている。
そしてノールが自慢げに袋を開けて、中に入っている大量の鮮やかなキノコを見せた。
「マタンゴのキノコがこんなにあるなんて……。研究にも使えて、食べても美味しいんですよね……」
「クリスティアさんはこのキノコ好きなんですか?」
「大好きですよ! でも、最近は店先に並んでもすぐに完売してしまうんです……。特に最近大倉さん達が流しているのなんて高品質ですし、今大人気なんです。こないだも入荷したと聞いて駆けつけたですけど、灰色のキノコしか残っていませんでした……」
研究者もこのキノコ食べるのか……まあこれだけ美味かったら、食べたくなるのもわかるけど。
それにしてもまた品質の話か。数の方にばかり注意を向けていたけど、噂になるぐらいの高品質ってなんなんだ。
というか俺のキノコ売れ残りかよ! 何故か悔しいんですけど!
「品質の差なんてあるんですか?」
「大有りです! マタンゴは倒した人の魔力に応じて、落とすキノコが違うんですよ!」
「あー、そういうことですか」
倒した人の魔力によって変わるのか……俺の魔力、灰色ってこと?
なんだか心が汚れているみたいで嫌だな。いや、でもシスハが純白だったし関係ないか。
エステルが倒したキノコはぶっ放した魔法の色に染まっているけど、直接本人に殴らせて倒したら俺の首飾りと同じ虹色のキノコになりそう。
今度やってもらおうかな。
「特にその銀色のなんて珍しいです! 今まで見たこともありません!」
「むふふ、なんかそう言われると照れるでありますねぇ。お1ついかがでありますか?」
「い、いいんですか!?」
「どうぞどうぞ、なのであります」
「ありがとうございます!」
袋に入った銀色のキノコを見て、クリスティアさんは少し興奮気味だ。
研究者として未知の物を発見するとこうなるのだろうか。
ノールはそんな彼女に、袋から自分のキノコを取り出して差し出した。
自分のキノコが珍しいと言われて、どうやら照れているみたいだ。
武器とかを褒めても喜ぶし、ノールは自分の何かを褒められるのが嬉しいのか。
よし、俺も今度何かしら褒めてみよう。
●
クリスティアさんから依頼を受けた翌日。
「それで、今日は森の中の探索もするのね?」
「ああ、ついでだけど依頼されたアルデの森にある魔光石を探すつもりだ」
いつも通りアルデの森に5人で向かい、今日はマタンゴ狩りをしつつ奥へと進んでいる。
既にマタンゴの湧き場所は見つけていたから、昨日までは複数の湧き場所を移動して狩りをしていたので、そこから奥には進んでいなかった。
トレントと遭遇することもなかったから、あそこでの狩りは良かったな。
それに比べて今は……。
「むぅ、大倉殿。なんだかトレントの数が増えてきている気がするのであります」
「気のせいじゃなくて、間違いなく増えていますよ。もう20体近くは遭遇しています」
「奥に行けば行くほど増えているぞ」
ノールが動き出した木を斬り倒して戻ってくる。
森の奥に進み出した途端、急にトレントとの遭遇頻度が上がった。
昨日まで見る影もなかった動く木に、今日は20体近く出会っている。
まさか奥の方にこんなにトレントが固まっているなんて。
それに森の入り口の方に比べると、この周辺はマタンゴが少なくなってきている。
どうして急にトレントが増え始めているんだ?
何か異変でも起きているのだろうか。
「ん? もしかしてこれがアルデの森の魔光石か?」
「キノコでありますよ」
「変な形しているわね」
トレントを倒しつつさらに奥へ進んで行くと、木のそばに生えた黄色く発光する物体を見つけた。
その形はまるでキノコみたいになっていて、表面は石のようにゴツゴツして30cmぐらいの大きさだ。
こ、これが魔光石か……。場所によって形も色もまるで違うんだな。
こんなの持ちながら移動するなんて、普通の冒険者だったらかなりきついぞ。
1つ発見した後もどんどん奥へと進んでいき、さらに4つ回収した。
それからもう少し探そうと奥へと進もうとしたのだが……。
「なんだこりゃ、めっちゃでかいぞ」
「これはまた大きな木ですね」
急に木々がなくなって開けた場所が出てきた。
そこには20mは超えていそうな巨木があり、それをトレントサイズの木がぐるっと囲むように生えている。
「そうね。これがもし魔物だったとしたら大変だわ」
「はは、そんなまさ――あ?」
こんな大きな木がトレントだったら相手できる気がしない。
今まで戦った魔物よりも大きいぞ。
エステルが頬に手を添えながら巨木を見上げて呟き、それに俺が答えた瞬間、地面が揺れた。
おいおい、まさか……。
「……魔物みたいね」
「これはここで倒しておかないとまずそうでありますよ」
「周りの木も一斉に動き出したぞ……」
巨木の周辺にある地面が大きく盛り上がり、空に大量の土が舞う。
それに合わせて周りの木も大きく揺れ始めて、次々と根っこが地面から抜けて足のようになっていく。
うっそぉ……あれ全部トレント? 20体は超えていそうなんだけど……。
それに真ん中の奴がやばい。あまりにでか過ぎて勝てる気がしないぞ。
でも倒さないとやばそうだなこいつ……ステータス見ておこう。
――――――
●グランディス 種族:トレント
レベル:70
HP:8万
MP:2000
攻撃力:1800
防御力:1600
敏捷:10
魔法耐性:120
固有能力 擬態
スキル 魔吸収 地動
――――――
見かけ程強くはないみたいだけど、ここに居ていい魔物じゃないだろ……。
ついに魔耐性100どころか120まである奴が出てきやがったか。
普通のトレントならエステルの魔法攻撃もまだ通じたけど、これじゃスキルを使わないと無理だな。
この巨大トレントも他のトレントと同じく、周囲に枝を伸ばして触手のようにしている。
こいつに加えてさらに20体近いトレントまでいるとなると……俺じゃ戦いに参加できそうにない。
1体しか相手していない時ですら捕まったからな……。
「これはちょっと……俺には無理だわ」
「私に任せるのでありますよ! 大倉殿はエステル達を守ってくださいなのであります!」
「シスハもここで待ってろ。あれは私とノールに任せておけ」
「えっ、で、でも……」
「いいな?」
「……はい」
そういう訳で、今回はノールとルーナがあのトレント達の相手をすることに。
俺は周囲から他の魔物が来た時の為にエステルとシスハの傍に付いている。
シスハが拳を握り締めて戦いたそうにしていたが、ルーナに待っていろと言われて大人しくなった。
ルーナの言うことは素直に聞いてくれるから、こういう時はありがたいな。
エステルとシスハの支援魔法を掛けてもらったノール達が、同時にトレントの群れへと駆けていく。
そしてある程度接近すると、ルーナが飛び上がって槍を投擲した。
槍を食らったトレントは、槍が突き刺さった瞬間体の一部が砕け散り、後ろにぶっ倒れる。
後ろにいた奴らもそれに巻き込まれて、3体ぐらいそのまま転倒した。
……ルーナさんぱねぇ。
その混乱に乗じてノールもトレントの群れに突っ込んでいき、次々と木を切断していく。
触手を伸ばして捕らえようとしているけど、それを軽々回避して全く捕まる気配がない。
後ろから来る触手まで回避するとか、目でも付いているのか……。真似できる気がしないぞ。
戦闘はノール達が2人で圧倒し、すぐにトレントの数は半分以下に減った。
グランディスもでかいだけで結局触手による攻撃ばかりなので、この2人相手だと掠りもしない。
巨木もどんどん剣で斬られ、槍で貫かれてボロボロになっていく。
既に最初の迫力がなくなって古木のようだ。
このままいけば無事に終わりだろう、なんて思っていたのだが……。
一方的に叩きのめされていたグランディスがついに動きを見せた。
ノール達を叩く為に伸ばしていた触手を1つに纏めて、地面に向けて差し込む。
すると周囲が大きく揺れ、地面がだんだんと盛り上がり、それが全方位に向けて波を打つように進み始めた。
「きゃあ!」
「うおっ、エ、エステル掴まれ!」
「わわわ、な、なんですかこれ!」
俺達を簡単に飲み込めそうなぐらい高くなった土の波が目前に迫る。
俺は急いで揺れで倒れそうになったエステルを抱き抱え、その波を飛び越えた。
あ、危なかった……身体能力が上がってなかったら飲み込まれていたぞ……。
「だ、大丈夫だったか?」
「ええ、ありがとうお兄さん」
抱き抱えていたエステルを下ろしてから周囲を見ると、さっきまで雑草などに覆われていた緑色の地面が全て抉れて土色に染まっていた。
あれがスキルの地動なのか……とんでもないスキルだな。
って、そんなこと気にしている場合じゃないぞ!
近くにいたノール達は無事なのか!
「いやー、危なか――ああぁぁ、ルーナさんが!?」
俺と同じように回避したシスハが近づいてきて、悲鳴を上げた。
彼女が見ている方向を見ると、そこには手足を触手で縛られ持ち上げられて、身動きが取れなくなっているルーナの姿が。
ノールはなんとか回避したのか少し離れた場所にいて、ルーナを見上げている。
あの高さだとノールでも助けるのは無理そうだ。
「今すぐ私が――」
「待て、俺に任せろ! いけ、センチターブラ!」
「私もいくわよ、えい!」
すぐにシスハが駆け出そうとしたが、それを静止して俺はセンチターブラを起動させた。
そして刃の形へと変形させて、今できる一番の速さで撃ち出す。
ボールを手で投げたぐらいの速さまで加速できるようになったから、そこそこ速いはずだ。
ぐぬぬと集中し続けて、ルーナの槍を持つ手を拘束している触手に着弾させた。
エステルも同じように絶妙なコントロールで触手に風魔法を当てている。
しかし、それでも触手は切れなかった。
だけど、傷が少しできたおかげかルーナは強引に触手を引き千切り、残りの触手も片手の槍で斬り落としていく。
全ての触手を斬り落としたルーナは、そのまま落下していき地面に着地してバックステップで距離を取っている。
どうやら無事みたいだな……というか、あの高さから落ちてよく平気だな。
「はぁ、ルーナが無事でよかったわ」
「全くだ。練習しておいてよかった」
「よかったです……。ルーナさんにもしものことがあったら、この世に塵1つ残さずあの木を消滅させに行くところでしたよ」
暇を見つけてはセンチターブラを飛ばしていたおかげだな。
これからもちゃんと特訓しておこう。
それより、なんか神官の方がとても物騒なこと言ってるんですけど。
気持ちはわかるけどさ……。
それからノール達の攻勢が始まり、呆気なくグランディスは倒木になった。
また地動というスキルを使おうとしたが、地面に触手が届く前にノールが下に潜って盾で押し返し、そこをルーナの槍で貫くという荒業で阻止されていた。
元々いたトレント達は、最初の地動に飲み込まれて土の下に埋まっているみたいだ。
仲間ごと殺るなんて……恐ろしい魔物だな。
「平八、エステル、すまない。助かった」
「いや、俺の方こそノールとルーナに任せっぱなしでごめんな」
「あれは仕方ないのでありますよ。下手に戦ったら、絡め取られていたと思うのであります」
トレント達を倒し終えたノール達が戻ってきた。
あんな戦闘の中に俺が入れる気がしない……大人しく待っていて正解だったな。
俺なんか行ったところで、即触手ストリップさせられて終わっていたぞ。
「ああ!? ル、ルーナさんの繊細な肌に傷が!?」
「……ん、本当だ。これぐらい問題ない」
「そんなことありませんよ! すぐに回復を!」
戻ってきたルーナにシスハが駆け寄ると、傷が出来ていると騒ぎ出した。
触手から脱出する時に掠ったのか、見てみると手の甲に細長い赤いスジが出来ている。
シスハは急いでルーナの手を取って回復魔法をかけた。
「よくも、よくもやってくれましたね! 尊いルーナさんに傷を付けるなんて許せません! エステルさん、この森を全て燃やしてしまいましょう! トレントを1体も残さず灰燼と化すのです!」
「ええ、任せて」
「おい、止めろ!」
「……大袈裟過ぎだ」
「あはは……エステル、悪乗りは駄目なのでありますよ」
治療を終えたシスハは拳を握り締めてとんでもないことを言い出した。
それにエステルも了承して、赤いグリモワールと杖を構え出す。
ルーナはそれに呆れたような反応をし、ノールは苦笑気味だ。
「にしても、あれはなんだったんだ? まさか奥にあんなのがいるなんて……」
「他のトレント達を統率しているように見えたのでありますよ。まるでボスだったのであります」
アルデの森の奥にこんな奴がいるとは思わなかった。
最近のトレント騒動もコイツが原因だったのだろうか?
でも倒してもスマホには何の通知もこないから、ボスというか迷宮や大討伐関連ではなさそうだ。
……まさかトレントの稀少種?
いや、あんな稀少種ごめんだぞ。
スキルで土の津波起こせるとか洒落にならん。
とりあえずこの件は冒険者協会に報告しておくか。
いつもお読みくださりありがとうございます。
よいよ明日書籍の発売日……体が震えてきそうです。
色々加筆しているので既にweb版を読んでくださっている人も楽しめる……と思います。
それでは今後ともよろしくお願いいたします。